『 酒肴 3番隊 : クローディオ 』
本格的な冬に入り、雪が降る日も多くなった、
他の国と違って、ハルの結界内は雪がそう多く積もることはない。
結界から出ると、歩くのが億劫になるほどの雪が積もるが街の中は
子供達が、雪遊びを楽しめるぐらいの雪が積もる程度だ。
今日は、珍しく太陽が姿を見せていた。
凍えるような日がこれから、ウィルキス3の月の終わりまで
続くのかと思うと、少し憂鬱になるが寒ければ寒いほど鍋が美味くなると
考えると、冬もいいものだと思い直す。
酒肴のリーダーそして、黒であるバルタスさんに拾われ
命を救われなければ、鍋の美味さも知ることはなかったが。
こんな考え方が、馴染むほど酒肴の空気に染まっている自分に
呆れることもあるが、それは俺だけではなく一緒に助けられた
親友のイーザルと、恋人のシルキナにも当てはまることだから
これが普通なんだろう。
助けられて、本当によかったと思う。サガーナを出て3人冒険者になり
順調に依頼を受け。人間に対しては、不信感を持ちながらも
良くされれば、その警戒心も薄れるというもので
仲良くなった人間とチームを組み、大型の魔物を仕留めに行く事になったのだが
俺達の力では、到底倒すことができない魔物と遭遇してしまった。
何があったのかは、思い出すのも胸糞悪くなる話なのだが
簡単に言えば、俺達を囮にして人間達は一目散に逃げかえったのだ。
あいつらの後姿を、横目で見ながら引き留める手段は持たなかった。
集中力を切らすと、一撃で死ぬ状況だ。
『シルキナ! お前も逃げろ!』
『嫌よ!』
『シルキナ! クローディオと私で時間を稼ぐ
お前は、逃げるんだ!』
『嫌! 絶対に嫌!!』
絶望の涙を浮かべながらも、逃げようとしないシルキナ。
2人がかりでも、翻弄されるような魔物の力に徐々に怪我が増えていく。
もう駄目だと思いながらも、シルキナを死なせたくない一心で
必死に戦っていた。状況は好転することなく、イーザルが戦えなくなり
これで終わったと理解した。せめて、シルキナだけはと思い魔物を連れて
この場から離れるために、覚悟を決めた時、目の前の魔物が吹っ飛んでいった。
そう……吹っ飛んでいったんだ。
茫然とする俺達の目の前にいたのは、おやっさん達だった。
突然現れた人間に警戒するが、俺とイーザルそしてシルキナの周りに
ワラワラと大量の人間が合流する。
それぞれが、口々に心配の言葉を俺達にかけ
風の魔法を使い治療してくれた。
動く気力もなく、動くこともできず人間を恨みながらも
人間達のされるままとなっていたのだった。
そんな中で、聞こえた声。その言葉は、きっと一生忘れないだろう。
『おやじ! 今日の晩飯はこれで決まりだな!』
俺達が、瀕死になりながら戦っていた魔物が晩飯扱いかよ……。
魔物は、おやっさんとニールさんに倒され手際よく解体された。
人間に裏切られたばかりで、人間の事を信じることができず
酷い態度をとったと思う。
そんな俺達を、おやっさん達は気にすることなく受け入れてくれた。
3人では危険だという事で、ハルまで連れて帰ってくれたのだった。
今までは、クットで活動していたが
ハルという街に魅せられて、拠点をハルへと移した。
ハルという街は、獣人に優しく居心地がよかったのもある。
ハルへと連れてこられて、なんだかんだとあったが
数か月後、おやっさんに『酒肴へはいらんか。美味いものが食えるぞ』と
誘われて加入することにした。食べ物につられたわけでは決してない。
人間すべてが、俺達にとって敵ではないとわかっている。
それでも、初対面の人間を受け入れるのは俺達にとっては
中々に難しい事だった。
サガーナからの連絡網で、セツナとアルトの事を知った。
人間はいつ、俺達を裏切るかわからない。蒼露様が加護を与えたと
長達が全員セツナを認めたとしても、俺達は警戒を解くことはできなかった。
だが、蒼露様の命令は絶対だ。それだけは、破ることはできない。
破ろうとも思えない。だが、心が叫ぶんだ。
アルトを守らなければと。
あの時の俺達のように、傷つく前に守らなければと。
その人間は、獣人の子供を守り切れる強さを持っているのか? と。
だから、俺達は決めたんだ。俺達が、あいつを見極めてやると。
そして、あいつがアルトに対して害になる人間ならば……国に報告しようと。
セツナとアルトの関係に、口を挟むことはできないが
報告することはできるのだから。
状況は俺達に有利なほうへと動く。
