『 俺と師匠 : 後編 』
* 3年後のアルトの回想録
師匠に助けてもらった次の日
朝起きたら、隣に寝ていた師匠が居なかった。置いて行かれた……。
そういう気持ちが湧き上がる。
足元から孤独が迫りあがってくるような感覚は
3年たった今も覚えている。
周りを見渡し、師匠を追いかけるために師匠の痕跡を探した。
すると、師匠の鞄が置いてあり、鞄が置いてあるということは
またここに戻ってくるということだろうと考え
知らず知らずのうちに、止まっていた息を吐き出した。
師匠が、何処に行ったのか気になった俺は
師匠の匂いを頼りに、師匠を探しに行くことにした。
そう遠くない場所で師匠を見つけるが、一心に真剣に剣を振る師匠。
その姿が余りにも綺麗で、俺は声をかけることが出来なかった。
昨日の穏やかな表情ではなく、鍛錬をする師匠は戦士の顔つきだった。
木の陰に隠れ、じっと師匠を見つめる。
どれほどの時間がたったのか覚えていないけど
師匠は俺に気がついていたみたいだった、鍛錬が終わり汗を拭きながら
俺の方に来てくれた。
『おはようアルト、よく眠れた?』
さっきまで、剣を振っていた人とは思えない
優しい表情で俺に声をかけてくれる。
だけど俺は……俺の頭の中はひとつのことで一杯だった。
強くなりたい。
そう、この気持ちで心の中がいっぱいだった。
気がついたら師匠に必死に頼んでいた。
そんな俺に視線を合わせ師匠が聞いたんだ……。
『アルトは強くなって何をしたいの?』
そのときの俺は、そんなことは何も考えてなかった。
ただ、師匠のように強くなりたかった。
未熟な俺を弟子にしてくれた師匠。
師匠にとって、なんの得もない足手まといの子供。
それも、種族の違う獣人族の弟子……。
お荷物にはなりたくなかった。
ただ守られているだけは嫌だった。
奴隷商人に連れまわされて、旅が危険だということは知っていた。
だからこそ、俺は強くなりたかったし師匠の役に立ちたかった。
師匠に、人間に復讐するのかと聞かれたときは正直驚いた。
自分自身に……。
人間が嫌いだった。
殺したいと思ったことも1度や2度じゃない。
だけど、それ以上に師匠のことが好きになっていた。
復讐とかそういった感情ではなく、ただ師匠と一緒に居たかったから。
そこまで思い出し、少し恥ずかしくなる。
3年前と、今の俺……全然成長していないような気がするから。
俺の真剣な様子に折れてくれたのか
それとも最初から、俺に剣術を教えてくれる気だったのかは分からないけど
俺に剣術を教えてくれると、約束してくれたことは本当に嬉しかった。
奴隷商人に連れられ、絶望とともに歩いた道を
師匠と一緒に、希望を胸に灯しながら歩いた。
師匠が隣にいるだけで、色々なものがキラキラ光っていたし
世界がこんなに綺麗だとは思ってもいなかった。
花の蜜が甘いということ、その花の蜜を虫達が集めてそれを採取すると
蜂蜜というもっと甘いものができること、師匠に色々教えてもらいながら
歩く道はとても楽しいものだったし新しいことの連続だった。
『何事も経験だとおもうんだよね』
『花の蜜をなめて、苦くて涙目になっている姿とか
藪をつついて、蛇に追いかけられる姿とかを
可愛いから見ていたいなんて、思ってないよ?』
『……』
正直、師匠は黒いと思う。
子供の頃は気がつかなかったけど……。
後々色々思い返してみると
いや、きっと思い出さないほうがいいような気がする。
師匠は変わった人だ。
俺はこの3年間、師匠に色々教えてもらってきたけれど
俺は師匠にあれは駄目、これは駄目と言われた記憶がない。
師匠は俺のすることをただ黙って、見守っていてくれていた。
それが危険でも、危険じゃなくても、無意味でも、無意味じゃなくても
道中、早く歩けとかそういうことを一度も言われたことがない。
俺の気がすむまで、俺のやりたいようにさせてくれていた。
それがどれだけ忍耐が必要なことで、難しいか俺は仕事を通して学んだ。
護衛の仕事で、ノロノロ歩いている依頼者を見れば早く歩けって言いたくなるし
危険なことをしはじめたら、それは駄目だといいたくなる。
ギルドの依頼や、旅の途中で他の師弟を見ることが多かったけど。
その師匠のほとんどが、弟子にあれは駄目だそれはしてはいけない。
何をぐずぐずしている、そういう言葉で彩られていたし
弟子は師匠の後を必死に付いて歩いていた。
俺が普通に与えてもらっていた事が
世間では普通ではないという事に、気がついたのは最近のことだった。
師匠はどうして
そういうことを言わないのか、疑問に思って聞いたことがある。
