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商人と照り焼きチキンバーガー③

「めっちゃうめー!」


 たっぷりと照り焼きチキンバーガーを口に頬張り、暫く咀嚼を続けていたザックが声を上げる。


 久しぶに味わう照り焼きチキンの味に頬が落ちそうなのか、ほっぺを押さえもぐもぐとしている姿は可愛くて、とてもベルより年上には見えない。


 良かったと頷いてダニエルと秘書にも視線を送る。

 こちらは言葉を発することなく未だに無言で咀嚼し続けている。

 たまに目をつぶっては何かを考えている様子だが、口を動かす行為だけは止めていない。味が逃げてしまうとでも思っているかのようだ。


 どうやらダニエルも秘書も、照り焼きチキンバーガーをかなり気に入ってくれたようだ。

 醤油と味噌を広めたいと思っているベルとしては大満足。

 胃袋を掴むプレゼンは成功した。

 心の中でガッツポーズを決めたベルだった。


 実は自分専用にと作っていた醬油と味噌もそろそろ底をつく。

 勿論次を仕込んであるのだが、量には限りがある。


 味噌はともかく醤油はザックが来てから消費が早かった。

 ベルとしてもザックの喜ぶ顔が見たかったので、そこは惜しみなく使った。


 これから先リックと結婚すれば、今のように自家製の醬油と味噌を作るのは難しくなるかもしれない。

 まあ、結婚相手が食いしん坊のリックなので、美味しい物を食べるためならばベルに制限を掛けることは無いとは思うが、社交や子育てなど今後別の事で忙しくなる可能性は高い。


 なのでビクス商会が製造を受け持ってくれれば、ベルはそれを購入するだけで良くなる。

 それも本物の職人が作るのだ、ベルが作るものよりも味は格段に美味くなる事だろう。


 なのでこのプレゼンはベルにとっても大事なものだった。




 

 


「これがあの大豆から作られたソースを使った料理ですか、信じられないですね……」


「はい、信じられないくらい美味しいです。イザベラ様の言葉でなければ信じられなかったと思います……」


 味噌ディップを付けた野菜も食べ終わり、ナフキンで口を拭いながらダニエルと秘書が呟く。

 視線は開いたお皿に向けられたまま、自分が食べたものが大豆ソースだとは信じられない、そんな顔だ。


「これはすぐにでも契約農家に大豆を多く育てるよう願い出ないといけませんね。イザベラ様、この照り焼きチキンバーガーを我が店でも取り扱って宜しいでしょうか?」


 食事を終え、ソファへと移動し満足そうにお茶を飲みながらダニエルが良い笑顔を見せてくれる。

 ベルの作るパンのレシピはビクス商会に卸しているが、照り焼きチキンバーガーもお望みのようだ。

 それはベルにとっても有難い要望だといえる。


 醬油と味噌をビクス商会に認めてもらえた。

 ダニエルの言葉を聞き、思わずザックと手を叩き合った。


「ダニエル、勿論よ。醤油と味噌と共に照り焼きチキンバーガーも契約しましょう」

「イザベラ様、有難うございます」


 ダニエルと握手を交わす。

 それを見てザックが喜びの声を上げる。


「ベルさんやったね!これで俺も気兼ねなく醬油料理が食べられるよ!味噌汁も遠慮なくお代わり出来るし」

「ザック……」


 ベルが自分用に作っている醬油と味噌だと聞いて、ザックはやっぱり麦の家で出される料理に遠慮していたようだ。


 お代わりをしないなとは思っていたが、我慢していたらしい。

 気を使う(ザック)を前に、抱きしめたいきもちになったが、代わりに頭を撫でる。


「ベルさん?」


 きっとザックはこれまでも色々と我慢をしてきたのだろう。

 その行動は自分の過去と重なり胸が痛くなる。

 

