『 俺と師匠 : 前編 』
* 3年後のアルトの回想録
「アル。そろそろ髪の色と、目の色を元の色に戻す?」
「うーん、俺はこのままがいいなぁ」
今の俺の髪の色は、師匠よりも濃いブラウン
目の色は、師匠と同じ菫色だった。
師匠と出会って、そろそろ3年になる。
全く覚えていなかった、ことだけど、
不思議と師匠の言葉で、鮮明に俺の記憶が蘇ってきた。
「アルトは、青狼という種族だとおもうんだ」
「せいろう?」
「うん、獣人族でも様々な種族があってね
アルトは、狼の種族になると思う」
「うーん」
「その狼の種族でも、部族が分かれているみたいだね」
「うーん」
「それでねアルト、アルトの髪の色と目の色はとても目立つんだよ
この国ではその色は危険かもしれない、僕の魔法や能力のように
珍しいから、アルトの髪の色と目の色を少し変えてもいい?」
「うん」
この時の俺は、正直自分の髪の色や目の色がどう変わろうとどうでもよかった。
師匠が俺の種族についても教えてくれたけど、それにも興味はなかった。
今更、俺がどういう種族でどういう部族であっても師匠と一緒に
居れればそれだけでよかったから。
それは3年たった今も、変わっていない。
確か、その時の俺の一番の問題ごとは……。
俺というか、僕というかだったような気がする。
師匠が自分のことを僕というのが、とても落ち着いた大人のようで
少しでも師匠と一緒になりたくて、自分のことを僕と言おうか
悩んでいる最中だった。
師匠と会ったのは、3年前の夏の最初だった。
父親に売られ、奴隷商人に殺されかけて
その頃の俺は、生きていることがただ辛かった。
奴隷商人に殺されかけている所に、師匠の声が俺の耳に届く。
師匠が、俺を買う交渉をしているところまでは覚えていた。
だけど、その後師匠と商人がどういう会話をしたのかは
まるで覚えていなかった。
ハッと気がついて目を覚ましたら、体の痛みが消えていて
そして周りには誰も居ない、チャンスとばかり逃げ出すことを考えた。
首に、奴隷の首輪が付いている限り逃げられるはずもないのに……。
どれだけ主人が変わっても、人間が俺に与えるものは暴力と蔑みだった。
だから、今回俺を買った師匠もきっと同じに違いないと疑わなかった。
もう少し俺が思慮深く、自分自身を見ていれば
体の傷が治され毛布をかけられ
とても大切に、保護されたことが分かっただろうに……。
12歳の俺に言っても……仕方がないか……。
あの時の俺は、あまり頭が良くなかったし。
必死で逃げるも、何か壁のようなものに阻まれて
爪を立ててその壁を破ろうと、頑張ったけど
その壁は、傷1つ付かなかった。
それでも諦めきれずに、爪が割れても血が流れても
夢中になって、壁を壊そうとしていた。
その時、背後で音がなり誰かが近づいてくることに気が付いた……。
俺は、壁から離れ戦闘態勢をとるが
数日食事を、与えてもらえなかったこともあり
足元がふらついてしまう。
俺の間合い、ギリギリのところで立ち止まり
俺をじっと観察するようにみていた師匠……。
その視線に、またかという思いがよぎった。
同じ人間から生まれたのに、人間に虐げられ獣と蔑まれる。
何故俺だけが人間の姿をしていないのか……。
人との子供であるはずなのに……。
この耳も尻尾もなければ、今頃両親は俺を受け入れてくれていたかもしれない。
優しい言葉をかけて、ぬくもりを与えてもらえたかもしれない。
何時も心にあった疑問は、怒りという油を注がれたように突然火を噴いた。
俺の心にあるのは、ただただ怒りだった。
長い間、誰とも言葉を交わさなかった俺は
話すということを忘れかけていた。
心は、頭は、言いたいことが沢山あるのに
言葉としてでてこない。そのもどかしさに
その腹立たしさに、俺はまた心に怒りを貯めていく。
俺は、理不尽な現実を吐き出すように師匠に叫んだ。
俺は知りたかったんだ、俺をこんな姿にしたのは誰で
こんな姿に生まれたくもなかったのに、みんなが俺を
俺が悪いような目で見る、俺が選んだわけじゃないのに!
