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風邪とパン粥②

 ベルは御者のマイクと共に孤児院へと向かっていた。


 麦の家から徒歩三十分に満たない場所にある北の孤児院。

 道も狭く馬車でいくほどの距離でもないため、最初は散歩がてら一人で行こうとしたベルだったが、そこはミア、ルカ、そしてマイクに止められてしまった。


 ベルと似た容姿の女性が誘拐にあっている中、昼間といえど一人で出かけるなどあり得ない。

 とくに北の孤児院の側は人通りが少ない。

 危険すぎる!


 騒ぐ三人の前、小さくなって頷くしかないベルだった。


 なのでマイクと二人で孤児院に赴くことになったベル。

 男性であり力持ちのマイクがいるという事で、予定よりも多くの荷物を持って孤児院へ向かうことが出来た。


 麦の家の食パンは勿論、シャトリューズ侯爵領の美味しいミルク、それに市場で仕入れた新鮮な果物。

 そしてベルの作った風邪薬も持って孤児院へと向かう。


 孤児院に友人がいるレオもベルと一緒に来たそうにはしていたが、元々自分の体が弱いこと、そして小さな子は風邪がうつりやすいことをよく理解しているのだろう。心配する様子を見せながらも「いってらっしゃい」と笑顔で見送ってくれた。


 ベルよりもよっぽど周りが見えている。

 レオの様子に尚更己を反省したベルだった。




「こんにちは、麦の家のベルですが。院長先生はいらっしゃいますか?」


 孤児院の玄関扉を叩き、声を掛ける。

 この北の孤児院の院長は老年の男性院長だ。

 通いの院長が多い中、北の孤児院の院長先生はここに住んでいると聞く。

 元は爵位を持った貴族の男性だったそうだが、子供と妻を亡くして孤児院の先生となったらしい。


 料理の腕前はともかく、前に会った時はとても優しそうな男性だった。

 きっと風邪ひきの子供が多く出ている中、胸を痛めているだろうと、扉が開くのを待つ間そんな事を考えていると、孤児院の扉が勢い良く開いた。


「ベルお姉ちゃん、いらっしゃい」

「ベルお姉ちゃん、待ってたよ」


「まあ、あなたたち」


 今朝、麦の家の掃除に来てくれた二人の男の子、ビルとジョージが嬉しそうに顔を出した。

 仕事に行くと言っていたはずだがどうしたのだろうか。

 それに孤児院の先生はどうしたの?とそんなベルの疑問が分かったのか、二人が説明をしてくれた。


「院長先生も熱出ちゃってさー」

「それでさ、俺達仕事休んだんだー」


 ニカッと笑うビルとジョージ。

 でもよく顔を見てみれば、誰かに殴られたのか赤く腫れているところがある。


 気になってそっと触れようとすると、「これぐらい大丈夫だから」と笑顔で返される。


 詳しく聞いてみれば休みの連絡に行った仕事先で殴られてしまったらしい。

 この世界では良くある事なので仕方がないかもしれないが、痛々しい二人の姿にベルの胸が痛む。


 その上「もう来なくていい」とも言われてしまったそうで、あの親方意地悪だったから清々したよと二人は笑ってはいるが、その理不尽な仕事先にはどうしても怒りが湧いてしまう。


