『 最強の椅子 』
* 『僕とアルトの関係:前編・中編』のあとの話となります。
パタンと、扉が閉まる音がして少し経った後。
アギトちゃんが、普段より幾分低い声を出した。
「あの言葉、あれは本気だったな……」
「僕もそう思ったわけ」
「眠れる獅子を起こしたか?」
「……最後、冗談にかえていたが
あれは、セツナの本心だろうな」
「え? あの言葉……。冗談じゃなかったの?」
『アルトが僕を最強だと謳うのなら。
僕は、これから先誰一人として
僕の背より前には行かせないと
断言しましょう。僕の全身全霊にかけて』
怖いくらいの気迫と一緒に、紡がれた言葉に
一瞬本気にしかけた。だけどその後、私を見て
普段通りに、笑いかけて冗談だといったから
本気にはしなかった。
「あれは本気だったわけ」
「ククク、上等だ」
サフィちゃんが、目を細め
アギトちゃんが、口角をあげて笑う。
「駆け上がる覚悟を決めるかもしれんの」
「私達に対する、宣戦布告と受け取ろう。
全ての最強の座は誰にも譲らないと、宣言したのだから」
楽しそうに、そう口にするアギトちゃんに
私は、そっとため息をつく。
私は、誰が最強の座に着こうが興味はない。
体を壊すことなく、怪我することなく無事にいてくれたら
それでいいのだから。
それよりも、気になることは
セツナ君が、黙り込んだ一瞬に見せた暗い瞳。
背筋が冷たくなるほどの、冷酷な色を瞳に宿した。
あの時、彼はいったい何を考えていたんだろう?
私達に語ったことが、全てではないと全員が気がついている。
若い子達も、セツナ君の憎悪とその後に見せた空虚な目を見て
息をのんでいた。
彼が、皆が居る前でそれほどの感情を見せたのは
初めての事だ。きっと、私達がここに居るという事を
忘れていたのだろうと思う。何を想っていたのかしら……。
だけど、それを聞いても何も話してくれない事はわかっている。
考えても仕方がないことも……。
「私は、たとえ冗談だとしても
黒の前で同じことは言えないだろうな」
後ろから、落ち着いた声音が耳に届いた。
余り話すことがない、アルヴァンちゃんが話している。
「私も、無理だな。
口が裂けても言えない」
「一度、彼に手合わせを頼んでみようかと思うのだが」
「触発されたか?」
アルヴァンちゃんの言葉に、クリスちゃんが軽く笑いながら
言葉を返す。
「黒達が、あれほど彼を認めているのをみると
戦ってみたいと思わないのか?」
「私は、父さんと戦っている姿を一度見ているからな」
「……」
「今の私では到底、追いつけない場所にセツナはいる」
クリスちゃんの断言に、アルヴァンちゃんは少し息をのんでいた。
「そうか」
「納得できなさそうだな。
彼の強さは、実際見て見なければ理解できないだろうと思うが」
「引き受けてもらえるだろうか?」
「多分、無理だろうな」
「彼はなぜ、そこまで手合わせを厭うのか」
「面倒だからだろ?」
そう言って、クリスちゃんはアギトちゃん達を見た。
その視線を追って、アルヴァンちゃんがため息をつく。
「ああ、それは理解できる気がするな」
「一度引き受けてしまうと、そのあと断るのが難しくなるだろうからな」
「諦めるしかないのか」
「現状は、諦めるしないだろうな」
そこで2人の会話が終わり、アルヴァンちゃんは鍛冶場に行くといって
出ていき、クリスちゃんは自分の部屋へと戻って行った。
クリスちゃんとアルヴァンちゃんの会話を聞いているうちに
アギトちゃん達の話題も変わっていた。
「……しかし、私達よりも
サフィールが、セツナに言い聞かせるとは思わなかったな」
「結婚もしていないくせに、生意気なことだ」
アギトちゃんが、からかうようにいった言葉に
「ふんっ。子育てというのなら
アギトより、僕の方が子供時代のあいつらをよく知っているわけ」
「そうね。アギトちゃんは忙しく動き回っていたけれど
サフィちゃんは、私が子育てしている時はハルを中心に動いていたものね」
「……」
アギトちゃんが、サフィちゃんを睨むように見て
「お前が、サーラの妊娠中は殆どハルに戻らなかったのは
サーラがハルに居る間、ハルに残るためだったのか?」
「今頃気がついたわけ? 1年で研究資料を集めまくって
サーラがハルに滞在している間は、研究に時間を費やしながら
サーラ達を見守っていたわけ。
邪魔者がいない素晴らしい環境だったわけ。
安心するといいわけ。女の子が生まれたら
また僕が、サーラと一緒に見守っていてやるわけ」
「……そんなことさせるわけがないだろ?」
アギトちゃんとサフィちゃんの不穏な空気を感じて
酒肴の人達は、われ関せずと夜のお店を開店する準備に
部屋を出ていく。エリオちゃんとビートちゃんはいつの間にかいなかった。
「……サフィールは、本当に素直じゃないな」
エレノアちゃんが、私にだけ聞こえるように呟く。
本当は、アギトちゃんもわかっている。
月光は、狩を主体に動くチームだ。
だから、ハルだけに留まる事はできない。
その間、私が寂しくないように
私が困った時にいつでも手を出せるように、サフィちゃんは
何時も私の傍で、私とアギトちゃんを支えていてくれたのだ。
2人とも、意地っ張りだから
心の奥底でわかってはいても、言葉にすることは一生ないだろう。
多分、年をとっても2人はこのままだろうと思う。
そんな2人を見て
セツナ君にも、気兼ねなく本心を見せあえる友人ができることを願い。
アルトが、今の友人達とよりよい関係を築いていけるように
心の中で祈った。
支えあい、切磋琢磨できる本当の友人に出会えるように願った。