#7 噂の出どころ
学院の廊下は、今日もざわめいていた。
だが、そのざわめきの質が、以前とは違っていた。
「夜な夜な校舎を徘徊してるらしいよ」
「幽霊と話してるの、見たって人がいる」
「婚約破棄のショックで、頭がおかしくなったんじゃ……」
「生徒会で怪異ばかり扱ってるから、呪われたんじゃない?」
クラリス・ヴァレンティアに向けられる視線は、好奇心と恐怖と嘲笑が入り混じっていた。
かつての“悪役令嬢”というラベルは、今や“怪異の中心”という新たな形を取っていた。
クラリスは、廊下を歩きながら、ちらちらと向けられる視線を無視した。
制服の裾を揺らし、背筋を伸ばして、生徒会室へ向かう。
扉を開けると、セシル・ノクティスが窓際に立っていた。
銀髪が光を受けて揺れ、紫の瞳が外の庭を見つめている。
「おはようございます、セシル」
クラリスが声をかけると、セシルはゆっくりと振り返った。
「おはよう、クラリス。……今日も騒がしいね」
「ええ。私の噂が、また進化したようです」
クラリスは自分の席に座り、机の上の書類に目を通す。
筆記魔道具を手に取り、事務処理を始めながら、淡々と続けた。
「今度は、幽霊と話してるとか、夜に徘徊してるとか。生徒会で怪異ばかり扱っていることを逆手に取られたようです」
セシルは、少しだけ眉を上げた。
「なるほど。怪異を解決する人間が、怪異の一部にされる。皮肉だね」
「皮肉では済まされません。これは、意図的なものです」
クラリスは、筆を止めてセシルを見た。
「誰かが、私を貶めるために噂を流している。しかも、怪異という曖昧なものを使って。証拠もなく、否定も難しい。だからこそ、私が自分で証明するしかない」
セシルは、少しだけ微笑んだ。
「君は、いつもそうだね。誰にも頼らず、自分で立ち向かう」
「頼れる人がいないだけです」
「僕のことは頼ってもいいけどね」
クラリスは、少しだけ目を伏せた。自然と出てきたその言葉が、思いのほか胸に響いたのだ。
「まずは、噂の発生源を探ります。誰が、どこで、何を見たと言っているのか。怪異のように見えて、実際は人為的なものかもしれません」
「了解。君の推理、今回も楽しみにしてるよ」
クラリスは、机の上の報告書を整えながら、静かに息を吐いた。
「幽霊なんて、いない。今回も、それを証明してみせます」
学院の空は、秋の気配を帯びていた。
新たな事件が、クラリスを待っている。