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食パンとその中身③

残酷な表現があります。苦手な方はお気を付けください。

 クランプスの偶像団の頭領であるジンは、セルリアン王国内にある貧しい村クランプスで生まれた。


 家とも呼べない住処には母親の違う兄弟が居て、ジンはその中で三番目に生まれた男の子だった。


 顔だけは良かった父親は若い時は非常にモテたらしく、複数の女と子供を作り、何人かとは結婚した時期もあったようだが、そのだらしなさに皆嫌気がさし、ジンの母親も物心つく前には出て行ってしまった。


 ジンが覚えている父親は酒浸りで暴力癖があり、一番年下の弟は泣いて五月蠅いと父親に殴られ死んでしまった。


(こんな糞みたいな生活いつまでもしてられるかっ!)


 父親とのそんな生活のせいか、ジンは出世欲がとても強かった。

 自頭が良く、周りを見て学び、自身で考え行動できる力もあったからだともいえる。


 村の中では字の読み書きなどできない学の無いものが殆どだったが、ジンは商人が来れば見聞きし観察して字を覚え、同様に数字も知り簡単な計算が出来るようになった。


 そうすると幼いジンにも働き場所が出来るようになった。

 弟に美味いもんを食わせてやりたいと、最初はそんな気持ちだったが、稼いだ金を父親に取られるうちにそんな思いやりも消え、この村から出て行ってやると、そんな事ばかり考えるようになった。


 そんなある日、家に帰ると兄弟の一人、ジンのすぐ下の妹がいなくなっていた。

 父親を問いただせば「奴隷商に売った」と当然顔で答えた。

 それも金の価値を良く知らない父親は、考えられない程安い金額で妹を売っていたのだ。

 ジンに強い怒りが湧いた。

 自分の酒欲しさに娘を簡単に売り飛ばす父親に、本気の殺意が芽生えた瞬間でもあった。

 

「殺してやる殺してやる絶対に殺してやる!」


 体の大きさや力ではまだ父親には敵わない。

 だがアイツ(父親)がいる限り自分は幸福にはなれない、ジンはそう思った。


 そんなある日、ジンは偶然魔法というものを知る。

 商人からセルリアン王国には魔法使いが居て、魔法が使える者は王城勤めも出来るのだとそんな話を聞いた。


(もし、俺に魔法を使う力があったら……)


 そんな考えの元、仲良くなった商人に詳しく魔法の事を聞き、自分の体の中に流れる魔力を感じる方法を試してみた。


 すると体の中に温かいなにかを感じた。

 それを意識して呪文を唱えてみれば、小さいながらも指先から火が出てジンは驚いた。


「やった! 俺は魔法使いなんだ!」


 世界から特別な人間だと認められたようで、ジンの心は浮ついた。

 この力でのし上がって見せる、そんな野望が湧く。

 魔法使いとして名を馳せてやる、父親を見返せると心が躍る。


 これまで貧乏人だと蔑んできた奴らを全員ぶちのめしてやる、興奮から暴力的な気持ちが抑えられない。


 だが勿論一番に始末したい奴といえば、それは疑うことなく自分の父親だった。


 ジンは早朝から働きに出ている。

 夜遅くまで働いているので家に帰るのは寝る時だけ、それは周りのものも知っている事実。


 仕事をしながら同僚と自宅の近くを通る際、ジンは魔法を使い自宅に火を放った。

 酒浸りの父親は勿論寝て居る時間だ、逃げる事など出来ないだろう。


 まさか働いているジンが火を放ったとは誰も気づかない。

 それに父親は元からだらしなく、周りもその事は知っているので怪しまれることは無い。


(やっとアイツから解放された!)


