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誘拐と食パン⑥

「ここが厨房だ。あるものは好きに使って良い。足りねーものはその辺の奴に言えば買ってきてやる。まあ、好きに使いな」


 縛られていた腕を解かれ、ジンがベルを厨房まで連れて来た。

 クランプスの偶像団のアジトと思われるこの場所は、小さな屋敷という大きさで、ベルが転移で飛ばされたあの場所はダンスホールとまではいかないが、大型の荷物を置くには十分な広さのある部屋だった。

 

 案内されながらチラリと周りの様子をうかがう。

 窓や入口付近には当然クランプスの偶像団のメンバーが数名屯していた。


(自力で逃げ出すのは無理そうね……)


 ベルは貴族令嬢らしく非力だ。

 これだけの男たちを交わし逃げ切れるとは到底思えない。


 ならばやはりリック達に居場所を知らせる行動を起こさなければならない。


 そんな考えを巡らせながらアジト内にある厨房に辿り着く。

 そこは酷く汚れていて料理をする場所だとは到底思えない厨房だった。


「まあ……」


 思わず呆れ声が漏れてしまう。

 食べかけのものはそのままに、洗っていない食器も流しにたっぷりと積まれている。

 鍋やフライパンも使ったままで放置されているものも多く、先ずは掃除から入れなければと呆れる状態だった。


「ジン、貴方達、ここで料理した物を口に入れていたの?」


 衛生面にゾッとし、思わずそんな言葉を掛けてしまう。

 ジンは頭領なので厨房などには足を運ばなかったのだろう、ここを見て流石に「うっ……」と息をのんでいた。


「おい、お前ら、なんでこんなにきたねーんだよ!ふざけんな!」


 厨房の入口近くでカードゲームらしきものをしていた男たちを怒鳴りジンが拳骨を落す。

 ゴチンッといい音がして、流石のベルも相手に同情してしまう。

 絶対に痛いとその音で分かった。


「だってよー、頭領ー、料理人いなくなっちまったからさー」

「そうだぜー、頭領が飯がまずいって全員クビにしたんだろう?」

「そうだそうだ、それに俺達が進んで掃除なんてするわけ無いだろう」


 ジンは一瞬そうだったかと考えたそぶりをした後、ベルの冷たい視線を感じてかまた男たちの頭を殴る。


「う、うるせー!だったらなんの為にお前達がここにいんだよ!代わりに管理を任せたからだろっ!だったら掃除ぐらいしろ!バカヤローがっ!」


 男たちの喧嘩のような会話を流しながら、ベルはチラリと窓の外に視線を送る。

 先程の部屋の窓は板で塞いであったが、調理場には小さくとも開け閉め出来る窓があった。


 外は日が暮れ、暗闇になり始めている。

 このままではベルを探してくれている皆が見つけ辛くなるだろう。


 早くしなきゃ。

 自分の居場所を知らせるきっかけを作らなきゃ。


 そんな焦る気持ちをどうにか抑え、ベルは騒ぐ男たちに怯えるふりをしながら声を掛けた。


 自分はか弱く何の力も持たない女性。

 ただお腹が空いているだけ。


 そう見せるため、ベルはもう二度とリックに会えないことを想像した。

 それだけで簡単に涙が出そうだったからだ。


「あ、あの、掃除も私がします。パンを作りながら洗い物も出来ますから……」


 逸る気持ちを抑え、弱々しい自分を演出しながらベルはジンに声を掛ける。

 そんなベルの様子にジンは何かを探るような視線を向ける。強気な女性が好きらしいジンは怪しんでいるのかもしれない。


 調理場前にいた男たちはベルの様子に疑問など持たず、ニヤニヤとした揶揄うような顔をして見つめて来たが、今はその方が有難い。


 ピューっと口笛を吹き、舐めるようにベルを見る男もいる。

 先程目を覚ました時の記憶が甦りゾクリとしたが、それがかえって怯えるさまを演出したようで、探るようにベルを見ていたジンの目が少し緩んだ気がした。


「はぁ~、まあ、良い、好きにしろ。一応アイツの希望は聞く契約になっているからな」


「……ありがとうございます……」


 怪しみながらもジンはどうにかベルに許可を出す。

 フレッドがベルのパンを食べたいと言ってくれたことも後押しになったようだ。

 幼い頃からパンを食べさせ、無意識に餌付け出来ていた自分を褒めてあげたい。


「おい、お前ら、こいつを見張ってろ!絶対に逃がすなよ」


「もちろんだ」


 男たちがベルの体をまた舐めるように見る。

 ジンがいなくなったら何かしてやろう。

 そんな楽しみを浮かべた顔に、ベルだけでなくジンも気付いた。


「おい、それと、こいつには指一本振れるなよ」


 ジンの言葉に男たちから「えー」と不満が漏れる。

 せっかくの楽しみを奪うのかと、ジンを睨むものまでいる。

 そんな男たちをジンが頭領らしい一睨みで黙らせた。


「こいつは俺の女にする予定だ。手を出したら大事なもんが飛ぶと思え!いいな!」


 ヒィイと声を上げる男たち。

 ジンの命令は絶対なようで、その事に内心ベルは感心し安堵する。


 パンを作りたいと言ったが、こんなところでガラの悪い男たちに囲まれて平気でいられるほどベルの心は強くない。行動が読めない男たちの事が怖いというのが本音だったからだ。





 ジンが出て行くとあからさまに態度を崩し、どうやってベルを揶揄ってやろうかとニヤついた笑みを浮かべだした男たちを尻目に、ベルは厨房の中を調べ始めた。


 パンを作るための道具は、何とか見つかった。

 隠れ家だけあってこの調理場でパンも焼いていたらしく、粉類も揃っている。


 ただ新鮮さや、保存状況は安心できないが、そこは本気でパンを食べたい訳ではないのでベルは気にならなかった。


 それよりも早くパンを焼き、匂いを広めたい。


 ベルが自分の居場所を皆に伝えるには、それが自分に出来る最善策だろう。

 袖まくりをすると、ベルはまず最低限調理場を片付け、パンの粉を練り合わせた。

 パン作りは時間がかかる。

 今は一分でも無駄にできなかった。


「なんだねーちゃん、本当にパンを作るのかよ?」

「それより俺達と遊ぼうぜ、良い思いさせてやるからよー」


 揶揄う男たちの声など、もう気にならない。

 パンを作り始めたベルには、男たちへの恐怖心など消え失せていた。


 湯を沸かしぬるま湯を作り、そこにパンの生地をボール毎入れ早く発酵させる。

 残った湯は、発酵を待つ間の掃除に利用した。


 ある程度の片づけが済むころ、一次発酵が終わる。

 ぬるま湯を使ったので、当然普段よりも早く発酵することが出来た。


 パンを形成し、またぬるま湯を使い、二次発酵を促す。

 味よりも素早さ、ベルはそう考えながら行動する。


 夜が深くなればなるほど、ベルには不利になり、フレッドとクランプスの偶像団には都合が良くなる。


 オーブンに火を入れ温めながら、リックにもう二度と会えなくなるかもしれないという恐怖を、ベルはどうにか押し込めていた。

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