第三集:戦友が語る、真実の欠片
第二集で悠真と陽子の物語の真実を知り、二人の想いを胸に、楓は新たな決意を固めた。それは、二人が未来に託した希望を、自分が受け継いでいくということ。しかし、彼女の心にはまだ、一つの疑問が残されていた。悠真と陽子が夢見た「未来」は、一体どんなものだったのだろうか。
「おばあちゃん、この日記…最後の方のページ、空白が多くない?」
祖母の家で、楓は再び陽子が残した日記を読んでいた。過去を辿る旅を終え、楓の夢は次第に鮮明さを失いつつあった。まるで、役割を終えたかのように。だが、日記の最後の数ページには、なぜか書きかけの文章と、小さな花のスケッチが描かれているだけだった。
祖母は優しく微笑み、楓に小さな布袋を手渡した。「これはね、陽子ちゃんがいつも大事に持っていたもの。悠真さんに、いつか二人で見に行きたいって話していた花畑の、地図と…」
布袋の中には、色褪せた地図と、押し花にされた小さな花が入っていた。地図には、海辺から山の方へ続く細い道が描かれ、道の終点には「二人の約束の場所」と記されていた。
「この花畑は、誰も知らない秘密の場所だったのよ」
楓は直感した。これが、二人が未来に託した「希望」の最後のピースなのだと。
楓は地図を手に、一人で山道を進んだ。
祖母がくれた地図は、古いが正確だった。苔むした石段を登り、獣道のような細い道を抜けると、目の前に広がる景色に、楓は息をのんだ。
そこは、まるで時が止まったかのような、美しい花畑だった。色とりどりの花が咲き乱れ、風に揺れている。中心には、小さな石碑が立っていた。石碑には何も書かれていないが、楓にはそれが、悠真と陽子の愛の証のように感じられた。
楓は花畑の真ん中に立ち、目を閉じた。
その瞬間、彼女の脳裏に、これまでのどの夢よりも鮮明な映像が蘇った。
…満開の花畑で、陽子と悠真が手を取り合って笑っている。悠真が陽子に、押し花にした小さな花を渡す。「この花の名前、知ってるか?『希望』って花なんだ」
…「戦争が終わったら、ここで、二人で暮らそう。ここでなら、誰にも邪魔されない」…
楓は、二人が夢見た平和な未来を、まるで自分のことのように感じた。それは、戦争の恐怖や悲しみを乗り越えた先にある、温かく穏やかな未来。二人が命を賭して守ろうとした、希望そのものだった。
楓は花畑に、祖母からもらった押し花と同じ花を見つけた。
その花をそっと摘み、石碑の前に置いた。
「悠真さん、陽子さん。二人の夢は、確かに未来へと繋がっています。この花畑は、今も変わらず、こんなに綺麗に咲いています」
楓の目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。それは悲しみの涙ではなく、二人の想いが自分に届いたことへの、感謝と感動の涙だった。
花畑で一日を過ごした楓は、夕日が沈む頃、山を下りた。彼女の心は、不思議なほど穏やかだった。夢で見ていた、戦争の悲しい記憶はもうなかった。楓の中に残っているのは、悠真と陽子が未来に抱いた、希望の光だけだった。
数日後、楓は祖母に、花畑の場所と、そこで感じた二人の想いを語った。祖母は、涙を流しながら楓の言葉に耳を傾けた。
「ありがとう、楓。これで、陽子ちゃんも悠真さんも、きっと安らかに眠れるわ」
楓は、元特攻隊員の田中にも手紙を書いた。手紙には、花畑で見つけた希望の花の押し花を添えた。彼から返ってきた手紙には、ただ一言、「ありがとう」とだけ書かれていた。
春になり、楓は高校二年生に進級した。
彼女の日常は、以前と何も変わらない。しかし、楓の心の中には、もう一つの世界が広がっていた。それは、悠真と陽子が愛し、希望を託した、未来の世界。
楓は、桜並木の下で、青空を見上げて微笑んだ。
「悠真さん、陽子さん。二人の分まで、私はこの未来を生きていくから」
彼女の瞳に映る景色は、希望に満ちていた。
物語は、楓が未来へ向かって、笑顔で力強く歩き出すシーンで、静かに幕を閉じる。