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刹那の破片  作者: 緑青・薄浅黄
第三章 : 苺の花
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『 後悔 』

* サーラ視点

 真夜中の家の庭で、自分の中の怒りを吐き出すように

剣を振っているアギトちゃんを、寝室の窓から見つめていた。


本当は、傍に居たかったけど。

私が傍に居ると、剣を振るのをやめてしまうだろうから。


『完全に僕の存在を消すことができます』


何の躊躇もなく、セツナ君が自分の存在を消すと言った瞬間

アギトちゃん達の、纏う空気が変わったのがわかった。


セツナ君も、それは気がついていたと思う。なのに……。

アギトちゃんが怒りを見せても動揺することもなく

『便利な魔道具』だと言葉を続けようとして


サフィちゃんに、遮られても戸惑いの表情を見せるだけ。


私が見せた涙に、『ど、うして』と呟き

目を見張って、彼は本気で驚いていた。


アギトちゃん達が、怒っている理由も

サフィちゃんが、許可できないと止める理由も

エレノアちゃんと、バルタスちゃんが厳しい視線を向けても


彼は、その理由にたどり着くことはなかった。


『本当にわからないのか?』


苛立ちを抑えながら、二度目の言葉を放った

アギトちゃんに、セリアちゃんがその場に表れなければ

セツナ君は『わかりません』と答えたのだと思う。


セリアちゃんが、その魔道具を使う事の意味を

セツナ君に教えても……。彼は不思議そうに、最悪の言葉を吐いた。


『僕の存在なんて、どうだっていいことでしょう?』


本当に不思議そうに、存在を消すことの何が悪いのかと

その目が語っていた。アルトは守ろうとするのに

彼は、自分自身を守るつもりは一切ないのだと痛感した。


あの日、初めてこの家に来た日の夜に見た戦闘が脳裏をよぎる。


自分の命を顧みることなく、片腕を捨ててまで闘う姿。

自ら剣を手放し、ジャックに殺されることを選択した姿。

そして、月明かりの中親友に心臓を貫かれ血まみれになりながら

慟哭するように、笑い続けるセツナ君の姿を鮮明に思い出した。


空気が一瞬凍り付き、苛立ちが頂点に達したアギトちゃんが

セツナ君の胸辺りの服を掴んで、持ち上げる。


ここまで切れた、アギトちゃんを見たのは久しぶりかもしれない。


『本気で言っているのか! 本気で!!』


慌てて立ち上がり、アギトちゃんを止めようとするけれど

アギトちゃんは、怒りに支配され私の声が耳に入っていないようだった。


その手を、放すきっかけを作ったのはセリアちゃんで

彼女は、今まで見せた事のない表情でアギトちゃんを見つめていた。


セリアちゃんが、簡単に自分を殺しては駄目だと

それが、アルトの為でも殺していい理由にはならないのだと教えても

セツナ君の心に、届いた様子がないのは誰にもわかったはずだ。


その事に、アギトちゃんが手を出そうとする寸前で

今度は、エレノアちゃんがアギトちゃんを止め

自分の感情を、抑えることができないと判断したアギトちゃんは

部屋から出ていく事を選択したのだった。


それからずっと、アギトちゃんは庭で剣を振り戦っている。

エリオちゃんとビートちゃんは、割り当てられた家に泊まるらしく

帰っては来なかったけど。クリスちゃんは、私達にその後のセツナ君の様子を

教えに戻って来てくれたようだ。


「バルタスさんと、サフィさんが

 セツナさんに、魔道具を使わないと約束させていました」


「セツナ君は、使わないと言ったのね?」


「はい」


「……」


「母さん?」


