『 それぞれの時間2 』
* クリス視点
* カキ氷 *
* クリス視点
いつもと全く違う様子の、ちびサフィ……。
いや、フィーとアルトを連れて近くの店へと入る。
アルトとフィーの楽しそうな会話に、口を挟むことなく
2人の話を聞いていた。口を挟もうものなら、どんな恐ろしい
言葉が飛び出してくるかわからない……。
アルトと店に行く予定が、どうしてちびサフィまで
いるんだろうと、心の中で呟いた。
セツナさんが、転移魔法陣からあらわれた後、少しして
黒の面々が、次々に姿を見せた事で冒険者達が
興奮して黒の姿を目で追っていた。
そこに、父さんを先頭に黒のメンバーが全員
セツナさんに、何かを聞いている。
セツナさんは、一目散に逃げていたけれど……。
多分、それぞれに自分の欲望を満たす何かを
セツナさんが、持っていたのかもしれない。
私自身も、父さんを踏み台にすると決めた時から
セツナさんと、情報や剣技について聞きたい事は沢山ある。
あるが、あれはないと思った。
あれは誰でも引くだろう!
黒は、全ての冒険者の憧れだ。
だが、昔から黒と接する事が多かった
私達は ”黒本人”に憧れる事はなかった。
本当の顔を知りすぎていたのだ。その強さには憧れていたが。
黒の誰かの螺子が外れたら、何時もなら黒の誰かが
諌めるのだが、今日は全員の螺子が外れているようだ。
なぜか、黒の人達の顔色が悪かったが、それを気にすることなく
口々に何かを言っている。
セツナさんは、何も答えずに追いつかれないように必死のようだ。
内心溜息を付きながら、父さんだけでも止めようと
エリオとビートに声をかけようとした。
だが、父さんの「何時、誰と、何処で、結婚したのか答えろ!」と言う
大きな声で伝えられた言葉に、私達全員が衝撃を受けた。
彼は一言も自分が結婚しているとは言わなかった。
というか……その年齢でもう、伴侶がいるのか!?
誰なんだ!! 気になるじゃないか!
この瞬間、誰も父さん達を止めようとする人間がいなくなる。
セツナさんにしてみれば、退路を完全にふさがれた形になるだろう。
アルトも含めて全員が、セツナさんに口々に問いかけた。
その時のセツナさんの表情は、この街の博物館にあるお面という
顔を覆うものの1つ、能面のような表情を作っていた。
黙って何も答えず、アルトの頭に手を置いたと思うと
短く呟き、止めるまもなくその場から消える。
止める事も出来ないほど、早い詠唱の転移に全員が口を閉じた。
あれだけ騒がしかったのが、嘘のように静まり返っている。
そう、自分の見たものが信じられず呆然としていたのだった。
一番先に我に返ったのが、酒肴のバルタスさんで
傍にいた、生気のないハルマンさんに声をかけた。
何時もなら誰か止めただろう。何時もなら……。
だが、なんと言えばいいのだろうか?
そう、その場の雰囲気に全員が飲まれていたのだ
黒が作り出す、独特の空気に……。
バルタスさんが、ハルマンさんにセツナさんを探すように
冒険者達に依頼をだした。父さん以外の全員が金を出し合い
セツナさんを見つけたものに、金貨1枚という大金が支払われる事になった。
その場にいた冒険者が、その金に沸くのは仕方がない事だ。
特にランクの低い冒険者にとって、金貨1枚となれば目の色を変えても仕方がない。
様子のおかしいハルマンさんが、全員に向かってこう告げた。
「だれもでもいい!! セツナを連れて来れたものに!
