表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

花園で咲き乱れる

作者: 幸京

今日は本当に良い日だ。あのブスが退職したのだ。

一ヶ月前に退職の挨拶を受けた時は、必死に残念な顔をして答えた。

「どうして?嫌だよ」と、まったく思ってもいないことを言うとあのブスは、「もう無理なので」顔を俯きそう言った。私は原因を察して聞いた。

「え、望月君のことは諦めるの?」

「・・・はい」

「そっか。うん、でも香ちゃんならもっと良い人がきっといるよ」

「はい、今までありがとうございました。木見さんもお元気で」

そうブスは笑顔で言った。

私は帰宅すると夕食の準備をする。

「お母さん、今日のご飯は何?」

小学校4年生の長男が笑顔で聞いてくる。

「今日はハンバーグだよ。向こうでお父さんと待っていてね」

「やったー。御馳走だー」

そう喜びながらも子供は台所から離れようとはせず、居間にいる夫はスマホのゲームに夢中だ。

本来なら怒るところだが、今日は良い日だから受け流せる。

夫の食事に猛毒を入れる妄想をしながら望月君を想う。

物静かで読書が好きな望月君。タバコも吸わず、お酒も飲まず、ギャンブルもやらず、いちいち頭の悪い連中と大声で騒がない。つまり夫とは正反対だ。

そんな望月君をあのブスが好きになったと職場の女性陣に知れ渡ると、ブスを応援することが義務付けられた。気が狂いそうになった。部署が違う望月君と話せる機会など少ないのに、その機会でさえブスと代わらなければならないなんて。それでも良好な職場関係のために耐えた。それに私だけではなかった、あのババァも、デキ婚バカも、ブス友も。あいつらもブスを応援しなければならなかった。

そのブスが退職した。もう誰にも遠慮せずに望月君と接せられる。気分が良い、ハンバーグが焼けた。


ブタが退職した。

学生時代からモテまくり同じ部署の私でさえ、望月君を手に入れられなかったのに、あのブタが惚れたなんて。女特有の関係により、先に言ったブタを応援しなければいけなかった。

本当にイライラした。望月君との関係はまったく進展なく、バカな男共ばかりから言い寄られる。

だから望月君が少しでも何か思ってくれないか、そう思って適当に付き合い始めた男との間に子供が出来てしまった。愕然としたが、出来てしまった以上は仕方ない。私はまったく望まない結婚をすることになった。夫となった男は普通で、趣味はなく、子供に関心はなく、ほぼボーっとしていて、口を開けば仕事の愚痴を延々と言っていた。そんな時、外出先で望月君と会った。店内で子供が突然走りだすとフロアで滑って転倒する直前、偶然近くにいた望月君が子供の両脇を両手で支え「大丈夫?危ないよ、気を付けて」と笑顔でそう言った。その横顔を見た瞬間、封じていた気持ちがぶり返した。やっぱり私はこの人が好きなんだ。やはり諦められない、そう思いながら子供と望月君に早足で近づく。そして一ヶ月後、私は離婚した。


ぶーちゃん、辞めたんだな。

まぁ、望月君とはどうあってももう無理だし、仕方ないのかな。

一人では何も出来ないぶーちゃん。誰かを介していないと、望月君と話すことも出来ない可哀そうな娘。

知らなかったでしょ。ぶーちゃんを応援しているつもりでも、虎視眈々と望月君を狙っていた娘はたくさんいたんだよ。それにも気づかずに、その娘達に「良い感じだったよ」「いけるいける」「自分から誘ってみなよ」なんて、本当に女の世界は怖いな。まぁ、私もその一人なんだけど。

望月君は人の悪口を言わない、いつからかそんな彼に惹かれていた。客からの理不尽で意味不明なクレームにも真摯に向き合った。周囲がどんなにその客に文句を言っても、当事者である望月君だけは何も言わずに淡々と仕事をこなした。ああ、良いな。ベッドに入り、そんな彼を想い今日も私は涙を流す。すると、離れて暮らす息子夫婦から来月の連休中に孫を連れて帰省すると連絡が来た。それを夫に伝えると「そんなことで泣くなよ」と笑われた。


香、ダメだったんだな。

まぁ、勝算はない戦いだったけど。しかし望月君はないだろう。私でも無理だったのに。

誰にも言っていないが、香から好きになったことを聞く前、私は望月君に告白をしていた。はっきり言って断られるなんて思いもしなかった。これまで女慣れしていない男なんて簡単に落としてきた。だから望月君に惚れている既婚者共を笑うため落としてやろうと思ったのに。そして振られた日に気づいた、私も奴らと同じ様に本気であったことを。会社の下らない飲み会には一切来ず、人の評価など気にもせず、ただ淡々と仕事をこなす。香を応援する体で望月君の情報を得ようとした。そしてますます彼を知り、ますます彼を好きになった。

「早紀、いつもありがとう」

情報を与えるたびに香は言った。子供の頃から優しい子だった。ただ、ブスでデブで一人では何も出来ないだけなのだ。さて、諦めるつもりはない。木見は結婚しているし、崎本はババァ、デキ婚の中条は離婚を進めているという。おそらく彼狙いだろう。あいつはこの中で一番若い、顔も悪くはなく今のところ一番の脅威だ。だが、私は未婚で子供もいない、奴らよりアドバンテージにはなる。


木見さんも中条さんも崎本さんも早紀も、皆、私が何も知らないと思っているんだろうな。

皆が私をどう思っていたのか、私は知っていた。それでも彼への想いのため、私もまた皆を利用した。でも無理だった。このままでは何も変わらない、正攻法ではダメなのだ。私は退職して、望月君の自宅付近にあるスーパーに転職した。これからは一人だけど私なりに頑張ってみよう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