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刹那の破片  作者: 緑青・薄浅黄
第三章 : ゼラニウム
28/40

『 大会直前 』

【ウィルキス3の月30日:クロージャ】


 闘技場に来て、心無い冒険者の言葉にアルトはずっと苛立っていた。

俺達が耳にしても、酷いと思われる嘲笑や暴言。そして、舞台に居る

セツナさんを、馬鹿にして嘲うかのような会話にアルトと同じように

腹を立てながら試合が始まるのを待っていた。


怒りと悲しみを見せるアルトを見て

もしかしたら、俺もアルトを傷つけていたんじゃないだろうかと

いう想いが脳裏をよぎる。


俺の、俺達の言動はセツナさんを否定していたから……。


何度アルトが「師匠は強い! 最強なんだ!」と話していても

ビートやエリオの方が強そうに見えたし

黒に勝てるほどの実力があるようには思えなかった。


それは、俺達とは違う人に連れられて試合を観戦しているだろう

兄弟達も同じことを思っていたし


冒険者をしている兄貴達も同じ事をいっていた。

特に、冒険者をしている兄貴達は色々な事を俺達に教えてくれた。


風使いはチームの癒しが中心で攻撃魔法の種類は

少ないという事。戦闘に参加することは殆どないという事。


そして、風使いは、チームの要で

緻密な魔力制御や魔力管理を求められ

チームにとっての生命線だから攻撃に回ることは

ありえないと、それが常識となっていると教えてくれたんだ。


俺はまだ、魔法については詳しく知らないから

属性によって何が得意で、何が不得意かわからないけれど

兄貴達の話を聞いて、風使いは単独行動に向かないという事は理解した。


大会の事も、知っている情報を俺達に聞かせてくれていた。

今回の大会は、セツナさんが狙われる戦いになると。


例え、セツナさんがアルトが話す通り強かったとしても

大勢の人間に一斉に狙われたら回避のしようがないし

セツナさんは魔導師だから、詠唱を邪魔されれば魔法が使えない。

詠唱ができたとしても、風魔法で多人数を相手にするのは不利すぎると。


だから、セツナさんが優勝する可能性は限りなく低いと

風使いが、大会に出ることが間違っているんだと兄貴達がはっきりと告げた。


間違っていると、はっきり言う兄貴達に

セツナさんが、どうして大会に参加することを決めたのか

その理由を知っている俺達は、ただ兄貴達の言葉を聞く事しかできなかった。


アルトを守るために、大会の参加を決めたんだと


間違っているとしても……。

セツナさんは、アルトを守りたかったんだって

本当は伝えたかった。声に出しそうになるのをぐっとこらえた。


誰にも話してはいけないと

ギルドの総帥からも言われたし、大先生からも言われたから。


話題を変えるためでもあったけれど

ふと、冒険者をしている兄貴達はセツナさんの事を

どう思っているのか気になって、こんな質問を投げかけた。


『兄貴達は、セツナさんの事をどう思う?』



セツナさんの噂は酷いものが多い。

どれが本当で、どれが嘘なのかわからないものが多い。


アルトに聞いていいのかもわからない。

アルトに質問すると、答えられない事が結構あることに気がついたから。


質問に数秒黙り込んで、何かを考える表情を見せてから

答えることができるものは答えてくれるし、駄目なものは駄目だと告げる。


最初は、どうして教えてくれないんだと思ったこともあるし

友達なら、教えてくれてもいいだろうと言ったこともある。


だけど、アルトは話さないと言ったら

絶対に話さなかった。その事に不満を覚えて兄貴達に愚痴ると

俺達を呆れたように見て『お子様だな』と鼻で笑われた……。


そこで俺達は、守秘義務というものがあることを学ぶ。

『話さないんじゃない。話してはいけないんだ』と言われた。


それから『お前達と、アルトは違う。

お前達の間には、隠し事がないのかもしれないが

それが、友達にも適用されるとは思うなよ? 

