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喧嘩とクイニーアマン②

「君の事は俺が必ず守る、約束だ」


「リック様……」


 リックがベルの手を取り、そこに誓いのキスを落した。

 婚約者からの 【騎士の誓い】 を受け、ベルの中に温かいものが広がって行く。


 リックが、そして第三騎士団の皆がベルを守ってくれる。

 その安心感が、ベルの心を強くする。


 絶対に囮役をやりきろう。

 改めて決意を心の中に固める。


 リックの想いに気付かず自分の愚かさに反省したベルは、リックの為にもこの事件を解決したい。

 そう思った。


「まあ、でも、ロナルド様がいると、俺達の出番がどこまであるかは分からないけどな」


 苦笑いのリックを見て、確かにとベルまで笑ってしまう。


 ロナルド率いるウィスタリア公爵家の諜報員はとても優秀だ。

 彼らがいれば第三騎士団の出番はないかもしれない、その呟きにはベルも納得だ。


 けれど表立って彼らが事件を解決することは出来ない。

 ウィスタリア公爵家の諜報員であるがゆえ、存在を公にする事は出来ないからだ。


 それに彼らは犯罪集団を ”捕まえる” ことなどしないかもしれない。

 彼らのやることはベルを助け守るだけであり、その後に彼らは犯人が必要なければ始末してしまうだろう。それも戸惑うこともなく。


 いやヘタをしたらもっとひどい扱いになるかもしれない。

 それにもし、ロナルドが犯人を必要だと感じたら……


 犯人は生きている事を後悔するかもしれない。


 優しい兄の笑顔を思い出しながらそんな怖い事を想像してしまう。


 ウィスタリア公爵の名は伊達では無いからだ。



「リック様、やっぱりこの街は第三騎士団の皆様でなければ守り切れないと思います」

「ベル」


 これはお世辞でもなんでもなく、ベルの本心だ。

 リックたち第三騎士団が常に街を守ってくれているからこそ、ビリジアン王国はここまで安全で平和で、そして貴族と平民の垣根が低いと言える。


「それに冒険者ギルドも、ザックも心強い味方になってくれますしね」


 ベルの言葉に特に深い意味はなかった。


 第三騎士団からの要請があり、冒険者ギルドが動いていると聞いたからこそ出た言葉だと言える。


 けれどこの言葉を聞いた瞬間、リックの顔から笑顔が消えた。

 先程まではいつもの優しいリックだったのに、今は別人のように無表情だ。


 突然様子が変わったリックを前に、ベルにはその理由が全く思い当たらない。

 もしかして冒険者ギルドの要請はここまでなのかしら?

 そんな疑問が湧く程、目の前にいるリックは別人のようだった。


「……ベル……君はやっぱり、アイツを、頼るんだな……」


「えっ……?」


 眉間にしわを寄せ、そう呟くリック。

 言葉は耳に入ってくるが、ベルにはリックが何を言っているのか意味が分からない。

 アイツとは誰だろう、そう思ってしまう程急な展開だった。


「今日も、君がアイツをここに誘ったのか?」


「リック様?」


 ベルがリックの名を呼んでも、リックはベルと目を合わせようとはしない。

 それどころか暗い顔で俯き、ベルの手からも離れてしまう。


「今日この場に来る予定だった者は冒険ギルド長のベンだけだった。なのに君はアイツと、ザックと一緒にここまでやってきた、それは君が望んだからじゃないのか?」

「違います。ザックとはたまたまここで」

「たまたま王城で?そんなこと信じられると思うかい?それに君は最近俺とは会えないのに楽しそうで、会えば君はアイツの話ばかりだ」

「そんなこと……」 


 急なリックの変貌にベルは動揺が隠せない。

 まるで堰を切ったように話し出したリックを前に、ベルはどうしていいか分からず言い訳のような言葉しか出てこない。


「街で君達が、君とアイツがなんて噂されているか知っているかい?」

「噂?」

「そうだ、噂だ。君は俺の婚約者なのに、街では、アイツの、アイザック・オランジュの恋人だと、そう噂されている」

「そんな!」

「ああ、馬鹿げた事だし、ただの噂だって分かっている。俺と君が婚約する前だってそんな噂があったし、街の者達が面白おかしく話すことは知っているし、それは罪でもない。だから君とアイツが何でもないことは分かっているんだ、でも俺は……」


