商人と照り焼きチキンバーガー②
「ベルさん何作るのー?」
ダニエルの許可を得てビクス商会の厨房に降りると、ザックが興味津々な様子でベルに話しかけて来た。
そうねと呟き、まずは断りを入れ冷蔵魔道具の中を確認する。
そんなベルの様子をダニエルと秘書、そして厨房にいる料理人達がザックと同じく興味津々な様子で見守っている。
(何だか子供たちに囲まれている学校の先生の様だわ)
そんな感想が思い浮かびベルはクスリと小さく笑う。
ビクス商会の冷蔵魔道具の中は流石と言える品揃え、作りたいメニューが簡単に思い浮かぶ。
「そうね、取りあえず、食べやすさを考えて照り焼きチキンバーガーと、お味噌汁?かしら、うーん……ううん、味噌は慣れていない人の事を考えると食べやすいディップサラダの方が良いかも知れないわね」
醬油は照り焼きにすればこの世界の人達にも受け入れやすいだろう。その上パンに挟めばなお食べやすいはずだ。
けれど味噌は味はともかく風味がなれないと微妙かも知れない。
ならばスープよりも野菜につけるクリームだと思ってもらった方が受け入れやすい可能性が高い。
そんな風に一人考え事をしているとザックが「はい」と手を上げた。
本当の生徒のように。
「俺、味噌汁もディップサラダもどっちも食べたい!なんなら魚の煮つけとかも嬉しいんだけど!」
魚の煮つけはこの世界の人には難しい気がする、見た目で無理と言われる可能性は高いだろう。
けれどニホン食に飢えているザックが食べたいという気持ちは十分に理解できる。
なのでベルはザックに提案をする事にした。
「ザック、魚の煮つけは今度麦の家で作るわ。今日は皆の事を考えて照り焼きチキンバーガーとサラダにしましょう」
ベルの言葉に「うん、分かった。今度ね」とザックは素直に頷く。
そして自分も料理人たちからエプロンを借り、ベルの横に立つ。
「俺も料理覚えたいから、手伝うね」
「フフフ、有難う。じゃあ始めましょうか」
ザックを助手に、ベルは醤油と味噌をこの世界に普及させるため、その第一歩を歩むことにした。
「鶏肉は火が通りやすいように包丁で切り込みを入れて肉の厚みを均等にするの、それと皮の部分をフォークで刺して穴を開けてあげると熱が通りやすくなるわ」
ザックに手元を見せながら調理の説明をする。
うんうんと頷くザックの後ろにはビクス商会の料理人達が並び、鋭い視線でベルの手元を見ている。
戦力にならないダニエルと秘書は、メモを片手に少し離れた場所から観察中だ。
理科の実験というキーワードが何故か頭に浮かんだが、ベルにはそれが何なのか思い出せなかった。
「ベルさん、俺も一人でやってみてもいい?」
「ええ、勿論よ」
一人で前世の料理に挑戦し続けていたザックの手つきは安心できるものだ。
包丁を使ってもまな板を切りそうではないし、フォークで肉を刺してもまな板に穴が開きそうには見えない。
(リック様と違ってちゃんと力加減が出来ているわね)
以前リックに泡立てをお願いしたら、ボールを破壊しそうで不安だったことを思い出す。
あの時はビスケットも砕いてもらったが、その時もボールが可哀想だと同情してしまったものだ。
でも慣れないながらもベルを手伝おうとするリックの気持ちは嬉しかった。
「あの、お嬢様、我々も同じ様に調理しても宜しいでしょうか?」
おずおずといった様子で料理人が声を掛けて来た。
本来ならば昼食の準備をしていても可笑しくない時間だが、ベルたちのせいで仕事が中断している可能性は高い。
申し訳なさからすぐに「勿論です」と返事をしようと思ったが、ここはビクス商会、主であるダニエルに視線を送る。
「ああ、構わない、ここはビクス商会だ、材料は十分に揃っている。折角だ、商会の皆の分も準備してやってくれ」
「はい、会長、有難うございます」
ダニエルは流石というべきだろう、視線だけでベルの気持ちを汲んでくれて料理人たちに許可を出してくれた。
今日持って来た醤油と味噌は一瓶だけ。
きっと商会の皆の分も準備すれば、この醬油と味噌は無くなってしまうだろう。
その時ダニエルがどう判断するか。
また食べたいと思うのか、それとも一度食べれば十分だと思うのか。
ビクス商会で早く醬油と味噌をつくろう!
