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刹那の破片  作者: 緑青・薄浅黄
第二章 : ベニラン

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『 リペイドでは…… 』

*前半:王様視点

*後半:ノリス視点


* 王妃の笑顔 *

* 王様視点 *


 朝の報告が一通り終わり、散会と告げると、全員が胸に手を当て立礼する。

そんな彼等に頷き、執務室へ移動しようと玉座から立ち上がろうとしたときに

勢いよく扉が開いた。


呼吸を乱し、現れた彼女は私と視線が合うとそれはそれは嬉しそうに笑った。

扉を開けた彼女を嗜めようとした、宰相や周りの大臣達も彼女の表情を目にしたとたん

その笑顔に視線を奪われ、彼女に注意を促すのを忘れている。


それほどリリアの顔は、キラキラと輝いていたのだった。


「なにかあったのか?」


以前も同じように、リリアに問うた事があるが

今と、以前のリリアの表情は全く正反対のものだ。


私は、こちらの様子を伺っている将軍や大臣達に視線で解散するように促すと

おのおのが、自分の仕事に当たるべく扉に向かって移動し始めたのだが


「王様、セツナ君から連絡が来たの!!」


リリアのこの言葉で、全員の足が止まっていたのだった。


「セツナからの連絡は、ギルドから届いていたはずだ」


一時、セツナとアルトの消息が全くわからなくなり

ギルドに問い合わせても、何処に居るのかわからないとの返事が返ってくるばかりだった。

それが、2日前にリシアのハルに姿を見せたと連絡があり

私達からの要望の返事も、ギルドから届いている。


セツナとアルトが無事である事、私達の要望をセツナが了承した事を

リリアも知っているはずなので、彼女がここまで喜ぶ理由がわからない。

彼女は2日前も、王妃とは思えないほど狂喜乱舞していたのだから……。


「違うの!! セツナ君から返事がきたの!!」


「そうか」


本人から連絡が来た事が嬉しいようだ。

リリアをはじめ、ソフィアとエリーは本当に彼等の事を心配してようだから

余計に嬉しいのだろう。


「それでね、月に1度か2度お茶会をひらいているのと手紙に書いたら

 そのお茶会で食べる、リシアのお菓子を送ってくれるって!!

 王様、お茶会を開いてもいい?」


「今日?」


「今日!」


「明日以降でもいいんじゃないのか?」


「駄目! ソフィアが参加できなくなっちゃうもの!

 アルト君が、ソフィアとジョルジュの為にお祝いを用意してるって」


自分の名前が出た事に、ジョルジュが少し表情を動かす。


「いいだろう」


「王様も参加してね?」


「私は仕事がある」


「少しぐらいいいでしょう?」


リリアのお願いに、私は溜息をつきながらも頷く。

アルトが、ジョルジュ達に何を贈るのかも気になった。

リシアのハルは、珍しいものが多いと聞く。


「ありがとう!

