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照り焼きチキンバーガーとその中身

「ダニエルさん、こんにちは~」


 ビスク商会会長のダニエル・ビスク・オーカーが店内の改装について従業員達と話し合っていると、ふらりと特級冒険者であるアイザック・オランジュがやってきた。


 人目を引く紺色の髪と月のような薄い銀色の瞳を持ち、闇の精霊か月の王子とでも思われそうなその容姿とは裏腹に、性格は人懐っこく、特級冒険者でありながらも誰にでも気さくで、街の者達にも多くのファンを持つアイザック。


 そんな彼がここ最近ビスク商会に足しげく通ってくれている。

 それも全てビスク商会の恩人、イザベラ・ウィスタリアのお陰だとダニエルは感謝していた。


「ザック様、いらっしゃいませ。本日はいかがいたしましたか?」


 仕事の途中だったが、そこは上客の来店。

 会長であるダニエル自らがザックの要件を受ける。


 まあ、他の従業員達は特級冒険者の登場に浮足立っているため接客は無理だろう。

 何度か顔を合わせているダニエルでさえ国の英雄の登場に緊張しているのだ、それも仕方がないことだった。


「えっとさー、仕事のついでに面白い物見つけたから持って来たんだけど、今、忙しいよね?」

「いえいえいえ、こちらは大丈夫ですよ。そうですね、では応接室でお話を伺いましょう。ザック様が仰る面白い物、私も楽しみです」


 確かに改装に向けての話し合いの最中だったが、それよりも当然ザックの方が大事だ。

 アポなしでごめんね、と謝るザックに気にしないようにと言いながら、従業員達の仕事の邪魔にならないように有名人を応接室へと連れて行く。


 お茶を運んでくれた女性従業員は普段は落ち着きのある女性なのだが、ザックが相手だと分かるとカチカチとカップを鳴らし、緊張しているのが丸わかりだった。


「それではお話を伺いましょうか」


 どうにかお茶を溢さず無事に運んだ女性従業員が出て行くのを確認し、ダニエルはザックに話しかける。

 するとザックは高価なアイテムボックスから当然顔で目当ての品を取り出し、ダニエルの前に置いた。


「今日の仕事は薬草採取だったんだけどさー」


 特級冒険者が薬草採取?ダニエルにはそんな疑問が浮かんだが、勿論口をはさむことなく笑顔で頷いて見せる。


「そこでほら、これ、ファントムセージを見つけたんだよねー。冒険者ギルドの依頼とは別物だからさ、ダニエルさんとこに持って来た。どうかな?この店で売れそうかな?」


 ファントムセージを目の前に、ダニエルは言葉を失う。

 その名の通り幻の薬草と言われる貴重品が、今目の前にあるのだ、商人として興奮しない訳がなかった。


「ザ、ザック様、これをどこで?」

「うーんと、北門から出て山までひとっ走りした、まあ、俺の内緒の採取ポイント?、でかな」

「そ、そうですか……内緒の……」


 流石特級冒険者というべきだろうか。

 北門から山の方へと向かうだけでもダニエルだったら二、三日はかかりそうだ。

 ひとっ走りというからにはザックは日帰りでその場所へと行ってきたのだろう。

 全く疲れた様子も見せずお茶を飲むザックを見て、改めてその凄さに感服した。


「我が店に卸して頂いて宜しいのですか?そのー、こう言っては何ですが、商業ギルドに卸した方が箔が付くと思いますが……」


 冒険者ギルドへ卸さないのならば、商業ギルドへ卸ろした方がザックにポイントが付き、評価も上がり都合が良いはずだ。

 だがザックはお茶のカップを片手にフルフルと手のひらを振った。


「俺、商業ギルドって苦手なんだよねー。商人の人たちって、なんていうか、裏がありそうって言うか、目がギラギラしてて、笑顔で近づいて来るけどやばいこと考えているって言うかさ。今まで嫌な思いもいっぱいしてきたしー」


 何でもないようにザックは軽く話すが、特級冒険者に言い寄ってくる愚か者達は多くいたのだろう。

 きっと嫌な思いも沢山した筈だ。イザベラの紹介で知り合った商人としてザックの信用を失う訳にはいかない。そう思うからこそダニエルは慎重になれた。


「そうですか、それなら私共で遠慮なく受付させて頂きます」とダニエルは何気ない風に返事を返すと、早速購入の手続きに入ろうとした。


「あ、待って待って、違うんだ」


 購入の書類を用意しようとしたダニエルと秘書に、ザックが慌てた様子でそれを止める。

 もしやただ見せるためだけに持って来た?本当にファントムセージなのか確認したかっただけなのか?そんな疑問が湧くダニエルに、ザックは思わぬことを言ってきた。


「これは売りに来たんじゃなくって、ダニエルさんにプレゼント。これから宜しくねって挨拶?挨拶の時に渡す粗品?そんな感じなんだ」


 ファントムセージを挨拶代わりの品だというザックに眩暈がした。

 これ程の貴重品、オークションに掛ければ一体いくらになるのか。


 特級冒険者だ、ザックだってその価値は分かっているはず。

 もしや裏に何か有る?

