『 セリアとエリオ 』
* セリア視点。
日課である夜のお散歩を、フラフラと楽しんで
そろそろ、セツナの元に戻ろうかなっと~。ぼんやり考えていた。
長い間彷徨っているけれど、ハルは何時来ても活気があって
楽しそうだった。沢山の人が、話し、笑い、踊っている人もいる。
今の私は、その光景をとても楽しい気分で見つめる事が出来た。
古い記憶の中の私は、そんな人達を、飽きもせずにずっと眺めていたけれど。
誰も私に気がつかない。誰も私に声をかけない。誰も私を気にしない。
それは、私が幽霊だからだけど……。
それでも、こんなに沢山の人が居るのだから
その中の1人だけでも、私に気がついてくれるかもしれないと
何時も心のどこかで期待していたのだ。だけど、何処の国へ流れても
どれ程年月がたっても、誰一人私に気がついてくれる人はいなかった。
そのうちそんな希望もなくしていく。
なのに、もう消えるかもしれないと諦めかけた時に
セツナと目が合った。すぐにそらされたけど……。
その時のことを思い出して、小さく笑う。
驚いた表情をして私を見て、すぐに気のせいだというような
表情を作って、目をそらしたから。
色々と後ろ暗いことも沢山あったのに、セツナは全部纏めて
私を受け入れてくれた。私が外に出ているときは必ず
視線を合わせてくれる。隣に座ると、暖かいお茶を入れてくれる。
私とアルトの会話を目を細めて聞いていたり。私の悪戯を嗜めたり。
それは、私が私としてここに居るのだと認めてくれている行為だった。
『だから、独りでもう戦わなくてもいいですよ。
僕も一緒に戦ってあげます。僕に罪悪感など抱かなくていい。
僕の命の心配などしなくていい。
僕がセリアさんの彼を殺す心配もしなくていいです。
セリアさんの、望む所へ僕が連れて行ってあげますから』
だから、私はセツナを信じて今のこの時間を
精一杯楽しむ事に決めた。セツナとアルトと一緒に居る時間を
大切に大切に、1日1日の出来事を胸いっぱいに詰め込むのだ。
彼等を絶対に忘れない為に……。
この時間なら、セツナはまだ起きてお酒でも飲みながら
本を読んでいる頃かなぁ? そう思ったが、今日は多分寝てるかもしれない。
彼は精神的に疲れると、深く深く眠る癖がある。
そんな時は、私とアルト以外は通る事の出来ない結界を張る為に
危険な目にあう事はないけれど、セツナが深く眠る時はとても不安になるのだ
彼が壊れないかと、黒に染まってしまうのではないかと。
黒の会議の場でのセツナの魔力は、白の魔力の殆どを青に染めていた。
深い深い悲しみ……。白の魔力でかき消す事の出来ないほどの
悲しみの色を見たのは初めてだった。
セツナはすぐに、その感情を消していたけれど。
私は1度溜息をつくと、フラフラと飛んでセツナが滞在している
アギトの家に戻ってきた。
セツナの居る部屋の窓から入る為に、ぐるっと屋敷の周りを半周する。
その時、広い庭にある人工的に作られた池の前に座っている
エリオを見つけた。
月光の中で、彼が一番私に話しかけてくれる回数が多い。
私に対して、罪悪感みたいなものがあるのかな? と思っていたけれど
どうやらそうではないみたい。ただの話し好きなようだ。
セツナの魔力を纏っているから、大丈夫といわれても
エリオに近づくのは怖かったけど、彼が余りにも必死に
謝って、私の傍では魔法を使わないとまで約束してくれたから
普通に話すようになった。最近では、セツナやアルトの次に
仲がいいかもしれない。
3人兄弟の中で、エリオは一番前向きで
そして、一番繊細なように感じる。
性格は、一番能天気そうに見えるけど……。
そういえば、今日の彼は何処か少し変だったような気がする。
笑っていても、心ここに在らずのような。
何をしているのか気になって、彼の傍まで飛んでいき
グルグルとエリオの周りを回る。特に何もしていないようだ。
私は池の上に浮いて、エリオの顔を覗き込むとエリオの瞳は
何時ものような明るさはなく、何かを必死に耐えているような
そんな苦しそうな目で同じ場所を見つめていた。
「何をみているの?」
姿を現し、エリオにそう声をかけると
「うg……」
いきなり現れた私に、驚き悲鳴をあげそうになったのを
必死に飲み込んでいた。
「あははははは、面白い顔だワ」
「いきなり目の前にいたら、吃驚するっしょ!?」
あー驚いた、心臓が止まるかと思ったと
自分の胸に手を当てて、エリオは呼吸を整えていた。
少し顔が赤い。よほど驚いたみたい。
ちょっと楽しかった。
「幽霊は、いきなり現れるものだワ」
「できれば、後ろから……いや。
横から……やっぱり、姿を見せて近づいて欲しい」
「気が向いたらネ」
「……」
「エリオは、何をしているの?
