第12話「特別扱いの味」
王立苦情処理局の薄暗い執務室には、朝から普段とは違う、重く張り詰めた空気が漂っていた。
昨日、王立学舎における上級貴族子弟への特別食提供という不正を、エリシアが容赦なく暴き立てたからだ。
長年の暗黙の了解として見過ごされてきた特権階級の甘い汁を、左遷されてきたばかりの若き令嬢が真っ向から切り捨てた事実は、局内に予想以上の波紋を呼んでいた。
局員たちは怒れる大貴族たちの報復を恐れて身を縮め、騒動の中心にいるエリシアからあからさまに距離を置いている。
エリシア自身もまた、昨日の処理のあとに残ったひどく苦い余韻を持て余していた。
特別食の裏運用を暴いたあとで、料理長が連行される前に残した資料を精査すると、事件の真相が見えてきた。
特別食を受けていた上級生の中に、本当に病弱で医師の勧めにより甘味や特定の香辛料を多く必要としている者が一人いたのだ。
しかしそれを正面から学舎に申請すれば、「あの家が特別扱いを許されるならうちの子にも」と、他の権力ある貴族たちがこぞって同じ要求をしてくることは目に見えている。
学舎が掲げる「教育の平等」という建前を守るため、そして病弱な生徒の命を救うため、現場の料理長は波風を立てない不正な抜け道を使うしかなかった。
そして「抜け道」に気づいた他の上級貴族たちも便乗し、甘い汁を吸うようになった——それが事件の真相だった。
エリシアは彼の複雑な事情を知ってもなお、「事情はともあれ、不正は不正です」と冷徹に処理するしかなかった。
制度として正しく是正され、学舎における表向きの平等は回復したはずなのに、料理長の諦めきったような暗い顔が脳裏に焼き付いて離れない。
そんな重い空気の中、豪華な絹のドレスに身を包んだふくよかな貴婦人が、苦情処理局の扉を乱暴に開け放った。
王立学舎に息子を通わせている有力な上級貴族で、病弱な生徒への配慮に便乗して特別食の恩恵に預かっていた親の一人だ。
息子の食事が平民と同じ質素なものに格下げされたことに激怒し、わざわざこの埃っぽい役所まで怒鳴り込んできたのだった。
「育ちの違う高貴な子供に、平民と同じ薄いスープを飲ませるなど正気の沙汰ではありませんわ!すぐにこれまで通りになさい!」
ヒステリックな声が部屋中に反響する。局員たちが青ざめて怯えたように目を伏せる中、貴婦人は周囲をひどく見下すようにねめつけた。
「だいたい、あなたたちのような下級役人が、学舎の尊い伝統に口出しするなど越権行為も甚だしいわ!」
エリシアは傷だらけのデスクから静かに立ち上がり、一切の動揺を見せずに貴婦人の前へ進み出た。
純白の絹の手袋はいくつもの黒い染みで汚れているが、背筋は定規で測ったかのように真っ直ぐに伸びている。
「王立学舎は設立の崇高な理念において、身分や家柄に関わらずすべての生徒に完全な教育の平等を掲げております。公費を不当に流用して一部の者だけを優遇することは、明らかな横領事案です」
正論で返された貴婦人は顔を真っ赤にして激昂し、王宮における自分たちの強大な人脈と権力を振りかざしてエリシアを露骨に脅しにかかった。
「あなたが王宮の舞踏会で婚約破棄された哀れな令嬢だということは、すでに私の耳にも届いていますよ。これ以上私たち上級貴族に逆らうというなら、こんな埃っぽい吹き溜まりの部署からも完全に追放してやります!」
その言葉は、エリシアの胸の奥底に固く封じ込めていた記憶を容赦なく突こうとした。
かつて彼女自身も王宮の華やかな広間で、特権階級の甘い特別扱いの中に身を置いていた一人だったのだ。
しかしその甘さの裏側には、常に他者を見下し、自分たちに都合の悪い真実を隠蔽するという腐敗した構造があった。
真実を見ようともせず薄っぺらな印象だけで彼女を切り捨てたあの夜が、特別扱いというものの残酷な正体を彼女にはっきりと教えてくれている。
エリシアは微かに汚れた手袋の指先をきつく握りしめ、貴婦人の恫喝を氷のような冷たい視線で真っ向から受け止めた。
「私が今後どこへ追放されようとも、あなたが公費を盗んで息子の舌を甘やかしていたという事実は決して消えません」
机の上に前もって周到に準備していた、公費流用に関する分厚い告発書面を淡々と突きつける。
「これ以上の不当な要求を続けるのであれば、この詳細な記録を正規の監査委員会へ即座に提出いたします。よろしいですか」
自らの不正が公の場に引きずり出される恐怖に直面し、貴婦人は先ほどまでの威勢を完全に失って逃げるように部屋を去っていった。
圧倒的な権力や脅しに屈することなく冷徹に事実だけを突きつけるエリシアの姿に、周囲の局員たちはさらなる深い畏怖の念を抱いて震え上がった。
騒ぎが収束した後、ユリウスがゆっくりと歩み寄り、紙に包まれた小さな塊を彼女のデスクに置いた。
「学舎の下働きたちからだ。お前のおかげで、彼らにもようやく規定通りの甘味が回るようになったらしい」
それだけを告げ、踵を返して自分の書類の山へと戻っていく。
言葉には棘があるが、彼女の実務能力に対する確かな評価が含まれていた。
エリシアが静かに包みを開けると、中には砂糖が微かにまぶされた、不格好で素朴な焼き菓子が一つだけ入っていた。
少し焦げ目のついた表面から、かすかに甘く温かい香りが立ち上ってくる。
特権階級が独占していた豪奢な甘さではなく、すべての生徒に平等に分配された、ささやかな味の象徴だった。
彼女はしばらくその不格好な焼き菓子を静かに見つめていた。
病弱な生徒の事情も、便乗した者たちの醜さも、その焼き菓子ひとつの重さの中に混じっていた。
彼女は両方の事実を静かに受け止め、菓子を口に運ぶことはせず、純白の手袋でそっと元の紙へと包み直した。
エリシアは包み直した焼き菓子を机の端に置き、何も言わずに報告書へ戻った。
カリカリという硬いペンの音だけが、静まり返った執務室に孤独な決意のリズムを刻み続けた。