友達だから、何でも話してほしいと思うのはお前達の我儘でしかない』と怒られた。


『親友なら、隠し事なんてするべきじゃないだろ!』


セイルが兄貴達に反論しているが

俺はそこに口を出すことができなかった。


『セイル。お前は、何でも話してもらえなければ

 親友とは認めることができないのか?』


『そんなことないけどさ

 気になるだろ?』


『確かに気にはなるけどな。

 自分が気になるからといって、友達を傷つけるのは良い事か?』


『傷つける?』


『そうだ。話したくないことを

 無理やり聞き出すのは、相手を傷つける事だろ?』


『……』


『今まではそれで問題なくやってこれたんだろう。

 だけどな。大人になるにつれて話せない事も

 話したくない事も生まれてくるんだ』


『わかんねぇよ』


『家族だから話せること。家族だから話せないこと。

 友人だから話せること。友人だから話せないこと。

 世界が広がるにつれて、悩み事の種類は増えていく』


『うーん』


セイルは、兄貴達の言葉に唸って考えていたけど

俺には兄貴達の言いたいことが理解できた。


俺にも、セイルやワイアットに言えない悩み事があったから。

アルトにも、話したくないことがあったから……。


『セイルにもわかるようにいうとしたら

 友達が嫌がることはやめろ!』


『わかった』


渋々と言った感じでセイルが返事をする。


『友達なら、話せない理由ごと支えてやれよ。

 それが親友ってものだろう?』


『うん。そうする』


セイルは自分のなかでやっと納得できたのか

笑って頷いた。


『話せないというのも、結構辛いものなんだぜ』


そう言って兄貴達は笑っていたけれど。

その通りなんだなって知ったのはここ最近だった。


そして最後に『戦闘に関することは、話さないと言われたら絶対に聞くな』と

真剣な顔をして釘を刺された。武器にしても防具にしても魔道具にしても

戦闘で使う技にしても、全てが自分の命を守るもので知られることで致命傷に

繋がることがあると教えられてから、質問する前に少し考えるようになった。


本当の意味で命を懸けるということを知ってからは

尚更、注意を払うようになった。何処で誰が聞いているかわからないし

それが、巡り巡ってアルトを危険にさらすことになるかもしれないと考えたら

とても怖くなったから……。



まぁ、俺達が注意を払うより前にアルトは自衛していたんだけど……。

その辺りは、アルトは本当に冒険者なんだって感じるところでもあった。

叩きこまれているというか、身についているというか……。


アルトはセツナさんと、どんな魔物を倒したかは教えてくれたけど

セツナさんとした依頼については、話してくれない事の方が多かったし

セツナさん自身のことも、あまり話してはくれなかった。


どういった魔法で倒したとか

どんな魔法を使うのかとか、そういった質問は一言も答えてもらえなかった。


だから、セツナさんの事で今俺達が知っている事と言えば

アルトの師匠で、医療院から勧誘が来るほどの治療魔法の使い手で

マルクル兄が、目を輝かせるほどの薬草知識に詳しい人という事しか知らない。


アルトと一緒に歩いていて、セツナさんと道であったりすると

俺達にも優しく笑いかけてくれるし挨拶もする。


アルトと同じで、弟妹達の願いを嫌な顔をせずに

優しく叶えてくれる人だ。弟妹達も懐いている。


だから、悪い人ではないと知っている。

知っているけど、それだけだ。


アルトに助けてもらった日、俺は冒険者になることを決めた。

暁の風に入れてもらうために、セツナさんに話しかけたけど

俺もセイル達もセツナさんに怒られると思っていた。


危険な場所に助けに来てくれたアルトを

傷つけるようなことをしたから……。


だけど、セツナさんは何も言わなかった。

アルトを怒ることもしなかった。その理由は理解できたけど

セツナさんは、俺達の知っている大人とは全く違っていた。


正直俺には、セツナさんという人がわからないでいる……。


冒険者には見えないと、アギトさん達の方が強く見えると言っても

大会で勝つのは難しいと思うという事を伝えても

怒っていたのはアルトだけで、セツナさんはそんなアルトを見て

楽しそうに笑っているだけだった。


どうして笑えるんだろう?


