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ウィスタリア公爵家とベーコンエピ

「ザック、いらっしゃい」


 ザックがウィスタリア公爵家にやってきた。


 ベルの義母であるマティルダが誘拐されたベルを助けてくれたザックにお礼が言いたいと、ザックの予定を確認し、今日がその訪問日となった。


 普段冒険者らしい服装をしているザックだが、今日は公爵家への訪問とあって紺色の三つボタンスーツを着こなし、とてもカッコ良く仕上がっている。


「ザック、とっても素敵よ」


「へへへ、有難う。でも着せられてる感じ。小学校の入学式の時みたいな気分だよ」


 ネクタイ部分を触りながら苦笑いでザックが答える。

 攻略対象者の一人とあってとっても似合っているのだが、ザックは納得していないようだ。


「さあ、中へどうぞ。母も兄たちも貴方を待っているわ」

「うん、有難う。ベルさんの家族に会えるの楽しみだったんだー」


 ニコニコ顔のザックを応接室へと案内する。

 最初はマティルダも玄関口でザックを出迎えると言っていたが、緊張させてしまうだろうとのロナルドの提案で、ベルだけが出迎えることとなった。


 公爵家の屋敷の中に入ると、ザックが感嘆の声を漏らす。

 「ふえー」とか「ほえー」とか締まりのない声を出し、キョロキョロとあちらこちらに視線を送る。


「王城にも行ったけどさ、ベルさんのお家もお城みたいだよねー」

「フフフ、確かにそうね、麦の家と比べたらウィスタリア公爵家はお城だわ」


 確かにウィスタリア公爵家の屋敷は城だと言っても過言ではない。

 大国の公爵家だけあってセルリアン王国の王城よりもずっと大きい。


 そんな事を話しながら応接室へ向かうと、待ちきれないという笑顔を浮かべたマティルダが、扉のすぐ傍でザックを待ち構えていた。


「オランジュ様、いらっしゃい」


 普段は淑女らしい姿勢を崩さないマティルダがザックを見て喜びを露にする。

 特級冒険者に会えたのが相当嬉しいようで、美しいその顔には珍しく満面の笑みが浮かんでいる。

 これは親しい家族にしか見せない顔だ。


「あ、初めまして、アイザック・オランジュです。ベルさん、いえ、イザベラ様にはいつもお世話になっています。それと本日はお招きいただき有難うございます」

「まあ、まあ、ウフフ、こちらこそよ。オランジュ様、いつもイザベラと仲良くして下さって有難う。それに先日はイザベラを助けて下さって何とお礼を言っていいか……貴方がいたからイザベラを無事に救うことが出来たわ。本当に感謝してもし足りないくらいよ」

「い、いえ、そんなことは……」


 マティルダに感謝を込めて手を握られ、ザックは珍しく真っ赤になっている。

 人を惹きつける魅力を持った女性なので当然だが、ザックは母親という存在に照れているようにも見える。

 

「母上、そんなところでアイザック殿を困らせないでください」

「そうですよ。オランジュ様、さあ、どうぞこちらへ」

 

 ロナルドと弟のチャーリーが興奮気味のマティルダを諫める。

 ご機嫌なマティルダは息子たちの言葉などさっと流し「今日はイザベラの作った新しいパンがあるのよ」とザックに話しかけながらソファへと促した。


 席に着くとザックは「マティルダ様ってロナルドさんのお姉さんじゃなくてお母さんなんだよね?」と確認の言葉をベルに問いかけて来た。

 ベルが無言で頷いて見せるとザックはスゲーと小さく呟いていた。その気持ちはベルにも分かる。


 マティルダの若さと美しさは多くのものを驚かせる。

 ロナルドは既に三十路を迎えているのだが、とてもそんな大きな子がいるとは思えない美貌だ。


 ザックが驚くのも無理は無いだろう。

 ベルだって初めて会った時はとても驚いたのだから。


「改めまして、アイザック殿、こちらが我母マティルダと弟のチャーリーだ。それと先日はイザベラを助けてくれて有難う。ウィスタリア公爵としてイザベラの兄としてお礼を言わせてもらうよ」