「セツナ君は……」


本当に使わないと思う? と言葉にするか悩んでいると


「母さん、セツナさんは使わないと思います。

 約束は、守ろうとする男だと思いますから」


「そうね。ありがとう。

 クリスちゃんも疲れたでしょう? もう寝るといいわ」


クリスちゃんは、「はい、休みます」と言いながらも

窓の外へと視線を向ける。


「セツナさんの、今日の言葉は本心だったと思います」


「……」


クリスちゃんは、私の方に視線を向けることなく

自分の考えを口にするけど、それは殆ど断定に近かった。


「セツナさんは、その感情も本心も読ませることは

 しないから、彼の本心がどこにあるのか酷く分かり辛い

 ですが、今日のあの言葉は、彼の本心だと私だけでなく

 アルヴァンもそう感じたそうです」


「……」


「彼は……」


クリスちゃんは、そこで口を一度閉じ視線を私に向けてから


「アルトの為なら、躊躇なくその命を捨てるんじゃないかと感じました」


クリスちゃんの言葉に、体が震える。

アルトの為に、命を捨てることができ

そして、セツナ君自身も生きることに執着がないと知っている。

だけど、それをクリスちゃんに伝えるつもりはない。


「大丈夫。大丈夫よ」


クリスちゃんに、というより

自分に言い聞かすように、口を開く。


「私とアギトちゃんが、絶対にそんなことはさせないわ」


いまだに剣を振っている、アギトちゃんを見ながらそう答えた。



クリスちゃんが、部屋を出ていったあと

アギトちゃんを呼びに行こうと、窓から視線を外した瞬間

アギトちゃんに向かって、魔法が飛ぶのが視線の中に入った。


驚きながらも、その魔法を放ったのが誰なのかは想像がついているため

急いで、庭へと向かう。


アギトちゃんは剣を構え、サフィちゃんは魔法をいつでも発動できる

状態にいる。どちらもにらみ合ったまま、微動だにせず睨み合っていた。


「アギトちゃん! サフィちゃん!」


今ここで、戦闘になればだれも止めることができない。

緊張の中にいる私に、サフィちゃんが私をチラリと見てから

魔法を解除した。


「サーラに負担をかけるのはやめるわけ」


その言葉で、アギトちゃんも剣をしまう。


「なにかようか?」


何処か突き放すようなアギトちゃんの声音に

「一言、忠告しに来たわけ」とサフィちゃんが無表情で告げる。


「何をだ」


「セツナの心に、負荷をかけるのはやめてほしいわけ」


「……間違ったことを、止めようとしただけだろ?」


「お前のやり方は、間違っていると言っている」


「どこがだ」


「わからないわけ?」


アギトちゃんが目を細めて、サフィちゃんを射る。


「お前の、止め方は

 自分の子供には、有効な方法だろう」


「私は、自分の子供と同じように思っている」


「お前だけが、そう思っているわけ」


「……」


「力づくで、教えようとしてもセツナには

 唯の暴力でしかないわけ。お前とクリス達の間には

 あいつらが生まれた時からの、愛情を元に信頼関係が

 結ばれているわけ。だから、お前やサーラがあいつらに

 手をあげたとしても、それは愛情ゆえだと理解できる。

 

 だけど、僕やお前そしてバルタスやエレノアも

 今あそこで暮らしている者すべて、セツナにとっては他人なわけ。

 例外はアルトだけ。もっと正確に、話してやろうか?」


「何をだ」


「フィーが言っていただろう?

 セツナは、人間だろうが、獣人だろうが

 精霊だろうが、竜だろうが、関係ないのなの。全て同じなの、と

 あいつにとって、アルトとクッカそしてトゥーリ以外は

 他人と同じわけ。その他人と少しだけ、区別されているだけに過ぎない。

 

