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刹那の破片  作者: 緑青・薄浅黄
第三章 : ルリトウワタ
29/40

『 目指すもの 』

【 ウィルキス3の月30日 : クロージャ 】


 ダルクテウスを見た時、こんな大きな魔物がいるのかと

心の底から驚いて、そして怖いと思った。


俺達が追いかけられた、魔物など比べ物にならないほど

その、存在感が違っていた。アルトは嬉しそうにしていたけど

俺もいつか、アルトみたいになれるだろうか?


そんなアルトが、セツナさんにしがみついて動かなくなっていた。

最初は、セツナさんに甘えているのかと思っていたけれど

アルトの耳と尻尾が、そうではない事を伝えていた。


アルトがセツナさんに抱き付くのとほぼ同時ぐらいに

黒達が、一斉に剣を抜き臨戦態勢へと入ったことに

俺だけではなく、酒肴の人達も驚いていて

「どうしたんだ?」と訝し気に皆が呟いた瞬間

全員が、息をのんで口を閉ざした。


その表情はとても真剣で、顔色も少し悪い気がする。

俺や、セイル達はその理由がわからなくて何があったのか

言葉にしようと口を開きかけた時、ミッシェルのお兄さんの

ナキルさんが、指を口元に持っていき声を出すなと

俺達に合図してくれていた。


アルトがセツナさんに、しがみついた理由。

黒が、臨戦態勢に入った理由。

ここに居る、チームの人達が

口を閉ざした理由を理解したのは

超大型と言われる魔物が、俺達の前に姿を現した時で……。


姿を現したと同時に、圧し掛かるような何か。

その何かが、威圧だとあとで教えてもらったけれど

その時は、それが威圧だとは知らなくて


唯々、本能で声を出してはいけない。

動いては、いけないんだとわかった。


体の震えが止まらなくて、どうしたらいいのかも分からなくて

怖くて、怖くて、叫びそうになった瞬間。


柔らかくて、暖かい何かに抱きしめられた……。

本当に小さい声で、俺にだけ聞こえるように耳元で

話しかけられる「大丈夫。大丈夫だから」と

何度も繰り返してくれる。


体の震えは止まらないけれど、俺を落ち着かせるように

囁かれる声は、とても優しくて……母さんを思い出したんだ。


俺を優しく抱きしめてくれている人に

思わずぎゅっとしがみついてしまう。

そんな俺に、その人は何も言わずに優しく抱きしめてくれていた。


『あは、あははははははははは!』


突然、聞こえたどう考えても場違いな笑い声に

震えながらも、顔をあげた。


そこで初めて、俺を抱きしめてくれている人が

シルキナさんだって知った。


俺が顔をあげた瞬間、シルキナさんの目から

綺麗な涙が、流れ落ちる。その時、わかったんだ。

シルキナさんの涙の理由が。


俺という存在が、シルキナさんを傷つけているんだって。

俺を通して、奴隷商人を思い出して……。

そして、家族を思い出したんだって。


でも、シルキナさんの顔は笑っていて

その笑みが、すごく綺麗だったんだ……。


シルキナさんは、真直ぐ超大型を見ていて

俺が見ていることに、まだ気が付いていないようだった。


すぐに、離れないと、と思ったけど……。

その涙をぬぐいたくて、震える手でそっと目元に手を伸ばした。


もう少しで届くという瞬間、誰かに俺の手を握って

止められる。俺より大きな男の人の手。


その人は、もう一方の手でシルキナさんの

涙を優しく拭っていた。


「ディオ……」


シルキナさんの声が、とても優しく響く。


「気はすんだか?

