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刹那の破片  作者: 緑青・薄浅黄
第三章 : 苺の花
25/40

『 セリアちゃんと宝物 』

* サーラ視点

 エレノアちゃんと並びながら、アギトちゃん達が来るのを待つ。

アギトちゃん達は今、ナンシーちゃんから書類を受け取っているはずだ。

気を抜くと塞ぎ込んでしまいたくなる気持ちに歯止めをかけて

アギトちゃん達が戻って来るのを待つ。


「……大丈夫か?」


エレノアちゃんが、心配そうに私を見て声をかけてくれた。


「うん。大丈夫だよ。

 私より……彼等のほうが辛いと思うから」


「……そうか」


話題を変えるように、アギトちゃん達の後姿をみながら

エレノアちゃんに、話しかける。


「アルトは、ちゃんと狩ができたかな?」


「……大丈夫じゃないか?」


「元気に、帰って来てくれるといいんだけど」


「……怪我をすることはないだろう。

 アルトの傍に、アラディスをつけてある」


エレノアちゃんの言葉に、小さく笑う。


「エリオちゃん達は、自分達のPTに

 アラディスちゃんが入ると知って、目を白黒させていたわね」


「……まぁ、アラディスなら大丈夫だろ。

 アルヴァンと違って、会話ができる」


「ふふ……」


笑う声が、小さく消えてしまうのが自分でもわかる。


「……セツナも大丈夫だろう。

 セリアがついている」


「うん」


今日は、黒以外の全員が狩に出掛けてしまった為

家にいるのはセツナ君だけになってしまった。


できるだけ、独りにはしたくなかったのに……。

どうしても、行かなければいけない用事ができたのだ。

月光を去り、トリア草原へと向かった元メンバーの家族達から

面会希望要請が来ていると、朝早くに自宅のほうに連絡があった。

アギトちゃんと私、そしてサフィちゃんがギルドの会議室で会う事になっていた。


冒険者でもない人達が、自分の国を出てハルに来たのだ。

自分の伴侶が……。子供が、命を落としたことを知って

辛い気持ちを抱えながら、この国まで私達を訪ねて来たのだから

誠心誠意をもって、こたえなければいけないと心に決めていた。


本当は、黒の会議にアギトちゃんとサフィちゃんも参加するべきだけど

理由が理由だけに、今回はエレノアちゃんとバルタスちゃんだけが

参加という事になった。もちろん、その会議の簡単な内容すら

私に知らされることはない。


ただ……エレノアちゃんが、深刻そうな表情を作っていたから

もしかすると、黒達が動くことになるかもしれない。

何もなければいいんだけどなと願った。


エリオちゃんとビートちゃんに、留守番を頼もうとする前に

セツナ君を狩りに誘い、断られ、結局2人が全員行くと

言ってしまったことで、誰も家に残ることはなかったのだ。


無理に残ろうとすると、セツナは気にしてしまうだろうから。


どうしてこう、かみ合わない時は

とことんかみ合わないんだろう……。


「帰るわけ」


いつの間にか、アギトちゃん達が目の前にいて

サフィちゃんが、心配そうに私を見ながら帰ろうと告げる。


「うん」


「もう、直接

 庭に転移するわけ」


サフィちゃんが、魔道具を取り出し起動させたと思ったら

セツナ君の家の庭に、ついていたのだった。


セツナ君は、自分の部屋にいるのかなと思いながら

家の方を見ると、彼がピアノの椅子に腰を掛けていて

白い鍵盤と呼ばれるところに指を置いている。


もしかして……セツナ君は、ピアノを弾けるのだろうか?