自分で失礼な事を言っている自覚がありながらも

そんなことを考えていた。俺ならきっと笑えないだろうから。


アルトと俺達の会話を止めたのも

解決策を見つけてくれたのもセツナさんだった。


その時のセツナさんは、少し怖いと思ったけれど

それ以上に、セツナさんが公開した情報を見た

黒達の方が怖かった。



俺達よりも情報沢山持っている兄貴達が

色々な噂を知っている兄貴達が、セツナさんをどう思ているのか


俺が黙って、兄貴達の答えを待っていると

兄貴達は顔を見合わせて苦笑を浮かべながら俺達を見る。


『正直、気に入らないな』


『え?』


兄貴達の意外な言葉に、俺達が唖然といていると

苦笑を深めて、理由を教えてくれた。


『俺達も、ビートやエリオに月光に入れてくれって言ったこともあれば

 同盟を組んでほしいと頼んだこともある。でもさ、一度として

 いい返事をもらったことはない……』


『……』


『暁の風のリーダーは、腕のいい風使いなんだとおもうけどさ

 それでも、月光はどことも同盟を組んでこなかったんだ。

 それは黒のチームも例外じゃなかった。どうして、暁の風なんだ?

 最近できたばかりのチームで、それもメンバーは2人だけ1人は子供。

 納得できるかって問われれば、納得できない人間の方が多いだろうさ』


『……』


『そうなると、大体の奴らがこう考える。

 獣人の子供がいるから、月光は彼を保護する為に

 暁の風と同盟を組んだ……ってな。暁の風のリーダーは

 獣人の子供を利用して、黒のチームに取り入ったんだ』


『それは違うと思う……』


俺の言葉に、兄貴達はわかっているという風に頷く。


『知ってる。ビート達に聞いたけど否定していた。

 月光と暁の風の同盟は、アギトさんが望んだものだったらしい。

 本当は、アギトさんは彼等を月光に入れたがっていたと言っていた』


『……そうなんだ』


『俺達は、ビート達から本当の事を聞けたわけだけど

 それでも、不満はあるんだぜ。黒のチームと同盟を組める

 それは、誰もが望むことで夢見ることだからさ……』


兄貴達はそういって、一瞬だけ俯いた。


『月光だけじゃなく、暁の風はすべての黒と同盟を結んだ。

 羨ましいを通り越して、妬ましいとも思えるね』


兄貴達は、そう告げてから深く溜息を吐いて

気持ちを入れ替えるように、俺達に笑みを見せる。


『気に入らないけどさ。

 彼が悪い人間でない事は知っているからな。

 他の冒険者のように、彼を悪く言うつもりはないし

 噂を肯定するつもりはない。だけど、否定するつもりもない。

 俺達は、俺達でやっていくだけだ。

 今の俺達には、それが精一杯ってところだな』


『そっか……』


兄貴達の気持ちはなんとなくわかった。

俺がアルトに認めてもらいたいように

兄貴達は、黒に認めてもらいたいんだ。


黒は沢山の冒険者が目指す場所だから。

だから、余計にすべての黒と同盟を結んだ

暁の風が嫌われているんだろうって理解した。


『お前らも、冒険者になるって決めたんだろ?』


『うん』


俺とワイアットとセイルが頷く。


『俺達のチームに入れてやってもいいからな』


そういって、笑って俺達の頭を撫でてから出かけていく兄貴達に

暁の風を目指しているとは言えなかった……。



アルトが苛々しているのを、皆で慰めながら

試合が始まるのを待っていた。


ざわざわとした空気の中、リオウさんが転移してきて

暫くしてから、ギルド総帥が会場に姿を見せる。


あれだけざわついていたのに、ピタリと会話が止まり

この場の空気が変わったのが分かった……。


どこか、張りつめた空気の中アルトが声を出して立ち上がり

舞台の上を凝視している。


その声に、その行動に俺達も舞台へと視線を向けると


そこには、セツナさんが立っていた……。


一瞬静かになった闘技場が、大きく騒めく。


「なぁ、クロージャ」


「うん?」


「セツナさんはいつ来たんだ?」


「わからない」


わからなかったのは、俺だけではなくビート達も

他の人達もセツナさんの登場に驚いていた。


舞台から視線を外したのはほんの一瞬だったのに……。

不思議に思いながらも、セツナさんを観察するように眺める。


全てが黒でまとめられている服装に

全く笑みを見せないセツナさんを見て

本当に、俺達が知っている人なんだろうかと疑問に思う。


アルトを見ると、アルトもどこか不安げにセツナさんを見ていた。

何処か緊迫した空気の中、リオウさんが小さく呟いた言葉に

黒達が反応し、そこから会話が紡がれていく。


俺達には、よくわからない会話がされていたけれど

それでも、その中に驚きで声が出なくなるような情報が紛れていた。


驚いていたのは、俺達だけではなく

ミッシェルやロイールそして2人の兄さん達も驚いた様子で

リオウさん達の話を聞いていた。


セツナさんが、ジャックの弟子?