 後、ユージン達も参加ね。フレッド、ソフィアとエリー達に連絡を入れておいて。

 そうだ、将軍にもお酒を入れておくって……」


「王妃様、わたくしめは茶会への参加を希望いたします」


「いいわよ。大臣達にもちゃんと後でわけてあげてね」


「御意」


ユージンやサイラス達は苦笑してはいたが、リリアが余りにも楽しそうに笑うため

毒気を抜かれてしまい、素直に頷いていた。急に茶会に呼ばれる、ノリス達にとっては

災難だというしかないが……。彼等も、セツナとアルトの事を気にかけていたから

呼ばれたら来るだろう。


自分の話したいことを告げ終わると、リリアはすぐに下がった。

大臣達は、「嵐のようですな」と苦笑を落としながら

王妃様が、笑っていられるように仕事を頑張ろうではないかと声をかけあい

退室していく。


民の、そして彼女の笑顔を守るために私もまた努力しようと

自分の騎士を連れて、執務室へと向かうのだった。






* 王妃様のお茶会 *

* ノリス視点 *


 今日も1日頑張ろうと、気合を入れてエリーと一緒に花屋で働いていると

街を巡回している騎士様が、僕達に王妃様からのお茶会の招待状を届けてくれた。


月に1度か2度、王妃様からのお茶会に呼ばれることがあるけれど

こんな急な呼び出しは初めてだった。どうしたのだろうと2人で首を傾げながら

お断りするという選択肢など存在していないので、早めに店を閉めて城へと向かう。


僕達の店は、ジョルジュさんとソフィアさんの後ろ盾と

王妃様からのお声がかかる事で、順風満帆といっていいほど軌道に乗っている。

僕とエリーが作った薔薇も、数ヵ月後まで予約で一杯だった。


それもこれも、全てセツナさんが僕達に力を貸してくれたからで……。

その彼等がここ数ヶ月、音信不通となっていた。ギルドに問い合わせても

何処に居るのかわからない。連絡が全く取れないとの返答ばかり。


ギルドマスターのドラムさんを問い詰めても、ギルド本部でも

手を尽くしているが、その消息が全くつかめないと溜息を落としていた。


彼等が冒険者で、1度街を離れるとそう簡単には連絡が取れない事は

理解していたけれど、ここまで連絡が取れなくなるとは考えてもいなかったから

エリーも、2人のことを思い出しては無事を祈っていのだった。


2人のことを心配しながらも、僕達の生活は日々忙しく充実しており

時おり、非日常な王妃様からのお誘いにもなれ始めたところだった。

エリーは、とっくに順応していたけれど。


ソフィアさんとジョルジュさんの結婚式が間近に迫り

僕達は、結婚式に使う花の準備に胃がキリキリと痛み出していた頃に

ギルドから、セツナさんとアルト君がリシアのハルに着いたと連絡を貰ったのだ。


2人とも元気だということで、エリーは安堵したように涙を落とした後

ものすごく怒り出したけど、その気持ちは僕にも理解できたから。

エリーと一緒になって、怒っていたのだった。


彼等が無事だったから、こうやって怒る事も出来る。

サイラス様もきっと、胸を撫で下ろしているに違いないだろう。

お茶会で顔をあわせても、表面上は明るく、気にしていないように見せていたけれど

僕は偶然にも見てしまっていた。


空に視線をやり、2人の無事を小さな声で祈っていたサイラス様を。


城につき、部屋に通されるとそこには、ソフィアさんとジョルジュさん

フレッドさん、ユージン様、キース様、サイラス様とそして将軍がいた……。

将軍、ドルフ様が僕達が居るお茶会に参加されるのは初めてかもしれない。


何かあったんだろうか?