自分の鼓動が、少し早くなるのを感じた。


セツナ君の背中が、真直ぐに伸び

集中していることがわかる。ピアノを弾く邪魔にならないように

私達の気配を消してもらう事にした。


「サフィちゃん。魔力感知を無効化する魔道具を……」


小さい声で告げた私に、サフィちゃんは首を傾げながらも

魔道具を使ってくれる。それと同時に私が結界を作り

アギトちゃんに、認識遮断の能力を使ってもらった。


「……サーラ?」


エレノアちゃんが、不思議そうに私を見ているのに気がついていたけれど

私は、セツナ君から視線を外すことができないでいた。

はやる気持ちを抑えて家へと足を向ける。


部屋から、流れてくる音に

心の全てを持っていかれるほど引き込まれた……。


胸に迫る……音。その音色と旋律はどこか重いような

悲しい様な……静かな夜を想わせるような曲だった。


「あれは、楽器だったわけ?」


サフィちゃんが、小さな声で呟いているけれど

私はそれには答えず、ピアノの音だけを追っていた。


エレノアちゃんも、バルタスちゃんも目を閉じて

その旋律に体を預けている。サフィちゃんもそれ以上

何も語らず、アギトちゃんも黙ったままセツナ君の背中を見ている。


何て綺麗な音色。

何て素敵な曲なんだろう。


そんな至福の時間を堪能している最中に

がやがやと、騒がしい気配が庭の転送魔法陣から現れた。


思わず全員が姿を見せた瞬間に、音声遮断の魔法をかけた。

いきなり、周りの音が聞こえなくなった若い子達は驚きながらも

私達の姿を目にすると、視線だけで会話しながら私達の傍へと来る。

私の結界に入ってきたことで、若い子達の周りにかけた

音声遮断の魔法だけを解いた。


部屋の中のセツナ君を見て、ピアノの音を聞いて驚いた表情を作ってから

誰も口を開くことなくその音色に耳を傾けていく。


アルトも黙ってセツナ君の背中を見つめていた。


数分で、弾いていた曲が終わりホッと息をつく。

マリアちゃんに弾いてもらった時も、感動したものだけど

セツナ君の演奏は全く違うものだった。


その余韻に浸っていると、ポツリとアギトちゃんが

その瞳に哀しみを宿しながら呟いた。


「あの選曲は、今のセツナの心の中を表しているのか?」


それは、私も気になった。とても綺麗な曲だけど

どこか、切ないような哀しいようなその旋律に……。

彼の心が泣いているのかもしれないと。


『セツナ。どうしてその曲を選んでくれたの?』


私達と同じことを、セリアちゃんが感じたのか

セツナ君に聞いている。どうやら、セツナはセリアちゃんの為に

ピアノを弾いていたようだ。


『この曲名は、月光というんですよ』


『月光?』


「え?」


私だけでなく、アギトちゃんも目を見張ってセツナ君達を見つめる。


『そうです』


『アギト達のチームと同じ曲名なのネ』


セリアちゃんの声音が、どこか残念そうに聞こえるのは

どうしてかしら?