正直、お前はそれでいいのかと口を出したくなったが……。
あいつの思考はよくわからない。
友人のエイクも同じことを、手紙に書いていたような気がする。
セツナのアルトに対する、会話や態度
そして、エイクからの手紙で俺達の中のセツナという人間が
悪い人間ではない事を形造っていく。
ゆっくりとではあるが、警戒心が薄れていく頃
セツナが、アルトに対して放った言葉に心の中の嫌悪が顔を出した。
それは俺だけではなく、イーザル、シルキナ、同じようにおやっさんに
助けられた、獣人のコルトとメディルも同様だったようだ。
初めて学校へ行って、落ち込んで帰ってきたアルトに対して
『よかったね』といったのだ。その言葉に、頭にきて口を出そうとしたが
イーザルに止められた。
アルトも驚いたようで、『なにがよかったの!?』と返事していたが
その後の、セツナの話で俺はゆっくりと落ち込んでいった。
俺は、もしかしたら沢山の星を握りつぶしていたのかもしれないと。
人間に裏切られた俺達を、心配して声をかけてくれた人間もいた。
俺達が『かまわないでくれ』と突っぱねると、何も言わず
寂しそうに笑って、困ったことがあったら相談にのると言ってくれた人間は
確かにいたのだ……。酒肴に入る前は信じることができず、入ってからも
自分達の生活に追われて忘れていたけれど……。
暗く落ち込む俺に、おやっさんが『今のお前は、昔のお前じゃなかろう』と
声をかけてくれた。おやっさんと話したことで、気分が少し浮上する。
おやっさんは、呆れるほど俺達の事をよく見ている。
メンバーの誰かが落ち込んでいたり、様子がおかしかったりすると
すぐに気がついて、何かしら言葉をかけていた。
そんなおやっさんのチームだからか、酒肴はいいようにいえば
面倒見がいい。悪くいえば、お節介だ。時々、うざくなることはあるが
国から離れている俺達に、差し伸べてくれる手があるというのは
心強いことなんだと、全てが落ち着いてから気がついた。
アルトは、そのお節介に頬を膨らませている時もあるが
そんな仕草も、可愛いせいか誰もやめようとはしない。
そのうち、嫌われる奴がでてくるかもしれない。
俺も、嫌われない様に、気を付けないと……。
次の日から、俺はセツナという人間を純粋に観察してみる。
警戒心や、疑惑などの感情を極力省きセツナという人間を理解してみようと
思ったのだ。
誰よりも朝早く起き、広すぎる庭で訓練を始めるセツナ。
そして、アルトが起きてきてアルトと一緒に毎日違う訓練をこなす。
普段アルトに対して、俺達から見ても甘すぎるだろういうほどのセツナが
訓練になると全くその甘さを見せることはなく、初めてその光景を
目の当たりにした時は、物凄く驚いた。
エイクの手紙で、その訓練を止めることはするなと
忠告されていた事もあり、口は出さなかった。
そして、セツナとアルトの訓練を毎日見ているうちに
セツナが、信じられないほど緻密に自分の力を制御し戦っている事を知った。
必ず用意されているのだ、セツナの攻撃を回避するか受け止めるか
もしくは、反撃する方法を……。そして高価な魔道具を、湯水のように使わせる。
使うことに慣れないと、いざという時に使えないからと言って……。
これには、俺達だけではなく
黒も含めて全員が、驚いてはいたがやはり口出しはしなかった。
いや、できなかったが正しいかも知れない。
俺達獣人は、アルトが青狼の子供であることを知っている。
その色を隠していることも。普通の獣人でも危険が付きまとう中
青狼の子供であるアルトは、俺達よりも遥かに敵が多くなるだろう。
その事も考慮に入れて、セツナがアルトを鍛えているのであれば
俺達はそれを見守るしかない。
それに、正直アルトが羨ましいとも思った。
そう思ったのは、アルトがセツナから
格闘技をならっている時だ。
何時もとは違い、アルトが何度も何度も同じ型を繰り返し練習していた。
俺達も見たことがないものだ。だから、訓練が終わった後アルトに聞いた。
その型は、何か特別なものなのかって。
『じいちゃんの得意技だった』
『……』
アルトがじいちゃんと呼ぶ人物が、サガーナの英雄である
ラギール様だと、エイクから聞いて知っている。
『この型が基本で、ここから連続して技が続いていくんだ。
それが難しくて……。俺は、最初の型もまだできない。
師匠は、全部覚えているから教えてもらっているんだ』
英雄の技を、全部覚えている?
