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食パンとその中身②

少し残酷な描写があります。苦手な方はお気を付けください。

 フレッド・カルーアは、自身の身に起きたことを把握できないでいた。


 一体何が悪かったのか、何が間違っていたのか、自分の置かれた状況が理解できない。


 だって自分はいつだって正しい。

 間違ってなどいないのだから。


 フレッドは一年と少し前、魔法研究団長であり義父であった父親から離縁され、魔獣討伐団に送られる事となった。


 聖女に仇をなす人物であったイザベラ・カーマインを断罪し、自分たちの地位は盤石となる筈だった。


 セルリアン王国の未来の王であるクリスタルディと共に、国の礎となるはずだったのに、全てイザベラの企みで崩れてしまった。そうであると思っていた。


 クリスタルディはイザベラのせいで追い込まれ

 フレッドやジュール、アーノルドは、イザベラのせいで国境付近の辺境へ追いやられ

 イザベラの弟であるローマンは行方知れずになってしまった。


 聖女ヒカリもその力を失い、クリスタルディは今窮地に立たされているという。


『我々の立場を取り戻すためイザベラを連れ戻してほしい』


 クリスタルディからそんな手紙が秘密裏に届いたのは、辺境についてしばらく経ってのことだった。


 キツイ生活に嫌気がさしていたフレッドは、手紙を疑うことなく魔獣討伐団を抜け出した。


 魔法の枷は夜の当番の時は外される。

 深夜になり魔獣討伐団を抜け出す際、数人の男たちを始末したが、これまで自分を馬鹿にして来た奴らが何人倒れようが胸は痛まなかった。


 クリスタルディから指定された待ち合わせ場所へと向かえば、クランプスの偶像団というガラの悪い男たちが待っていた。


 イザベラ捕獲の為には完璧な魔法が必要になる。

 フレッドは彼らのアジトで義父の魔法による拘束を外すことにした。


 これまで魔法の研究をして来たフレッドは闇の魔法にも詳しい。

 反省すれば魔法は外れると義父には言われたが、イザベラが悪である以上、反省のしようが無い。


 他人から拘束された魔法を無理矢理に外せば、必ず痕は残る。フレッドだってそれは当然知っている。


 だがそれもイザベラをセルリアン王国へ連れて行くまでだと思えば、何でもない。


 元の生活を取り戻せばクリスタルディが義父に指示を出しフレッドの拘束は解かれるはずだ。

 ならば少しの間自分の見た目が変わっても気にならない。正直自由に魔法が使えるならば、容姿などどうでも良かった。


 それにクリスタルディがイザベラを欲している今、聖女であるヒカリが自分のものになる可能性は高い。 

 ならばフレッドの傷痕はヒカリの使う聖女の力で癒して貰えばいい。


 そう考えれば傷痕が残るのも苦ではなく、むしろ嬉しいぐらいだった。


(ヒカリ、必ず戻るから待っていてね)


 ヒカリに会えると思えば、どんな事でも苦にならなかった。






 ビリジアン王国には商人の伝手を使って入国した。

 セルリアン王国からではなく、他国を跨ぎ入国したため思ったよりも時間がかかった。


 そしてイザベラを捕まえるための魔法陣。

 聖女を呼び出した時の魔法陣を参考に、転移陣をフレッド自身が考えどうにか作り出すことが出来た。


(やっぱり僕は魔法の天才なんだ!)


 そう自覚するとともに魔法の研究が出来る喜びを改めて感じた。


 魔獣討伐団に送られてからは毎日毎日現れる魔獣を倒すばかりで、フレッドが力を発揮出来る研究に打ち込むことなど出来なかった。


 たとえイザベラを捕まえるためとはいえ、魔法を考え作り出すことはフレッドの心を高揚させた。


 実験で何人もの女性が行方不明になろうとも、まったく気にならなかった。

 天才である自分の役に立てれば彼女たちも本望だろう。


 フレッドは転移陣を完成させることに夢中になった。

 人としての感情が壊れている事にも気付かない。

 ただただ魔法を使える事が楽しくて仕方なかった。




 そして遂にイザベラを捕まえた。

 転移陣で現れたイザベラは以前よりも顔色が良く、怯えていても何故か幸せそうに見えた。


(僕たちを追い込んだのに、自分だけ幸せになったのか?)


