第二集:手紙が紡ぐ、二つの時代
「おばあちゃん、教えて。陽子さんって、どんな人だったの?」
花咲楓は、祖母の古い写真アルバムを広げながら尋ねた。第一集で、楓は夢で見ていた少女が祖母の親友・鈴野陽子であり、彼女が特攻隊員の佐伯悠真と愛し合っていたことを知った。そして、陽子と悠真の物語を、自分が引き継いでいることを確信した。
祖母は、懐かしそうに目を細めた。「陽子ちゃんはね、本当に太陽みたいな子だった。いつも明るくて、誰にでも優しくて。悠真さんとの恋は、まるで二人だけの光みたいだったわ」
祖母は、二人がよく行っていた場所を語り始めた。空襲警報が鳴り響く中、こっそり身を隠した海辺の防空壕。そこで悠真が、陽子に未来の夢を語っていたという。楓の胸に、夢で見た映像が鮮やかに蘇る。
「ここだ……」
週末、楓は祖母の言葉を頼りに、電車を乗り継いで海辺の街を訪れた。観光客もまばらな、静かな砂浜。錆びた手すりの階段を降りた先に、波に削られた岩場が広がっていた。その岩陰に、ひっそりと口を開けた、苔むしたコンクリートの塊があった。
楓は迷うことなく、その中に入った。ひんやりとした空気が肌を撫でる。
「戦争が終わったら、この海で君と暮らしたい」
悠真の声が、まるで本当に聞こえてくるようだ。楓は壁に手を当てた。その瞬間、強い光が脳裏にフラッシュバックする。それは、夢で何度も見た、あの光景。
…「悠真さん、怖いよ」と震える陽子。悠真は陽子の手をそっと握る。「大丈夫。君がいるから、大丈夫だ」…
楓が壁の隅をなぞると、硬いものに指が触れた。そこには、錆びついた小さな缶が隠されていた。楓は胸を高鳴らせながら蓋を開ける。中には、丁寧に折りたたまれた手紙と、一枚の小さな貝殻が入っていた。
缶の中の手紙は、陽子の筆跡だった。
「拝啓、悠真さん。
この手紙を読んでいる頃、あなたはもう…いえ、違います。私は、あなたの無事を信じています。本当は、出撃なんて行ってほしくない。でも、あなたの選んだ道を、私は誇りに思います。どうか、生きて帰ってきてください。あなたとの約束、いつまでも待っています」
手紙の最後に、陽子ではない、別の筆跡で短い文が書き加えられていた。
「陽子。君との約束、必ず果たす。だから、君は必ず幸せになってくれ」
悠真が、出撃直前に書き残した、陽子への最後のメッセージ。楓は、そのメッセージを読んで、震えが止まらなかった。手紙を読み終えた瞬間、楓の目に涙が溢れた。
「悠真さんは…陽子さんが亡くなったことを、知らなかったんだ…」
愛する人がすでにこの世にいないことを知らずに、未来を信じて出撃していった悠真。彼の最期にどれほどの悲しみと希望が混ざり合っていたのか、想像するだけで胸が締め付けられた。
「お前さん、もしかして…佐伯悠真を知っているのかい?」
缶を手に、涙を拭いながら防空壕を出た楓に、一人の老人が声をかけた。彼はこの街に住む元特攻隊員で、悠真の戦友だった。
老人は楓が持っていた缶と手紙、そして貝殻を見て、驚きを隠せない。「その貝殻は…悠真が陽子さんに、プロポーズの代わりに渡したものだ。私も覚えている」
老人は、悠真の最期の様子を語り始めた。
出撃直前まで、悠真は陽子との未来を信じていた。そして、出撃の数時間前、ついに陽子が空襲で亡くなったという知らせが届いた。
「悠真はな、その時初めて泣いたんだ。それでも…彼は言った。『陽子の分まで、未来を信じて、空を飛んでくる』って。あの時の彼の顔、今でも忘れられん」
悠真は、陽子との約束だけでなく、未来を生きる全ての人々の平和を願って、飛び立ったのだと老人は語った。楓は、自分が引き継いだ記憶は、ただの愛の物語だけではなく、未来への希望そのものなのだと理解した。
楓は再び海辺に戻り、缶の中の手紙と貝殻を手に、静かに波の音に耳を澄ませた。
悠真と陽子が交わした約束。それは悲しい結末を迎えたかもしれない。しかし、二人の想いは、決して無駄なものではなかった。楓という形で、確かに現代へと受け継がれていたのだ。
「悠真さん…陽子さん…」
楓は、風に揺れる髪をかきあげながら、空に向かってそっと呟いた。
「二人の夢、私がちゃんと、見届けます」
彼女の瞳には、もう悲しみだけはなかった。そこには、過去の記憶を胸に、未来へと歩き出す、強い決意の光が宿っていた。
第二集は、楓が悠真と陽子の物語の真実を知り、二人の想いを胸に、未来へ向かって歩き出すところで幕を閉じる。