『 それぞれの時間 』
* 前半:エリオ視点
* 後半:ビート視点
* エリオと2種使い *
* エリオ視点
セツっちが、余計な事ばかりを口にして
親っちの理性を吹き飛ばし、もう少しでサフィさんとの
血みどろの戦闘が繰り広げられるかと思った。
親っちとサフィさんの本気の戦闘は
俺っち達では、止める事が出来ない。
ビートがセツっちに、親っち達の関係を語っていたが
殺しあう時は、本気でやりあうのでこちらは気が気ではない。
「セツナめ、あいつわかってて口にしてやがったな」
「まぁ……セツナさんが居れば、父さんも簡単には
暴れない。上には、エレノアさんも居るようだ」
「でもさー。妹が生まれたら
あの状態が、ずっと続くのか?」
ビートの言葉に、俺っち達は全員黙り込んだ。
「エリオが一番大変かもしれないな」
「どうして、俺っちが大変なんだ?」
「お前は、2種使いだから
きっと、父さんはエリオにお守りを任せると思うぞ」
「2種使いは関係ないっしょ」
「セツナさんが、サフィさんは魔導師で長生きだと話していただろう」
「ああ」
「エリオも、私達よりも長く生きる。
なら、父さんは絶対にお前を妹のお守りに据える」
「……」
こう言う筈だ。「妹にサフィールを近づけるな」とね。
兄っちの言葉に、水を浴びせられたような衝撃を受ける。
「おい、エリオお前大丈夫か?」
ビートが心配そうに、俺っちの肩を揺すった。
「ああ……大丈夫」
そうか、俺っちは2種使いなんだ。
兄っちの言葉で、浮かれていた気持ちが一気に反転した。
強くなれる事は嬉しい。俺っちしか使えない魔法があることも嬉しい。
だけど……俺っちは、いつか家族全員に置いて行かれるのか?
「安心しろよ、俺達も協力してやるから」
「そうだな」
兄っちもビートも、俺っちが黙り込んだ理由を
親っちが、これから俺っちに命令する事になることについてだと
思っているようだけど、俺っちにはそんな事はどうでもよかった。
* アルトと本 *
*ビート視点
急に黙り込んだエリオに、兄貴は気の毒そうな視線を向けていたが
エリオの顔色は悪かった。まぁ、あのサフィさんの相手を
ずっと続けていかなければいけないというのは、中々に大変だと思う。
そんなエリオを、アルトは首を傾げてみていたけれど
エリオに、早く本屋に連れて行けとは言わなかった。
こいつは、本当に聞き分けがいい子供だよな。
俺が12歳の時とは大違いだ。エリオが浮上しそうにないので
兄貴に声をかけて、アルトを連れて行く。
兄貴も買いたい本があるといって、一緒に来るようだ。
エリオも、青い顔しながらもついてきていた。
「アルトは何の本を買うんだ?」
尻尾を振りながら、歩くアルトに欲しい本を聞くと
考える事もせずに、答えを返した。
「魔物図鑑」
「魚図鑑じゃないのか?」
「違う。あれは師匠から貰うんだ。
50回壊せたらくれるって言ったから」
「ああ……」
こう、こいつのこの前向きなというか
ちゃっかりしている精神は、誰が教えたものなんだろう?
セツナか、セツナしかいないよな。まぁ、教えなくても
あいつを見ながら育ってるから、こいつもそれなりに腹黒い性格になりそうだ。
いや……このまま素直に育つか……?
ギルドの本屋へと足を運び、兄貴とエリオがアルトの傍にいる。
エリオもアルトと同じ本を買うようだ。その手には2冊持っていた。
アルトは目を輝かせながら、その他の本を眺めている。
「アルっちは、他にも本を買うのか?」
「俺、最近依頼してなかったから
お金がない」
そう言って、しょんぼりと肩を落とすアルトに
兄貴が、苦笑いを浮かべながらアルトを見ていた。
まぁ……狩った魔物を片っ端から食っていたら
金もたまらないよな。
セツナに、アルトに本を買うのは一冊だけにしてくださいと
釘を刺されているから、物悲しそうな顔をしていても
買ってやるとはいえないのだ。
だが……ふと目に入った本に、悪戯心がわきあがった。
アルトはこれにどんな反応を見せるのだろうと。
【男と女のあれこれ:初級編】
簡単に言ってしまえば、男女の交際について書かれている本だ。
初級編は、健全な交際方法について書かれているし
一応、男女の常識についても記述されている。
中級と上級は、ちょっと俺でも引く事が書かれているが。
流石に、中級と上級をアルトのような年齢の子供に
読ませる事はできないから、初級で。
初級でもアルトには早いかもしれない。
だが、セツナが母さんの悪戯にあり得ない返答を返している時
アルトはくそ真面目に、セツナに意見をしていた事から
こういう本を見せた時、どういう反応を返すのかが気になったのだ。
「アルト、こんな本があるんだが
そろそろお前にも必要だろ? 買ってやろうか?」
アルトが俺の言葉に、耳を立てて嬉しそうに俺を見た。
その目に少し、良心が疼く。こう……とてつもなく悪い事をしているような。
穢れのない子供の瞳って、こんなに精神力を削るもんか!?
「何の本?」
尻尾をパタパタと動かし、俺の手の中にある本に視線を向ける。
やっぱりやめておくという言葉は、もういえない。
黙って本を差し出すと、兄貴とエリオが非難の目を俺に向ける。
「ビート……」
兄貴の声が怖い……。やばい!
そうだ、兄貴が居たんだ!!