 孤児だからと馬鹿にし軽く扱う雇い主は、ビリジアン王国にもまだいる。

 その上二人はまだ成人前の子供だ。使ってやっている、とそんな気持ちが雇い側には強いのだろう。


 いつかこの子達も普通に生活出来るような世の中になればいい。

 ベルには小さな力しかないが、それでも出来る限りの応援はしたいと、子供たちの笑顔を見ながらそう思った。



「ここがキッチンだよ」

「ベルお姉ちゃん、俺達も料理手伝って良い?」


「ええ、勿論、二人が手伝ってくれると私も助かるわ」


 ベルの言葉を受け、仲の良い二人は「やった」と手を叩き合う。

 そんな二人に孤児院の状況を詳しく聞いてみると、小さな子はほぼ全滅で寝込んでおり、熱の無い者も咳をしていて調理室には来られない様だ。


 そして院長先生は今朝から熱が出てしまったらしい。

 それでもどうにか子供たちの世話をしていたが、遂にダウンし寝込んでしまった。


「俺達よりもさ、上の兄ちゃんや姉ちゃんもいるんだー」

「だけど昼間は仕事行ってるからさ、仕事の手伝いしかしてない俺達の方が動けるんだよねー」


 孤児院には成人する15歳までは居て良いらしい。

 大体皆12~13歳ぐらいになると就職先を見つけるため下働きの手伝いとして働き出す。


 ビルとジョージも後数年で成人に達する。

 それで今、色々な仕事の手伝いをしながら就職先を探している所らしい。


 荒っぽい職人が多い東区などは就職先も見つかりやすい様だが、まだこれといった仕事が見つからないらしい。

 贅沢は言わないけれど、自分が好きな仕事に就ければ一番良い。

 どんな仕事が自分に向いているのか、今は模索中のようだ。


 林檎の皮を器用に剥きながら、二人はそんな身の上話をベルにしてくれた。



「さあ、風邪ひきさんたちの為にパン粥を作りましょう。熱の無い子達にはサンドイッチを、それから夕食用にはシチューを作りましょうね」


「うん、作りたい!」

「俺も俺も、料理を覚えたいんだー」


 院長先生の料理が下手だからという理由だけでなく。

 二人は食べることと、料理にも興味があるらしい。


 ニンジンやジャガイモを剥く包丁さばきも中々のもので、彼らが望むなら麦の家で働いて貰ってもいいかもしれないと、そんな気持ちが湧く。


 間もなく麦の家も二店舗目が出来上がるのだ、商業ギルドに人員募集は出しているが今のところ返事はなく、いい人材は見つかっていない。

 それに今の麦の家も人手は欲しい。


 料理を作った後にでも就職先の候補としてどうかと聞いてみようか。

 そんな事を考えながら調理を進め、ベルは最後にパン粥を作ることにした。



「パン粥は簡単だから二人にも覚えて欲しいの、それで病気の子がまた出たら作って上げてくれるかしら?」


「うん!絶対に覚えるよ」

「俺も、ついでに味見もしたい!」


 元気一杯な二人に笑顔で頷く。

 食欲があるのならばビルとジョージは大丈夫だろう。


 ただまだ安心できない。

 子供は急に熱を出す。

 彼らにもあとで予防の為に薬を飲ませよう。

 はしゃぐ二人を見ながらベルはそう考えた。


「そうそう、上手よ。パンは食べやすいように小さくカットしてあげてね、そう、全部の長さが親指ぐらいで良いわ、余り小さくっても溶けてしまうからね」


 パンカット用のナイフは孤児院には見当たらなかったので、包丁でパンの耳を落し、3,4センチの真四角に切って貰う。

 やはり包丁使いは上手でスイスイパンを切って行くビルとジョージ。


 たまにパンの耳をつまみ食いしているがそこはご愛嬌。

 あとでパンの耳はおやつにするからと言えば、それもピタリと止める。


 麦の家からの差し入れで甘いものをたまに食べる二人は、お菓子にも興味があるらしい。

 おやつ作りも手伝う!

 良い笑顔でそう宣言していた。


「ミルクを鍋で温めて、沸騰する前……鍋の縁に泡が出始めたら火を止めてパンを入れてね。それが出来たらまた火をつけてかき混ぜるの、そして蓋をして五分位蒸らせばパン粥の完成よ。ここにお砂糖やお塩を入れてもいいけれど、今日はパンの甘さだけですませましょう。食欲がある子は物足りないかもしれないからジャムや蜂蜜を入れても良いわね。あ、でもあまり小さい子にははちみつは止めてね。それから食欲がない子は擦った林檎と少しだけパン粥を食べて貰いましょうか。そうしたら薬を飲めるもの、きっと病気もすぐに良くなる筈よ」


「うん、わかった」

「ねえ、ベルお姉ちゃん、もう味見しても良い?」


 ミルクの香りが部屋全体に広がり、ビルとジョージは我慢できなくなったらしい。

 ベルがどうぞと言うと、すぐさま小皿にパン粥をよそい、あちちと言いながら喜んで食べている。


 ベルはそこに苺のジャムを入れてあげる。

 するとまた違った味になったのだろう、ビルとジョージはもっと食べたいと目を輝かせた。


「今日は味見で我慢よ、皆の分が無くなっちゃうわ」


「くそー、ちょっとだけ風邪の奴が羨ましいぜ」

「でもさ、ビル、明日からは俺らがパン粥を作るんだろう?そしたら毎日食べられるじゃん」

「ああ、確かに!」


 孤児院内が病気で沈んでいる中、二人の笑い声は元気を呼ぶ気がした。


(きっと皆すぐに良くなるわね)


 パン粥作りを頑張ると張り切る二人のお陰で、暗い空気が吹き飛んだと感じたベルだった。

遅くなりました。(__)

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