母が憎い、父が憎い、人間が憎い
その中で一番誰を恨んだらいいのか
何を憎めばいいのか……教えて欲しかった。
そんな俺を、静かに見ていた師匠
その時は、俺の話などどうでも良かったんだろうと思った。
1歩足を踏み出す、俺はその瞬間、師匠に爪を立て殺そうとした。
普通の人間なら、最初の一撃でおびえ多かれ少なかれ
時間稼ぎができるはずだった、その間に逃げようと思っていた。
なのに、師匠は俺の腕をつかみ直撃したであろう俺の攻撃を受けても
傷1つ付いていなかった……その力の差に俺は愕然としたのを覚えている。
カテナイ……ニゲレナイ……コワイ……。
今度の飼い主が、今までのような人間でないことが分かり
俺はもう生きることを諦めた。また殴られるんだろう。
また蹴られるんだろう。今度はもう死ぬかもしれない。
いやもう死にたい……。
俺がそう思ったときだった……。
師匠は、恐怖で投げやりになった俺を静かに見つめ
そして俺の前に膝をついて、そっと抱きしめてくれたんだ。
暖かい手で、背中をゆっくりなでられる。
俺の恐怖をやわらげるように、俺の怒りをなだめるように
抱きしめられることも、こんなに優しく背中をなでられることも
初めてのことで……頭の中が真っ白になった。
与えられるはずだったのは痛みではなく、ぬくもりだった。
そのぬくもりに、俺は少しずつ落ち着いていく。
だけど、俺には師匠が何をしたいのか分からなかった。
殴られたほうが、まだ納得できたように思う。
そんな俺の態度に、師匠はゆっくりとさっきの質問の答えを返してくれた。
その答えは、俺が納得できるものではなかったけれど。
師匠の一言がとても心に響いたんだ……。
『だけど僕は、君の姿はとても可愛らしいと思う』
初めて自分の姿を可愛いと言ってくれた師匠……。
思わず顔を上げたけど、師匠の目を見て俺はまた気付かされる。
『オマエノメハ、キモチガワルイ』
せっかく俺の姿を可愛いといってくれたのに、この目を見せたら
また気持ちが悪いと殴られるかもしれない、その恐怖に目をそらす。
師匠がどうしたのかという目で俺を見るので
俺は思ったことを、素直に口にした。
返って来た答えは意外なものだった……。
『気持ち悪くないよ、青色の目も菫色の目もとても綺麗だ
左の目の色は僕とおそろいだね』
その言葉に、何かが切れた。
何か……何が……。
あぁ、俺は初めて俺の全てを受け入れてくれる人に出会ったんだ。
嬉しかった、嬉しかった、生まれてきてほとんど抱くことのなかった
感情が溢れてくる。
泣くものかと、殴られても、蹴られても、蔑まれてもお前達人間に
決して膝をつくものかと、その時まで頑張ってきた俺だったけど
師匠の言葉に、ただただ涙が溢れて止まらなかった。
そんな俺を、師匠はまた優しく抱きしめてくれた。
俺が泣き止むまで背中をなでてくれた。
そんな暖かい腕の中でだんだんと、不安がこみ上げてくる
俺はこれからどうなるのだろう……。
そう……俺は、この時から師匠と離れたくないと思ったんだ。
初めてもらった優しさから、俺はもう離れたくなかったんだ……。
師匠と離れたら、もう二度と俺にぬくもりをくれる人は
現れないかもしれない。
俺が必死に一緒に居たいという言葉に、奴隷は要らないという師匠
俺が奴隷じゃなかったら、一緒にいることができたのかと……。
目の前が真っ暗になった、また……独りぼっちになるんだと思った。
そんな俺に、師匠は奴隷は要らないと繰り返した。
何も、話せなくなった俺に師匠は……。
『だけどね、僕は僕の魔法の研究を手伝ってくれる助手が欲しかったんだ。
そうだな、僕の弟子というところかな? どこかに、可愛い耳と可愛い尻尾の
少年がいないだろうか?』
師匠の、その言葉に体中が震えた、喜びで。
この人の傍に居ることができる。俺は必死に自分を売り込んだ。
俺は何も持っていないのに。
そして前の飼い主の男の助手が、飼い主のことを師匠と
呼んでいた事を思い出す。
俺は一生懸命、ししょというが師匠には伝わらなかった。
俺の言葉が間違っているらしい、だけど正しい言葉が分からない。
何度か言っているうちに、思い当たってくれたのか
ちゃんと理解してくれた。
後から師匠が
『あの時の僕のセリフは、ある意味危ない人だよね?』
と俺に聞いていたけど、俺には何が危ないのかいまだにわからない。
『……可愛い耳と可愛い尻尾の少年……言動が危なすぎる』
1人そう呟く師匠に首をかしげた俺だった。