池の中の魚でも食べる準備?」
「そんなわけないっしょ!?」
「そう、じゃぁなにをしていたの?」
「……」
「まぁ、早く寝た方がいいわヨ。
おやすみなさい」
答える気がなさそうなので、部屋に戻ろうとした時
エリオが、口を開いた。
「セリっちは……」
「?」
浮いていた体を下ろして、エリオの隣へ座り
池の水へと足をつけるが、水は少しも動かなかった。
「セリっちは、怖くなかったか?」
「なにが~?」
「もう、セリっちの知り合いは誰も居ないんだろ?」
「……居ないワ」
1人だけ居るけど、エリオに話すつもりはない。
「自分だけ、自分の知り合いが家族が
誰も居なくなることを、考えた時怖くなかったか?」
ここで、エリオが何を悩んでいるのかを知る。
魔導師が1度は通る道だ。特にエリオは2種使い。
一般の魔導師よりも、長く生きる事になるだろうから。
「ん……。私は、殺されちゃったからナ」
「悪い……」
エリオが罰の悪そうな顔を作る。
そういえば、セツナとの会話を聞かれていたのよね。
「私は、母を水辺へと見送りたかったワ」
「その姿で故郷には、帰らなかったのか?」
「自由に動けるわけじゃないからね」
エリオは、驚いたように私を凝視した。
「私は、セツナに取り付いてるんじゃなくて
セツナがもっている、指輪の中の宝石に取り付いてるの。
だから、1人で行動できる範囲は限られているのヨ」
ある程度、意識を操作できるとはいえ
私の魔法よりも、その人の意志のほうが強ければ
私の魔法なんてすぐに解けてしまうのだ。
「そうか」
「母が何時死んだかも
どんな亡くなり方をしたのかも、知らないワ」
それはもう、遠い遠い昔の話だ……
もしかしたら、母はもう生まれ変わっているもしれない。
「……」
彼と結婚すると決めた時、私にもエリオみたいな葛藤があった。
竜の彼と生きるという事は、母も友達もみんな私より
先に死んでしまうという事だったから。
自分の大切な人が、だれも居なくなっていく恐怖
私はそれに耐えられるだろうか?
そんな事を考えていたような気がする。
だけど……。
「エリオは、長生きすると思うワ。
だけど、それでも何時、何があるかわからない。
エリオが、一番最後まで生きるかもしれないし
エリオが、一番最初に死ぬかもしれない」
一番最初は、一番最初で嫌だなぁ、と呟く。
そう、未来はわからない。
彼と長い生を歩む事を心に決めたのに。
私が一番最初に、死ぬ事になってしまった……。
「だから、そういうのは
その時がきたら、考えればいいのヨ。
ずっと考えても、答えが出ないから。
今日を後悔しないように生きる。それしかないと思うワ」
「そうだな、今から悩んでも仕方ないよな」
「うんうん。そう思うワ」
私の軽い返事に、エリオは少し笑い。
そして、自分の胸の中のものを全て吐き出すように溜息をついた。
「セツっちは、どうなんだろうなー」
「セツナは……どうなんだろうネ……」
彼は、誰よりも長く生きると思う。
そう考えると、彼の伴侶は竜でよかったのかもしれない。
彼が寂しくないように。1人だけでも、一生彼の傍に寄り添ってくれるなら。
「まぁ、セツナはエリオより魔力が多いから
エリオより、先に死ぬ事はないんじゃないかしら?」
「おー……」
エリオはなんとなく、ほっとした表情を作った。
エリオが、視線を私に向け、話題を変える。
その瞳には、彼らしい明るさが戻っていた事が嬉しかった。
「セリっちは、セツナに何を依頼してるんだ?」
「秘密だワ」
「俺っちにできることはないのか?」
「ないワ」
「……やりたい事とか、やって欲しい事とかないのか?」
「セツナに頼めば、大体は叶えてくれるもの」
「……」
セツっちより、俺のほうが年上なのに……。
不機嫌な顔をして、エリオはブツブツと呟いている。
「セ……セリっちは、セツっちが好きなのか?」
「好きよ?」
「……」
「それがどうかした?」
「い、い、いや、別に何も無い」
「そう?」
少し赤い顔をして、ふいっと池のほうへと視線を向ける。
そして、私を気遣うようにチラッと横目で見た。
「でも、セツっちはトゥーリが好きなんだろ?」
「あー、そういう類の好きなのね」