そっと、本を元の場所へと返しに行こうとしたとき
アルトが、つまらさなそうに口を開いた。
「俺、もうそれ全部読んだ」
「……」
「え?」
「はぁ?」
「あんまり面白くなかった」
「読んだって……。初級編をか」
「全部」
「全部って?」
嫌な予感がひしひしとするが、聞かずにはいられない。
「中級編も上級編も読んだ」
「……」
「……」
「……」
一応、兄貴達も内容はしっているらしい。
まぁ、チームでその本をまわし読みしてたから
読んでないという事はないだろうが……。
だが、この年齢で中級と上級ってセツナ飛ばしすぎだろう!!
「でも、難しい言葉が多くて殆ど意味がわからなかったから
面白くなかったんだ。初級は、まだ意味のわかる言葉が多かったけど
中級になるとわからなくて。上級はさっぱりわからなかった」
「そ……そうか」
兄貴が胸を撫で下ろし、その表情を引きつらせながら答えている。
「ビートさん、その本全部読んだの?」
「俺!? 読んでないケド!?」
思わず声が裏返ってしまった。
「そうなんだ、読んでいたら
色々言葉の意味を、教えてもらえるかと思ったのに」
そう言ってアルトが、兄貴とエリオにも視線を移す。
「俺っちもよんでないよ!?」
「私も読んではいない」
「そうかぁ。読む?
俺持ってるけど」
「遠慮する!」
「いや、読まない!」
「読まない!」
「そうだよね、この本面白くないし」
「セツナに聞けばどうだ?」
こっちに質問されても、困る!
真面目に、知識を蓄えようとする目に見つめられながら
こういう事を、説明するのは拷問だ!!
全てをセツナに丸投げしよう。
もともと、この本を渡したのはセツナだろうから。
「駄目なんだ」
「駄目って何がだ?」
「この本を持っている事は、内緒にしておけよって言われた。
将来絶対お前の役に立つから、意味がわからなくても
持っておけってサイラスさんがくれたんだ。
だけどさ、この本が将来俺の何の役に立つのかがわからない」
「……」
「……」
「……」
誰だ、そのサイラスという奴は
アルトの年齢を考えて、後5年ぐらいしてから渡せばいいだろう。
なぜ、今渡す必要があったんだ。
「なんの役に立つと思う?」
真剣な表情で、俺達に答えを求めるアルトに
兄貴達も俺も何もいえない……何の役に……?
何の……。何って何だが……。……。
駄目だ、何が駄目かってこれはセツナに伝えなければ。
アルトがこの本を持っていることが駄目だ。問題だ。
自分が渡そうとしていたのを棚に上げ、俺はセツナに今あったことを
全て話すことに決めた。
兄貴がアルトの話題をそらす為に、違う本を薦めている。
兄貴が買ってやるらしい。セツナには内緒だといっていた。
あぁ……こうして、セツナが知らない間にアルトは成長していくんだな。
アルトは面白くない本の話を早々に切り上げ
クリスが、お勧めだという本の中から
【釣りの仕掛けあれこれ】という本を選んでいた。
普通に物語とかも、混ぜていたのにその選択は渋すぎる。
結局、俺がセツナに【男と女のあれこれ】の事を話したことで
兄貴がアルトに本を買ったことがわかり、兄貴がセツナに怒られていたけれど
アルトの鞄の中にある本を、セツナが全部見せてくれる? といった時の
アルトの悲壮感漂う顔は気の毒だとは思ったが、アルトの教育上
悪いものは取り上げておくべきだと思った。
どの本を誰から貰ったか、アルトは目に涙をためながらセツナに話していた。
どうやら、アルトに本を渡したのは複数人いたようで
その本の内容は、様々な内容で溢れかえっていた。
サイラスという人物からの本は、合計4冊あり
【男女のあれこれ】が3冊【初めての***】が1冊
全員が、アルトの鞄の中の本を見て絶句していたし
セツナの顔は優しく笑っていたけれど、その目は笑っていなかった。
女性から貰ったという本は、純愛ものが多かったが
王妃様から貰ったという本は、微妙な感じの題名だった。
こんなバラバラの本を同時に読むと、頭の中が混乱しないか?
どの本を読んで、どの本を読んでいないのか聞いたところ
まだ殆ど読んでいないようだ。
というか、難しすぎて読めないといったところだろう。
セツナが、1冊1冊表情を変えずにパラパラと本をめくり
内容を確認していく……おい、その速度で読んでいるとか言わないよな?
【男女のあれこれ】を見ても表情は変わらなかったが
その目は恐ろしいほど冷えていた。
親父が興味深く、セツナを観察していたが
表情を変えないセツナに、「面白くない」と呟いた親父を見て
冷たい視線のまま笑った。
全てに目を通したセツナは、テキパキと本を分けていく。
アルトが没収された本は3冊。アルトにとって本は宝物らしく
悲しそうに見ていたが、セツナが代わりとなる本を5冊ほど渡すと
尻尾を振って喜んでいた。意味がわからない本よりも、セツナが渡した
面白そうな本のほうが、アルトにとっては嬉しかったようだ。
【男女のあれこれ:初級編】はそのままアルトのものとなった。
母さんが、アルトに純愛ものの本を借り頁をめくっている。
アルトも、早速セツナから貰った本を読んでいる。
セツナはアルトから、没収した本を前に何かを考えているようだった。
「おい、その本をどうするんだ?」
気になって声をかける。
「欲しいですか?」
「いらねぇー」
「本人に送り返します」
「そうか」
「ただ、送り返すのは相手に悪いでしょう?
なので、なにかお礼をしないといけないなと……」
いや……お前のその目は、お礼を考えている目ではない。
サイラスという人物に、どういったお礼が送られたかは知らない。
いや、きっと知らないほうが幸せだと思った。
読んでいただきありがとうございました。