僕とは世界の違う人達の中に、混ざるのは何時も緊張するけれど

エリーは、そんな空気を気にせずソフィアさんと手を繋ぎあって会えたことを喜んでいた。


この前、打ち合わせで話したばかりなのに……。

話題はやっぱり、セツナさんのことで2人して可愛く眉間にしわを寄せて

怒っていたのだった。


それぞれが席に付き、思い思いに過ごしている。

僕はエリーと一緒に、ソフィアさんとジョルジュさんと会話をしていた。

暫くして、扉が開き全員が立ち上がり頭を下げる。


何時もは王妃様だけなのに、今日は王様も参加されるようだ。

王様と王妃様が席についた。


「楽にして、座ってよい」


王様の一言で全員が頭を上げ席へと座る。


「ノリスも、エリーも急な呼び出しで大変だっただろう。

 私達に気兼ねすることなく、楽しむように」


王様の言葉に、僕もエリーも緊張しながら返事を返す。

王妃様とは楽しそうそうに会話をするエリーも、王様にはやはり緊張するようだ。


「挨拶はこれぐらいでいいでしょう?」


王妃様が待ちきれないというように、王様のほうへ視線を向け

仕方がないな、というように王様が笑い頷く。


「あのね! セツナ君から連絡が来たの!!」


王妃様が、嬉しそうに話しだす。セツナさんから直接連絡が届き

ハルで人気のあるお菓子を、お茶会のために送るから食べてほしいということで

王妃様がお茶会を開いたということだった。


それなら、こんな急でなくてもいいと思ったけれど

きっと、僕達にセツナさんが本当に元気だと教えてくれたんだと思う。

王妃様の優しさや笑顔は、何時も僕達を幸せにしてくる。


僕達の国の、王様や王妃様がこの方達で本当によかったと心から僕は思っている。

それは僕達だけではなく、この国に住む殆どの人が感じている事だった。

前王の政治は、酷かったと話では聞いたことがある。自分の父親を兄を殺し

この国の王様になった、今の王様は他の国からは簒奪者として悪く言われている事も知っている。


だけど、僕達にとっては幸せな生活をくれる王様と王妃様はこの国の誇りだった。

僕達だけでなく、この国の民の殆どが心に抱いている気持ちだった。


「それで、その菓子はどこにある?」


国王様が、王妃様に尋ねる。

テーブルの上には、お茶の用意しかされていない


「今から貰うのよ!」


王妃様はそういって、自分の横のテーブルに何かを置いた。

何時もは、こんなテーブルは置かれていないのに。

王妃様が何かを呟くと、テーブルの上に大きめの魔法陣が浮かび上がる。


「大きさは丁度いいみたい。ー 転送 ー」


王妃様がそう呟いた瞬間、テーブルの上の魔法陣が光り輝き

大きな木の箱がテーブルの上に現われたのだった。


「届いた! 届いたわ!!」


状況がいまいち理解できない。

王妃様は、箱の中に手を入れて何かを取り出して開け

自らその中身を、大き目のお皿へと並べ始めた。


丸い形をしていて、その中心も丸形の穴が開いていた。

とてもいい香りが部屋の中を満たしている。エリーとソフィアさんの目は

そのお菓子に釘付けだ。


「リリア?」


「えっと、少し待ってね」


王妃様が、一通の手紙を箱から取り出すと声を出して読み始める。


『皆さんお元気でしょうか。僕とアルトは元気で居ます。

 現在は、リシアのハルに居て暫くこの街に滞在する事になりそうです。

 ご心配をおかけしたようで、申し訳ありません。

 

 サガーナでは何事もなく、アルトは無事に狼の村の子供として

 受け入れてもらえました』


ソフィアさんが、ジョルジュさんと視線を合わせ

よかったと笑顔を見せた。


『今は、チーム月光と同盟を組み月光のリーダーの家で

 お世話になっています。アルトも月光のメンバーの方に可愛がってもらい

 楽しそうにしています』


「月光!?」


「月光と同盟……」


「黒の家で世話になってるって」


サイラス様達が驚き、王様は黙ったままだったけど

その表情は、驚いているようだった。


セツナさんが、チーム月光に薬を売っている事は聞いていたけど

ギルドの中で、最強と謳われている黒のチームのリーダーの家で

生活しているとか……セツナさんは、相変わらず僕達からしてみれば

非日常の中で暮らしているようだ。


『ご心配をおかけした、お詫びにもなりませんが……。

 ハルで人気のお菓子を送ります。

 ドーナツというお菓子です。油で揚げて作るお菓子で

 アルトの大好物となっています。作り立てを購入し

 魔法で時をとめていたので、暖かいものを食べていただけると思います。

 暖かいうちに、召し上がっていただければ幸いです』


王妃様はそこで一旦手紙を置く。


「続きがあるんだけど、ドーナツが美味しいうちに食べましょう!」


王妃様が、ドーナツを盛り付けたお皿を侍女の人に渡すと

侍女の人が、僕達のお皿へとドーナツを配ってくれる。

王妃様が全員に配られた事を確認すると


「どうぞ召し上がれ」といって僕達に食べるように促した。


王妃様が口をつけようとするのを、キース様が止める。

王妃様の眉間に少し皺が出来ていたけれど、キース様は譲らない。


ドーナツの1つを侍女に渡し、その侍女が迷うことなく一番最初に口をつける。

そして何もないのを確認してから、キース様が召し上がってくださいと告げた。


「王妃様。私はセツナを疑っているわけではなく

 こういう事を疎かにするなと言っているのです」


「わかってるわ」


そういうと立ち上がり、侍女が食べたドーナツの皿を手にとり

その皿の上に、自ら、もうひとつドーナツをのせ侍女へと渡した。


「下がりなさい。今日はもういいわ」


お皿を持たされた侍女は、一礼すると退室していく。

部屋を出る瞬間、その女性の顔を一瞬見たけれど

少し嬉しそうに、お皿の中のものを見ていたのだった。


「彼女は、それが仕事ですよ」


「わかっているわ!」


「……」


「キース」


王様が王妃様とキース様の口論を止めた。

王様が口をつけ、少し落ち込んだ様子の王妃様も続いて口をつける。


「おいしい……」


王妃様が、呟くように感想を告げる。

それを合図に、僕達もドーナツにフォークを入れたのだった。


ドーナツはとても美味しかった。王妃様の機嫌がすぐに直ってしまうぐらいに。

キース様と王妃様の口論に、固まっていたエリーもほっと息をつき

黙々とドーナツを口へと運んでいる。


サイラス様は甘いといい、ユージン様は2つ目を食べていた。

美味しいお菓子とお茶に、緊張がほぐれていく。

何時ものように、王妃様とソフィアさんとエリーが様々な話しで盛り上がり

おなかが満たされたところで、王妃様が自分の隣のテーブルにふせていた手紙をとった。


王妃様が呼んだ別の侍女によって、テーブルの上は綺麗に片付けられ

それぞれのお茶しか残っていない。


「おなかも落ち着いたし、セツナ君からの手紙の続きを読むわね?」


各々が王妃様に頷き返した。なのに、王妃様は手紙に視線を落としたまま動かない。

王様やドルフ様は、のんびりとお茶を飲み、ユージン様達は首を傾げて

王妃様を見ている。王妃様は、手紙をテーブルへと置くと立ち上がり


王妃様の、隣のテーブルの上に置かれている箱の中へと手を入れる。

王妃様が「少し大きいわね」といいながら

箱から取り出したものは……目付きの悪い桃色の物体だった。


「うんしょ」


中に何か詰まっているのか少し重そうだ。

その物体に、全員の視線が注がれている……。

リペイドでこんな妙なものは見たことがなかった。


目がついていることから、人形みたいなものなんだろうか?