「そうだけど」
「セツナは好きだけど、恋愛感情はないわヨ?」
「そうなのか!」
「ええ。私が愛しているのは昔も今も唯1人。
彼だけだもの……」
「……彼……?」
エリオが目を見開いて、私を凝視する。
そんなエリオを横にして、私は静かに目を閉じる。
彼の笑顔を思い浮かべる。
もう……遠い遠い記憶。だけど、彼への想いだけは
今もあの頃のまま、それよりも、もっと愛しい。
逢いたい……。
「セリっち?」
「エリオは、そんな人は居ないの?」
「そんな人?」
「どうしようもなく、好きな人」
「……いない」
エリオは少し視線を彷徨わせてから、答えた。
「まぁ、まだ若いしネ。
これからよネ?」
「セリっちも、そんなに俺っちとかわんないっしょ?」
「女性に年齢を聞くの? 呪うワヨ?」
「もうしわけありません」
エリオが、怯えたように頭をぺこりと下げる。
「あははは、冗談だヨ?」
「……嘘だ」
「エリオも、そんな人と出逢えるといいわネ」
「出逢えても、手が届かない人なら
悲しいだけっしょ」
「そうね……。でも、出逢えないより
出逢える方がいいワ。思い出すたびに胸が痛くなるけれど
それでも、それだけじゃないでしょう?
愛したという記憶。
一緒に過ごした大切な時間。
全てが、大切な宝物だもの。
心を悲しみだけで埋めないで。苦しみで満たさないで
楽しかった時間を思い出して……。
その想いは、いつか自分を支えてくれるわ」
エリオに話しながらも、私の心は彼に向いていた。
「俺っちは……そんな風には考える事は出来ないなー」
「そう?」
「きっと寂しさで、胸が一杯になる」
「最初はそうかもしれないケド
時間が立つうちに、そう思えるようになる日が来るワ」
竜と違って、人は次の恋愛に進める生き物らしいから。
それを乗り越える事が出来れば、大丈夫なはずだ。
ちゃんと思い出にする事が出来る。
彼もきっと大丈夫。
私達はまだ、正式に婚姻していたわけではないから……。
きっと、彼も立ち直ってくれる。この広い綺麗な空を飛んでくれる。
「そうだといいな……」
「……」
暫くエリオと一緒に、ぼんやりと池を眺めていた。
そんな私に、エリオが私の名前を呼んで何かを告げようとしたが……。
「セリっち……俺っちさ……」
「なぁに~?」
「あれ? セリアさんもエリオさんも何をしているんですか?」
セツナが不思議そうに、私達のすぐ後ろに立っていて口を開いた。
「どわーー! せ、せ、セツっち!」
「あれぇ? セツナこそ何してるの?」
異様に慌てているエリオを横目に、セツナに同じ事質問を返す。
「僕は、お酒でも飲もうかと」
「また? お部屋で飲めばいいとおもうケド」
「アルトが起きると、怖いので」
「なるほど」
セツナの困ったような顔を見て、思わず笑みがこぼれる。
「2人はこんな所で何をしていたんですか?」
「な、な、なにもしてないよ?」
エリオは、自分の悩みをセツナに知られたくは無いみたいなので
私も、適当にはぐらかす事に決めた。
「お散歩から帰ってきたら、エリオが池のお魚を
食べようとしてたから、止めていたのヨ」
「……」
「……」
2人そろって、私を呆れたような目で見ているけど気にしない。
「まぁ……頑張ってください。
それでは……」
セツナは、深く立ち入る事はせずに立ち去りかけるのを
私も、追いかけるように浮き上がる。
「あ、セツナ待って。私もいく~」
「あ……」
「あ?」
「いや、なんでもない。
俺っちも、一緒に行ってもいいか?」
「ならここで飲みましょうか。
いいんですか? 何か話していたようなのに」
「おぅ……もう、殆ど話し終わっていたし」
「そうですか?」
「あれ? エリオ何か言いかけてなかった?」
「ない。セリっちの気のせいっしょ」
「そうかな?」
「……」
エリオが、何を話そうとしていたのかはわからないけれど
本人がもういいというのだから、いいのだろう。
セツナは、私に視線を向けたから
うんうんと頷いておく。
セツナは、納得したように頷いて鞄からお酒と
グラスを3個取り出し、私達に注いでくれ
3人でのんびりとした時間を過ごしたのだった。
読んでいただきありがとうございました。