『アギト達のチームに、この曲はあわないワネ』


セリアちゃんの言葉に、セツナ君がクツクツと笑う。


『アギトさん達のチームには、もう少し賑やかな曲が

 似合いそうですね』


そういって、穏やかに笑うセツナ君に

アギトちゃんが「十分私に、ふさわしい曲だと思うが」と憮然としながらも

セツナ君達が楽しそうに笑っていることに、安堵していたのが分かった。


『私の感想が聞きたくて、その曲を選んだの?』


『そうです。本当はもう少し長いんですけどね』


『いい曲ね。アギトにはあわないケド』


アギトちゃんは、セリアちゃんの言葉に

気を悪くした様子もなく、肩をすくめただけだった。


演奏も終わったことだし、窓を開けて入ろうとした時に

セリアちゃんが、少し俯きながら声を出した。


『セツナ。もう一曲弾いてもらってもいい?』


その寂しそうな声に、セツナ君がじっとセリアちゃんを見つめ

そっと息を吐き出し背筋を伸ばした。


『姫君の仰せのままに』


まるで騎士のような、返事で是と返したセツナ君に

私達の後ろにいる女の子は、きゃぁきゃぁと騒ぎ

エリオちゃんは、反対に面白くなさそうに2人を見つめていた。


『僕が好きに弾いてもいいですか?』


『……曲を指定してもイイの?』


『僕が知っている曲なら』


『じゃぁ……。最後の魔法という曲を知ってル?』


『ええ。知っています』


静かな声音で、セツナ君がセリアちゃんに答える。

セリアちゃんが望んだ曲は、有名な歌劇で歌われる曲の1つで

結構大昔からある人気の高い曲だ。


若い子達も知っている子が多いようで、物語の内容を

知らない子達に教えているようだ。


セツナ君が、鍵盤に指を置き滑らせるように

静かに、曲を弾きはじめた。最初は、明るい旋律だ。


セリアちゃんが、椅子から立ち上がり

ピアノの旋律に合わせて歌い始める。繊細に響くその歌声に

聞き惚れるように、各々が口を閉ざしていく。


『最初は、変な人だと思ったの。

 逢うたびに、私を口説きに来るんだもの。

 正直、とても迷惑をしていたの。

 なのに、いつの間にか貴方は私の心に入り込んでしまった』


この物語は悲恋ものだ。


街で、可愛い少女が青年の魔導師に声をかけられるところから始まる。

最初は、そっけない態度をとっていた少女だったが

青年の誠実さと、優しさにゆっくりと惹かれていき

2人は恋に落ちて、結婚を誓い合う仲となる。


楽しげな旋律に。幸せを歌う歌詞に

心の中が満たされていくような、気持ちを味わうが……。


『貴方は今日も、帰ってこない……。』


この歌詞から、旋律が悲しいものとなっていくのだ。


戦争がはじまり魔導師である青年は、戦争へと駆り出される。

毎日、毎日無事を祈りつつ青年の帰りを待つ少女。

だけど……その祈りは届くことなく、彼女の元へ

彼が怪我を負い、亡くなったという連絡が届く。


『信じているの。だって約束したもの

 私を愛していると。だから、私の傍に戻って来てくれると。

 私を置いて、死んだりしないと……一緒に幸せになると

 2人で誓ったのだから……』


最愛の人が亡くなったという現実を、受け入れることができず

毎日、彼の帰りを待っている少女。


セリアちゃんが、歌い終わり

哀しい旋律のまま、曲は続いていく。

思わず、ほろっときて涙が落ちる。私の傍にいる

女の子達も同じように、目元にハンカチを当てていた。


毎日、毎日雨の日も風の日も彼女は彼を待ち続ける。

そんな彼女の元にある日一通の手紙が届くのだ。


そして……。


『この手紙は、君を悲しませることになるんだろうね。

 約束を守れなくて、ごめん……』


セツナ君が、ピアノを弾きながら歌い始める。

ここに居る全員が、セツナ君が歌うとは思っていなかっただろう。

私もそうだ。ピアノの演奏だけで終わると思っていた。

息をつめて、全員がセツナ君を凝視している。


それは、セツナ君の傍に居るセリアちゃんも同じだった。

驚きに、少し口を開けてセツナ君を見つめている。


高くもなく、低くもないセツナ君の声。

歌を歌っても、食べていけると思うほど

セツナ君の歌声は、洗練されていた。

その声の出し方は、訓練を受けたものだとわかる。


心が騒めいて、息をするのも忘れてしまうほど惹きこまれた……。

アルトが小さい声で「おお、師匠の歌だ!」と喜びながら

尻尾を振っているのが見えた。


どうやら、アルトはセツナ君の歌を聞いたことがあるようだ。

アルトから、セツナ君へと意識を戻しその歌に集中する。


青年の手紙には、この手紙は自分が死んだら

少女の元へ届くようになっていると書かれており。

少女はその手紙を、涙を落としながら読むのだ。


青年が死んだら、自分も死ぬと言っていた彼女が心配で

彼が最後の力を振り絞って書いた手紙だった。


『どうか、僕のあとを追わないでほしい。