そうダニエルに思わせたいと、尚更意欲が湧くベルだった。
「次に片栗粉をまぶします。この時臭み取りを兼ねて塩コショウも忘れずにお願いしますね」
「はい!」
体育会系ノリの返事が料理人たちから返ってきて思わず笑いが込み上げる。
ビクス商会の料理人は五名、皆大商会に勤めるだけあってか、新しい食材に興奮気味なようだ。
「ベルさん、なんで片栗粉をまぶすの?タレが絡まりやすくする為?」
危なげなく肉を処理し、次の行程に進みだしたザックに声を掛けられる。
「勿論、それも理由の一つね。それと片栗粉をまぶすことで肉汁を閉じ込める効果があるの、それから皮がパリッとする効果もあるから、とても大事な工程なのよ」
「そうなんだ。じゃあたっぷりつけた方が良いってこと?」
「いいえ、余りつけすぎるとかえってぐにゃっとしてしまうから、焼くときは余分な粉を落してから皮面を下にして焼きだしてね」
「うん、わかったー」
フライパンに油を引き、ベルとザックの鶏肉を焼き始める。
それを合図に、料理人たちも近くのコンロで鶏肉を焼きだした。
「じゃあ焼いている間にタレを作りましょう。今日は私がまとめて作ってしまうわね」
醤油瓶は一本だけなので、少しでも無駄にしないためにもベルがまとめて作った方が効率が良いだろう。
ベルはボールを取出し醤油とみりん、酒、砂糖を2対2対2対1の割合で入れて行く。
味の好みはそれぞれなので、これが基本の割合だと料理人たちには伝える。
「皮を焼いたらひっくり返して身の部分を焼きます。その間に味噌ディップを作るわね。ザック、マヨネーズを使う味付けでいいかしら?」
「うん、マヨネーズ入りで、って、マヨネーズ入りのヤツしか俺知らないんだけど」
驚くザックにベルは「そうね」と頷く。
有名なのはマヨネーズ入りだろう。
特に若かったザックなどはそれしか知らなくても当然だ。
「味噌ディップは他にもごま油を入れたり、にんにくを入れたりするものもあるわ。でも今日は味噌初体験の人が多いからマヨネーズで割る感じで行きましょうか。よかったらザックが作ってみる?」
「うん、やるやるやる!やりたーい!」
ザックがボールを抱え、手を上げる。
やる気満々だ。
手持ち無沙汰にしている料理人たちには、大根やキュウリ、ニンジンなどの野菜のカットをお願いし、ベルはザックと味噌ディップを作る。
マヨネーズをボールにいれ、そこに砂糖と味噌も入れスプーンで混ぜる。
気持ちとしては味噌多めで作りたいところだが、今日は少なめ、味噌はマヨネーズの三分の一から四分の一を心掛ける。
そして出来上がった味噌ディップの半分をまた別のボールにいれ、そちらには唐辛子を少し入れた。
「折角だからピリ辛味も作りましょうか」
「うんうん、食べたい!」
そうこうしているうちに肉が良い具合に焼けて来た。
ベルはフライパンの中の余分な油を取り出すと、肉に醬油味のタレを流し込んだ。
ジュワッといういい音とともに厨房にいい香りが広がって行く。
ベルの手元を覗くザックは涎を垂らしそうな勢いだ。
待ちきれないとその顔には書いてある。
「料理人の皆さんもこちらのソースを肉に絡めてください。皮部分にタレがしみ込んだら肉をひっくり返して身の部分にもタレを絡めて下さいね」
「はい!」
焼きを担当していた料理人からいい返事が返ってくる。
そして料理人たちの肉にも醬油ソースを注げば、ますますいい香りが室内を占領する。
ダニエルと秘書から「クッ……」と何かに耐える声が漏れた気がするが、そこは気付かなかったことにする。
「さあ、焼き上がったわよ」
「うわー!うまそー!」
ベルが肉を切る間に、ザックがパンの用意をする。
ビクス商会のパンは麦の家のパンと同じ製法で作られているため味は保証付き。
パンに切り目を入れそこにレタスと、切った照り焼きチキンを挟む。
そして少しだけマヨネーズも入れれば、ベル特製の照り焼きチキンバーガーの完成だ。
お皿に照り焼きチキンバーガーと味噌ディップ、切った野菜を載せれば、美味しそうなワンプレートランチが出来た。
「どうかしら?おいしそうでしょう?」
「うんうん!ちょーうまそー」
料理人たちはまだこれから従業員分の照り焼きチキンバーガーを作らなければならないが、ベルたちのハンバーガーは完成したので、各自お皿を持って元居た部屋へと料理を運ぶ。
いつもならばメイドか従業員でも呼んで料理を運んでもらう所だが、ザックもダニエルもそして秘書までも、その時間も待てなかったらしい。
足取り軽く進んで行く。
「では、温かいうちにいただきましょうか」
「いただきまーす!」
「「い、いただきます」」
ベルの合図を待っていたかのように、ザックもダニエルもそして普段冷静な秘書も、勢い良く照り焼きチキンバーガーにかぶりついた。
(ウフフ、このプレゼン、中々上出来じゃないかしら?)
黙々と照り焼きチキンバーガーを口にする三人を見守りながら、ニヤリと笑ったベルだった。