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幽霊なんていません。〜悪役令嬢の事件簿〜  作者: 吉良 鈴


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#11 生霊

生徒会室の空気は、静かだった。

クラリスは机に肘をつき、セシルの顔を見つめていた。

彼の瞳は、窓の外の夕暮れに溶け込むように遠くを見ていた。


「……僕が意識を持ったのは、あの山の下見に行ってから、たぶん一ヶ月くらい経った頃だったと思う」


セシルの声は、静かで、どこか夢の中の語りのようだった。


「最初は、何も分からなかった。目を開けても、誰も僕を見てくれない。声をかけても、誰も振り向かない。まるで、世界から切り離されたみたいだった」


クラリスは、筆記魔道具を手に取り、そっと記録を始めた。

その動きは、いつもの調査と同じだったが、心は揺れていた。


「学院に戻ってきたつもりだった。廊下を歩いても、教室を覗いても、誰も僕に気づかない。生徒会室に入っても、誰も反応しない。僕は、そこにいるのに、誰にも見えなかった」


セシルは、机の端に指を添えた。

その仕草は、何かを確かめるようだった。


「一度だけ、誰かにぶつかったことがある。だけど、その人は何も感じていないようだった。僕の存在は、空気と同じだった」


クラリスは、筆を止めた。

その言葉の重さが、胸に沈んだ。


「……それが、ずっと続いたの?」


「うん。ずっと。誰にも話しかけられず、誰にも答えてもらえず。僕は、ただ学院の中を漂っていた。自分が何者なのかも分からず、ただ、そこにいた」


セシルの声が、少しだけ震えた。


「でも、ある日――掲示板の前で、君が依頼文を読んでいた。僕は、何気なく声をかけた。期待なんてしてなかった。どうせ、また無視されると思ってた」


クラリスは、その場面を思い出した。

確かに、あの日――彼は突然現れた。

誰にも気づかれず、誰にも話しかけられず。

けれど、自分にははっきりと見えていた。


「君は、僕の声に反応した。目を合わせて、言葉を返してくれた。……その瞬間、世界が戻ってきた気がした」


セシルは、少しだけ笑った。

その笑顔は、寂しさを隠す仮面のようだった。


「それが、僕の“始まり”だった。君が僕を見てくれたことで、僕はここにいることができた」


クラリスは、机の上の報告書を見つめた。

その文字の整然とした並びが、今はどこか遠く感じられた。


「……あなたが最後に記憶しているのは、山の下見の途中まで?」


「そう。登山道の入り口で、地図を広げていた。空気は冷たくて、でも澄んでいて。落ち葉を踏む音が心地よかった。途中で分岐があって……僕は、何かに気を取られていた。誰かの声を聞いた気がして、そちらへ向かった」


セシルの瞳が、遠くを見つめるように細められる。


「霧が出ていた。急に、視界が白くなって。周囲の音が遠ざかっていくような感覚。気づいたら、誰もいなかった。道を外れていた。足元が滑った。……それで、記憶が途切れてる」


クラリスは、筆記魔道具を閉じた。


「それ以降の記憶は、ない?」


「ない。気づいたら、君の前にいた。それまでの空白が、どれくらいの時間だったのかも分からない。ただ、君が僕を見てくれたことで、僕は“ここ”に戻ってこられた」


クラリスは、静かに息を吐いた。

その言葉が、少しだけ救いになった。


「……生きている可能性があるなら、探しに行きませんか?」


セシルは、驚いたようにクラリスを見た。


「でも、僕は幽霊じゃないか!」

「それは、あなたの推測でしょう?」


クラリスは、静かに言った。

その声には、確信があった。


「こういうオカルト話は、あなたの方が詳しいのではありませんか。生霊、というのがあるのでしょう?」


セシルは、目を見開いた。

そして、少しだけ口元を緩めた。

「……まさか、クラリスからそんな言葉が出るとは」


クラリスは、立ち上がった。

制服の裾が揺れ、夕暮れの光が彼女の横顔を照らす。


「論理的に考えれば、あなたが“幽霊”である証拠はまだ不十分です。手がすり抜けることも、他人に見えないことも、魔力的な干渉や精神的な現象で説明できる可能性があります」


「つまり、僕は生霊かもしれない?」

「ええ。だから、確かめに行きましょう。あなたが最後に記憶している場所へ」

セシルは、しばらく黙っていた。

そして、静かに頷いた。


「……分かった。君となら、行ける気がする」

クラリスは、窓の外に目を向けた。

秋の空は、少しずつ夕暮れに染まり始めていた。


「準備を整えて、明日出発しましょう」


セシルは、微笑んだ。


「了解。君の推理、今回も楽しみにしてるよ」


クラリスは、少しだけ笑った。

その笑顔は、いつもより柔らかかった。

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