 そう言ってリックはやっと顔を上げた。とても傷ついている顔だ。


 ベルの目を見つめるリックの瞳には涙は浮かんでいないけれど、その苦しげな表情からとても傷ついている事が分かり、ベルは胸が痛くなる。


 自分が鈍感で一番大切にしなければならない人を傷つけてしまった。


 優しいリックに甘えて、苦しめてしまった。


 ここでもまた大切な人を失うのだろうか。


 自分は悪役令嬢から逃れられないのだろうか。


 リックの悲痛な表情はベルの封印した筈の想い出を蘇らせていた。


「リック様……ごめんなさい……私……気付かなくて……」


 ベルが謝ると、リックは益々苦しそうな、悲し気な顔になった。


 だけど一体何がいけないのか、ベルには分からない。


 自分はそこに居るだけで周りを傷付ける存在なのかもしれない。


 リックの苦しそうな顔を見て、ベルはそう感じた。





「やっぱり君も、俺ではダメなのだろうか……俺では物足りないのだろうか」


「リック様、それは……」


 ベルを突き放すような、そんな言葉をリックが吐いた。

 また婚約破棄をされるのだろうか、とベルは覚悟する。


「リック様……私は」


 ベルがそこまで言いかけると会議室の扉を叩く音がした。


 リックもベルもハッとし、ここが王城の会議室であることを思い出す。


「そろそろ会議を再開しても良いかな?」


 リックとベルの会話はどこまで聞こえていたのだろうか、兄ロナルド・ウィスタリアの登場に、ベルもリックも貴族らしい笑みを浮かべ了承の頷きを返す。


 皆が席へと戻ると、何事もなかったかのように会議はすぐに始まり、ベルが囮になること前提で話は進んでいく。


 第三騎士団が作戦のメインとなり、ロナルドがウィスタリア公爵家の総力を挙げてベルを守る話を上げれば、冒険ギルドも少数精鋭で犯罪者を追い詰める役割を担うことで話は進む。


 けれど話を聞くベルの頭の中は、先程までのリックの言葉で一杯だった。

 もしかしたらリックは、ベルとの別れを考えているのかもしれない。


(でも私は……)


 自分の想いと向き合うベルには、会議の内容など頭には入ってこなかった。











 帰りの馬車の中。

 ウィスタリア公爵家へと向かういつもの道が、今日は違って見えた。


 ベルの様子に気付いてなのか、会議室でのリックとの会話が聞こえていたからなのか、向かいに座る兄ロナルドからは特になんの声掛けも無く、馬車の中は静まり返っていた。


「お兄様、私は厨房へ向かいます」


 屋敷に着くとロナルドからの返事を待たず、ベルは厨房へと向かった。


 いつもならば母となったマティルダに真っ先に帰宅の挨拶へ行くのだが、今マティルダに会えば泣いてしまいそうで、ベルはどうしても向かうことが出来なかった。


 厨房に入り、料理長に断りを入れ、ベル専用のキッチンスペースを使わせてもらう。


 夕食の準備で忙しい時間。

 いつもならば遠慮する時間だが、今ベルは無心に料理をして居たかった。


 きっとベルの存在は、そこにいるだけで皆の邪魔になるだろう。

 けれど料理人達はベルの様子を察してか、それとも兄ロナルドからの声掛けがあったからか、誰もベルに声を掛けるものは居なかった。


(作っていても楽しくないわ……)


 自分の食べたいものを作る。

 自分の食べさせたい人に作る。

 美味しいと言ってくれる人のために作る。


 それを目標にここまで頑張って来たベルだったが、今日はセルリアン王国にいたころのような虚しい気持ちになっていた。


 リックに今日会えたら、シャトリューズ侯爵家の屋敷にパンを焼いて届ける約束をしたいと思っていた。


 リックが大好きなロールパンと、そしてシャトリューズ侯爵領のバターをたっぷりと使ったクイニーアマンを作ろうとそう思っていたベル。


 生地は仕込んであったので後は仕上げだけ、ベルはいつも通りパンを形成していく。


 生地をまとめ、切って均等に分けると、用意していた型に入れバターと砂糖を振って、後は焼くだけだ。


 厨房中にバターの香ばしい香りと、砂糖の甘い香りが広がっていく。

 リックに食べさせてあげたいと、そう思って作ったクイニーアマンだったけれど、今日はどうしてもシャトリューズ侯爵家に行く気にはなれない。


 リック様を傷つけてしまった。

 私はまた同じ過ちを犯すのかもしれない。


 そう思うとシャトリューズ侯爵家の家族に会うのも、そして大好きなリックに会うのも怖かった。


「料理長、出来上がったパンは皆で食べてくれるかしら?」


 片づけを終わらせたベルは、料理長へそう声を掛けると自室へと向かった。

 

 着替えもせず、そのままベッドになだれ込む。


 悲しいけれど、涙は出ない。


 自分自身の愚かさに呆れている。


 そんな気持ちが強かった。


「私は、また大切な者を諦めるしかないのかしら……」


 子供の頃は仲の良かった幼馴染たち。

 ベルの弟も、幼い頃は「ねえさま」と慕ってくれた。


 けれど彼らは年を追うごとにベルを蔑ろにし、嫌って行った。


 ベルが良かれと思って行動すればするほど、彼らには嫌われていく、そう感じた。

  

 どうせ自分は悪役令嬢なのだから……


 そう思うことで理不尽な要求も呑み込み、どうにか対応することが出来た。


 それにベルの事を一人の人間として扱わなくなった彼らの事は、いつしか諦めることが出来た。


 もう自分が何を言っても無駄なのだろう。

 

 幼馴染たちのことは大好きだったし大切だったが、いつしかその想いは消えていた。


「でも……リック様とは別れたくない……絶対に失いたくない……だけど……」


 リックがザックとの関係を気にしていても、ベルはザックを切り捨てる事などもう出来ない。

 彼の苦労を知っているだけに、ザックには絶対に幸せになって欲しかったし、ベルの傍で笑っていて欲しいと感じた。


 婚約者であるリックがそれを嫌がるのなら、ベルはザックから離れるべきなのだろう。


 それかリックからの婚約破棄を受け入れる。


 それしかないのかもしれない。


「私は……どうしたらいいのかしら……」


 手放せない程に大切なものを手に入れたベルは、灯りもともさない部屋の中、一人思い悩むのだった。

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