『 夢の中で…… 』
書籍化にあたり、お祝いの言葉をありがとうございました。
沢山の素敵な言葉や素敵なイラストを頂きました。
何かお礼をと考えた時に、僕達ができることといえば、
刹那の世界を描くことかなと思いました。
なので、とある風景の一場面。
とても短い話になりますが、読んで頂けると嬉しいです。
【 アルト 】
花火が終わったあと、師匠がクロージャ達を転移で家に飛ばした。
クロージャ達が居なくなって、少し寂しさを感じたけど、
師匠が「アルト」と俺を呼んで、色々話しかけてくれたから、
いつの間にか、寂しさは薄れていって、今日一日のことを、
師匠に話すのに夢中になっていた。
師匠も周りの人も、楽しそうに俺の話を聞いてくれている。
それが嬉しくて、もっと、もっと、話をしたいと思うのに、
眠くて……。すごく眠くて……。
でも、この楽しい時間を終わらせたくなくて、
ギリギリまで頑張っていたけど、無理だった。
まだ起きていたいって、頭のどこかで考えているのに、
目も開かないし、体を動かす気にもならない。
このまま寝たほうが、幸せかもしれない……でも……と、
ぼんやりとした思考が、浮かんでは消えていく。
そんな、曖昧な感覚のなかで、
ふわりと体が持ち上げられて、一瞬起きなければと考えたけど、
その後すぐに、俺の耳元で「大丈夫、そのまま寝てていいよ」と
優しい声とふわりと漂う蒼露の樹の香りに、
師匠が運んでくれるんだと気がついた。
多分……。すごく頑張ったら、起きようと思えば起きれる……。
だけど……このままがいいなぁって思った。
俺の周りで、誰かが笑う声が聞こえる。
誰が笑っているのかはわからない。
その、笑い声さえも、優しくて……。
誰かの声と師匠の温もり。
ここは大丈夫……と思った瞬間……。
俺の意識は睡魔に飲み込まれた。
あー……これは夢だと思った。
時々、夢の中で夢だと気がつく夢を見ていると、
ぼんやり感じていた。
夢だと気がついた理由は、俺がきている服が見えたから。
あの服は、師匠が俺に初めてくれた服だった。
よく覚えている。今も俺の鞄の中にあるし。
それと、今より身長が低い……。話し方も……。
夢だから、俺は何もできなくて、
ただ、師匠と昔の俺をぼんやり眺めていた。
師匠の後ろを、とぼとぼと歩く俺。
もっと早く歩けばいいのにと思いながら、
自分自身を見ていた。
俺の歩みが遅かったからか、
師匠が足を止める。
『……』
師匠が足を止めた理由を、俺はちゃんと知っていた。
だから、師匠が足を止めて振り返り、俺を見たけれど……。
俺は、師匠を見ることができなかった。
あぁ……この夢は、あの時のことを夢にみているのか……。
この日は、野営をする場所に適さない場所を、
通り過ぎなければいけないから、少し長く歩くことになると、
師匠にいわれたんだ。
疲れないように、ゆっくり歩いていこうといわれたのに、
俺は大丈夫だといって、師匠の手を引きながら歩いた。
このときの俺は、いや、今もそうだけど、
師匠と一緒に居れることが嬉しくて、
その反面、師匠に置いていかれるかもしれないという恐怖を、
いつも……どこかで考えていた気がする。
だから、足手纏いにならないように、
師匠に、もういらないといわれないように、
必死になっていた気がする……。
師匠は、俺のすべてを受け入れてくれていたのに……。
多分、師匠が俺を弟子にしてくれたその時から……。
『アルト、疲れたの?』
『……つかれて、ない』
いや、疲れてた。
だけど、師匠がゆっくり歩こうというのを、
大丈夫といって、俺は歩く速度を緩めなかったんだ。
だから……師匠に嫌われるのが怖くて、
本当のことをいえなかった。
『本当に?』
『……ほんと』
『そう』
師匠の目を見ることもできず、俯いたまま答えた俺に、
師匠が軽くため息を落とした音を聞いて、
夢の中の俺の肩が揺れた。
項垂れたままの俺の前に、
師匠が背中を向けてしゃがむ。
『アルト、おいで』
『ししょう?』
『もう、歩けないでしょう?』
優しい声で、そういわれて……俺は、
ここでやっと頷くことができたんだ。
『うん』
『背負ってあげるから、おいで』
『せおう?』
『あー……』
このときの俺は、師匠のこの言動の意味を知らなかった。
知らなかった……。だけど……。
『背中にのって、手を首にまわしてくれる?』
夢の中の俺は、おそるおそる師匠に近づいて
腕を伸ばしながら、師匠の背中に張り付き、
そして……。
師匠の首を両手で絞めるように持った。
『……』
『……』
俺のその行動に、師匠の体が一瞬固まり、
そして、小さな声で『あー。そうきたか』と呟き、
軽く笑う。
戸惑う俺に、師匠は何もいわず、
そっと俺の手を取って、俺の腕を師匠の首のあたりに、
まわすように誘導したあと、片腕で俺のお尻を支えながら、
立ち上がり歩きはじめる。
『し、ししょう』
背負われた俺は、戸惑うように師匠を呼んで、
降りようとするが、師匠がじっとしているようにと声をかけると
大人しくしていた。
『おれ、おもい』
『重くないよ』
『ししょう、つかれる』
『疲れないよ』
『でも……』
『背負われるのは嫌?』
『……いや、じゃない』
『なら、よかった』
そういって笑う師匠の声を聞いて、
何故だか、胸のあたりがぎゅって痛くなったのを覚えている。
それが、何なのか、どうして胸が痛くなったのか、
どうして、嬉しいような、悲しいような気持ちになったのか、
このときの俺は……この感情が何かを知らなかったんだ。
その気持ちが、何なのか分からなくて、
俺は……。師匠の首にまわす腕に力を込めたんだ。
『アルト?』
『……』
何も答えない俺に、師匠は特に何もいわなかった。
俺を背負っているのに、それを苦にした様子もなく、
師匠は淡々と、足を進めていった。
『眠くなったら、寝てもいいよ』
『ねない』
『そう?』
笑いを含んだ師匠の声が嬉しくて、嬉しくて……。
師匠の温もりを体に感じながら、
この幸せを離したくなくて、じっとしていた……。
いつもより長い距離を歩いたせいで、
体は疲れ切っていた。
そこに、優しい振動と温もりが加わったせいで、
ゆっくりと瞼が落ちていく。
夢の中の俺の姿を見て、
あの時と同じように、胸のあたりがぎゅって痛くなって、
どうしようもなく泣きたくなった。
だけど……。
今の俺は、その感情の名前を知っていた。
夢の中の俺を背負った、師匠の背中に、
「とうさん……」と小さな声で読んでみる。
夢の中だから、聞こえるはずはないのに……。
絶対聞こえないはずなのに、それなのに、
師匠は『アルト?』と俺の名前を呼んでくれた……。
End