 君が笑って、生きていてくれることが僕の幸せだから』


切々と、少女の幸せだけを願う手紙にセツナ君の声に

胸が締め付けられるように痛い。涙が次から次へと零れていく。

それは、私だけではなく酒肴の女の子達も同じように涙を落としていた。


エリオちゃんは、ずっと俯いている。


手紙を読んだ少女は、心を決める。

だけど、それは青年の願いとは反対の事だった。

身を守るはずだった短剣を机の上に置き

手紙を読み終えたら、彼の傍へ行くと決めた。


『だけど……君は、死を選んでしまうんだろう』


そんな彼女の行動を予知していた青年は

彼女の幸せを願う魔法を手紙にかけていた。


『君が僕を、忘れますように……』


彼女がこの文に、目を通した瞬間手紙が光だし魔法が発動する。

少女は、その魔法を止めるすべを持たず気を失ってしまう。


机に伏せる少女から手紙が落ち

その手紙は、ゆっくりとその形を消していく。


そして、少女の目に触れることのなかった

2枚目の手紙もまた、ゆっくりと形を失っていった。


その手紙には、ただ一言……。

『愛している』と書かれていたのだった。


切ない旋律と共に曲が終わるが

だれも、声を出すことができなかった。


セリアちゃんは、立ったままセツナ君を真直ぐ見つめていた。


『どうして、歌ってくれたの?』


『僕と行動するようになって

 たまに、歌っていたでしょう?』


『え?』


質問の答えではないものが、返ってきたから

キョトンとした、表情を見せる。


『ここ最近は、毎日口ずさんでいるでしょう?』


『……』


『夜、独りで歌っているでしょう?

 何度も、女性が歌う旋律だけ。何度も』


『聞いてたノ?』


『綺麗な歌声だなと、思いながら聞いていました』


『酷いワ』


『そうですか?』


『そうよ』


ぷいっと、顔を赤くしてセリアちゃんはそっぽを向く。


『僕では、代わりにならないでしょうが

 それでも、終わらせれば別の歌を口ずさむことが

 できるんじゃないかと思ったんです』


セリアちゃんは、2人そろって初めて完成する曲を

ずっと1人で歌っていたんだ……。


『正直僕は、歌っている時にどうしてあの魔道具が駄目で

 この歌はいいのか、疑問に思わなくはないんですが

 同じだと思うんですけどね』


全然違うよセツナ君……。


「全然違うだろう」


「全く違うわけ」


アギトちゃんが低い声で呟き、サフィちゃんが呆れたように呟く。

エレノアちゃんとバルタスちゃんは、深く溜息を吐いた。


『同じじゃないワ』


セリアちゃんも、すぐに訂正するけれど

それ以上何も言う事はなかった。


最後まで彼女と生きようとして、助からないと悟った。

だから、最後の力を振り絞って彼女を生かすこと選択した青年と

生きようとせずに、その選択をしてしまえるセツナ君が

同じわけがない。


忘れてはいけない、一番の前提がセツナ君にはない。

自分の命を大切にするという前提が彼にはないのだ……。


私だって、自分の命1つで大切な人が守れるのなら

自分の命を懸けてもいいという想いは持っている。


でもそれは、最後の最後まで生きることが前提で

足掻いて足掻いて、最終的にたどり着く場所なのだと思う。


結果的に、あの魔道具を使う事になったとしても

その原因となった、黒達にまず責任を取らせるべきなのだ。

解決策を考えろと主張するべきで、怒ってもいい事なのに

彼に落ち度は何もないのだから……。


独りで考え、誰にも答えを求めず

助けを求めず、独りで完結してしまう。

自分の存在だけを消すことを選ぶ……それは本当に最悪だ。


若い子達が「魔道具ってなんだ?」と口に出し始めたのを

バルタスちゃんが「忘れろ」と有無を言わさぬ声で告げたことで

その話題はピタリと止まった。


『あの曲はね、彼も歌ってくれたのヨ』


堂々巡りになることがわかっているから

セリアちゃんは、魔道具の話題には触れずに

話を続ける。セツナ君も、特に気にすることなく

セリアさんの言葉に耳を傾けた。


あの言葉は、疑問に思ったことを口に出しただけなのだろう。


『セツナみたい上手じゃなくて、音も外れていたけれど

 私の為に歌ってくれたの。もう、彼の声も覚えていないけれど』


セリアちゃんは、寂しそうに小さく息を吐いて笑った。

その表情が、本当に寂しそうで悲しそうで……。

セルリマ湖で、泣いていたセリアちゃんを思い出した。


『無理に思い出さなくてもいいでしょう?』


セツナ君の言葉に、セリアちゃんが苦笑して

次の言葉で、その表情が驚きに変わった。


『近いうちに、逢えるんですから』


皆が不思議そうに、セツナ君を見た。

セリアちゃんが死んでから、ずいぶん時間が経っていると聞いている。

もう生きているとは思えないんだけど、会えるってどういう事かしら?


