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喧嘩とクイニーアマン

新年あけましておめでとうございます。2025年が読者の皆様にとって幸多き一年でありますように。

「ベルと二人きりで話をさせて欲しい」


 報告会から始まった会議が 『ベルが囮になる』 という話でまとまると、リックが皆にそんな提案をして来た。

 騎士団長であり、ベルの婚約者のお願いに皆が納得し頷く。


「では、我々は少し休憩としようか」


 この場で一番地位の高いロナルドの言葉を受け、ベルとリック以外の皆が部屋から出て行く。


 だが、婚約者とはいえまだ二人は結婚前、広い会議室の扉は少しだけ開いていて、完全に個室とは言えない。

 それでもリックは二人きりで話がしたかった。

 

 ベルが囮になる。


 そんな危険な事はどうしても受け入れられなかったからだ。




「ベル、取りあえずこっちに座って貰えるかい」


 机を挟んで向かい合うように座っていたベルとリックだったが、リックは自分の席の隣を叩き、そこに座って欲しいとベルを促した。


 ベルは頷き、リックの隣に座る。

 二人きりの時間など、とても久し振りだ。


 ここが会議室でなく、ベルかリックの自室だったなら、こらえきれず抱き着いていただろう。

 それぐらいリックとの時間が待ち遠しく嬉しかった。


「その、さっきは大きな声を出して済まなかった。君が心配だったんだ……」


「リック様……」


 リックがそっとベルの手を握る。

 触れ合うだけで、リックの想いが伝わってくる。

 愛されている。

 そう実感できる温もりだ。


 ベルは幼いころからの環境と、【悪役令嬢】という前世の記憶のせいで、心配されることになれていない。

 セルリアン王国では誰もベルを心配する者等いなかったからだ。


 でもビリジアン王国に来てから大叔母であるマティルダは勿論、家族になる前からロナルドもベルの事を気に掛け心配してくれた。


 たまに過保護すぎでは?そう思うこともあったし、ベルもいい大人なのにとちょっとだけ呆れてしまう時もあった。


 けれどベルはリックを愛することでその想いが過保護ではなく、誰かを想う愛情なのだと知った。


 ベルだってリックが危険な目に遭うかもしれないと思えば絶対に心配するし、反対もするだろう。


 だからこそリックの気持ちは十分に分かっているつもりだ。


 けれど、ベル自身が選びビリジアン王国の貴族になった今だからこそ

 そして、大切な人たちがベルを愛してくれるからこそ、この街を、この国を守りたいとそう思ったのだ。



「リック様、先程の私の想いに変わりは有りません。クランプスの偶像団という犯罪集団が若い女性を狙っているというなら立ち向かいたい。この国に住む者として力を貸したい、出来ることをしたい、私はそう思っています」


「ベル……」


 ベルの手を握るリックの手に力が入る。

 瞳には心配な色が浮かんでいて、ベルの心が痛くなる。


 けれど、ベルはただ守られているだけでは嫌なのだ。

 ベルだってリックを守りたいし、家族を守りたい。


 魔法も使え無いし、小さな力しかないベルだが、自分に出来る事が有るのならば協力したい、そう思った。


「それに私はリック様が絶対に守って下さるって、信じてますから」


「ベル……」


 この世界に絶対などない。

 その事はベルは十分に理解している。


 だけどリックならば自分の命を預けてもいい、心から信じられる、そう思えた。





「ベル……君は、囮の提案した時、もしものことがあって、君を失うかもしれない俺を少しは想像してくれたかい?」


「えっ……?」


 リックの悲し気な瞳がベルを見つめる。


 愛するベルを失う。


 それはリックにとって、自分が死ぬよりも辛いこと。


 ベルがそれを理解してくれていない。


 ベルへの愛が軽く見られているような、自分の愛情の深さが伝わっていないような、そんな気がしてリックは悲しかった。


「君の志はとても素晴らしいと思う、貴族として立派だし、褒められる行動だとも思う。でも、俺は……たとえ他の誰かが犠牲になっても、君にだけは安全な場所にいて欲しいし、幸せでいて欲しい。騎士団長としては間違っている判断だと分かっていても、君の安全を望んでしまう。だって、俺は、君を、愛しているから……」


「リック様……」


 ベルは自分の鈍感さを恥じた。

 リックの気持ちを分かっているつもりで、全く分かっていなかった。


 もしもリックが仕事中に亡くなったとしよう。

 その時ベルは身を引き裂かれる様な思いをするはずだし、生きているのも辛いほど絶望する自分がわかる。


 これまでいたベルの世界には、ベルが消えたとして心配してくれる者などいなかった。

 それどころかベルが尽くすのが当たり前で、ベルの命など物と変わらない、そんな風潮があった気がする。


 だからこそベルは、自分の命に無頓着な部分があるのだろう。


 軽い気持ちで返事をしている。


 リックにはそう見えてしまったのかもしれない。


 そんな自分の言動や行動がリックを深く傷つけた。


 ベルが自分を軽視することは、リックの愛を軽く扱うこと、それと等しいことにベルはやっと気が付いた。



「リック様、ごめんなさい……私、想像力が足りなくて……」


 ベルは泣きそうになる。


 無意識で大切な人を傷つけた自分が許せなくって、歯痒かった。


 だがリックを傷付けた自分が泣くわけには行かない。

 込み上げる涙をグッと堪える。


 そんなベルに対し、リックは優しい笑みを掛ける。


 ああ、この人はどこまでも優しい人なのだ。


 ベルはリックの瞳を見つめながらまた自己嫌悪に陥った。



「ベル、謝らないでくれ、俺は何も君を責めたい訳じゃないんだ。ただ余りにもあっさりと自分の身を投げ出すようなベルの行動には驚いたし、心配だったんだ。君は公爵令嬢だけど、一人のか弱き女性だ。命を賭ける提案を君一人で決めて欲しくない、婚約者である俺に相談してほしかった……ただ、それだけなんだ……」


「リック様……」


 確かにリックの言う通りだ。

 ベルは公爵令嬢であるが、リックの婚約者である。


 囮になる提案をする前に、きちんとリックに相談するべきだった。

 そのリックの言い分には納得しかない。


「ごめんなさい、私、私のせいで、他の女性が危険な目に遭っているのかと思うと、申し訳なくて……」


 リックの手が優しくベルの頬に触れる。

 自分の身勝手さに気づいたベルをリックはこんな時でさえ優しく包み込む。


「ベル、間違っちゃいけない。悪いのは君ではなく、クランプスの偶像団という犯罪集団だ。それに俺は、俺のベルへの気持ちを分かって貰えたらそれでいいんだ。それに君の提案は、第三騎士団としては正直有難いものだ。騎士団の女性は鍛えているものが多い、一般女性に扮するのは中々難しいからね」


 ああ、この人はなんて甘くて優しい人なのだろう。

 きっと今だってベルの提案を納得していないはずなのだ。

 それでも尚自分の気持ちを抑え、ベルのやりたい事を応援してくれようとする。


「君の協力を上に申請する。ロナルド様がいるからきっと提案はすんなり通るだろう」


 リックの言葉にベルは改めて覚悟を決める。


 絶対に無事で帰ろう。


 この優しい人を守るためにも、傷一つ作らない。

 絶対に生きて帰る。


 愛おしい相手を前に、ベルはそんな決意を固めた。

体調がまだ微妙な為しばらく一日置きの投稿にさせて頂きます。m(__)m

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