洞窟に住まう大家
打製石器を磨く音がして磨製石器へと移り変わった。時代は一つ進んだのだ。確実に我々がよく知る方向に向かって、洞窟に住まう大家が闇の中、大きく見開いた両目を黄色に光らせている。近代的な役割を担いながら、そのくせいつまでも原始を懐かしみつづけ、大洋の底に暮らす深海魚としての才能を開花させてしまった。そして時代は踵を返し、自らジャイロ回転を施すと、我々の知らない筋書きのある方角へと足を踏み出していく。人間とは自己プログラミング可能でありながらプログラマーが居留守を使ってサボり続ける不毛のモデルであった。
わかめ酒の水面の向こうにはホテルに併設されたプールサイドがあって、少々古臭さすら覚えるビキニのブロンドの腿の溝の酒から覗く景色にはまた別の女のわかめ酒に鼻を埋めている。本体はいつになったら溺死するのだろう。もしくは潜った先から根本へ向かって死が連鎖するのか。連鎖の内ワンパターンだけは添い遂げて脱出することが可能なのか。別に死ぬために来たわけではないのに、どうしても死を予感せずにいられない特殊風俗の館の近くに広がる森の奥深く、洞窟に住まう大家が闇の中、目には黄色い光を浮かべて口角を上げている。唇の間から零れた歯は名月のように青白い。外との明暗の逆転現象を起こしそうなほどに洞窟の暗闇に似合って、大家はさぞ満足気な笑みを皺と向上させ原始を懐かしんでいる。深海魚としての才能は大家としての役割を忘れさせるほど燃え盛り、しかし飲み込まれはせず瞬時に冷静さを取り戻してしまうほど大家の器は上出来で、ただ箒を持たせているだけは勿体ないほどの逸材の出現をまだ誰も気が付いていない。大家はまだ原始にいる。近代的な役割を請負ながらも原始を懐かしむ気持ちを捨てきれないでいた。当の深海魚は可哀そうだ。まだ知らないだろうが、どの深海魚も大家の前ではただの出来の悪い、ただ深海魚らしい生活をしてきただけのまがい物でしかないのだから。人魚は尾ひれの袋を脱いで僕にわかめ酒を提供してくれる。ここではチョウチンアンコウの電球が海底の向こうの地平線へ沈んでいった。冷たい太陽だった。シチュエーションで恋をする。僕は先からも根本からも迫りくる溺死の感覚に、この場所から人魚と脱出するべく海面へと急いで泳ぎ始めた。洞窟に住まう大家は全てを知って懐かしんでいた。