第16話 旧校舎の影
午後の空は、薄曇り。
学院の中庭を抜けて、クラリスとセシルは並んで歩いていた。
目的地は、封鎖された旧校舎。失踪事件の目撃情報が集中していた場所だ。
「旧校舎って、いいよね。歴史が染みてる感じがする」
セシルは、軽やかな足取りで言った。
クラリスは、鍵の管理記録を確認しながら、冷静に返す。
「使われなくなって十年以上経っています。記録上は、補習用に使われていた時期もありますが、今は完全に閉鎖されています」
「そういう場所こそ、霊的干渉が起こりやすいんだよ。人の記憶が空間に残るからね。特に、感情の強い出来事があった場所は、霊の通り道になりやすい」
「はい、そうですねぇ」
クラリスは、聞き流しながら門の前に立った。
錆びた鍵を差し込み、重い扉を押し開ける。
中は、ひんやりとしていた。
空気が澱んでいて、足音がやけに響く。
「……冷たいですね」
「それは、霊的な――」
「断熱が甘いだけです」
セシルは、肩をすくめて笑った。
廊下は薄暗く、窓には埃が積もっている。
机や椅子は乱雑に積まれ、壁には色褪せた掲示物が残っていた。
「ここ、昔は補習教室だったんだよね。僕も一度だけ来たことがある気がする」
「会長が補習ですか?」
「幽霊だった頃にちょっと探索してみただけだよ。なにもなかったからそんなに見てない」
クラリスは、無言で歩調を速めた。
二人は、教室を一つずつ覗いていく。
どこも使われておらず、物置のように雑然としていた。
「何か、違和感がある場所は?」
「全部、違和感しかないよ」
クラリスは、廊下の奥にある階段へ向かった。
木製の手すりはところどころ剥げていて、踏板も歪んでいる。
「上階も確認しておきましょう」
クラリスは、階段に足をかけた。
セシルが後ろからついてくる。
「古い建物って、こういうところが危険なんだよね。踏板が腐ってたりして」
「気をつけま……」
そう言いかけて――
ミシッ。
乾いた音が響いた。
「っ……!」
クラリスの足元の板が沈み、靴がめり込む。
バランスを崩し、体が前のめりに傾いた。
ひゅっと息を吸い込んだその瞬間、セシルが咄嗟に手を伸ばした。
「クラリス!」
二人は、階段の踊り場に倒れ込む。
セシルが下敷きになり、クラリスが押し倒すような形。
だが、セシルはしっかりとクラリスを抱えていた。
この体勢にセシルは顔をそらして呟いた。
「旧校舎は危険だ。立ち入り禁止にしないと……」
クラリスも、顔を真っ赤にして、すぐにセシルから退いた。
生霊のときは儚い雰囲気だったのに今のセシルは、生身になって思ったよりもしっかりしていた。
抱えられて、くっつく形になって、それをなおさら自覚してしまった。
間近で見たセシルの綺麗な横顔、赤くなった耳が頭から離れない。
心臓が、うるさい。考えるのをやめないと……!
クラリスは、たまらず顔をそらした。
視界に入ったのは、踏み抜いて壊れた階段。
「……あ」
クラリスは、何かを思いついたように目を見開いた。
「確認したいものができました。やはり――幽霊なんていません」
そう言って、クラリスはセシルの手を引っ張って立ち上がらせ、そのまま引っ張っていく。
セシルは、繋いだ手の温もりに少し驚きながらも、黙ってついていった。
クラリスの手が暖かく、じんわりと熱を帯びる。
耳が、また熱くなってきた。どうしてこうも、無自覚に僕を煽るんだろうか。




