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誘拐と食パン④

 ベルは気分の悪さを抱えながら目を覚ました。

 まるで乗り物酔いでもしたかのようなそんな気持ち悪さに、目を覚ましてもすぐには動けなかった。


「イザベラ、目が覚めた?」


 声を掛けられやっと自分の状況を飲み込めた。

 自分が横たわっている場所を探ればそこには消えかけの魔法陣があり、周りでは複数の男性達がベルの様子を眺めていた。


 その上ベルは後手に縛られているようだ。

 手を動かすことが出来ない。


 気絶をしていた時間はそう長くはなかったはずだが、目を覚まさぬうちにどうやら縛られてしまったらしい。動けない事も相まって、大勢の男たちの視線が途轍もない恐怖に感じた。




 膝をつき、ベルの顔を覗きながら声を掛けて来た若そうな男。

 この人がリーダーなのか、それとも医者か何かなのか。

 口元を黒い布で覆い、フードを被っているその姿は正に闇の魔法使いと呼べる風貌。怪しさ満点の様子に、この男が転移の魔法を使ったのだろうと分かった。


「アハハ、やっと成功だ。成功したんだ! どうだ!みんな見ただろう? やっぱり僕は天才なんだ! アハハハハ! これで僕はまた前の自分に戻れるんだ! 父上にも認められる! 王城に帰れるんだ!」


 周りにいる男たちに興奮気に声を掛け、一人楽しそうに喋り出した男。

 その気味の悪い声には違和感しかない。

 人間の声を真似て無理矢理機械で出しているような、まるで変声機を使っているようなそんな声色に、ベルは気持ち悪さを感じた。


「おい、そんな事はどうでも良い、本当にこの女をセルリアン王国に連れて行けば大金が入るんだろうな?間違いだったじゃ済まされないんだぞ」


 魔法陣を囲んでいた男たちの中の一人、このメンバーの代表らしき男がベルの下に近づいて来た。

 騒いでいた男は「ああ、その通りだ!前金だってちゃんと貰ってるだろう!」と自信満々に答え、代表らしき男が「ふんっ」と鼻で笑いながら膝をつき、ベルの顎を持ち上げると顔を覗き込む。


「あんたがセルリアン王国の王子様の婚約者か……ふーん、かなりの美人だな」


 値踏みするような視線がベルの顔、体と通って行くのが分かる。

 背が高く視線が鋭い男は口元には笑みを浮べ、遠慮なく嫌な視線をベルに向けた。その目がベルをいたぶってやりたいと言っている様で気味が悪い。


(この人達がクランプスの偶像団?)


 男の気持ち悪い視線から逃れるように、ベルは自分の思考に集中する。

 だがその男はベルに顔を寄せるとぺろりと耳をなめ、首元にふーと息を掛けてきた。揶揄っているのだろうその口元は楽し気だ。

 リック以外の男に触られた気持ち悪さにゾクリと寒気がしたベルを見て男は「ハハッ」と楽しそうに笑う。

 怖がる女性をいじめるの趣味なのか、茶色の目は嬉し気に細められた。


「へー、中々勝気なようだ。こりゃあ王子様に渡すのが勿体ないな、どうだあんた俺の女にならねーか?俺はクランプスの偶像団の頭領のジンだ。俺の女になったら宝石でもなんでも欲しいものはくれてやる。良い思いさせてやるが、どうだ?俺の下に来たいか?」


 ベルが首を振ると、男はハハハとまた笑い頬に口付けを落した。

 それを見た周りの男たちからヤジが飛ぶ。

 良いなだとか俺にも貸してくれだとか、そんな声が聞こえベルは自分の立場の危うさに恐怖する。


(リック様……助けて……)


 怖さからリックに心の中で助けを求める。

 自分から囮役をやるとは言ったが、本当に誘拐され本物の恐怖を知り、ベルは恐ろしさで泣き出しそうだった。


 けれどここで泣いては相手を喜ばすだけ、怖いけれどリックが必ず助けてくれると信じて涙を耐える。


 ベルはリックの優しい笑顔を思い出し、心を冷静に保つことを意識する。


「おい、ちょっと!イザベラには手を出さないでよね!イザベラを無事に渡さなかったらクリスタルディ様から報奨金なんて貰えないんだからね!」


 セルリアン王国の王子の名を普通に呼んだ男にベルは視線を向ける。

 この魔法使い風の男はベルの【イザベラ】という名を知っていた。

 だがそれはこの国にいれば手に入りやすい情報なのでそこまで疑問には思わなかった。


 けれどセルリアン王国の王子であるクリスタルディの名は違う。

 一般的には伏せてあるからだ。

 市井のものがクリスタルディを呼ぶ場合、王子や王太子など名称で呼ぶのが一般的だ。


 もしかしたらこの男はクリスタルディに近しい人物なのだろうか?

