#1 悪役令嬢呼ばわり
この小説は一部AIを利用しています。
昼下がりの食堂は、いつも通りざわめいていた。
銀の食器がカチャリと音を立て、魔力式の給湯器が静かに湯気を吐いている。窓から差し込む光は柔らかく、テーブルクロスの刺繍を浮かび上がらせていた。
そんな穏やかな空気を、彼の声が切り裂いた。
「お前との婚約破棄をする!」
食堂のざわめきが一瞬で凍りついた。
スープを口に運ぼうとしていた手が止まり、視線が一斉にこちらへ向く。私は、静かにスプーンを置くしかなかった。
彼、ロイ・ベルナールの隣には、金髪の少女、エリザ・モンテールが寄り添っていた。
笑みを浮かべながら、私を見下すように目を細めている。彼女の唇が動くたび、周囲の生徒たちがざわついた。
「クラリスって、男を侍らせて喜んでるんですって」
「癇癪持ちで、気に入らないことがあるとすぐ怒鳴るらしいわ」
「ロイ様がエリザ様に気持ちが向いてるのが気に入らなくて、嫌がらせしたんですって」
「怖い……醜い女よね」
「まるで悪役令嬢ですわ」
ヒソヒソと、まるで風のように言葉が流れてくる。
私はそれを黙って聞いていた。怒りも悲しみも、今は湧いてこない。ただ、冷静に自分のことを振り返っていた。
私、クラリス・ヴァレンティアは、前世の記憶がある。
目覚めたとき、ここは異世界だと気づいて、少し浮かれた。転生だ!と喜んだのも束の間、この世界には魔法がなかった。魔力というものはあるが、それは電気の代替でしかない。魔道具が生活を支えているが、仕組みはほぼ現代日本と変わらない。魔法陣が回路の代わりに動いているだけだ。
見た目はファンタジックでも、中身は現実的。
知識チートもなければ、特別な力もない。ただ、貴族制度だけはしっかり残っていて、私は貴族の娘として育てられた。しかし両親は優しく、私を大切にしてくれた。だからこそ、決まった婚約者を大事にしようと思っていた。
……それなのに。
「だいたい、黒髪で地味だし、口うるさくて可愛くない。特に赤い瞳が気味悪いんだよ」
彼はそう言って、私を突き放した。
黒髪は前世と同じ。そして、この世界の人間は基本的に前世と比べて美しい。私も例外ではない。地味だなんてとんでもない。赤い瞳だって、ルビーのように輝いている。清楚で、可憐で、前世基準の私は自分の容姿に誇りを持っていた。
ただ、彼の嗜好には合わなかった。それだけのこと。気にする必要はない。
「もう、結構ですわ。私は婚約破棄を受け入れます。」
私は彼の言葉を聞き流しながら、静かに婚約破棄を受け入れた。あんなゴミはこちらからお断りですわ~。
その夜、いつもは寮暮らしだが、婚約破棄の報告のために自宅へ帰れば両親が心配してくれた。
「あなたのことを悪く言う人がいるけれど、私たちは信じているわ」
「大丈夫。クラリスは、クラリスのままでいい。婚約破棄くらいなんてことない」
「むしろ、破棄されて良かったんじゃないの。あんなのが婚約者じゃクラリスちゃんが可哀そうだわ。クラリスちゃんには悪いことしたわね……」
両親はそんな風に慰めてくれて涙が出そうになった。
私はこの優しい両親のためにもなんとしても名誉を回復しなければならない。そう、決めた。
結婚して、安心させてやりたいのだ。そう、落ち込んでいる暇なんてない!
翌朝、学院に登校した私は、廊下のざわめきの中で耳をそばだてた。
「昨日の婚約破棄、見た?」
「クラリスって、やっぱり噂通りだったのね」
「男を侍らせてたって本当なのかしら」
「エリザ様に嫌がらせしてたって……」
「でも、あんなに堂々としてるの、逆に怖いわ」
視線が突き刺さる。
噂を信じて白い目を向ける者、好奇心で馬鹿にする者、そして哀れみの視線を送る者。
私は、ただ前を向いて歩いた。
みんなもっと頭を使って考えなさいよ。噂を鵜呑みにして、明らかにおかしな噂を信じてしまう。入学してすぐだから。私の人となりをよく知らないから。……良く知らない人間のことは馬鹿にしてもいいということかしら。
いえ、哀れみの目を向けている人はちゃんと分かっているわね。でも、可哀想に、と思うだけで結局、他人事だわ。仲が良いわけではないものね。私でも無償で助けたりなんかしないわね!……はぁ。
ツラツラ考えていると嫌になる。やめよう。
改めて私は、ただ前を向いて歩いた。誰にも何も言わず、ただ静かに。
そのとき、耳に入った声があった。
「去年の盗難事件、生徒会が解決したんだって」
「生徒会に頼めば、どんな問題でも片付けてくれるみたい」
「会長がすごいんだよ。冷静で、何でも見抜くって」
その言葉に、胸がざわついた。まるで天啓が降りてきたかのよう。
そう、名誉を回復するには、確かな実績が必要だわ。
それならば――生徒会だ。
私は迷わず、生徒会室の扉を叩いた。
重厚な木製の扉が、静かに開く。中から現れたのは、副会長だった。書類をまとめる手を止め、鋭い目つきで私を見やり、眉をひそめる。
「……君の噂は、耳にしている」
私は一歩踏み出し、まっすぐ彼の目を見た。
「生徒会に入りたいんです。名誉を回復したい。……それだけじゃありません。学院のために、私にできることをしたいと思っています」
副会長はしばらく黙っていた。
やがて、ため息をひとつ。
「……入会を希望するなら、試験を受けてもらう。幽霊騒動だ。学院一階の女子トイレで、夕方になるとうめき声が聞こえるらしい。掲示板に依頼が貼ってある。受ける気があるなら、剥がして持って行くこと。」
私は頷き、静かに礼を言って、生徒会室を後にした。
掲示板の前に行くと、一枚の依頼文が貼られている。
そして、その前に立っている一人の男子生徒が視界に入った。
制服姿で、静かに依頼文を見つめている。銀髪が光を受けて淡く揺れ、クロッカスのような淡い紫の瞳が印象的。まるで霧の中に浮かぶ光のように、柔らかく、どこか遠くを見ているようだった。
「幽霊ね……君は、信じる方?」
「いいえ。幽霊なんて居ないでしょう」
「……そうか。」
私は依頼文を剥がし、彼に向き直った。
「……私、クラリス・ヴァレンティアは生徒会に入りたいんです。名誉を取り戻すために」
彼は、少しだけ微笑んだ。
「それなら、自己紹介をしておこう。僕は生徒会長のセシル・ノクティスだ。君が依頼を受けるなら、僕も同行しよう」
こうして、私と彼の奇妙な関係が始まった。
幽霊なんていない。そう信じる私と、オカルトを語る彼。
最初の事件は、学院一階のトイレから始まる――。
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