『彼の傍で眠れるように、セリアさんを連れていきますから

 思い出せないからといって、泣かなくてもいいんです。

 思い出そうとして、繰り返し歌わなくてもいいんです』


セリアちゃんが、キュッと唇をかみしめ俯いた。


そうか……。そうだったんだ。

セツナ君が、セリアちゃんから受けた依頼は

セリアちゃんが、想い人の傍で眠れるように連れていく事だったんだ。


セリアちゃんが、繰り返し同じ歌を歌う理由を聞いて。

とても切なくなった。あの歌は、セリアちゃんにとっての

宝物なんだと。記憶の中の彼がくれたものをセリアちゃんは

大切に抱いているんだと……。


『不甲斐無い僕ですが。情けない姿ばかり見せているので

 頼りないかもしれませんが……。


 不安も、恐怖もすべて僕に預けてくれませんか?

 セリアさんは、楽しい事だけを考えて過ごしてください。

 そして、沢山の幸せと喜びで胸を満たしてから

 彼の所へ行きましょう。その喜びを幸せを最愛の人に

 伝えることができるように』


『……』


『彼は、貴方の幸せを願ってくれる男でしょう?』


『うん』


『まぁ、そうでなければ僕が許しませんけどね。

 最悪、水辺まで追いかけてでも殺して差し上げますよ』


『……セツナなら、本当にしそうで怖いわネ』


『冗談ですよ』


『本当かしら?』


胡散臭そうに、セツナ君を見てから

セリアちゃんが笑った。


『だから、これからは楽しく歌ってください』


『もう、セツナの傍では歌わないわ』


『この家では、いろんな人が歌っているから

 いいんじゃないですか? 酒肴の人達は掃除をしながら歌ってますし』


セツナ君のこの言葉に、酒肴の若い子達が一斉に赤くなった。


『サーラさんも、気分のいい時には

 楽しそうに、色々と口ずさんでますし』


はなうたって、知らない間に歌っているのよね……。


『アルトとエリオさんは、自作してまで歌ってますから』


この言葉で、あちらこちらから笑い声がもれる。


『アルトとエリオが歌っている歌って

 お腹が空いた~とか、今日のご飯はなにかなぁ~とか

 食べ物の歌が多いわよネ』


『そうですね』


『アルトは、本当にかわゆいワ』


セリアちゃんが、この言葉を放った途端

アルトが眉間にしわを寄せながら、思いっきり窓を開けたのだった。


「俺は、男だ!!」


「ひぃぃぃぃぃぃぃ」


いきなりあいた窓とアルトの声で、セリアちゃんが驚いて

セツナ君の後ろへと隠れる。


「可愛いは、女に使う言葉だろう!!」


アルトが、セリアちゃんの傍まで行って

プンスカと怒っている。アルトの機嫌を直そうと

セリアちゃんは一生懸命謝っていた。


セツナ君は、私達の方を見て「おかえりなさい」と声をかけてくれたあと

私や、女の子達をみて心配そうに声をかけてくれる。


「サーラさんも、メディルさん達も目が赤いようですが

 大丈夫ですか? なにか、ありましたか?」


セツナ君にどう答えようか悩んでいると

アギトちゃんが「歌に感動して、泣いていた」とあっさりとばらした。


「……」


セツナ君は、窓の外にいる全員に視線を向け

「帰ってきたのなら、声をかけてください」と溜息を吐いた。


口々に、ピアノがすごく良かったとか

歌声が綺麗だったと褒められているけれど

セツナ君は、照れた様子もなく「ありがとうございます」と

笑ってお礼を言っていた。


ピアノに、触ってみたいなぁと思いながら

チラチラとピアノに視線を向けてしまう。


そう思うけど、なかなか言い出せないでいると

セツナ君が私を見て「手を洗ってから、弾いてください」と言ってくれた。


「いいの? 本当にいいの?」


「好きな時に、好きなだけどうぞ」


「本当に?」


「はい」


セツナ君に、詰め寄るように確認すると

彼が少し引いていたけど、憧れのピアノに触れるのが嬉しくて

全く気にならなかった。


指一本で、ポンポンと鍵盤を押していると

「弾かないんですか?」とセツナ君が不思議そうに私を見る。

「弾けないの」と答えると、セツナ君が部屋から出ていき

すぐに数冊の本を抱えて戻ってきたと思ったら


「ピアノの練習本です。これを見ながら弾いてみたらどうですか?」と

持ってきた本を、全部私に渡してくれる。


嬉しくて思わず抱き付いてしまい