 そう思うと憎らしい気持ちが湧いてきたが、クリスタルディの為、そして自分の地位を取り戻すため、イザベラの命を取り上げるのは我慢した。


 何故ならそれは、クリスタルディの役目だから。


 なのに何故か今、自分は拘束されている。

 作戦は成功したし、後はただ闇に紛れてセルリアン王国へ向かうだけ、簡単な仕事だった。


 またイザベラにしてやられたのだろうか。

 あの女はどこまでも卑怯で非道なのだろうか。


 それともクランプスの偶像団が裏切ったのだろうか。

 あんな下衆な男たちの集まりだ、その可能性は高いだろう。

 足を引っ張られるなら、あんな奴らを味方にしなければ良かった。


 フレッドの魔法は成功した。

 だからフレッドだけは間違っていない。


 きっとイザベラはクリスタルディの幸せが許せないのだ。

 愛していないなどと嘘を吐き、周りを惑わしてまたフレッドを追い詰めた。


 必ず仕返ししてやる!

 魔法で殺してやる!


 縄で縛られ牢屋に入れられても、フレッドはそんな考えを捨てきれなかった。


 そう、最後に会った時のベルからの言葉など、フレッドには届かなかったのだ。


 彼等にとってイザベラは、悪でなければならない存在なのだから。



「さて、君の処遇についてだが、今ここで簡単に始末されるのと、セルリアン王国へ送られ苦しんでから始末されるのと、どちらが良い? イザベラの元幼馴染という事で好きな方を選ばせて上げよう」


「……えっ?」


 イザベラの兄だと名乗る男との面談の時間となり、そんな事を言われフレッドは困惑した。


 まるで物か何かのように、天才魔法使いのフレッドを簡単に始末すると言い切る目の前の男。


 流石、悪の令嬢の兄だと名乗る事だけはあると、内心感心してしまう。


「君はどこまでいってもイザベラを気に入らない様だからね。このまま生かしておけばまたイザベラに干渉してくる可能性が高いだろう? 愛しい妹を思えばそれは見逃せない。ならば私は君を始末するしかない。まあ、この国であれば理由なく平民が貴族を襲えば極刑だ。君はもう貴族籍を抜けていてただの平民だからね。お望み通り首を切り落として始末してあげよう。だが、セルリアン王国へ戻れば、あちらの法に従う事になる。そうなると君の罪は、仲間である隊員を殺し、その上脱走までしたね。それから抜けたはずの貴族名を勝手に名乗り、国外で事件を起こした。クランプスの偶像団という犯罪集団を使ってね。それも相手は大国ビリジアン王国だ。どれ程の罪になるか私にも分からないほどだ。まあ三度は生まれ変わらないと全ての罪状を償えないぐらいだろう。きっと簡単には始末してはもらえない。君が殺めた者の家族も、そして仲間であったはずの団員たちもきっと君を憎んでいることだろう。それでも君はあの国に戻るかい? 戻りたいと願うのかい? フフッ、まあ、どうするかは君が決めればいい。私は君の意見を尊重するよ。フレッド君」


 ニッコリと笑う目の前の男は、イザベラの兄だけあってどこまでも愚かなようだ。


 セルリアン王国へ戻れば、フレッドにはいくらでも逃げ道はある。

 何故なら自分にはクリスタルディという力強い味方がいるからだ。

 イザベラ如きを誘拐しただけで罪になるはずがない。


 フレッドの答えは簡単だった。


「国へ……セルリアン王国へ戻してくれ……」


 にやける顔を見られないように、フレッドは俯きそう答えた。


 男は「分かったよ」と優しく答えると、すぐに部屋を出て行き、フレッドと会うことは二度となかった。






「まったく苦しんで死にたいなど、愚か者はどこまで行っても愚かなものだな……」


 ロナルド・ウィスタリアが扉の先でそう呟いている事など、フレッドには聞こえるはずもない。


 自分に待ち受ける未来が、非道のものになるなど、天才だと自負するフレッドが分かるはずも無いのだった。


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