息をのんだのは、俺だけじゃない。
イーザルもコルトも同じように息をのみ、真剣な目でアルトを見ていた。
考えたことは同じだろう。
『アルト、俺達もセツナからラギール様の技を教えてもらう事は
可能だろうか?』
言葉にしたのは、イーザルだ。
アルトは、セツナとの訓練や勉強に他人が入ることを極端に嫌う。
アルトは、じっとイーザルを見てから口を開いた。
『俺の訓練が終わったあと、師匠がいいって言ったら
教えてもらったらいいと思う』
『いいのか?』
『じいちゃんも、そのほうが喜ぶと思うんだ。
受け継ぐ人が、多ければ多いほどじいちゃんは
ずっと、サガーナの傍に居ることができると思うから』
『……』
アルトの大人びた考え方に、絶句する。
半獣の成長は、人間よりだというが……アルトは……。
『飯ができたぞー』
庭に向かって、4番隊のダウロが叫んだ。
その声を聞いて、アルトの耳がピンと立ち尻尾がせわしなく動き出す。
続きは、飯を食い終わってからでいいかと思い
アルトを促して、部屋へと戻った。
『師匠ー』
『どうしたの?』
『クローディオさん達が、師匠に格闘教えてほしいって』
『え?』
『俺、ご飯とってくる!』
話したい事だけを話して、アルトは一目散に
調理場のカウンターへと走って行った。
『……』
セツナは、黙ってアルトの背中を見送ったあと
首を傾げながら、俺達へと視線を向けたのだった。
セツナが、この部屋にいるときは
黒達と話していることが多い。
黒が居ない時は、月光の奴らがあれこれとセツナと話している。
俺達は、店があることからそう時間がないこともあり
まだあまり話したことはなかった。
断られるかもしれないと思いつつも
英雄の残したものを俺達も教わりたかったから
先ほどアルトと話したことを、セツナにも告げる。
『確か、お店は5のつく日が休みでしたよね』
『ああ、5と0のつく日が店の休みで
月に2日、隊での休みも認められている。
あと宴会の次の日も休みになった』
『え? そうなんですか?
お店は大丈夫なんですか?』
『大丈夫だろ。今までだって美味そうな魔物がでたと
ギルドで聞いたら、休みにして狩にいくしな』
『酒肴らしいですね。隊の休みというのは?』
『酒肴は人数が多いだろ? だから、グループ分けがされてるんだ。
1番隊から5番隊まである。1番から4番は冒険者登録をしているもの。
5番隊は、情報収集及び調理専門だ。俺達は3番隊で3番隊には
獣人しかいない。受けたい依頼や集めに行きたい食材があった場合
前もって、申請しておくと休みがもらえる』
『なるほど』
『酒肴にとって大切なのは、飲んで食う事だからな』
『……』
『それで、受けてくれるのか?』
『はい。僕でよければ。
お店が休みの日でもいいですし、アルトの話した通り
アルトの訓練のあとでも構いません』
『よろしく頼む』
俺達が、頭を下げるのを見て他の隊の奴らが
驚いた表情を作っていた。その中にはメディルとシルキナもいる。
他の隊の奴らは、俺達獣人が、セツナと距離を取っていることを
知っていたから、その驚きは尚更かもしれない。
『どうした、何か問題が起きたか』
俺とセツナの様子を見て、おやっさんが口を挟みに来る。
『なんもない。セツナに格闘を教えてくれって
頼んでたんだ』
『なぜじゃ?』
おやっさんだけではなく、朝食を食べに来た全員が聞くことになったが
遅かれ早かれわかる事だろうから、全部話す。
『サガーナの英雄か……。わしもみてみたい。
セツナよ。一度見たほうが覚えやすかろう。
わしが、その相手を引き受けよう』
『……』
セツナは、何処となく胡散臭そうにおやっさんをみていた。
酒肴の奴らからは、口々にセツナと戦いたいだけだろうと言われていたが
おやっさんは、楽しそうに笑って調理場へと歩いていく。
セツナは、黒から手合わせを頼まれても今まで受けたことはない。