 俺以外の男を、抱いてんじゃねぇよ」


「まだ子供よ」


呆れたように、シルキナさんが言い返して

クスクスと笑っていた。あぁわざとなんだなって思った。

クローディオさんは、本気で言っているわけじゃないって。


クローディオさんが、シルキナさんから

俺へと視線を向けて、ニヤリと笑う。


「ほいほいと、涙につられて拭おうとしてるなよ。家族以外

 男が、女の涙を拭う時は、特別な奴だけだ。覚えとけ。

 こいつは俺の女だから、お前にはやらん」


「……」


「ディオ! 何馬鹿な事を言ってるのよ!」


シルキナさんが、真っ赤になって

クローディオさんに、怒ったような声を出していたけど

彼女の表情は、とても優しかった。


クローディオさんが、シルキナさんを見る目も

彼女が大切だって、伝えている。


そんな二人を、すごく至近距離で見て

視線のやり場に困った。


だけど、いいなって思ったんだ。

俺もいつか、クローディオさんのように

愛する人を守れたらいいなって。


「特別な奴だけ……」


この時の、クローディオさんの言葉が

ずっと俺の胸の中に残り続けた。


「ほら、そろそろ大丈夫だろ。

 あそこで、馬鹿笑いしてるやつがいるから

 そう、怯えることはないだろ……」


まだ、笑っているセツナさんを

どこか呆れたように見て、二人がため息を吐いていた。


クローディオさんが、シルキナさんから

俺を引きはがして立たせてくれる。


その態度に、シルキナさんが呆れたように

クローディオさんを見ていたけれど。

きっと、クローディオさんはシルキナさんの為に

俺を引きはがしたんだってわかった。


「シルキナさん。ありがとうございました。

 俺……」


「私がそうしたくて、私が決めたことだから

 貴方が気にしなくていいの」


「はい。俺……」


「うん?」


「俺……」


嬉しかったって、伝えたいけど

言葉にするのが恥ずかしい。悩んでいたら

「わかる。わかるぞ!」とカルロさんが口を出してきた。


「シルキナの胸は、結構大きいからなぁ!

 感動したんだろ?」


「ちが、ちがう!」


何を言うんだ!?


「てめぇ、カルロ……いい度胸だな」


「うわ、お前! 冗談だろう!