それにしては、目つきと色がかみ合っていない気がする……。


「ジョルジュ、ソフィア傍に来て」


王妃様が2人を呼び、ソフィアさんは首を傾げながら

ジョルジュさんと一緒に、王妃様の傍へと寄る。


「アルトから、貴方達の結婚のお祝いだそうよ。

 少し重いから、ジョルジュ貴方が持ちなさい」


王妃様が、ジョルジュさんに目付きの悪い桃色の物体を手渡した。


「……」


「……」


「……」


「っ……」


僕だけでなく、全員が笑いをこらえていると思われる。

激しく、ジョルジュ様に似合っていないから。


「ぐはっ……あははははは!

 くそっ! アルト最高だろ!!」


サイラス様がこらえきれずに笑い出す。

それにつられるように、ユージン様もキース様も笑い出した。

フレッド様は、俯いて肩を震わせていた。


「か……かわいいですわ……ね?」


ソフィアさんが、目に涙をためながらジョルジュさんを見上げている。

その変な物体の頭を撫でながら。その様子がまたおかしくて

僕も、そしてエリーも耐え切れずに笑ってしまったのだった。


ジョルジュ様は、アルト君からの贈り物を見て何も言う事が出来ず

ただ黙って、桃色の物体を抱えていたのだった。


それぞれの笑いが収まった頃、王様が王妃様に問う。


「リリア、これは何だ?」


「えっと……」


王妃様が、手紙を手に取り読んでいく。


『これは、ハルで作られている "タルマ"という縁起物です。

 持っているだけで、良い運を引き寄せるといわれているものです。

 様々な大きさと色……そして顔があり、その中からアルトが選んだものです。

 色によって、引き寄せる運が違うようで桃色は子宝に恵まれるらしいです。

 