誰かが理由を聞いていたが、その理由が戦闘狂との戦いは疲れるので
嫌ですと言ったらしい。
確かに、おやっさんとの訓練のあとは激しく疲れる。
少しでも集中力が途切れると、殺されると感じるのだ。
正直怖い。
セツナが強いのは、アルトの訓練を見ていてもわかる。
フィガニウスを1人で倒したことも知っている。
それでも、そのすべてを考慮に入れたとしても黒のアギトさんが
言うほどは、強くないだろうというのが酒肴のメンバーの考えだった。
全員が、おやっさんとセツナの戦いに興味を持ったことから
15日の休みの日に、2人が戦う事になった。アルトもその日だけは
午前中は家にいて、孤児院に遊びに行く事はしなかった。
準備が整い、全員が見守る中戦闘が始まる。
お互い本気ではなく、俺達に見せるための戦闘だったとはいえ
2人の戦いは、目を見張るものだった。
セツナが、最後に繰り出した連続技は凄まじい威力を秘めていて
俺達は、おやっさんの背に土がつくのを初めて見ることになった。
『最後、わざと受けましたね?』
『あいつらに、見せるためのものだからの』
どうやら、おやっさんは俺達の為に
連続技が綺麗にきまるように、技を受けてくれたらしい。
セツナが、おやっさんを助け起こし
風の魔法で怪我を治してから、こちらへと戻って来る。
『今のが、ラギさん。ラギールさんが
得意とした連続技です。ここに、獣人の強化がのると
破壊力は、この比じゃありません』
セツナが静かに告げた内容に、全身の皮膚が粟立った。
『僕がハルにいる期間は、多分ウィルキス3の月の終わりまでです。
それまでに、全てを覚えるのは大変でしょうが……。
最後まで、サガーナを愛したラギさんの意思を
継いでいってくれるのであれば
僕は、ラギさんから教わった全てを教えます』
セツナの纏う空気が、ガラリと変わる。
俺達に、覚悟があるのかと問うている。
今まで一度も、感じたことがないセツナの空気に
息苦しさを覚えるが、ここで引いては後々後悔することがわかっている。
『当たり前だ! サガーナは俺達の国だ。俺達が守る!』
俺も、イーザルもコルトもそしてシルキナとメディルさえ
セツナに教えてほしいと頼んでいた。
俺達の言葉を聞いたセツナは、柔らかく笑い頷く。
それだけで、あれほど息苦しいと思った空気が霧散したのだった。
『セツナよー。最後の技は本気でこられたら
わしでも、受け切れんかもしれん。サガーナの英雄は
竜の加護もちだったんじゃろ? 一度本気で手合わせを頼みたかった!』
本気で、悔しそうな表情を見せたおやっさんの言葉に
『戦闘狂は、みんな考える事が同じなんですね』と
アギトさんを見て呟いていた。
その後は、セツナに基本の型を教わった。
月光のビートと4番隊のダウロも参加している。
最初は、希望する人数が多かったのだが
獣人の技を人間に教えるのはどうかと、おやっさんがセツナに問うた後の
セツナの言葉で、ほとんどの奴が諦めた。
『この技は、格闘技を極めようという意思と
バルタスさんのように、格闘に恵まれた能力などを持っていなければ
本来の力を発揮することができない技になりますね。
扱う事が出来たとしても、そこそこの威力しか出せないと思います。
例えば、能力を持っていない人間が
獣人に、この技をかけたとしても致命傷を負わせることは難しい。
この技は、獣人の能力があって完成するものですから。
獣人族でも、自分のものにするのに長い時が必要になると思います。
ラギさんが、研鑽をつみ、国を守るために手にした力ですから
そう簡単に、自分のものになるとは思わないほうがいい』
セツナの覚悟のないものに教える気はないと
はっきりとした、意思表示に格闘を主としているダウロ以外のメンバーは
恥ずかしそうに、身を引いていた。
ここで、ふと疑問に思ったことがあったが
他人の会話を耳に入れているうちに、浮かんだことがすぐに消えてしまった。
ビートは、何か思うところがあったのか