 間違えてはいけないのは

 自分の不都合と、若い奴らの望みを天秤にかけ

 若い奴らの望みを叶えてやる、あいつの優しさは本物なわけ。

 矛盾している感情と戦いながら、生きているあいつに

 力づくで教えようとしても無駄なわけ」


アギトちゃんが、サフィちゃんから視線を外し

肩を落として、深く溜息を吐き出す。


「根気強く、何度も言葉で態度で教えていくしかないわけ」


「……お前に、説教されるとはな」


アギトちゃんは、そう言葉にするとサフィちゃんに

背中を向けて、歩き出し始めるがサフィちゃんがそれを止める。


「話しは、まだ終わっていないわけ」


「まだ、あるのか?」


「エレノアからの伝言なわけ」


「なんだ」


「セツナが、アルトに不機嫌な態度をとらない。手をあげない理由を考えろ。

 それから、アルトの前でそういった感情を絶対に見せるな」


「……」


「ちゃんと伝えたわけ」


サフィちゃんは、私にもアギトちゃんにもそれ以上何も言わず

転移魔法を使い、庭から消えた。


サフィちゃんの最後の言葉に、アギトちゃんが拳をぎゅっと握り

歯を食いしばる。アギトちゃんの表情は、深い悲しみと後悔。


「サーラ、私は無力だな」


「……アギトちゃんだけではないわ」


「エレノアもサフィールも、そしてバルタスも気がついていたのだろう。

 私と同じぐらい手の早い、バルタスもサフィールも手を出さなかった」


サフィちゃんもバルタスちゃんも、若い子達が間違ったことを

言ったり、したときは本気で怒り手をあげることもある。

遠慮する性格などでは、決してない。


なのに、セツナ君にだけは怒りはみせても手をあげることはなかった。

それは、セツナ君がアルトと同じ経験をしてきたことを胸に刻んでいたからだ。

セリアちゃんが、言葉ではなく魔法でアギトちゃんを止めたのも

同じ理由からなんだろう。


「本当に、私は不甲斐無い」


アギトちゃんは、ずっと後悔していた。

セツナ君を、サクラちゃんに会わせてしまったことを。

セツナ君と、サクラちゃんの問題に力を貸せなかったことを。


そして……今日その後悔がまた一つ増えた。


自分のせいで、余計な注目を

セツナ君に、向けてしまったことを……。


耐えるように立つ、アギトちゃんの背中が

とても悲しく見えた。自信にあふれ、頼りがいのある背中を

ずっと見てきた。これほどまでに、落ち込んでいるのを見るのは

ビートちゃんが、死にかけている状態で連れ戻してきた時以来だった。


私はそっと、その背中に顔をつけ

アギトちゃんの背中に抱き付く。哀しみを後悔を

一緒に分け合えるように……。


「私とアギトちゃんには、理解できない事があるわ。

 それを免罪符にするつもりはないけれど……。

 私達は……。本当の孤独を知らないし

 絶望の片鱗も知らない。このような言い方は

 サフィちゃんやエレノアちゃん、バルタスちゃんを

 傷つけるかもしれないけれど、私達はとても恵まれていたのだと思う。


 サフィちゃんは、自分の手で家族を。

 バルタスちゃんは、親と死に別れて

 ギルドの孤児院ではないところで育った。

 エレノアちゃんも、伴侶に死なれ

 お腹の子供を守るために、全てを捨てなければいけなかった」


「……」


「私達よりも、サフィちゃん達は

 セツナ君の心の内を、理解することができるのだと思う。

 孤独の意味を。絶望の意味を私達よりも深いところで

 知っているのだと思う……。それは、とても苦しいことで

 悲しいこと……ね。だから、私達とは違う視点で

 彼を救おうとしているのだと思うの。


 今日のような、間違いを二度としないように

 細心の注意を払わなければいけないけど

 それでも、間違った時はサフィちゃん達が

 止めてくれる。一緒に、セツナ君を繋ぎ止めてくれる」


「……」


「だから、アギトちゃん

 焦らないで、セツナ君とアルトとゆっくりでも

 家族になれるように……歩いていこう」


セツナ君の、帰る場所となれるように。

そんな、存在になれるよう……一緒に歩いていこう。


アギトちゃんが、そっと私の手に自分の手を重ね

「そうだな……」と呟き暗く重い雲を広げる空を見上げた。



 

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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2024年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景5 : 68番目の元勇者と晩夏の宴 』が刊行されます。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。 よろしくお願いいたします。
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