 ベルの知り合いである可能性もあるだろう。


 そんな疑問が湧いたベルの前、ジンを止めに入った男のフードが外れた。


 紫の髪色に、グレーの瞳。

 以前よりもずっと痩せ、目は窪んでしまっているがベルには分かる。


 このフードの男は、幼馴染のフレッド・カルーア。

 物語の攻略対象者の一人であり、魔法研究団長の息子だった。


「フレッド……?あなた、フレッドなの?」


 ベルが名を呼ぶと、フレッドとは思えないその顔に笑顔が浮かぶ。


「やあ、イザベラ、久しぶりだね」


 あの断罪事件など無かったかのように、フレッドは懐かしい幼馴染に会えて嬉しいと言いたげに振る舞う。


 だが、ベルはそんなフレッドに対し違和感を感じた。

 先ず声が余りにも違うからだ。

 その上表情も違う。子供っぽい様子があったフレッドだったが、攻略対象者らしくその顔は美しかった。だが今の顔はとてもベルと同い年とは思えない十歳ぐらい老け込んでいるように見えた。


「フレッド、その声、どうしたの?」


 クランプスの偶像団の男たちの視線から逃れるように、ベルはフレッドに話しかける。

 フレッドは幼馴染を前に無邪気な様子で口元の布を取った。


「父上にさー魔法をかけれらちゃったんだよねー、でもほら見て、僕の魔法で声を取り戻したの!」


 凄いでしょう?とでも言いたげな様子で、フレッドは自身の顔をベルの前に持ってくる。

 ベルの目の前に来たフレッドの口元は、黒い蔓のような紋様が浮かび、唇は寒さに震えているかのような血色の悪い色に変わっていた。


「ーーっ」


 その気味悪さから声を上げそうになったが、悲鳴をグッと飲み込む。

 ここで騒げば男たちは益々強気になるだろう。

 それだけは、とどうにか耐える。


(まるで呪いを受けたかのようね……)


 父上に魔法を掛けられたということは、魔法研究団長に何らしかの魔法を口に掛けられてということだ。それを無理矢理破ったので呪いのような紋章が浮かんでいるのだろう。


 それだけでもきっとフレッドは膨大な魔力を使ったはずだ。

 その上今回ベルを呼び寄せるために魔法陣まで発動させた。


 自分の生命力迄削り、大掛かりな魔法を行う。

 聖女を呼び出した際に、多くの魔法使いが倒れた。

 フレッドがやっている事は自分の命を削っている自殺行為だ。


(相変わらず、魔法狂いなのね……)


 魔法が好きで、魔法を使うためならば他の者達はどうなっても構わない。

 そんな思考を持つフレッドは父親に魔法をかけられても、自身を顧みることは出来なかった。


「フレッドに、聞きたい事が有るのだけど……」


「何、何? 何でも聞いてよ」


 魔法の事でも聞かれるとでも思ったのか、フレッドは子供のように好奇心を露にする。

 

「私の前に誘拐された人たちは……どこへ行ったの?」


 ベルの言葉を聞いた途端落胆したような表情に変わるフレッド。

 魔法以外のことは興味が無いようだ。


「練習台がどこへ行ったかは分からないよ。あの女の人達は僕には関係ないしねー。あっ、でも一人だけは成功したんだ。その人はもうセルリアン王国に送ったはずだけどねー」


 女性たちを人間扱いしない言葉にゾッとする。

 転移魔法の失敗ということならば、体が消滅している可能性は高いだろう。


 ただし、フレッドは魔法の天才と持て囃された人物だ。

 そこまでの失敗はしない可能性は高い。


 ただ自分(フレッド)の思いもしないところに女性が飛んで行ってしまった。

 そう考えると、誘拐された女性たちはまだビリジアン王国内にいる可能性は高い。


 生きていて欲しい。

 ベルの代わりに誘拐されたに違いない女性たちを思い、ベルは心からそう願った。



「ねえ、フレッド……」


「今度はなにー?」


 ベルはきっとまだビリジアン王国内にいるはずだ。

 フレッドの魔法の力が幾ら強いと言っても、一人の魔力で人を転移させるには限度がある。

 聖女の召喚の際には、あれだけの魔法使いの魔力を使い、中には命を落としたものもいた。


 ならばベルはビリジアン王国にいる間に、ここから逃げなくてはいけない。

 セルリアン王国に向かえば幽閉され、二度と外には出してはもらえないだろう。


 ベルだけの力で逃げ出すことが出来ないのならば、せめてベルの居場所をリック達に知らせる何かを起こさなければならない。


 狂気じみた幼馴染に笑顔を向け、ベルは精一杯の虚勢を張る。

 絶対に生きて帰る。

 リックに悲しい思いはさせてなるものか。


 そんな決意の元、ベルは優しい笑顔で呟いた。


「ねえ、フレッド、お腹は空いていないかしら?」と

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