『そうだね、何が駄目で何がいいっていうのは自分が判断するものだし
駄目なものはどうして駄目なのか納得しないと
自分のものにならないと思うし……。
言われて納得できることもあるけど
やっぱり自分で、試してみて納得するのが
何かを学ぶ上で、大切なことなんじゃないかと思ったんだよ』
『俺の反応を面白がってとかじゃないんですね』
『あたりまえでしょう? 弟子が必死の形相で何かをしているのを
面白いだなんて……僕が思うわけないよね?』
『……』
師匠の顔と言葉は一致していなくて、とても胡散臭かったけど
それでも俺は、師匠が俺の師匠であることを誇りに思っていた。
『そんな事は気にせず、アルはアルらしく
学んでいけばいいよ。急ぐ理由も無いしね』
師匠はそう言って、笑っていた。
師匠は今もとても優しい……。
師匠と城下町に戻り、冒険者ギルドについて行ったあの日。
俺は俺のせいで、師匠を取り巻く現実というものを実感した……。
俺を奴隷を買ったせいで、ギルドマスターに厳しい目で見られ
厳しいことを言われ、だけどその言葉に一言も言い返すことなく
ただ、買いましたとしか言わない師匠……。
師匠は何も悪くないのに、俺を助けてくれただけなのに
俺のせいで悪く言われる師匠を見て、とても哀しくなったのを覚えている。
でもそれは、ここだけでの話ではなかったし
俺を弟子にしていることで、獣人しか弟子に出来ないと中傷される事も
多かった。
その度に俺の頭を優しくなでてくれる師匠。
俺はいつかこの優しい人に、何かを返すことが出来るんだろうか……。
そう思うと不安になった。
俺は師匠に何も返すことができないかもしれない。
そう言って泣く俺に
『アルトが居てくれるだけで僕は幸せだよ。
独りぽっちで寂しいより、アルトが居てくれる方が僕は嬉しいから』
そのときの師匠の目はとても穏やかで、とても寂しそうだった。
俺と同じ孤独を知っている人、一緒に旅をしてそう感じた。
その言葉が、師匠の心からの言葉だったという事に
俺は、ある時気が付くことになるが、あの時の絶望は
もう二度と味わいたくない。
師匠がどういう人生を歩いてきたのか、俺は垣間見たけれど。
この人が、本当に幸せになってくれればいいなと心から思うんだ。
ギルドマスターに言い返した俺に、大丈夫と言い笑いかけてくれた師匠
それを見て大笑いするギルドマスター。
そう、俺達を取り巻く環境は決して優しさで満ちてはいなかったけど
師匠や俺を理解してくれる人はちゃんといたから。
ギルド登録をしてもらい、師匠と同じ花が左手に咲いているのを見て
飛び上がるほど嬉しかった。右手で紋様をなでながら意識が落ちたのは
きっと幸せすぎたから安心したんだ……そうに違いない。
目が覚めたら、フアフアするものの上だった。
後にベッドと言うことを師匠に教えてもらう。
奴隷商人に、師匠と引き離される夢を見て飛び起き。
ベッドから降りて、師匠がいることを確認して安心する。
手で口を押さえていないと不安で叫びだしそうだった。
ただただ不安で、自分のベッドと師匠のベッドを何度も往復していた。
師匠を起こそうか……。
一緒に寝ていいか聞こうか……。
師匠と一緒に寝たことを思い出し
安心できる師匠のそばで一緒にまた寝たいと思った。
あの時の俺は、本当に子供で……。
師匠が気がつかないようにこっそりベッドに入って
朝早く起き、自分のところに戻ろうと決めたんだ。
そぉーと、師匠を起こさないようにベッドに入り。
少しはなれたところで寝ていたけれど、寝ているはずの師匠が
俺をぎゅぅっと抱きしめてくれた。
起きているのかと吃驚して師匠を見ていたが
目が閉じられていたことに安心して、師匠の暖かさに安心して
俺は見た夢も忘れてすぐに寝付いてしまった。
今から考えると、師匠はきっと起きていたと確信できる。
何も言わず、親と同じような温もりを俺に分けてくれていたんだ。
師匠よりも早く起きて、自分のベッドに戻るはずが
師匠の方が起きるのが早かった。
師匠を見ると、とても驚いた表情をしていた。
ベッドに入ったことを、怒られるかもしれないと思い
急いでベッドから飛び出し、師匠が驚いていた理由を俺は知った。
今まで人間の前で一度も狼に変わったことはなかったのに
安心して油断したせいか、狼に変わってしまっていた。
師匠に嫌われる……。そう思ったとき
俺の体は、恐怖で動かなくなりその場で蹲ってしまう。
できる事なら……このまま消えてしまいたいと思った。
師匠から、拒絶の言葉を聞く前に……。
また、独りぽっちになるまえに。