セツナに『暫く、参加させてくれ』と頼んでいた。
ビートは、格闘も得意だがどちらかというと
剣のほうに、主を置いていたはずなのに。
セツナとの訓練は、午前中いっぱい続き。
昼食の時間になったところで、お開きになった。
セツナが、俺達の前をゆっくり歩くのを見て
ぽつりと言葉が落ちた。
『悪かった』
俺の言葉に、セツナがゆっくりと振り返る。
『俺は、お前を見極めようとしていた。
アルトを守れる存在かどうか。長……達が認めたとしても
俺達は、素直に従う事に疑問を持った。だから、もしお前が
アルトを守れる存在ではないと、判断したら国に報告するつもりだった。
お前が……俺達の国に、どれ程の事をしてくれたのかを知っていながら
俺達は、お前を疑ったんだ……すまない』
セツナは、驚いた様子も見せずに静かに口を開く。
『それでいいのではないでしょうか』
『お前は、疑われてたんだぞ?』
『僕は、貴方方に敵意や嫌悪といった視線を向けられることはなかった。
それだけで十分です。受け入れようとしてくれた。
だから、僕を見極めようとしていたのでしょう?
なので、謝罪は要りません』
そう告げて、セツナは俺達に優しく笑った。
その瞬間、俺達獣人全員が蒼露の樹を彷彿とさせる香りをセツナから感じた。
俺達の国にある、俺達を守り続けてくれている蒼露の樹。
体調が悪い時、心が晴れない時などに蒼露の樹の下にいると
調子が戻り、心が少し軽くなった。今ならわかる。
きっと、蒼露様が守ってくださっていたのだと……。
そんな、蒼露の樹と同じ気配をセツナから感じたのだった。
蒼露様の深い加護……。
その片鱗を、俺達は見たのだと思った。
その日から、俺達の中でセツナに対する疑いは綺麗に消える。
セツナを疑っていた事、見極めようとしたことをエイクに手紙で書いて送った。
帰ってきた返事は『大丈夫だろ。気にスンナ。俺はもっと酷いことを言った』
何処となく、後悔が滲む文章に何を言ったんだと聞きたくなったが
エイクの傷を抉りそうなので聞くのはやめた。
エイクの手紙には『あいつは、酒の飲みかたが荒いから
あんま飲ませるな』と書かれてあり、それをセツナに教えると
『虎殺しを一気飲みしたことを、エイクさんに告げ口したのは
クローディオさんだったんですね』と溜息をつきながら文句を言われたのだった。
どうやら、エイクから怒りの手紙が届いたらしい……。
その時の、セツナの何とも言えない苦い表情を思い出し
思わず、思い出し笑いをした時にシルキナが俺を呼ぶ声が聞こえた。
「ディオ?」
シルキナの声で、意識がこちらへと戻る。
「大丈夫?」
シルキナが心配そうに、俺を見ていた。
何を心配しているのかと思ったが、どうやら俺は結構長い時間
物思いにふけっているように見えていたようだ。
他の奴らも、俺達をチラリとみていた。
「ディオ、起きてる?」
返事をしなかったからか、シルキナが俺の顔を覗きこみ
もう一度、俺の名を呼んだ。
「うん? なんだ?」
俺が返事をして、視線を合わせると
シルキナが、安堵したように笑う。
「ぼんやりしてるから、心配しちゃった」
「ぼんやりしてるんじゃなくて
晩飯に、何を作るか考えていたんだ」
「なるほど。あれだけの食材があると
悩むわよね~。私も何を作ろうかなぁ」
今日は、ウィルキス2の月の25日。
店は定休日だ。そして、楽しみにしていた宴会を開く日だ。
明日も休みになっていること事から、心置きなく飲み食いができる
最高の日だ。この部屋に漂う雰囲気もどこか楽しげだ。
「シルキナ? そろそろ出かけるよ」
扉の近くから、メディルの声が聞こえる。
「どこかに行くのか?」
バタバタと、数人の足音が扉の向こうから響いてくる。
「お買い物へ行ってくるね」
「女達全員で行くのか?」
「そうよ。昼の仕込みは頼んだわよ」
「ああ、任せとけ」
俺の言葉に、シルキナが目を細めて俺を見る。