黒が金貨一枚を払う!!」
その後、雄たけびを上げながら冒険者が走り出したのは言うまでもない。
まるで祭りのように、楽しそうにセツナさんを探しに向かっていた。
セツナさんが、気の毒だとしか言いようがない……。
そしてその後、父さん以外の黒が倒れた。
フィーが、自業自得なのと冷めた目で黒の人達を見ていた。
息を切らして走ってきた、リオウさんとフィーが何かを話していたが
それに気をとられる事なく、珍しく父さんはいち早く正気に返っていたらしく
私達に目配せをして、ギルド本部の外へと連れ出す。
多分、私達は私達でセツナさんを探す事になるんだろうと思っていた。
母さんが、音声遮断の結界を張り
セツナさんの姿を探しながら、父さんが真剣な表情で
黒の会議の内容を少しだけ話した。
今まで1度も、黒の会議の内容を私達に話した事はなかったのに。
私達には、黒の会議に誰が参加しているかはわからない。
黒達が全員いるのは知っているが、それ以外の人は全く知らない。
だから、セツナさんと誰が言い争ったのかはわからないが
それでも、相手の言い分は余りにも酷かった。
母さんが、涙を落としながら父さんを責めていた。
どうして、今セツナさんが1人になる状況を作り出したのかと
結婚していた事はきになるけれど、先ずセツナさんを家に連れて帰ることが
先でしょうと。父さんは、表情を暗くしてそうだな、と呟いた。
エリオが、アルっちがいるから1人じゃないっしょ、と母さんを励まし
アルトを連れて行ってくれてよかったと、母さんが淡く笑う。
それからセツナさんを探すが、全く居場所がわからない。
冒険者がうろうろと、セツナさん達を探していたが諦めて
飲みに向かっている人、立ち話をしているもの様々だった。
途中父さんが、バルタスさん達の様子を見てくると言って
別れたのを機会に、1度ギルドへと戻る事にし
ちょうどそこに、リオウさんに捕まったセツナさん達を見つけたのだった。
セツナさんは、思ったよりも元気そうで
聞きたい事は、家に戻ってからと心を宥め
アルトに、何処にいたのかと尋ねた。
「海の中」
「海の中?」
「うん。師匠が魔法で水が入らないように結界を張って
その中に居たんだ! 魚が一杯いてすげーーきれーだった」
ビートが叫ぶように、そんな場所は探せないと言ったが
私も同じ気持ちだ。大体、海の中に逃げようという発想が私には
思い浮かばない……。思い浮かんだとしても、無理な話だが。
非常識な師匠を持つ、アルトはやはり非常識なものを
海から持って帰ってきていたのだが……。
今回は、全て食べる事が出来ない生き物だっただけに
アルトの財布が潤う事になった。
あれが全て食べる事ができるものならば
きっと、今回も全て食べていたんだろう……。
セツナさんも、全く止める気配がなかったから。
セツナさんと、ゆっくり話すまもなく
ナンシーさんに、何かを頼まれこの場を離れる事になった。
そして、アルトと一緒にフィーも預かる事になったのだ。
セツナさんから貰うと、話していた
魚図鑑の新刊を目に入れた瞬間、掌を返すように
手に入ったお金で買っていた。
「セツナの本はいいのかよ?」とビートが聞くと
師匠には、動植物図鑑を貰う事にすると勝手に変更している。
多分、アルトの希望は通るだろう。訓練や勉強以外では
セツナさんは、本当にアルトに甘いから。
それでも、譲れない所は譲らない厳しさもある事を
後日知る事になるのだが……。
店員が、私達を案内する声で自分の思考から浮上する。
大人数で行った為に、暫く待たされる事となったが
案内された席に付き、母さんがアルトとフィーに
何の味を食べるかと問いかける。
「どんな味があるの?」
「えーっとね。
白蜜・赤蜜・緑蜜・黄蜜・青蜜」
「赤って何の味?」
「イチゴ味って言っていたわ」
「じゃあ、緑は?」
「メロン味って言ってたかしら?」
そんな感じで、全ての味を聞いていくアルト。
「青色は何?」