 アルトがひと目見て気にいり、何とか人が入れる巨大な桃色のタルマの購入は

 阻止する事が出来たんですが、そのタルマの目つきについては阻止する事が

 できませんでした』


「ふ……ふふっ」


王妃様が、目を細めて笑い声をこぼす。

サイラス様は、おなかを抱えて笑い、ソフィアさんは赤くなりながら俯いた。


僕もエリーもタルマを購入している、2人を想像して目を見合わせて笑った。

ジョルジュさんは、片手で顔をおおって項垂れていたのだった。


『そのタルマの中には、アルトが厳選して選んだ

 お菓子が詰め込まれています。タルマには時の魔法がかけてあり

 その中に入れたものは、痛まないようになっています。

 お菓子がなくなった後も、使っていただければ……無理にとは言いませんが

 使っていただければ、アルトも喜ぶとおもいます』


「これに時の魔法をかける、セツナもセツナだな」


ドルフ様が楽しそうに、タルマをみる。


「確かに。セツナの魔法の使い方は相変わらずのようだ」


王様も、目を細めて笑ってドルフ様に答えていた。


「はい、これはアルト君からの手紙ね。

 後でゆっくり読むといいと思うわ」


王妃様が、ソフィアさんにアルト君からの手紙を渡した。

ジョルジュさんとソフィアさんが、礼をして受け取り下がろうとするのを

王妃様が止め、手紙を置いてまた箱の中をのぞき手を入れた。


次に取り出されたものは、きちんと包装されているものだった。


「これは、セツナ君からのお祝いだそうよ。

 そしてこれが、セツナ君からの手紙ね」


これは、ソフィアさんが受け取る。


「良かったらあけてみない?」


王妃様が中身に興味をこめた視線を、ソフィアさんへと向けた。

ソフィアさんがジョルジュさんと視線を合わせ、ジョルジュさんが頷き

2人が元の席へと戻る。王妃様はソフィアさんを横目で見ながら

セツナさんの手紙の続きを読み始めた。


『ジョルジュさん、ソフィアさんの結婚式に

 招待していただきながら、出席が叶わず申し訳ありません。

 アルトと共に、遠い地からではありますがお2人の幸せを

 心から願っております』


ソフィアさんが、丁寧に包装されていた箱を開けると

そこから小さな音が響く。そっと壊れ物を扱うようにソフィアさんが

箱から物を取り出した。


「これは……」


ジョルジュさんが、取り出されたものを見て目を見張る。

ユージン様達も驚いているところを見ると、高価なものなのかもしれない。


「時計ね。それも素敵な置時計だわ」


王妃様が、これが何であるかを教えてくれる。

時計というものが在る事を知ってはいたが、見るのは初めてだった。

エリーも、物珍しそうに眺めていた。


「時計は、南の大陸で発明されたものだからな。

 こちらでは、なかなか手に入れることが出来ないものだ。

 いいものを貰ったな」


王様の言葉に、ジョルジュさんとソフィアさんが

「はい」とだけ返事を返していたのだった。


「次は……」


王妃様は、箱の中に手を入れてごそごそと何かを探している。

そして、目当てのものを見つけたのか取り出して

今度は、王様へと渡していた。


「私に?」


王様が、手渡された包みを見て首を傾げる。


「ええ、手紙に王様にってかかれてあるもの」


「ふむ……」


「何が入っているのかしら?

