第10話「案件補佐」
王立苦情処理局の薄暗い執務室に、新しい記録保全の手順が導入された。
以前にも増して重苦しい空気が部屋に漂っている。
局員たちはエリシアが定めた厳しいルールに従い、古い書類に一つずつ新しい通し番号を台帳へと書き込んでいた。
今までは適当に処理されていた案件がすべて厳密な管理下に置かれることになったため、日々の作業量は格段に増えている。
彼らの視線には露骨な反発と嫌悪の色がはっきりと浮かんでいるが、誰も表立って文句を言う勇気はなかった。
彼女が構築したシステムが実務として完全に正しく、反論の余地を与えない論理で守られているからだ。
しかしその完璧すぎる正論は現場の感情を逆撫でし、彼女と彼らの間には決して越えられない溝が確実に生まれていた。
エリシアは周囲の冷ややかな態度を完全に無視して、自分のデスクで書類の山と向き合っている。
純白の絹の手袋はいくつもの黒い染みで汚れているが、決して取り替えず、茨の道の誇りとして身につけ続けていた。
どんなに孤立しようとも、真実を見極めるためには他人の感情や同情など不要だと自分に言い聞かせながら。
「エリシア、少し来い」
ユリウスの低く乾いた声が、静まり返った部屋に短く響いた。
エリシアはペンをインク壺に置き、迷いのない足取りで歩み寄る。
彼は擦り切れた外套を羽織ったまま腕を組み、鋭い観察者の目で彼女を見つめていた。
「これからはお前を、俺の正式な案件補佐として本格的に回す。単なる書類の仕分けではなく、実際の不正調査の補佐に入れ」
王宮の中心部から左遷されてきたばかりの若き令嬢に対するものとしては、異例とも言える早い抜擢だった。
「庶務係の改ざんを見抜いた一件や、今回の新しい記録保全の手順。お前の観察眼と構築力は、ただの整理係にしておくには惜しい」
エリシアは驚きの声を上げることもなく、静かに小さく頷いた。
「お前は人を慰めるのには向かないが、事実を拾うのには向いている」
ユリウスは無愛想にそう付け加え、一束の新しい書類を机の上に無造作に放り出した。
棘のある冷たい言い方だったが、エリシアにとってはこの数日で最も納得できる確かな評価だった。
慰めや同情などというあやふやな感情ではなく、ただ事実を正確に処理する実務能力だけを純粋に認められたのだ。
王宮の舞踏会で理不尽な感情に切り捨てられた彼女にとって、それは何よりも欲しかった確固たる言葉だった。
「早速だが、この投書を洗え。西区の貧しい居住区から来た、地域の共同井戸の修理に関する苦情だ」
席に戻り、渡された粗末な紙片の表面に残された微かな違和感に鋭く目を留めた。
泥と油でひどく汚れた紙には、水が濁って子供たちが苦しんでいるという切実な怒りが乱れた筆跡で綴られている。
文字の端々に残る強い筆圧の凹みから、書き手がどれほどの絶望を抱えてペンを握ったかがはっきりと読み取れた。
しかしこの投書の内容は、先日整備した過去の処理済み台帳の記録と不自然に矛盾していた。
すぐさま立ち上がって保管棚へ向かい、西区の公共設備に関する先月の修理報告書を素早く引き抜く。
その報告書には井戸の修理はすでに完了し、修繕予算も全額が指定業者に支払われたと記されている。
しかし担当役人の承認印は不自然に新しく、添付された完了証明の写真も別の井戸のものを使い回していた。
指先でインクの掠れ具合と紙の質感を確かめ、これが意図的に偽造された架空の修理報告だと瞬時に断定する。
役人と業者が結託して予算を横領し、苦しむ民の声を握りつぶした——その卑劣な手口が紙の上から明白に浮かび上がった。
二つの書類を掴んで無言のまま歩き出し、ユリウスのデスクへ真っ直ぐに向かう。
彼女が席を立つだけで周囲の局員たちがびくっと肩を震わせ、慌てて書類へ顔を伏せていく。
「どうした、また何か厄介な不正の証拠でも見つけたか」
ユリウスが感情の読めない低い声で問いかけた。
「西区の共同井戸に関する投書と、先月の修理報告書です。この報告書の完了写真は別の井戸の使い回しで、承認印のインクも新しすぎます」
「悪徳業者が手抜き工事をして、担当役人が修理予算を横領したという架空請求の証拠です。早急に内偵を進めるべきです」
ユリウスは書類の不自然な痕跡を一瞥しただけで、短く鼻を鳴らした。
「採用だ。俺がすぐに裏を取りに行く。お前は関連する過去の工事記録をすべて洗い出しておけ」
エリシアは深く一礼して身を翻し、局員たちの怯えた視線を背中に浴びながら自分のデスクへと歩いた。
仕事で有能だと認められることと、一人の人間として温かく受け入れられることは全く違う。
局員たちが慌てて道を譲る様子から、その残酷な事実は誰の目にも明らかだった。
彼女は両手を見下ろし、黒いインクで汚れた純白の手袋をただ静かに見つめた。
王宮にいた頃のこの手袋は、本心や汚れを隠すための美しい装飾品に過ぎなかった。
しかし今は違う。これは実務の道具だ。事実を拾い上げるための、己の武器だ。
机の上には泥で汚れた投書が残されており、その乱れた筆跡の向こう側には水に飢えて苦しむ人々の姿がある。
バルテン局長の言葉が脳裏に蘇る——苦情とは、この国をまだ完全に見限っていない証拠だ。
自分は人を優しい言葉で慰めることはできないかもしれない。
しかし、その声の奥にある痛みを事実として拾い上げることはできる。
手袋に包まれた右手を胸の前に持ち上げ、柔らかな布地をきつく握りしめる。
汚れた投書の乱れた筆跡の上にそっと指先を置き、その裏に隠された人々の息遣いをただ無言で確かめた。
大きく深呼吸して背筋を伸ばし、インク壺にペン先を浸して文字を書き連ねていく。
周囲の張り詰めた空気の中で、カリカリという硬いペンの音だけが、彼女の新たな役目への決意のリズムを孤独に刻み始めた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
エリシアが王立苦情処理局で少しずつ居場所を作り始めた序盤の一区切りです。
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