アギトちゃんに、引き離されるまでくっついていた。


この日から、私はピアノに魅せられて

毎日練習するようになったが、3日目にアルトに「煩い!」と言われ

ちょっとだけ涙が出そうになったけど、そう思っていたのは

アルトだけではなかったようで、しょんぼりと落ち込んでいると

サフィちゃんが「結界をはればいいわけ」と慰めてくれた。


でも、サフィちゃん貴方もうるさいと思っていたのね……。


いつか「煩い」ではなく「綺麗な音」と言ってもらえるように

頑張ろうと心に決めた。



私は、セツナ君が貸してくれた本を見ながらピアノを触り

アギトちゃんは、酒肴の若い子達がいれた飲み物とお菓子を

つまみながら、セツナ君に「月光の曲は素晴らしかった。

私にピッタリの曲だ」と告げて、色々と呆れられていた。


私とアギトちゃん達のちょうど中間地点辺りで

セリアちゃんとアルトが、楽しそうに話している。

どうやら、アルトの機嫌は直ったようだ。


「アルトは、何か歌を知ってるノ?」


「知らない」


「じゃぁ、私が教えてあげるワ」


「えー。別にいらない」


「お友達と歌う事があるかもしれないワヨ」


「……」


「覚えておくといいかもしれないワ。

 ハルで人気の曲を、教えてあげるかラ」


「うーん」


「ね?」


「うん」


セリアちゃんにうまく乗せられて

セリアちゃんが歌った後に、アルトが続いて歌いだす。

アルトの声もなかなか素敵だ。


この年齢しか出せない、不思議な魅力があると思う。

アルトが教えてもらっている曲は、森でクマに出会ってしまうという曲だ。


「なんで、逃げろって言っておいて追いかけてくるの?」と

アルトが歌詞に疑問を抱いて、セリアちゃんに質問しているけれど

「知らないワ」と言われて、眉間にしわを作りながら歌っていた。


アルトから少し離れたところで、3番隊が微妙な表情を浮かべながら

話しているのが聞こえた。


「俺さ、あの歌を初めて聞いた時

 絶対、クマの奴らが酔っぱらって悪ふざけをしたなと思ったんだが」


「あーそれ、僕も思ったよ」


「だろ? 人間には、俺達が変化したら動物か獣人かなんて

 見分けなんてつかねぇだろうしな」


「まず、襲われると思って気が動転しているだろうしね」


「それでさ、最後まで歌詞を知らなかったから

 逃げる途中に、何か叫んだのが気に障って

 ぶっ殺したんだと思ってたけど違ったんだな」


「そんな歌、誰も歌わないだろう」


「まぁ、確かにそうだな」


「絶対にないとは言えないけどね」


私は、何も聞かなかったことにした。


アルトは、セリアちゃんから2曲目を教わっているようだが

またしても、歌詞がきになるようで「結局、手紙の内容は何だったの!?」と

アルトが叫んでいるが「知らないワ、食べちゃったんだもの」と言われて

眉間のしわがますます深くなっていた……。


セリアちゃん、その選曲はどうなのかしら……。


3番隊の子達は、これまた微妙な表情を浮かべながら

色々と話をしている。詳しい内容は聞かないほうがいいと

私の勘が告げてたので、意識をその会話からはずし


ふと、セツナ君の方を見ると

セツナ君は、どこか遠い目をしながら海を眺めていたのだった。




参考楽曲


* 『月光:ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン』

* 『The Other Day, I Met a Bear:アメリカ民謡』

* 『やぎさんゆうびん:作詞:まどみちお 作曲:團伊玖磨』


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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2024年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景5 : 68番目の元勇者と晩夏の宴 』が刊行されます。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。 よろしくお願いいたします。
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