本当に?

ハルで生活していて、ジャックの名前を知らない人間はいない。

黒の中の黒。世界最強といわれる冒険者。


孤高の狼、リシアの守護者など沢山の二つ名を持っている冒険者。

ジャックに憧れを持つ人間はとても多い。


俺もそうだしセイルもワイアットもそうだ。


セイルはアギトさんが好きだし

俺はエレノアさんが好きだけど、ジャックは特別だった。


ジャックの話を聞くたびに、心が躍ったし

ジャックのように強くなりたいと思ったこともある。


「ジャックの弟子……って本当かな?」


リオウさん達の会話を邪魔しないように

小さな声で、ワイアットが呟き本当にセツナさんが

ジャックの弟子なのかをアルトに尋ねようとアルトを見る。


だけど、それを言葉に出すことはできなかった……。

アルトが何かに耐えるように、拳を握って歯を食いしばっていたから……。


「……」


真剣な表情をセツナさんに向け、どこか悲しそうな

泣きだしそうなそんなアルトの姿に、声をかけようとするが

小さな声で、エレノアさんに止められる。


「……アルトは今、セツナと話しているのだろう」


エレノアさんの言葉に、セツナさんの方へと視線を向けると

セツナさんがアルトを見て、苦笑に近いような表情で笑っていた。


俺には何を話しているのかわからなかったけど

アルトの耳も尻尾もピタリと止まったまま動かない様子を見ると

楽しい話題ではないように思える……。


アルトが心配で、皆がアルトを見ているけれど

アルトは視線をこちらに向けてくれることはなかった。


唯々耐えるように、俯き体を震わせているアルトに

我慢することができず、声をかけようとした瞬間


アルトの前に、セツナさんが現れたんだ……。

転移魔法って、こんなにも簡単に使えるものなんだろうか?