 その殺気はやめろ!」


シルキナさんが、カルロさんを冷たい目で見て

「なんで、あんなのがいいの?」とぼそっと呟いていた。


「馬鹿ね」と小さく苦笑を落としてから

シルキナさんが、俺を見る。


ちゃんと伝えないと、誤解されると思った俺は

恥ずかしい気持ちを抑えて、思ったことを口にした。


「俺、叫びたいぐらい怖かったけど。

 途中から、怖くなかったって言いたかったんだ。

 守られてるって……」


母さんに守られていると思った……という言葉は

胸の中に秘めた。きっと、これは言ってはいけないと思ったから。


「そう」


俺の言葉に、シルキナさんは綺麗に笑って

一度だけ、俺の頭を軽く撫でてから友人達の所へと

戻っていった。


顔が赤くなっているだろうなと思いながら

セイル達を見ると、セイル達も似たり寄ったりの顔をしてた。

きっと、俺と同じで母さんを思い出したのかもしれない。


大先生は、父さんって感じがするけど

オリエ先生達は、どちらかと言うと姉みたいな感じだから。


「なんで、あいつはあんなに大笑いしてんだ?」


ビートさんが、フリードさんにそんな事を話している。


「アルトが怯えてるからじゃないか?」


「それ、酷くねぇ?」


ビートさん……さん付けが慣れない。

ビートさんが笑う。


セツナさんは、アルトを持ち上げたまま

大笑いしていた。笑われているアルトは

物凄く機嫌が悪いという表情を浮かべている。


「セツナって、あんな風に笑う事あるのね」


「あれ、マジ笑いだよね」


「あれだけ笑ってても、下品に見えないって

 すごくない?」


「すごい、すごいよねー」


「確かに。カルロとかは下品よね」


「お前、喧嘩売ってんのかこらぁ!」


「ほんとの事を言っただけだけど?」


「うわ、アルトがすごく怒ってる」


「怒っている姿も可愛いけど」


チームの人達が、口々に好きな事を話しているのに

誰も、気を緩めていないことに気が付く。

視線が、ほとんど超大型から外れない事に気が付いたんだ。


ここ以外の、観客席の冒険者達は蹲って祈っている人もいるのに

ここに居る人達は、誰一人として背中を丸めている人は居なかった。


酒肴も。

月光も。

剣と盾も。


そして、それは

舞台の近くに居る、黒達も同様だった。


背筋を伸ばし、胸を張り堂々と立っていた。

その姿に、目を奪われた。


すごくカッコいいって思った。

黒も、そして黒のチームも。


アルトが、目をキラキラさせて

「本当に、かっこいいんだ!」と言っていた意味が今わかる。


俺達に近いと思っていた

ビートさんとエリオさんも、かっこよかったんだ。


これが冒険者。

これが、黒と黒のチーム。

ギルドの頂点に位置する、特別な人達……。


だけど。

そんな、特別な人達よりも

更に上を行く人がいたんだ。


全身が粟立つほどの

一番、鮮烈な印象を背筋が震えるような強さを

俺達に、魅せたのは黒達ではなくセツナさんだったんだ。


アルトが憧れる冒険者。

アルトが目指す人。

アルトが目指す場所。


そして、俺達が目指す人になり

俺達が目指す場所になり

俺の、俺達の目標となった。


セツナさんが、優しいだけの人じゃないって

甘い人じゃないって、目の前に突きつけられても

それでも、俺はセツナさんの戦いに魅せられたんだ。


この人から、戦い方を学びたい。

魔法を教えてもらいたい。


アルトのように、教えを乞いたい……。

そう強く思った。



セツナさんに、魅せられていくのは

俺達だけじゃなく。


俺達が暁の風に入って

本格的に、活動し始めてから

徐々に、広まっていく。


そして、ハルでジャック派とセツナ派で

ゆるい派閥ができることになるんだけど

それは、もう少し先の話。



セツナさんが、超大型の説明をはじめ

その説明を聞いて、酒肴の人達が

セツナさんの頭がおかしいと言い始めた。


「なんで、竜国の事情をしってんだ?」


「本当に、何処から情報を手に入れてくるんだろうね?」


「てか、アギトさんの目の色変わってんじゃね?」


「あー。戦闘狂だししかたないよ」


「アルトも、言ってただろ。

 黒とセツナは、頭がおかしいと」


「……」


それは、声に出してもいい事なんだろうか?

俺は、セイル達と顔を見合わせてから

黙って酒肴の人達の話を聞いていた。



スクリアロークスが、美味しいと知って

酒肴の人達が喜びで湧き上がり、倒す方法を議論して

険悪になり、ニールさんがその場を収めたり

他の観客席と比べて、ここはずっと賑やかだった。


だけど。


そんな喧騒を凌駕するほどの

ギルドの魔法に、皆が、口を薄く開け

上空を見上げる。全員が唖然としながらも

スクリアロークスの遥か上空に

輝く光の剣を凝視した。


そして、光の剣がスクリアロークスを

貫いた瞬間、何とも言えない感情が体をめぐる。


心が震えた。

あんな、神秘的な魔法が存在することに。

あんな、強大な魔法が存在することに。


物語で語られるような、魔法を俺は目にしたのだから。


それが、俺達の国に存在するんだから!

誇らしいと思うのは、自然な事だと思うんだ。


闘技場も、そして闘技場の外からも

物凄い歓声が上がり、街全体が揺れているんじゃないかと

錯覚するほど凄まじい熱を感じた。


こんな、街が揺れるような興奮を

今日だけで、二度も俺は経験することになったんだ。


後から思い返しても、この日の体験は

色褪せることなく、俺の、俺達の胸に残った。


興奮に、ざわざわと揺れる会場に

オウルさんの、静かな声が響いた。


それは、この魔法を伝えたのは

セツナさんだという事。


この魔法を使う、一番大切な役目を

セツナさんが担っていたという事。


なのに、セツナさんは誇ることなく。

穏やかに笑って、オウルさん達に答えていた。



その後、セツナさんがスクリアロークスを

どうするかで、酒肴の人達に緊張が走り


振る舞うと、セツナさんが宣言し

総帥が、受理した直後の酒肴のチームの人達の

盛り上がりは、すごいものだった。


この人達の、料理にかける情熱を

そこまで、夢中になれる、真剣になれるものを

その手に掴んでいるのを見て

心の底から羨ましいと思ってしまった。


何時か、俺にも見つかるだろうか?

自分の情熱を、傾けることができる何かを。

その何かが、酒肴のチームみたいに

暁の風で、アルト達と共に傾けられるものだといいのに、と

心の中で、祈ったんだ……。





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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2024年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景5 : 68番目の元勇者と晩夏の宴 』が刊行されます。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。 よろしくお願いいたします。
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