#13 復帰
秋の風が、学院の中庭を静かに吹き抜けていた。
金木犀の香りがふわりと漂い、制服の裾を揺らす。昼休みのざわめきの中、ひときわ目を引く二人の姿があった。
クラリス・ヴァレンティアと、セシル・ノクティス。
並んで歩くその姿に、生徒たちの視線が集まっていた。
「ねえ、見て。あれって……」
「生徒会長、戻ってきたんだって」
「クラリスさんが探し出したらしいよ。すごくない?」
噂は、風よりも早く広がる。
セシルが学院に戻ってきたのは、ほんの数日前。
それなのに、彼の復帰は瞬く間に話題となり、クラリスの名も一緒に囁かれるようになっていた。
「会長、回復するの早くないですか?」
クラリスは、少し眉をひそめながら言った。
隣を歩くセシルは、相変わらず涼やかな笑みを浮かべている。
「会長ではなく、セシルと呼んでくれ」
「私たち、会ったばかりですから」
クラリスは、そっけなく返す。
だが、セシルは一歩近づき、クラリスの耳元に顔を寄せた。
「でも、あんなことやこんなことをした仲じゃないか」
囁く声は低く、艶を帯びていた。
クラリスは、瞬間的に顔を真っ赤に染めて、セシルを睨みつける。
「そ、それは……!近いですし、勘違いされそうな言い方しないで!」
威嚇するように声を上げるクラリスに、セシルは肩をすくめて笑った。
「冗談だよ。君の反応が可愛いから、つい」
その言葉に、クラリスはさらに顔を赤くし、視線を逸らした。
通りすがりの生徒が、セシルに挨拶をする。
「おはようございます、生徒会長!」
「おはよう」
セシルは、すっと表情を引き締め、クールな声で返す。
その切り替えの速さに、クラリスは思わず心の中で突っ込む。
……なんなのだ。その切り替えは。
それはもう、着いてこれるタイミングではずっと着いてきた。
しかも着いてくるセシルが生霊の時と違う。やたらと甘いので、どうしてもたじたじになってしまう。
刷り込みをされた雛鳥かなにかなのだろうか。
休憩のタイミングも、お昼も、放課後の生徒会室も。
思えば、生霊だった頃から、セシルはさりげなく女子トイレや女子寮に憑いてきていた。
感覚が狂っているのかもしれない。普通は女子専用ゾーンに入ってはいけないのだと教えないと。
そう考えている間にも、セシルは自然な動作で生徒会室の扉を開け、クラリスをエスコートする。
「どうぞ」
「……ありがとう」
クラリスが注意するために口を開こうとするより早く、先に生徒会室にいた副会長が口を開いた。
「クラリスさん」
挨拶もそこそこに、彼は真剣な表情で言葉を続ける。
「折り入ってお願いがあります」
クラリスは、少し驚いたように目を見開いた。
副会長は、几帳面で冷静な人物だ。彼が“折り入って”と言うのは、よほどのことだ。
「どういった内容でしょうか?」
副会長は、クラリスの問いに静かに頷いた。
「あなたが行方不明だった生徒会長を探し出したことは、学院内でも話題になっています。生徒会としても、非常に誇らしい功績です」
クラリスは、少しだけ目を伏せた。
あの山での出来事は、まだ胸の奥に生々しく残っている。
「その功績を受けて、学院側から新たな調査依頼が届いています。詳細は、今からお話しします」
セシルが、クラリスの隣で腕を組みながら言う。
「何か、厄介な事件なら私も話を聞こう。」
何故、今度は保護者面をしているのか。
クラリスは、ちらりとセシルを見た。
「……会長は、着いてくるのが好きですね」
「そうだよ?」
その言葉に、クラリスはまた顔を赤くして、視線を逸らした。
生徒会室の窓から差し込む光が、二人の影を並べて落としていた。
新たな事件が、静かに幕を開けようとしていた。