「うーん、よくわからない」
「サーラさんも、食べた事ないの?」
「あるんだけど、わからないの」
「アルっち、ここの店の青蜜は
何の味か、わからないようになってる。
10種類の薬草と、5種類の果物が入っていて
5種類の果物を当てると、無料券が1枚。
薬草は2種類ごとに1枚もらえるらしい。
全て当てると、無料券が10枚もらえる」
「おぉぉ!」
「ほら、あそこに説明が書いてあるっしょ」
そういって、エリオが青蜜の説明書きを指差した。
青蜜の中身は、その日によって違うらしい。
「俺やりたい!」
「俺っちは、アルっちは絶対そういうと思った」
「フィーは何にする?」
アルトがフィーに尋ねる。その瞬間
私達は緊張に包まれるが、アルトはお構いなしだ。
「私は赤蜜でいいのなの」
「フィーは食べた事あるの?」
「サフィと一緒に食べた事があるのなの」
「へぇー」
「サフィちゃんは、青蜜を当てる事が出来たの?」
母さんが、フィーにサフィさんのことを聞いた。
「そんな事、貴方には関係ないのなの」
「……」
フィーは私達が好きではない。
何かを聞いて、まともに返事が返ってきたためしがない。
切り捨てるように、返答するフィーにアルトが
眉間にしわを寄せた。
「フィー。そういう言い方は駄目だ」
精霊に意見するアルトが、とても男らしく見えた。
私達には無理だ。この凶悪相手に意見するなど
考えた事もない……。
「……」
「答えられない事なら
答えられないって言うべきでしょう?」
アルトの言葉に、しょんぼりと肩を落として
フィーが、母さんに謝った。
「ごめんなさいなの」
「……」
「……」
「……」
「……偽者が居る」
エリオが、ぼそっと呟いた。
私もそう思う。やっぱり、目の前にいるのは
フィーの偽者だ。
謝った後もしょんぼりしているフィーを
アルトが頭を撫でて、ちゃんと謝って偉いと褒めていた。
アルトに頭を撫でられて、嬉しかったのか可愛らしい笑顔を見せる。
「何時も、あんな感じだと可愛いのにな」
ビートがエリオにそういい、エリオは黙って頷いていた。
それぞれが、思い思いに好きなものを注文し
アルトは、初めてみるカキ氷に目を丸くしていた。
「雪?」
「雪ではない。氷を薄く削って
その上に、蜜をかけたものだ」
私が簡単に説明すると、瞳をキラキラさせてスプーンを握り
口の中に入れた。アルトは、何か食べている時が一番幸せそうだ。
その次に幸せそうなのは、信じられない事だが訓練している時と
セツナさんと勉強している時だろう。
「おぉぉぉぉ! あまいぃ! 冷たい!
頭が痛い!?」
結構な量を口に入れたからか、頭を押さえている。
「危険な食べ物だ!!」
アルトが真剣な顔をして、頭を押さえながら放った言葉に
全員が笑う。危険だー、危険だー、といいながらも
次々に口の中へ運んでいく。フィーもそんなアルトを見て
苦笑していたが、自分も小さい手でスプーンを握り口へと運んでいた。
「美味しいのなの~」
「危険だけど、美味しいね」
そういって、2人で顔を見て笑う姿は
本当に可愛らしい光景だった。
ある程度食べた所で、アルトが鉛筆を握り用意されていた用紙に
記述していく。迷いなく用紙に記述していくアルトに全員の視線が
釘付けになる。私は果物はわかったが、薬草は1種類しかわからなかった。
父さんは、果物と薬草4種は当てていたはずだ。
「アルト? 何が入っているかわかるの?」
母さんが、用紙から目をはなさずにアルトに問いかける。
「うーん、果物は全部わかったけど
薬草が、5種類しかわからない。後1種類わかったら
無料券がもう1枚もらえるのになぁ」
悔しそうに、眉を顰めるアルト。
「いや、アルっち
普通、子供がそんなにわからないって」
「えー、薬草あてクイズするよね?」
「……薬草あてクイズってなんだ?」
返ってくる答えはわかっている。
わかっているが、ビートがあえて聞いている。
「薬草の味を覚えて、色々混ぜて何が入っているか当てる!