 父が死に自由を手に入れたジンは、迷いなく王都へと向かった。

 魔法使いになるためには魔力の検査があるらしく、それを受けるためにジンは胸を躍らせ試験場へと赴いた。


「うーん、確かに魔力は有るけどねー……」


 ジンの試験を監督した検査官がジンを見て首をひねる。

 ジンの年齢は14歳。

 もう少し小さければ魔力の伸びしろもあったようだが、この年齢ではもう成長はないとそう言われた。


「君は田舎から出て来たようだから知らないだろうけど、小さな火が起こせるぐらいでは使い道がないんだよねぇ……」


 困ったようにそう言われ不合格の印を押された。

 使い道のない役立たず。

 魔法使いとも呼べない出来損ない。

 現実を知らない田舎者。

 裏でそう笑われ、ジンはその事が許せなかった。


 それから落ちるのは簡単だった。

 ジンを笑った者たちには勿論復讐し、金目のものは奪ってやった。


 その金を使い残りの兄弟達を王都に呼び寄せ、自分の手下として使い、盗賊団として活動するようになった。


 自分の田舎を馬鹿にした奴らを見返すかのように、地元の名を取りクランプスの偶像団と名乗るようになったのもこのころからだ。


 裕福な貴族を狙い、金品を奪い娘を攫った。

 どんなに着飾っても落ちれば皆同じだ。

 這い上がる力のない高貴な出の者たちを心の中で笑い罵った。


 自分は有名になった。

 金もあり、力もついた。


 そのはずなのに何故か時折虚しさを覚えた。

 金を稼いでも、女を手に入れても、心は何故か寂しさを覚えこれで良かったのかと思うことがあった。


 そんな時、王城の使いだというものから依頼を受けた。

 危険な香りがしたが、前金の払いの良さに仕事を引き受けることにした。


 セルリアン王国内は今不況で金にならない。 

 貴族を襲っても、高価なものなど持っていないやつが殆どだ。


 だが、大国であるビリジアン王国に拠点を移せば今後はもっと稼げる。

 前金を受け取り、女を攫う簡単な仕事だと聞きそんな欲が湧いた。


 ただ大国に手を出すならば、頭領の自分は逃げ道を作っておかねばならない。

 自分が捕まるような事があれば、クランプスの偶像団は終わってしまう。それだけは阻止しなければならない。

 魔法が使えることを公表していないジンの切り札は魔力がある事だった。


 なのでフレッドに簡易転移陣を作らせた。

 ほんの数メートル先、ジンの馬がいる場所まで飛べる魔法陣。


「こんなの魔力が無ければ使えない、ただのゴミだけどねー」


 ジンに魔力があることを知らないフレッドは、その簡易転移陣を自分の為の逃げ道だと疑っていないようだった。


 そして王太子望みの女『イザベラ・カーマイン』を捕まえ、大金を手に入れビリジアン王国内でも有名になるチャンスがやって来た。

 このまま王子にこの女を渡せばいい。

 簡単な仕事だ。

 けれど捕まえたイザベラはジンの望む強い女だった。


 泣くことも無く、喚くことも無く、希望を捨てない女。


 興味が湧いたジンはイザベラを自分のものにした後、セルリアン王国の王太子を始め貴族共に見せつけてやりたいとそう思った。


 ジンの事もイザベラの事も使えないと判断したセルリアン王国の貴族共。

 そいつらに自分の力を見せつけたやりたいとそう考えたのだ。


 だがその夢は叶わなかった。

 やはりビリジアン王国は大国だ。

 危険だと感じたジンの勘は当たっていた。

 大国の騎士団が動けば、セルリアン王国の盗賊など逃げるしか無い。


(俺はここで終わる男じゃねー!)


 ジンが魔法を使えることは兄弟たちでさえ知らない。

 フレッドという餌をその場に残し、ジンだけが簡易転移陣を使い逃げ出すと、ジンの後を追って来る者などいなかった。


(ハハハハッ、大国の騎士団って言ったって大したことはねーな)


 ビリジアン王国とセルリアン王国の堺にある拠点にはジンだけが戻ることが出来た。

 今回の仕事で連れて行った仲間は、クランプスの偶像団のメンバーの半分だけだ。

 危険な仕事だったのでジンの兄弟たちは置いて行った。


 なので拠点に戻ればまだ仲間はいる。

 それも自分の兄弟達だ。

 今後の活動には支障はない。


 もう一度力を付け直し、今度こそビリジアン王国にも攻め込んでやる。

 次はイザベラを普通に誘拐し、すぐさま自分のものにしてやろう。

 抱いてしまえば従順になる。

 アイツの瞳から希望が消える姿を見てみたい。


 そんな気持ちを持ち意気揚々と拠点へと戻ったジンだったが、中を見て一瞬のうちに鳥肌が立つ。

 何とも言えない恐怖を感じ、体が震えた。


 ゆっくりと中へ進めば拠点の中はもぬけの殻になっていて、メンバーの誰一人残っていなかった。

 勿論ジンの大事な兄弟達もだ。


「お帰り、随分遅かったね」


 急に背後から男の声が聞こえ、ジンはゾクリとした。

 振り返ればどう見ても高位の貴族と思われる銀髪の男が立っていて、ジンに悪魔のような冷めた笑みを向けていた。


「だ、誰だお前!」


 恐ろしさを隠すように大きな声が出た。

 剣を構え男を威嚇する。


 だが男にそれは通じない。

 笑顔のままコツコツと音を立てゆっくりとジンに近寄って来るその姿が、人間離れしていて妙に恐ろしかった。


「ジン……だったね。君はわざと逃がされたんだよ、我々がここを見つけるためにね」


 男はそう言ってニッコリと笑う。

 けれどその目はジンを獲物のように狙っていて、恐ろしくて仕方がない。


 この場に一人でいるように見える男だが、周りの圧から絶対に一人でないことが分る。

 もしここでジンが下手に手を打てば、一瞬で命を落とされることは間違いないと、頭領としての勘がそう言っていた。


「俺の、仲間は、どこだ……」


 ジンはそう聞くのが精一杯だった。


「フフフッ、安心したまえ、君の仲間は私が保護したよ」


 保護と聞き笑いたくなる。

 捕獲の間違いだろうと言いたかった。


 だがこの男の圧がそんなジンの軽口を抑え込む。


 絶対に逆らってはいけない。

 目の前で優しく微笑むその男からは、そんな怖さを感じた。


「生きているんだな……」


「ああ、一応生きてはいるね」


 これから自分は、死よりも恐ろしい目に合うだろう。


 きっと簡単に命を落とす事など許されない。


 ジンは冷たい男の笑みを見て、そんな覚悟を持ったのだった。


ハッピーバレンタイン!

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