#9 恐怖は迷信の母である
昼時の食堂は、いつもよりざわついていた。
クラリス・ヴァレンティアが、元婚約者ロイ・グランディアとその恋人エリザ・マルベリーの前に立っていたからだ。
「嫌がらせをやめてください」
クラリスの声は静かだった。
だが、その一言に、周囲の空気が一瞬で変わった。
ロイは、椅子に座ったまま眉をひそめる。
「何のことだ?」
クラリスは、手に持っていた証拠の束を机に置いた。
生徒会が集めた、噂の発信源と拡散経路。
匿名で書かれた怪異報告の筆跡と、エリザの提出書類の一致。
そして、夜の校舎で目撃された“幽霊”が、ロイであること示す男子生徒Sと女子生徒Tの証言の一致。
「これは全部あなたたちが仕組んだことの証言です。私を怪異の中心に見せかけるために、噂を流し、仕掛けを使って心霊現象を演出した」
エリザは、顔を強張らせた。
「そんな証拠、でっち上げじゃ――」
「生徒会で正式に調査したものです。否定するなら、学院に異議申し立てをしてください」
ロイは、唇を噛んだまま何も言えなかった。
周囲の生徒たちは、ざわざわと声を上げ始める。
「最低……」
「噂って、全部あの二人が……?」
「クラリスさん、やっぱり違ったんだ……」
クラリスは、何も言わずにその場を離れた。
背後で噂が反転していく音を聞きながら、制服の裾を揺らして食堂を後にする。
*
生徒会室。
クラリスは机に向かい、報告書を書いていた。
筆記魔道具の先が走るたび、紙に整った文字が並んでいく。
「元婚約者ロイ・グランディアおよびエリザ・マルベリーによる名誉毀損行為について、調査の結果、以下の通り報告する――」
扉が開き、会計のユリウス・フェルマーが入ってきた。
「おつかれさまでーす!」
クラリスは顔を上げる。
ユリウスは、にこにこしながら報告書の束を見ている。
「おっ!今回は依頼じゃなかったけど、食堂での一件、自分も見ましたよ~!さすがですね!」
クラリスは、少しだけ頬を緩めた。
「ありがとうございます」
「でも、仕事してる時の独り言、癖なんすか?」
「へっ?私、独り言なんて言ってました……?」
「今も俺が部屋に入る前に声が聞こえてたから、誰かと話してるのかと思いましたよ!でもクラリスさん1人だったんで、独り言だったんだな〜って!」
「いや、私は……」
クラリスは、目の前に座っているセシルに目を向けた。
確かに、彼はそこにいる。
だが――ユリウスは、彼を見ていない。いや、見えていない。
セシルは、少しだけ悲しそうな顔をして呟いた。
「……バレちゃったか」
ユリウスは、首を傾げながら手を振った。
「じゃ、また出てきますねー」
扉が閉まり、静寂が戻る。
クラリスは、セシルの方を見た。
彼の足元が、うっすらと透けていた。
「……セシル会長、あなた……まさか」
セシルは、微笑んだ。
「そう。僕、幽霊なんだよね」




