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#3 幽霊の正体見たり枯れ尾花

学院一階の女子トイレ。

夕方、うめき声と水音が響くと噂されるその場所に、クラリスとセシルは足を踏み入れた。


トイレは静かだった。

誰もいない。個室の扉はすべて開いている。床は清掃されていて、汚れもない。

クラリスは、ゆっくりと奥の個室へと歩を進めた。


「証言では、このあたりで声が聞こえたらしいわね」


セシルは、クラリスの後ろに立っている。

クラリスは個室の中に入り、扉を閉めた。

静寂が訪れる。

そして――


「……んっん〜……ん〜……ん゛ぅ」


くぐもった声が、壁の向こうから響いた。

断続的な、言葉にならない音。

それに混じって、水音がぽたぽたと落ちる。


クラリスは息を止めた。

確かに、聞こえる。女子生徒Gが語っていた通りの現象だ。


「来た……! クラリス、聞こえるだろう? これはもう、間違いない。幽霊だよ!」


セシルが、興奮した声を上げる。


「うめき声、泣き声、水音……そして夕方。条件は揃ってる。これは典型的な地縛霊の兆候だ。しかも、ここには過去の噂がある。いじめられていた女子生徒が、最後に目撃された場所。思念が残っていても不思議じゃない!」


クラリスは、セシルの言葉を聞きながら、冷静に周囲を見渡した。

壁の一角に、古びた金属製の格子が埋め込まれている。


「……換気口」


彼女は立ち上がり、格子の前に立った。

そこから、微かに風が流れている。

そして――声が、そこから響いている。


クラリスは個室を出て、トイレの裏手へと向かった。

セシルも黙ってついてくる。


裏手は、学院のゴミ置き場だった。

魔道具の残骸、紙くず、食堂から出た生ゴミ――それらが分別箱に収められている。

そして、ちょうどその場に、一人の男が立っていた。


作業服を着たゴミ収集業者。

彼は手際よく箱を開け、ゴミを仕分けしている。

そして、作業の合間に――


「ん〜♪んふんふん〜〜♪ふんっん~♪♪……」


鼻歌を歌っていた。


クラリスは、しばらくその場に立ち、観察を続けた。

男の鼻歌は、言葉にならない断続的な音。

それが、トイレの換気口を通じて反響すれば――


「……うめき声に聞こえるわね」

「……え?」


セシルが、少し驚いたようにクラリスを見た。


「声の主は、彼。鼻歌が、トイレの中で反響して、苦しむような声に聞こえた。水音は、清掃用の道具で流している排水の音。ぽたぽた、ビチャビチャ――それが、涙や何かの気配に聞こえたのね」


クラリスは、トイレの壁に手を当てた。

冷たい石材の向こうに、日常の音が潜んでいた。


実際にゴミ収集業者に話を聞けば16時以降にこちらにやってきてゴミの仕分けと回収。そして、このゴミ捨て場の掃除のために水を撒いているのだという。鼻歌は無意識だったので耳を赤くしていたが。


「――幽霊なんていません。これは、ただの生活音。だけど、噂と結びつけば、怪異になる」


セシルは、しばらく黙っていた。

やがて、少しだけ微笑んだ。


「……君、面白いね。論理で怪異を暴く。僕とは正反対だ」

クラリスは、静かに頷いた。



生徒会室。

クラリスは机に向かい、報告書を書いていた。

筆記魔道具の先が走るたび、紙に整った文字が並んでいく。


「学院一階女子トイレにて発生していた怪異現象について、調査の結果、以下の通り報告する――っと」


扉が開き、副会長が忙しそうに入ってきた。

手には書類の束。目はクラリスの机に向けられる。


「報告書、できたか?」

「はい。こちらです」


クラリスは書類を差し出す。

副会長はそれを受け取り、ぱらぱらと目を通す。


「……ふむ。論理的で、簡潔だ。証言と現場検証の照合も取れている。よくやった」


クラリスは、少しだけ背筋を伸ばした。


「これで、生徒会への入会を認めてもらえますか?」


副会長は頷いた。


「君の仕事ぶりを見て、正式に認める。今日から君は、生徒会の一員だ」

「ありがとうございます」

「今後も手が足りていない依頼を回す。ただ、今は書記が手一杯でな。すぐ戻る」


副会長は書類を抱えて、また忙しそうに出ていった。

生徒会室には、クラリスとセシルだけが残された。


静かな時間が流れる。


セシルは、クラリスの机に近づき、報告書の文字を眺めはじめる。

クラリスは、ふと彼に目を向ける。


「……私の噂のこと、何も思わないの?」


セシルは顔を上げた。


「噂は聞いた。その上で僕と会話した君を気に入ってるし、噂のような人物像とはかけ離れていると判断した」


クラリスは、言葉を失った。

両親に慰められた夜のことが、ふと脳裏に浮かぶ。

胸の奥が、じんわりと熱くなる。


泣きそうで思わず俯く。

でも、泣くわけにはいかない。


顔を上げると、いつの間にか近くで報告書を覗き込んでいたセシルの顔が視界に飛び込んでくる。

その顔が、思ったより近くて――


「……っ」

クラリスは、思わず身を引いた。

セシルは、少しだけ首を傾げる。


「どうした?」

「……なんでもない、です」


セシルの透き通るような肌が綺麗で。まつ毛が長くて、それで、それで、唇が……やめよう。すぐに頭の中が暴走したようにあれこれ考えだすのはクラリスの悪い癖だ。

頬が、赤い自覚はある。少し暑かったのだ。そういうことにする。


学院の夕暮れは、静かに窓の外に広がっていた。

クラリスの新しい一日々が、始まろうとしていた。

以前勤めていた会社のトイレで16時以降になると幽霊が出るという噂がある一階のトイレがありました。そのトイレがある建屋は地震で倒壊して、建て直したのですが、その後も大雨で水没しました。それで、なんか良くない土地なんじゃないかって言われてるんですよ。まぁ、ただの噂話なんですけど

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