「その言葉、あまりあてにならないなぁ。
男達だけで、集まると碌な事をしないものね」
「……」
確かに、あまりほめられることをした覚えはない。
「とりあえず行ってくるね」
「ああ。気を付けてな」
「ええ。セツナに迷惑をかけないようにね」
「かけねぇって」
「今日は、お昼まで各チームのリーダーと
サブリーダーも居ないのだから。
サーラさんも、アギトさんと一緒にギルドへ行ったわ。
本当に、羽目を外しちゃだめだから」
「わーたって。アルトは?」
「友達と図書館へ行くと言っていたけど」
「1番隊は?」
「雪茸を採りに行ったようよ」
「剣と盾の人達は居るんだろ?」
「鍛冶場にいると思うわ」
「セツナは?」
「セリアさんが、欲しいものを見つけたのと
セツナにねだっていたから、買いに行ったんじゃないかな
すぐに戻りますって、言っていたけど」
「買って使えるのか?」
セリアさんは、幽霊で何も持つことはできない。
食べることも飲むこともできない。
「知らないけど……。
きっと、買い物が好きなのよ……」
「……。
まぁ。行って来い」
「ええ、行ってきます」
釘を刺すだけ刺して、シルキナはチームの女共と出かけていった。
少し早いが、準備だけでもしておくかと思い立ち上がる。
5番隊以外は、外で魔王を倒すのを目標に必死になって戦っているため
5番隊の奴らを呼んで、準備に取り掛かる。大体の準備が終わり
一息つくかと飲み物を入れ始めた時に、庭から2番隊と4番隊そして
ビートとエリオが、部屋へと戻ってきたのだった。
「ディオっち。俺っちにもなんかくれ」
「おー。珈琲でいいか?」
エリオが、俺に注文を付けるのを皮切りに
好き放題、自分の飲みたいものを口から吐き出す。
適当に覚え、イーザルやコルト、5番隊の奴らと人数分の飲物を用意し
配り終えてから、エリオ達の会話に混ざった。
寛いだ雰囲気の中、エリオが何かを思い出したように口を開いた。
「そうだ、聞こうと思ってたんだけどさ。
ディオっち達は、親っちのことが嫌いなのか?」
エリオの問いかけに、俺もイーザルもコルトも
どう返事をすればいいのかわからず、黙り込んだ。
「ディオっち達は、他の黒には近づくのに
親っちには、あまり近づかないっしょ?」
気がつかれていたのか。
「親っちに、何か言われたか?」
「いや、何も言われた事はないが
俺達が近づいて、アギトさんを不快にさせたくないからな」
「どういう意味だ?」
ビートが、俺達を見て眉根を寄せる。
「アギトさんは、獣人をよく思っていないんだろ?」
「へっ?」
「はぁ?」
「月光のチームに、獣人は入れないと聞いた」
「あー」
「なるほどな」
「だから、アギトさんは獣人が嫌いではないが
好きでもないんだろうと思っていたんだが……」
そこで言葉を止めた俺に、エリオがニタッとした笑みをみせる。
「親っちが、アルトを可愛がっているのを見て
わからなくなった?」
「そうだ。例えば、剣と盾は獣人が入るには
不向きなチームだとわかる。獣人は必ず格闘を教え込まれるし
それが基本だ。だが、剣と盾は他の武器を使用するときもあるが
剣が主だろ? だから、チームに獣人がいないのはわかるんだ。
邂逅の調べは、獣人のほうが多いし。
俺の親友のエイクも、サフィールさんとうまくやっている気がする。
だが、月光ははっきりと獣人は入れないと口にしていたからな」
「それで、親っちを避けていたのか」
「親父が、避けられている事に気がついて
何か、気に障る事をしたか? と聞いてたぞ」
「え?」
「黒のチームが、一緒にいることが多くなったからな
不自然な動きは、結構目立つっしょ」
「……」
俺達の会話を、他の隊の奴も興味深そうに聞いていた。
「月光が、獣人をチームに入れない理由は
月光が、クットから向こうの国に滞在することが多いからだ。
黒は、困難な依頼を受けることも多いし
問題が起きた時、チームで移動することになるっしょ?