 無理難題を押し付けられる?

 ダニエルが無言のままザックを見つめていると、ザックは姿勢を正しダニエルにお願いをして来た。


「えーっと、実は打算というか、俺もダニエルさんにお願いがあって、ベルさんみたいに品物?食品を探してほしいんだよねー。あ、勿論報酬は払うよ。これは依頼だからさ」


 そんな事の為に?と思ったが、ダニエルは言葉には出さなかった。

 きっと商業ギルドはザックの信頼を勝ち得なかったのだろう。だからこそ自分の店に依頼をして来た。ダニエルはそう理解した。


「私が探すよりも特級冒険者であるザック様が探した方が早い気もしますが」


 商人としてはダメかも知れないが、本音を漏らせばザックが苦笑いになる。

「俺、もう、あんま遠くに行く気はないんだよねー」との言葉にイザベラの傍を離れられないのだろうと納得をした。


「それにさ、やっぱり商人さんって違うなって、この前のお米をみて思ったんだよねー」

「コメですか?」


「そう、俺もお米を散々探したんだけど、タイ米……あー……長ぼそい米しか見つけられなかったんだよね。でもダニエルさんはあのお米を探してきたでしょう。それ見てほんとダニエルさんってスゲーって思った。それにベルさんから他にもカカオとか胡椒とかもダニエルさんに頼んで探して貰ったって聞いたし、魔道具もお願いしてるって聞いて、俺もダニエルさんに頼みたいなってそう思ったんだよねー」

「……そうですか……それは光栄ですね」


 今までベルからのお願いは商人として当たり前のことだった。

 良い品を客に届けるのは基本中の基本だ。その上ベルはダニエルの恩人である。頼まれれば伝手を使って探してみせた。


 そんな努力が今、特級冒険者からの信頼を勝ち得た。


 何より、商業ギルドよりも、そしてその他の商人たちよりも自分を、このビスク商会を信頼している、そう言われた気がして嬉しかった。


「それで俺がほしい品物はね」


 ザックから欲しい品を聞き出す。

 もち米、鰹節、苦汁、椎茸など、ダニエルが知らない品物名が上がり、イザベラと仲がいいのも納得だと理解する。


「ベルさんから海水を持ちかえれば苦汁は出来るって聞いたんだけど……海水って持って帰れるのかなー」


 そんな情報を踏まえ、ザックが欲しい品の情報も聞きだす。

「出来たらでいいから」とザックに言われたが、必ず見つけ出そうと気合が入る。


 この信頼を形にして見せる。


 ダニエルの商人魂に火が付いた。






「それにしても、ザック様とイザベラ様はよく似ていらっしゃいますねー」


 夜になり、仕事も一段落したところで秘書からそう声を掛けられた。


 見た目は全く似ていないザックとイザベラ。

 だが兄と妹と思えるぐらいにその思考が似ていて、秘書の言葉に「そうだな」とダニエルは頷く。


「それにしても商業ギルドはザック様に相当嫌われていますね、依頼どころか品も卸したくないって相当ですよね。何か有ったんでしょうかねー」


 アイザック・オランジュは孤児院出身であることは有名だ。

 その関係で商人や商業ギルドから因縁を付けられたと有れば、嫌うのも仕方がないとそう思った。


「ザック様はセルリアン王国出身だったか……」

「ええ、確か、そうだったと聞いております」


 少し調べてみようか。


 あの国の歪さは離れてみればよく分かる。


 きっと聖女だけでなく有名冒険者も手に入れたい欲でも出したのだろう。


 ダニエルは商業ギルドや他商人たちへの牽制の為にも、これまでのザックと商業ギルドの関係や、セルリアン王国との関係を調べてみようと決めた。


「イザベラ様だけでなくザック様も我々の大事なお客様だ。出来る限りの事をしよう」


 ダニエルの呟きに秘書ははいと頷いたのだった。


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