俺は、このクイズは得意だ! 1度食べた薬草は忘れない」
胸を張ってそう答えるアルトに、私達は乾いた笑いしか出なかった。
「大体の毒の味もわかるようになった」
「毒!?」
「うん」
「セツナ君は何を考えているの!!」
母さんが、セツナに対して怒り始める。
「サーラさん、獣人にとっては必要な事なんだ」
アルトが、残りのカキ氷を食べながら
真剣に話しだす。
「獣人は、人間に嫌われているから
何時、命を狙われるかわからないんだ。
師匠が、獣人が殺される一番多い方法が
食事に毒を混ぜられる事だって言っていた」
「……」
母さんが、きゅっと歯を食い縛る。
セツナさんは、本当にアルトに生きる術を
全て教えようとしているのだと、改めて感じた。
だが、そこまで警戒しなければいけないこの世界が
私には、何処か悲しく思えた。アルトみたいな子供が
毒を飲み、毒の味を覚え、対処法を学ぶ。
私達は、リシアのハルで生まれ育ったから
人間だ獣人だという感覚は薄いほうだ。
だけど、世界をまわり様々な事柄を知ると
アルトと同じような獣人の子供を
弟子に出来るかと問われれば、私には出来ない。
理不尽だと感じながらも
私には、セツナさんのような覚悟を決める事は出来ないだろうな。
「獣人は、1度口にした毒の味は覚える事が出来る。
だから、体に害が出ない程度の毒を師匠が味見として
渡してくれるんだ。ちゃんと、解毒剤をのんでからだよ」
だから大丈夫と笑った。
「アルトは、私達と一緒にいるのは辛くない?」
母さんの質問に、アルトは少し考え返事を返す。
「サーラさん達といるのは、辛くない。
人間は嫌いだけど、優しい人間もいる事を俺は知ってるし
俺よりも、師匠の方が辛い。
師匠は、人間からも獣人からも嫌われていたから」
ハッとしたように、アルトを見る。
アルトの瞳は、とても静かな色をたたえていた。
「前は、それがとても悔しくて、悲しかったんだ。
だけど、師匠は俺を大切だと言ってくれる。
俺も師匠が一番大切だ。だからもう、それでいいって思った」
それは諦め……。
アルトの瞳の色が静かなのも、全てを受け入れたからだろう。
それはセツナさんも同じかもしれない。
ギルドの本部に着いた時の、2人に向けられていた視線には
優しさの欠片もなかった。なのに、セツナさんは堂々と前を向き
気にしていないから、気にするなと私達に告げたのだ。
あの強さは、何処から来るんだろうか。
「アルト……」
「師匠と俺、2人で旅を続けられたらそれでいいんだ」
「駄目なの。フィーはセツナとアルトの友達なの」
そう言って、フィーが椅子から降りてアルトの膝の上に移動する。
アルトは、フィーに優しく笑った。
「サガーナの代表が、師匠を認めたとナンシーさんが言った後から
獣人達の師匠を見る目が変わった」
「そうなの?」
「うん」
私達には、わからなかったが
獣人であるアルトが、そういうのならそうなんだろう。
少しでも、この2人が過ごしやすい環境になればいい。
前ならば、こんな事は思いもしなかっただろう。
私はどうやら、アルトの事を気にいってしまった様だ。
違う意味で、手のかかる弟が増えた感じだろうか。
生意気だった、エリオとビートより可愛いかもしれない。
アルトが弟ならば、私の魚拓を燃やす事も釣竿を折る事も
なかっただろうし……。
私が一瞬飛ばした殺気に
エリオとビートが同時に私に視線を向けた。
そんな私達を気にすることなく
アルト達の話は続いている。
「当然のことなのなの」
フィーが首を縦に振りながら肯定する。
「セツナは、サガーナで何をしたの?」
「それは言えない」
「はなすわけがない……じゃなくて
それは秘密なの」
「そう。それなら仕方ないわね」
母さんがそう締めくくる。
私達は、アルトから情報を聞き出さないと決めている。
母さんの言葉は、純粋な興味からだろう。
その後は、趣味の話や食べ物の話しなどをして
時間を潰した。会計の時に、アルトが用紙を渡すと
店の人は、驚いた表情を見せ正解した分の無料券をアルトに渡していた。
「師匠だったら、全部答えられると思う」とギルドへ向かう道中で呟き
後日セツナさんを連れて、もう1度店を訪れセツナさんに青蜜を
食べさせた所、アルトの言うとおりセツナさんは全ての果物と薬草を
当てたのだった。無料券は、母さんとアルトで半分ずつしたようだ。
母さん、アルトと同じように無料券を貰うのはどうかと思うんだが
という言葉は、私の胸の中に秘めておいた。最近、食べ物のことで
何か言うと、母が怖いのだ……。
セツナさんは、青蜜を見た瞬間微妙な表情を浮かべ
これは絶対発想が、【ブルーハワイ】だと呟いていたけれど
残念な事に、何を言っているのかはわからなかった。
読んでいただきありがとうございます。