面倒事が起きた時や、長期の依頼の時は大ざっばではあるが
月光と剣と盾は、南の大陸。
酒肴と邂逅の調べは、北の大陸と分けているらしい」
「……俺達の為か?」
「わざわざ、嫌な思いをしに行く事はないだろ?
チームは家族なんだからさ。家族が悲しむ場所に
連れていきたくないからな」
ビートが苦笑しながら、俺達を見た。
「黒のチームでなければ、依頼は自由に選べるからな。
黒のチームが特殊なんだ。だから、気にすることはねぇよ」
「……」
「多分、セツっちが黒にならったら
セツっちのチームは、北の大陸を中心に厄介ごとを
まかされることになるだろうな」
「そうか……」
アルトの一件からも、ハルが獣人を大切にしてくれていると
いう事は知っていた。ハルに来て嫌な思いをした事は、ほぼない。
だが、これほどまでに心を砕いてくれていたことは知らなかった。
「勝手に思い込んで、アギトさんに悪いことをした」
「親っちは、獣人族が好きだから
避けられてへこんでたけどな」
「……悪い。のちほど謝りに行く」
「あー、別に謝罪なんていらないっしょ。
そのまま避けて、もっとへこませてやればいいと思う」
エリオが、ギョットするようなことを口にする。
「アギトさんと、何かあったのか?」
「……」
エリオは、眉間にしわを寄せたまま何も答えなかった。
「エリオに、大会に参加しろとうるさくてな」
ビートが、かわりに理由を話した。
「参加してみればいいんじゃないか?」
「あれに参加しては駄目だ」
きっぱりと言い切ったエリオに、全員が首をかしげる。
ビートが、3年に一度開催される大会の隠された目的を話す。
「嘘だろ?」
「いや、本当みたいだな」
「まじかよ……」
「じゃぁ、おやっさん達が赤のランクの奴らに
大会に参加しないのかって聞くのは、落とすためか?」
「それは違うな。大会の裏の意図に
気がつかなければ、上には上がれねぇって事だろ」
「そんなもん、わかるわけないだろ!」
「兄貴とセツナは、気がついていたみたいだぜ」
「そういえば、セツナは大会にでないのかって
黒に言われていた時、胡散臭い大会だからでないと言っていた」
「普通気がつくか?」
「でも、クリスさんも気がついていたんだろ?」
「考えてみると、酒肴から大会に参加した人間はいないよな……」
「大会より、飯のほうが大切だからだろ」
「あー……」
「ニールさんが、強くなるのに近道などないと
何時も口にしてるのは、この事だったのか?」
「おやっさんも、同じことを言ってるな……」
「注意して考えれば、気がつく機会は用意されてるって事か!」
「……」
「依頼だけをこなしても、白には上がれないのかよー」
「あー。だから、アルトは必死になって勉強してるのか」
「アルトに先を越されるのは嫌だなぁ」
「このままいけば、越されるかもしれん!」
「お前ら、ガンバレ」
口々に、感想を吐き出し
5番隊の奴らは、心のこもっていない応援を俺らに送っていた。
俺は、今聞いた情報をエイクに流そうと決める。
あいつが、サガーナの為に白を目指すことを決め
そしてその先にある目的のために、動き出したことを
俺は知っていたから。
「クローディオ、エイクにも教えてやれよ」
イーザルが、静かに告げ。
「エイクは、頭を抱えるな」
そう言って、コルトは小さく笑った。
エイクが、進み始めた道は困難が多い道だと思う。
だが、俺達もエイクの意見には賛成だった。
獣人が、白になったという話は聞いたことがない。
差別されているのかもしれないと考えていたが
どうやらそうではないようだ。
俺達は、おやっさんに学院へ入れてもらったが
学院へ通う獣人は余りいなかった。最近は増えているようだが
それでも少ないほうだろう。エイクは、サフィールさんに無理やり