俺の名前は、アルト。この名前をつけてくれたのも師匠だ。
『トアルガ』
化物とか、生まれてこなければ良かった子とか
そんな意味の言葉。はじめてそう呼んだのは、自分の父親だった。
幼かった俺は、その言葉をはじめて父が俺の目を見ていった言葉を
とても大切にしていた、その言葉の意味を理解するまで。
師匠に名前を聞かれ、『トアルガ』と答える。
一瞬師匠の目がきつくなり、俺は師匠を怒らせたのかと不安になった。
だけど、それは違ったんだ。
師匠は、あの時俺の為に怒ってくれたんだと思う。
『そうだな……君は僕の弟子になったから
僕から最初の贈り物をあげよう』
贈り物ってなんだろう、そう思った。
『君の名前は、アルト
僕の初めての弟子で僕の助手だ』
師匠から、初めて名前を呼ばれた瞬間……。
『僕は、奴隷は要らない。
だからアルト、今日から君は奴隷じゃない。わかった?』
師匠の言葉と同時に、首につけられていた首輪が粉々になった。
俺が外そうとしても外れなかった首輪。
これさえなければ、自由になれるかも知れないのにと
自分の首を傷つけながら、外そうとした首輪
その首輪が、簡単に壊れた……。
師匠が壊した……。
俺が、奴隷でなくなった瞬間……。
"奴隷は要らない"といわれて粉々になった首輪。
そこに残ったのは、アルトと呼ばれた俺。
師匠が俺にくれた最初の贈り物。
奴隷だった俺が、名前と新しい人生を師匠からもらった日。
俺の一番大事な宝物になった俺の名前……。
3年たった今でも、師匠に名前を呼ばれるとあの時の気持ちを思い出すんだ。
そういえば、あの日は本当に初めてだらけだった。
3年前の自分を思い出すと、可笑しくなってくる。
足を怪我しているからと、抱き上げられて運ばれそうになった。
怪我をしていようと、血を流していようと俺を抱き上げる人間なんていなかった。
自分の服が汚れるのもかまわず、俺を運ぼうとする師匠に服が汚れるからと
下に降りようとした俺の頭を師匠が撫でたんだ。
優しく頭をなでられる感覚に、胸がとても切なくなった。
あの時はなぜそんな気持ちになるのか分からなかったけど……。
今ならその気持ちが少し分かる……。
優しくなでられることによって得る安心感……。
安心感なんて、俺には無縁のものだったから。
わけの分からない感情に硬直しているうちに、師匠がお風呂の準備を始めた。
あの小さい鞄から……大きいお風呂が出てきたときは
本当に吃驚した、あれは衝撃的だった……。
今もあの鞄は、非常識すぎると思う事が沢山あるけどな。
お風呂……出来れば師匠の記憶から消したい。
『アルトをはじめてお風呂に入れたときは可愛かったなぁ』
『……』
『お風呂を鍋だといって、死ぬって……』
『……』
『ふふふ……ブルブル震えてさ、萌え死ぬかと思った』
モエ……?
『うわー、やっぱり危ないよね? あの時の僕』
やっぱり、師匠の言動は良く分からないけれど
早く忘れて欲しいと思う。
だけど……俺が師匠の弟子になる覚悟を決めた時だ。
俺の目的、俺の存在意義を見つける為の一番最初のヒントを
師匠からもらった場所だ。
『おれ、を、でしに、してください』
『わかった、僕は君を弟子にする、しっかり僕のそばで勉強するように』
この日の誓いだけは……俺は絶対に忘れない。
初めて手を繋いでくれたことも、初めて食べたシチューの味も
そして……初めて自分以外のぬくもりを感じながら寝た夜も
そのぬくもりに、また涙がこぼれそうになったことも……。
俺は一生忘れない。
師匠がいたから、俺は今ここに居て生きているのだから。
3年前を思い出しながら、どうして師匠が急に色を戻そうかと
言い出したのか気になった。
「師匠、どうして俺の色を戻そうと思ったんです?」
「うーん、アルトも強くなったからね。
自分で自分を、守れるようにもなったし
色を戻しても大丈夫かなって思ったんだよ」
相変わらず、穏やかな声音の師匠。
甘い感じの優しい顔と、穏やかで静かな声と話しかたに惹かれる女性も多い。
少々お目にかかれないほど、かっこいいのに……。
殺気を纏うとその優しい顔が反対に怖い……。
師匠の切れた姿を思い出し、背筋が寒くなりながら
今度ははっきりと、師匠に色を戻さなくていい事を告げた。
「師匠、やっぱり俺はこのままがいいです」
俺の返事に、少し笑い分かったよと頷いた。
そんな師匠を見て、俺はまた昔のことを思い出すのだった。
師匠の鍛錬を見た時に、体の中を駆け巡った衝動を……。