 開けてみてもいい?」


「ああ」


王様が、王妃様に包みを返し

王妃様は、開封されていない手紙を渡していた。


「セツナ君から、王様にお手紙よ」


「わかった」


王様は、封蝋でしっかり閉じられた封筒を丁寧に破り

手紙を取り出してすぐに読まれる。


王様の表情はとても真剣で、この場の雰囲気が少し変わるが

その空気は、王妃様の感嘆の声でたやすく壊れた。


「すごい……」


王様が手紙から視線を外し、王妃様の視線の先を見て

王妃様と同じように、「すごいな」と呟いた。


王妃様が、王様に箱に入ったまま手渡す。

僕達からは、その箱の中身はまだわからない。


王様が、箱の中からものを取り出すと

キース様が、思わずといった感じで立ち上がりその物を見た。


「懐中時計ですか?」


「そのようだ」


「そんな高価なものをなぜ?」


「セツナの手紙には、リペイドで手に入れようとすると

 値段が跳ね上がる為、高価なものになるだろうが

 時計の専門店で購入した為、そこまで高い値段ではないと書かれてある」


「だとしても、高価なものであることには

 かわりはありません」


「手紙には、専属契約の礼だとかかれてある」


「私達の意図に、気がつかれたということ?」


王妃様が驚いたように、王様をみる。


僕とエリーには、何のことか全くわからないけれど

王様だけではなく、王妃様も真剣な顔をされているから

この国にかかわることかもしれない。僕達が話を聞いてもいいのだろうかと

思いながら、黙って座っていることしか出来なかった。


「そうだな。彼なら気がつくだろうとは思ったが

 こんなに早く、気がつかれるとは思わなかったな」


「……」


「手紙には、噂は一掃されましたが。

 胡散臭い噂が増えましたと書かれている」


「ふふふ」


王様と王妃様の表情が緩み、僕とエリーもこっそりと

息を吐き出す。思ったよりも緊張していたみたいだ。


そんな僕達に、王様が気がついてくれたのか

苦笑を浮かべながら、たいしたことではないと言ってくれる。


王様の手の中の "懐中時計"というものを王妃様に渡し

王妃様が、ユージン様へと渡す。そしてキース様に渡り

サイラス様と順番に時計がまわっていく。


そして、ソフィアさんがエリーに渡そうとしてくれるが

エリーはそれを受け取る事が出来なかった。


「わ、わたし」


高価なものだと聞いて、手に取ることが出来ないようだ。


「大丈夫ですわ」


ソフィアさんは、優しくエリーの手を取って時計をエリーの掌の上に乗せる。

緊張からか少し震えている手を、下から支えるように添えてくれていた。


そんなエリーに王様が優しく声をかけてくださる。


「エリー、その時計は投げつけようが壊れないと書かれてある。

 セツナが保護の魔法をかけてくれているようだ。

 そう緊張せずに、見るといい」


王様の言葉に、少し緊張を解いたエリーは

時計の針が動いてるのをじっと眺め、不思議ねっと呟いて

僕へと渡してくれた。その時計は金色で、数字が書かれている文字盤に

綺麗な宝石が光っていた。時計は、繊細なもので高い割には壊れやすいらしい。


僕が持つ事は一生ないかもしれない。


時計が王様の元へと戻ると王様は懐へと

時計をしまわれたのだった。


僕達が時計を見せてもらっている間、王妃様は荷物の入っている箱から

大量のお酒を取り出して、テーブルの上に置いていた。


2本ずつ、紐で縛られていてお酒の種類は何種類かあるようだ。

ドルフ様が身を乗り出して、お酒を凝視している。


ドルフ様のお酒好きは、国中の者が知っていた。


「えーっと。これがフレッド。これがジョルジュ……。

 この紐の色が……将軍で、これがユージン。これはキースね。

 あら、これも将軍だわ。そしてこれがノリス。これは……王様ね。

 最後のも将軍?」


「私にまであるのか」


お酒の瓶を、王様が嬉しそうに持ち上げている。


「お酒は、サイラス以外の男性全員にあると書かれてあるわね」


「どうして、俺はないんだよ!」


サイラス様が不満を口にするが、王妃様が知らないわよと返していた。


「将軍のお酒が多いのは……。

 ノリスやジョルジュ達のお酒を奪われそうだからみたいね」


「……」


王妃様の言葉に、全員が将軍の前に置かれているお酒を見ると

全部の種類のお酒がそろっていたのだった。


サイラス様は、自分にお酒がなかったことを拗ねているようだ。

そんなサイラス様を気にかけることなく、王妃様はまた箱の中身を

机の上にだしていく。


「これは……ノリスとエリーね。

 それから、セツナとアルトからの手紙ね」


エリーの手元に届いた、小さな包みを2人で眺め

ソフィアさんが、何かしらとエリーの手元をのぞいている。


エリーがそっと包みをはがすと

その中から出てきたものは、数種類の花の種だった。


「ノリス! 種よ! 花の種だわ!!」


エリーが、目を輝かせて花の種の袋を凝視している。

王妃様が、手紙に視線を落として読み上げる。


『ノリスさんとエリーさんには、花の種を送りました。

 今回は依頼と言う形ではなく、僕からの贈り物として

 受け取ってください。ただ、僕には北の国で育つか育たないかは

 判断のしようがありません。なので数種類入れておきますが

 育たなかったらごめんなさい』


「と書かれているけど、ちゃんと育つの?」


「育てて見せます!」


「楽しみにしているわ」


「はい」


王妃様の楽しみにしているという言葉で

絶対に咲かせるんだと、心の中で固く誓う。

この花は、どんな形をしているんだろう。どんな色をしているんだろう。

心の中は、花のことで一杯になっていた。


王妃さまとソフィアさんとエリーには

部屋においておくだけで、いい香りが漂う香水みたいなものを貰っていた。

どの香りが好きだと、王妃様たちは楽しそうに話している。


ユージン様達が、お酒がなかったサイラス様を慰めているのを見て

王妃様が、サイラス様のことを思い出したようだ。


「サイラス。サイラスにはこれを渡して欲しいと

 かかれてあるわ」


そう言って、サイラス様に渡されたのは一冊の本。

表紙には何も書かれておらず、サイラス様は不思議そうにその本を手に取った。


「どうして本なんだ?」


興味なさそうに、本の表紙を開いた瞬間

魔法陣が浮かび上がり、サイラス様の体に吸い込まれるようにして消えた。


「な、なんだ!?」


「何の魔法だ?」


キース様が尋ねる。


「わからないな……」


サイラス様が本に挟まれている、薄い栞みたいなものを手に取ると

王様に渡すように書かれてあるといい、キース様に渡した。


王様は、キース様から栞のようなものを受け取ると

先程と同じように魔法陣が浮かび、その魔法は王様の体へと吸い込まれる。

王様の手にあった栞は、跡形もなく消えていた。


「……」


今の魔法にどんな意味があるのか、全員がわからずに呆然としている。


「リリア。手紙にはなんと書かれてある」


王様が静かに、王妃様に問う。


「えっと……」


『僕は、サイラスにお礼を言わなければいけません。

 アルトに、貴重な本を4冊も与えてくれた事に……』


王妃様が手紙を読み出すと、サイラス様が勢いよく立ちあがった。

その顔色は、とても悪い。どうしたんだろう?