 ザックも自分と同じで沢山傷ついて来た。

 だから尚更傍で見守っていきたい。


 マティルダやロナルドがベルを愛してくれるように、ベルもザックを愛したい。

 そう強く思った。






「イザベラ様、実は我々もイザベラ様に見て頂きたいものがありまして……」


 そう言ってダニエルは秘書に指示を出す。

 すると秘書が両手でつかめるぐらいの麻袋を持ってきてテーブルの上に置いた。


「こちらが以前イザベラ様が欲しがっていた物ではないかと思うのですが」


 ダニエルから許可を得て、ベルは麻袋の中を覗く。

 するとそこにはベルが切望していた白い粒が入っていた。


「これは、お米ね!」


 以前一度タイ米に似たお米をダニエルには貰った事がある。

 だが今回はそれとは違う、ニホンで食べる米によく似た品物が入っていた。


「米? えっ?ベルさん、本当にあのお米なの?」


 ベルの隣で驚くザックに麻袋の中身を見せてあげる。

 するとザックは大きく目を見張る。

 

「ふわースゲー!本当にお米だー!俺も探したんだけど見つからなかったのに!ダニエルさんスゲー!」


 ザックから尊敬する視線がダニエルに向けられる。

 特級冒険者からの熱視線にダニエルの頬が少しだけ赤くなる。


「イザベラ様の希望の品で良かったです、やっと肩の荷が下りました。これは以前お渡ししたコメの入手先からもう少し、北にある町で細々と作られている作物でした。町の代表には契約をするかもしれない話は通して有ります。イザベラ様が望まれるのならばこのコメを定期的に仕入れるようにいたしますが、いかがでしょうか?」


「「是非お願いします!」」


 ベルとザックの声が揃い、どちらからともなく視線を合わせ笑ってしまう。

 以前タイ米を貰ったときも嬉しかったが、この二ホン米に似たお米はそれ以上の感動だ。


 頭の中で米を使った食べたい料理が浮かび、すぐにでも料理したくなる。

 今日は麦の家でこのお米を使った料理を作ろう。

 ザックと目を合わせそんな気持ちで頷くと、ザックは当然というようにサムズアップをして見せた。どうやら気持ちは同じらしい。日本人にはやっぱりお米が大事なようだ。


「フフッ、イザベラ様だけでなくザック様にまで気に入って頂けるなど、頑張って探した甲斐があります。商人冥利に尽きますね」


「ダニエル本当にありがとう。今までで一番嬉しいプレゼントだわ」

「俺も!ダニエルさんに会えてよかったよ!そうだ、このお米のお礼にダニエルさんが困ったら何でも言ってよ、特級冒険者の俺が出来ることならなんでもするからさ」


「いやはや、それは大きすぎるお返しですねー。うーん、そうですね、ではザック様も我が商会と懇意にしていると、そう周りに宣伝しても宜しいでしょうか?」

「えっ?そんなんでいいの?他の商会とかだともっと色々言ってくるのに」


「ハハハ、特級冒険者であり、イザベラ様のご友人であるザック様にその様な愚かな行為をするわけがありませんよ。ザック様が我々の店に足を運んで下さる。それだけで我々は十分な恩恵を受けられますから」

「そうなの?」

「はい」


 ダニエルらしい言葉にベルも笑顔になる。

 商人でありながら多くの欲をかかないダニエルは、本当に信頼できる存在だ。


 だからこそベルもダニエルを信頼できた。

 あの時ダニエルだから助けを求めることが出来た。


 形は違うがベルとダニエルは友人だ。

 ダニエルがザックに言ったその言葉には、間違いがないと思えた。


「じゃあ、俺がなんか珍しい物を見つけた時はダニエルさんとこ持ってくるよ、それでいいでしょう?」

「それは、こちらとしては有難いですが、冒険者ギルドは大丈夫でしょうか?」


 ダニエルの心配にザックは大丈夫大丈夫とひらひらと手を振って笑う。


「冒険者ギルドの依頼以外で見つけたものを持ち込むからだいじょーぶだよ」

「そ、そうですか……?」


 特級冒険者であるザックがどんなものを見つけて来るかは分からないが、ダニエルの様子を見ればそれが大物であることは分かる。


 米を見つけてくれた恩人。


 ザックの中でダニエルの存在はとても大きなものになったようだった。

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