師匠が俺の名前を呼ぶが、俺は動けない。
そんな俺を、師匠は両手で抱き上げて目をあわせた。
俺に魔法をかけて、心話をできるようにしてもらっても
俺は何もいえなかった……。何か言えば色々壊れてしまいそうで怖かった。
そんな俺を見ていた師匠が、突然声を出して笑い出す。
この2日、師匠の笑う顔は見ていたけど、師匠が声を出して笑うのは
見た事がなかったから凄く驚いた、今でも鮮明に覚えている。
師匠の口から出たのは、俺が想像もしていなかった言葉だった。
『アルト可愛いね、狼に変身することもできたんだね
人間の姿も可愛いけど、狼の姿も可愛いな』
俺のことを嫌いにならないか、恐る恐る聞いた俺に
『可愛くていいんじゃないかな? 僕は好きだけどな』と返してくれた
師匠の言葉に、俺は本当に自分の居場所を見つけたと思ったんだ。
後々、師匠が……。
『アルトのさ狼になったときの姿の可愛さは、危険だと思うよ』
『……』
『耳と尻尾が、へたれていたのがなんとも……』
『……』
『ふふふふ……』
『……』
『はっ……やっぱりあの時の僕はおかしい……』
自分を取り戻して、呟く師匠。
その後サラリと『仕方ないか、僕、動物好きだしな』と言ったのは
聞かないことにしておいた……。
師匠。俺は、狼で犬ではないから。
それでも……獣の姿を受け入れてくれる人間は少ない。
師匠の周りに集まってくる人達は
なぜか俺を自然に受け入れてくれる人ばかりだけど……。
きっとそれは、師匠の人柄のせいなんだと俺は思う。
その日の朝にもらった、腕輪もまだちゃんと
俺の腕にはまっている。
俺の宝物であり、誓いであり、誇りだ。
いつか師匠の元から、旅立たなければいけない日が来るかもしれない
そのことを考えると不安で押しつぶされそうになるけれど……。
まだ来てない未来を不安に思うよりも
今ある幸せを大切にしたいと、腕輪を見ながらそう感じた。
「アルト、今年の冬はハルで過ごそうと思うんだけど」
「えー。俺ハルは嫌だな。
訓練の邪魔ばかりする、邪魔者がいっぱいるし!」
俺の言葉に、師匠が苦笑する。
「師匠は、ハルでやることがあるんですか?」
「僕は特にないんだけどね」
「じゃあなぜ?」
「アルトも15歳になったでしょう?
ハルの学院へ行くといいと思うんだよね」
「学院?」
「そう。アルトの友達も行くと言ってなかった?」
「言ってた気がする」
「秋から一緒に入学すればいいんじゃないかな」
「師匠は?」
「僕? 僕はギルドから試験だけ受けてもいいって言われてるし」
「ずるい……」
「まぁ、そういう生活をするのも悪くないんじゃないかな。
予定だけど、そういう選択もあることを覚えておいてくれる?」
「はい」
また一つ、新しい世界への入り口が提示された。
俺の未来は、まだ何ひとつ決まっていない。
だけど、とりあえず俺はハルに行く前に
手加減してくれている師匠から、一本とりたい。
【これが今の俺の目標】
・・・・・ ・・・・・ ・・・・・ ・・・・・
「アルトは青狼という種族だとおもうんだ」
「せいろう?」
「うん、獣人族でも様々な種族があってね
アルトは狼の種族になると思う」
「うーん」
「その狼の種族でも部族が分かれているみたいだね」
「うーん」
「それでねアルト、アルトの髪の色と目の色はとても目立つんだよ。
この国ではその色は危険かもしれない、僕の魔法や能力のように
珍しいから、アルトの髪の色と目の色を少し変えてもいい?」
「うん」
ししょうのといかけに、そうふかくかんがえずにこたえる。
いま、おれはそれどころじゃなかったから。
おれっていういいかたは、なんだかとってもえらそうだ。
ししょうのように、ぼくっていったほうがいいかもしれない。
ぼくっていうほうが、やさしいかんじがするし……。
そんなことを、あたまのなかでかんがえる。
「アルト、鏡を見て? 色それでいい?」
ししょうのゆびさすほうに、しせんをむけると
かがみのなかのおれのいろがかわっていた。
「ししょう、いっしょ」
おれのことばに、ししょうはやさしくわらってくれる。
おれのだいすきな、ししょうのかお。
「うん、一緒だねそれでいい?」
だいすきなししょうとおなじいろ。
おれと、ししょうのつながりがまたふえたようで
おれはとてもうれしかった。
ししょうといっしょ、それがいまのおれのいちばんたいせつなこと。
ししょうと、はやくかいわできるようになる。
【これが、おれのいまのもくひょう】
だってちゃんとつたえたいから
ししょうとあえてよかった……って
読んで頂きありがとうございました。