「サイラス?」


ユージン様が声をかけると、サイラス様は顔色が悪いまま

椅子に座りなおす。サイラス様の視線は、王妃様から離れない。


『ただ、僕としては少々常識を疑いたくなる内容で……』


「……」


王妃様が途中で黙り込む。手紙を持っている手は震えており

その顔は、それ以上赤くならないんじゃないかと思うほど赤い。


王妃様の変化に、王様が声をかけるが

王妃様の目には、涙が浮かび始める。


「リリア?」


王様が、王妃様の手から手紙を抜き取ろうとするが

王妃様が我に返り、王様にその手紙を渡さなかった。


そして、無言でドルフ様の傍まで歩いてき手紙を渡す。

「将軍が続きを読んで」そう言って、王様の隣に戻りサイラス様を思いっきりにらんでいた。


王妃様と、サイラス様以外の全員が首を傾げる。

ドルフ様は、眉間にしわを寄せながらも手紙に視線を落とし読み始めた。


ドルフ様の口が開くが、そのままの状態で数秒硬直し

ジョルジュさんと、僕を見て立てと命じる。

「ソフィアとエリーの耳を塞げ」と言われたので理由はわからないけど

命令されるままに、ジョルジュさんはソフィアさんの僕はエリーの耳を塞いだ。


「将軍?」


ジョルジュさんが、ドルフ様を呼ぶことで理由を聞いている。


「セツナが、女性の耳を塞げと書いている」


僕達が耳を塞いだのを確認すると、ドルフ様が手紙の続きを読み始める。


『ただ、僕としては少々常識を疑いたくなる内容です。

 女性との口付けの方法、女性の体の触れ方に始まって……×××……。

 ベッドでの、×××……や、ソファの便利な……××××……だけでも

 ……女性の責め……××××や、××せる方法など……その種類は……

 ……××××……。……××××……』


「……」


「……」


「……」


全員がセツナさんの手紙の内容に絶句していた。

王妃様は、ポロポロと涙を流しているしユージン様やキース様は信じられないものを

見るような目でドルフ様を凝視していた。きっと僕の顔は王妃様と同じく真っ赤に違いない。


ソフィアさんとエリーだけが、周りをキョロキョロと見渡しながら

2人で視線を合わせ、首を傾げていた。ジョルジュさんは

サイラス様を殺せるかもしれないというほど睨んでる。


「リリア。ソフィア達と同じように

 私が、耳を塞いでやろうか?」


王様が、羞恥で涙を落としている王妃様に声をかける。


「王様! 声をかけてくれるのが遅いのよ!!」


といって、王妃様は王様を睨み

自分で自分の耳を塞いでいた。そんな、王妃様の姿を見て

王様は、目を細めて王妃様を愛しそうに見つめていたのだった。


サイラス様の顔は、青から白色になっている……。


ドルフ様が読む手紙の内容は、終わることなく

聞いているこちらが、もう許して欲しいと思われるような内容が綴られていた。


『さて、このような内容を手紙に書くのはどうかと自分でも思ったのですが

 サイラスが、今綴ったような事柄が書かれている本を12歳である

 アルトに贈ったわけです』


全員の視線が、サイラス様へと向いていた。

ドルフ様が、僕達に手を離してもいいと告げ僕は疲れたように

椅子へと座り込む。エリーが心配そうに僕に声をかけてくれるけど

答える気力はなかった。


『なので、4冊のうちアルトには不適切だと思われる

 3冊は、サイラスに返却させてもらいます』


ドルフ様の言葉で、王妃様は立ち上がり箱の中から3冊の本を取り出した。

その本の表紙を見た、ユージン様達は溜息をつき、王妃様の目は今にも

本をサイラス様に投げつけそうだったのを、王様が取り上げ本をパラパラとめくり

「これは、セツナが怒りそうだ」と笑いながら本を閉じた。


「ノリス、あの本がどうかしたの?」


エリーがこっそり僕に尋ねるが、答えようがない。

そんなエリーの呟きを、王様が聞いていたらしい。


「その本は、サイラスがアルトに贈ったらしいが

 セツナが、サイラスに送り返してきたようだ」


「どのような本なのですか?」


ソフィアさんが、王様に質問すると

王様は、自分の目で見てみるといいとソフィアさんにその本を渡した。


「王様!!」


王妃様や、ジョルジュさん、そしてサイラス様が止めようとするが

ソフィアさんは、その本の頁を開く。エリーもソフィアさんの手元を

のぞくように、一緒に本の中身を見たのだった……。


「……」


「……」


見る見るうちに赤くなって、目に涙をためはじめたふたりに

溜息を落としながら、ジョルジュさんが本を取り上げサイラスの前に積み上げた。


「……」


ドルフ様が、セツナさんの手紙の続きを読む。


『どのような内容の本であれ、アルトにとっては宝物のようです。

 サイラスに秘密にするように言われたらしく

 僕にはなす事はなかったのですが、本の内容がわからなかったためか