兄貴達は、詠唱にもっと時間がかかっていたような気がする。


驚いてセツナさんを見上げるけれど

セツナさんと視線が合う事はなかった。


セツナさんは、右手の中指を軽く唇に当て

装着されているグローブを軽く噛みながら

左手で杖を壁に立てかけ、指の辺りを緩めてから

グローブを外した。


そして、優しくアルトの頭にそっと手を置く。


近くで見るセツナさんは、やっぱり今までのセツナさんとは違っていて

身じろぎせずに、セツナさんとアルトの会話を聞いていた。


アルトが胸に溜め込んでいたものを吐き出し

セツナさんがそれに答えていく。


そして、セツナさんの問いにアルトはあの日と同じように

揺らぐことなくセツナさんが最強だと言い切った……。


その言葉に満足したように、セツナさんが柔らかく笑い

そして一呼吸したあと、黒達に視線を向けて言葉を放った。


その時のセツナさんの瞳は

アルトに向けていたような優しさを含んだものではなく

笑みを見せることもなく、淡々と言葉を紡いでいく。


なぜか、体の震えが止まらなくて

どうして、こんなに体が震えるのかがわからなくて

隣りを見ると、セイル達も小刻みに体を震わせていた。


ミッシェルはナキルさんに抱きしめられていて

ジャネットとエミリアは、ルーシアさんとアニーニさんが

抱きしめていた。


ロイールは、顔色は悪かったけど震えてはいなかった。


セツナさんが黒から視線を外し

アルトに視線を戻した瞬間、息苦しさから解放され体の震えも

おさまったけれど、どこか緊張をはらんだ空気は薄れることがなかった。


俯いて、小さく息をつき、セツナさんとアルトに視線を戻すと

セツナさんが、グローブをはめ、杖を持って背を向けるところだった。


目に入るのは、漆黒のマントと黒色のガイアと呼ばれるエンブレム。


そして、セツナさんの声を聞く。


「しっかり見ているといい。

 この世界で唯1人。ガイアの魔導師である僕の戦い方を」


この時、セツナさんは戦う人間なんだってはっきりと理解した。

ここに居るのは、優しいセツナさんではなく

冒険者としてのセツナさんなんだって……。


俺達に一瞥を向けることなく

セツナさんの姿が消え舞台へと戻る。


舞台へと戻ったセツナさんに、冒険者の人達が暴言を吐いているけれど

それを耳に入れても、アルトが苛立った表情や態度を見せることはなかった。


そんなアルトを見て、俺達がアルトの言葉を信じて

アルトの気持ちに寄り添っていれば

アルトはもっと気が楽だったかもしれないと思い


先ほど感じた、アルトを傷つけていたという考えが

間違いではないとわかった。わかったからといって

今更何ができるのかと……落ち込みかけて


ナキルさんとミッシェルの会話を思い出す。


予定の時刻よりも早く来たミッシェルとロイール

そして俺達で、セツナさんが負けたらどうやって

アルトを慰めるかを考えていた。


だけど、なかなかいい案が思い浮かばなくて

あーでもない、こーでもないと真剣に話している俺達に

ナキルさんが少し呆れたようにミッシェルに声をかけたんだ。


『今から慰めの言葉を考えてどうする』


『だって、アルトはセツナさんが絶対に勝つって信じているんだもの』


『なら、お前も信じてやればいいだろう?』


『セツナさんが優勝するのが難しい事は

 兄さんも知っているでしょう?』


『それはそれだろう?』


『どういう意味?』


『まだ結果は出ていないだろ?』


『そうだけど』


『お前は、冒険者になりたいって話していたが

 絶対になれないって、私に言われたいのか?』


『え?』


『お前達が、いま相談していることはそれと同じだろう?』


『あ……』


ナキルさんの言葉に、ミッシェルが呆然とする。


『お前達の考えもわかるし、それがアルトを心配しての事だというのもわかる。

 だけどな、まだ何も決まっていないだろ? はじまってもいないだろう?

 なのに、未来を予測して慰める事だけを考えるのはどうなんだ?』


『……』


『お前も同じことをされて嬉しいか?

 冒険者になれなかった時の事を考えて、慰めの言葉を考えていて欲しいか?』


『絶対に嫌!』


『冒険者になるというのなら

 情報を集めて、その情報をもとに様々な対策を立てておくことは

 非常に大切なことだとが、今、それをする必要はあるのか?』


『……』


『お前が今すべきことは何だ?』


『……アルトと一緒に、精一杯セツナさんを応援すること。

 セツナさんの優勝を信じる事』


『そうだな。未来の事を考えて行動することも大切だが

 友人が信じるものを一緒に信じることも大切だろ?』


『うん……そうね。

 私もそう思う』


『喜びは、前もってでも祝えばいいが

 悲しみは、訪れた時に考えればいいんじゃないか?』


『うん』


ナキルさんは、それ以上何も言わなかった。


「……」


その後すぐに、アルトが来たから

この話はそこで終わってしまった。


どうしてもっと早く気がつかなかったんだろう。

どうして、あの時聞き流してしまっていたんだろう。


ナキルさんはミッシェルだけじゃなく

俺達にもアルトを信じてやれと話していたんだ。


アルトは信じてくれたのに!

俺が冒険者になることを、信じて待ってくれるって言ってくれたのに。


自己嫌悪で沈みそうになる俺の背をセイルが軽く叩く。


「なぁ。精一杯応援しようぜ」


セイルの言葉に、セイルも同じことを考えていたんだなとわかった。

ワイアットを見ると、ワイアットも深く頷く。


苦しんでいるアルトを見て。

暁の風に向けられる冷たい視線を見て。

心無い暴言を聞いて。


俺達は、今日、初めてアルトが立っている場所が

優しくないことを知ったんだ……。


セツナさんの噂をずっと耳に入れていたのに。

それを聞いて、アルトがどんな気持ちでいたかなんて

少し考えればわかる事だったのに。


セツナさんはいつも笑っていて

アルトは怒っているけれど、悲しんでいる感じはしなかった。

だから、気がつかなかったんだ。


俺達に、そういった感情を見せなかっただけだって

気がつけなかったんだ……。


「俺達は、何があってもアルトの味方でいよう」


俺の言葉に、セイル達だけではなく

ミッシェルとロイールも深く頷いてからアルトを見た。


結果がどうであれ、精一杯応援する

そう心に決めたのに……。


セツナさんは、俺達の応援など必要としないほどに

強いと知るのは、この後すぐの事だった……。




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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2024年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景5 : 68番目の元勇者と晩夏の宴 』が刊行されます。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。 よろしくお願いいたします。
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