 ロナルドの挨拶と共に、ベルを含めたウィスタリア公爵家のものが皆頭を下げた。

 周りにいる使用人たちも主に合わせ頭を下げている。

 それを見たザックは両手を振りながら慌てだす。


「いやいやいや、ロナルドさん、やめてください! ベルさんの事は皆で助け出したんだし、俺だけの手柄じゃありませんよ!」


 ここでお礼を言われて当然だと尊大にならないところがザックらしいところともいえる。


 特級冒険者ならばそれなりの金銭や待遇を要求しても良いぐらいなのに、ザックは友人を助けただけだし、ベルさんにはいつもお世話になっているし、と何も望まない。


 ザックのそんな様子を見てロナルドがニコリと笑う。なんだかその笑顔は満足気にみえた。


「ねえ、オランジュ様、私もアイザックさんとお呼びしても宜しいかしら?」


「ああ、私もそう呼ばせてもらいたい、宜しいかな?」


 照れるザックの為か、それとも自分の欲望に従っただけか、マティルダとチャーリーがそんな要望を願いだす。


「もちろんです。アイザックでもザックでもお好きなように呼んでください」


 ベルの家族だからか、ザックは喜んで希望を受け入れてくれた。

 マティルダもチャーリーもとても嬉しそうだ。


 特級冒険者はどんな人をも魅了する力があるらしい。

 もしかしたらマティルダたちも、絶対に成れない冒険者に憧れたことがあるのかもしれない。

 女性冒険者に憧れた事があるベルも同じ気持ちだった。


「パンをお持ち致しました」


 ベルが新しく作ったパンが運ばれて来た。

 食欲をそそる香りが応接室に広がって行く。


「アイザックさん、イザベラが新しく作ってくれたパンなのよ、良かったら食べてみて頂戴」


「わぁー、ベーコンエピですね! めっちゃ美味そう! ありがとうございます! 頂きます!」


 マティルダに勧められ、ザックはホカホカな出来上がったばかりのベーコンエピを手に取った。


「めっちゃ美味い! このベーコンもすごくいい味してるねー」


 顔をほころばせザックがベルのパンの感想を言ってくれる。

 マティルダもチャーリーもロナルドも、そんなザックを優し気に見つめている。


「このベーコンはウィスタリア公爵領の特産品なのよ」

「イザベラがうちの子になってから力を入れ出した品の一つなんだ。ウィスタリア公爵領ではベーコンだけじゃなく、ウィンナーやハムも作っている。イザベラのお陰でとても美味しくなったんだよ」


 ウィスタリア公爵領に居る事が多いチャーリーが自慢げにベーコンの話を始めた。

 養豚場の話や、ベーコンの生産の話など専門的な話になってもザックは興味津々に聞き入っている。


 ベルも食いしん坊だと思っているが、ザックも大概食いしん坊だ。

 前世の記憶がそうさせるのか、美味しいものへの執着が他の人よりも強い気がする。


 それにザックはニホンの食品を探す為に冒険者になった、といっても過言ではない。

 ウィスタリア公爵領には数種類のベーコンやウィンナーがあるのだと知ると、ザックの冒険者魂に火がついたようだった。


「うわぁー、いいなー、俺ウィスタリア公爵領に行ってみたいかもー」


 ベーコンエピの最後のひとかけらをぱくりと口に入れながら、ザックがそんな言葉を呟いた。


 マティルダもチャーリーもロナルドも自領に行きたいと言われたからか、ニンマリと公爵家の者とは思えない笑みを浮かべた。


「だったら私の子供になりなさい。アイザックなら大歓迎よ」


「「えっ?」」


 突然のマティルダの宣言にザックとベルの驚く声が揃う。

 まるで市場で果物でも買っているぐらいの気軽さだ。

 冗談ですか?と問いただしたくなる。


「それは良いね。アイザックが私の弟になったらウィスタリア公爵領内を連れまわそう、きっと楽しめるよ」

「そうだな、チャーリーがウィスタリア公爵領を連れまわすのなら、私は王都を連れまわそうか。アイザックは私の弟だと自慢しまくってもいいな」


「えっ……?」


 ポカンとするベルとザックの前、人を揶揄うような笑みを浮かべた兄弟が、サッと一枚の書類を取り出した。


「アイザック・オランジュ殿、良ければ我々と家族にならないか? 君はイザベラを妹のように思ってくれているんだろう? ならば本当の家族になってもいいじゃないか、我々も君と家族になりたいと思っている。どうか私達を君の戻る場所にして貰えないだろうか?」


 どうやらロナルド達の想いは本当らしい。

 出された書類はベルも見たことのある養子縁組の書類だ。


 ザックは驚いたままその書類に手を伸ばす。


 後はアイザックのサインだけなんだよ。


 そう言ったロナルドの言葉に、ザックはまだ驚きを隠せないままだった。

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