 月光のメンバーの方に、読んだ事があるか尋ねたそうです』


「……」


「……」


みんなのサイラス様を見る目がとても冷たい。


『そこから、僕にアルトが持っている本を調べた方が良いといわれ

 アルトに、持っている本を見せてもらいました。王様から頂いたもの。

 王妃様やソフィアさんエリーさんが選んで、アルトに渡してくださった本。

 将軍やジョルジュさんから頂いた本も、大切に鞄の中にしまわれていました。

 今回のお酒や、花の種などはアルトによくして頂いたことへのお礼です。

 本当にありがとうございます』


ドルフ様はここで一旦口を閉じ、テーブルの上のお茶で喉を湿らせた。


『さて……サイラスにも、おれいをと思ったのですが

 お酒は売り切れていて、それ以上手に入れることが出来ませんでした』


全員が嘘だと思ったに違いない。


『なので、サイラスには特別に僕が作った魔道具を贈ります。

 王妃様から、本を受け取ってもらえたでしょうか?

 本を開くと、魔法が発動したと思いますが

 その魔法は、竜の加護を封じる為の……もの……です』


ドルフ様の言葉に、全員がサイラス様の額を見た。

そこには、竜の加護の証である竜紋がきれいに消えている。


「えぇぇぇぇ!!!」


王妃さまが青い顔をして叫ぶ。

王様の顔色も、悪かった。ドルフ様の声は少し震えている。


『封じるといっても、サイラスの努力次第で

 戻るように……今回だけは……手加減を加えました』


「……」


「……」


「ノリス、セツナ君……相当怒っているのね」


「それは……怒るんじゃないかな……」


きっとセツナさんは、面白半分に渡した事を怒っているんだと思う。

何事も真面目に受け取り、学ぼうとしているアルト君に

大人でも引いてしまう内容の本を

それも、セツナ君に秘密にするようにと言った時点で

疚しい事があるといっているようなものだから。


本気で、アルト君の将来のことを思って渡したのなら

セツナさんに、秘密にする必要は全くないのだ。


現に、言葉の内容がわからなくてセツナさん以外の人に尋ねている。

それが、優しい人だったから良かったものの……。

こういう話題が嫌いな人ならば、アルト君が辛い目に会う可能性だってあるのだ。


セツナさんが、わざわざ本の内容を手紙に書いて送ってきたのは

サイラスさんが向けられている視線を、もしかしたらアルト君が

向けられていたかもしれない事を、教える為だったんだと思う。


『僕が渡した本は、ギルド本部で見つけた本なのですが

 騎士に憧れる子供が読む本らしいです。常識も学べるように

 なっています。その本に、リペイドの騎士の心得と一般常識の本を

 あわせて一冊の本に作り変えました』


先程、魔法が発動した本を見ると結構分厚い本であることがわかる。


『サイラスの頭に、ちゃんと入るように魔法も工夫しました。

 その本は、一言一句声を出して1頁全て読むまで

 次の頁が捲れないようになっています。途中飛ばしたりすると

 絶対に次の頁は開きません。その本を最後まで全部読まない限り

 竜の加護の封印は解ける事はありません。その本を読むまで

 サイラスからの謝罪は一切受け付けません。本を最後まで読むと

 封印が解けるようになっていますので、僕に連絡を取る必要もありません。

 多分ないとは思いますが、紛失したり、燃やしたりした場合……。

 2度と加護が戻らないと思ってくださいね?』


「以上です」


ドルフ様が、手紙を折りたたみ王様へと渡した。


「セツナが、王に渡すようにと」


王様が手紙を受け取ると、手紙の一枚が輝いた。

王様は真剣な目をして、手紙を読み輝いた一枚を折りたたみ

自分の懐の中へとしまわれてしまった。


「王様? 何が書いてあったの?」


「私に対する謝罪だな」


「そう……」


「さて、サイラス。

 久しぶりに、私が直々に話をしてやろう」


王様の言葉に、ユージン様とキース様が背筋を伸ばす。

サイラス様は、小刻みに震えていた。王様の目は怖いほど真剣だ。

こんな目をした王様を見るのは初めてで、僕とエリーも思わず背筋がのびる。


「リリア、私とサイラスはこれで失礼するよ」


「ええ……。サイラス……後ほど私からも話しがあるわ。

 逃げないように……」


王妃様の言葉に、サイラス様は項垂れながら返事を返し

扉の向こうへと消えていった。


王様が退室した後、ユージン様達も執務に戻られ

この場に残されたのは、王妃様とソフィアさんとエリーと僕。


アルト君が、王妃様のために用意したお菓子をつまみながら

話題は、サイラス様が渡した本についてだった……。


男が1人になった僕は、とても居た堪れない時間を過ごしたのだった。





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