学院へ入れられていた……。
『邂逅の調べに、馬鹿はいらないわけ。
試験に落ちるという事など、無いと思うが
落ちた場合、僕がみっちり頭の方を鍛えてやるわけ』
こういわれて、エイクは必死になって勉強していたように思う。
サフィールさんに、頭を鍛えられるなら学院の教師に教えてもらうほうが
精神的に楽にきまっている。
きつい言葉とは裏腹に、エイクが学院へ通っている間
エイクの生活費の全ての面倒を見ていたのは、サフィールさんだ。
エレノアさんも、獣人と人間の揉め事に口をだし
人間が悪い時は、力の行使もいれて俺達を守ってくれているのを知っている。
アギトさんも、獣人を助けてくれているのは知っていたが
それは、黒の仕事としてだとずっと思いっていた。
そこに、俺達獣人に対する深い心遣いがあるとは考えたこともなかった。
「エリオ、やっぱり俺はアギトさんに謝るわ」
「……好きにすればいいっしょ」
俺の言葉に、ため息をつきながらエリオが答え
俺の横にいる、イーザルもコルトも頷いていた。
この話をすれば、きっとシルキナもメディルも
謝ると言い出すだろう。
後日、5人で頭を下げにいった俺達を
アギトさんは、笑って許してくれたのだった。
2杯目の飲物を、それぞれに提供する為
調理場へ行っている間に、話題は庭にある魔道具の話になっていた。
ジャックが作った魔道具で、作り出される
敵と戦闘することができるものだ。
特に名前はついていないが、俺達の間では【魔王】と呼ばれている。
休みの日には、それぞれの進捗や称号などを見せ合う事も多い。
空中に浮かぶ文字を目に入れ、連敗が続いている奴の称号を見て
笑ったり、なかなかよさげな称号がつけられた奴は自慢したりするのだ。
「称号が、女王の下僕ってなんだよ?」
「鞭を持った女の敵に殴られて負けたらこうなった」
「嫌な敵だな……」
戦う敵に何が出るのかは、予想がつかず。
魔道具が起動してみるまではわからない。
相性のいい敵もいれば、悪い敵もいて相性の悪い敵にあたると
一方的に、やられることも少なくない。
ビートは一時期、敵を倒すのに首ばかり刎ねていたせいか
称号が【狂犬】となって、また犬かよ!! と憤慨していた。
エリオが、フリードの分の茶菓子を食べようとして
殴られているのを横目で見ながら、4番隊のダウロに話しかける。
「ダウロは、どうだったんだ?」
「俺か? 俺に聞くのか! 教えてやらんこともないぞ!」
「うぜぇ」
「まぁまぁ、そう言わずにみてみろって!
今日の称号は、なかなか気に入っているんだ!」
胸を張りながら、記録用の魔道具をダウロは起動させる。
この魔道具は、使い捨てで筐体と呼ばれるものの上に置いて
記録が読み込まれると砕けてしまう。
そして、戦闘が終わると新しい魔道具が出てくる仕組みになっている。
銅貨1枚を、筐体に入れるのはこの魔道具の代金のようだ。
どう考えても、銅貨1枚で魔道具用の宝石が手に入るとは思えないが
セツナは、倉庫に沢山あるようなので気にしないで下さいと言っていた。
ダウロが、魔道具を起動させた瞬間。
普通ならば、空中に文字が浮かぶだけなのに……。
魔道具から、光が迸る。
異常を察知し、5番隊を庇うように
2番隊から4番隊のメンバーが、戦闘態勢へと入る。
徐々に光が治まり、魔道具を起動したダウロの前に
現れたものに対して、全員が息をのみそして茫然とする。
そんな俺達を、前にして魔道具から現れたそれは
甘さを含んだ声に、極上の笑みを浮かべてこう言ったのだった。
『きゃは! 私のご主人様は貴方ですね!』
この言葉を聞いて、ダウロ以外の全員が叫んだのは
仕方がないことだと思う。
魔道具から現れたそれは、獣人の俺から見ても
可憐な、美少女と呼べる類の女だったのだから。