チョココロネとその中身
「おい、ザック、話がある。俺の部屋に寄ってくれ」
今日の仕事も終わり、ザックが麦の家に帰ろうとしたところで冒険者ギルド長のベン・フロスティに声を掛けられた。
美人のベルと強面のギルド長。
出来れば断ってすぐにでもベルの下に駆けつけたいが、特級冒険者としてギルド長のお願い(命令)は断ることは出来ない。
ザックは「はぁーい」と気のない返事を渋々返すと、ギルド長室がある二階へ行くため足取り重く階段を上る。
ベルは毎日麦の家に来るわけではない。
そんな中、今日はベルが来る貴重な一日なのだ。
さっさとギルド長との話しを終わらせて家に帰ろう。
麦の家がすっかり自分の帰り場所となっているザックだった。
「失礼しまーす」
ギルド長室に着くと、ギルド長のベンだけでなく副ギルド長まで揃っていて、何か問題があったのだろうと特級冒険者の勘が働いた。
「まあ、座ってくれ、今お茶を準備する」
事務員に指示を出そうとするベンをザックは手を上げとめる。
「いえ、お茶は要らないんで早く要件を話して下さい。俺、さっさと帰りたいんで」
ザックの言葉にベンはニヤリと笑い、副ギルド長は驚いた顔となった。
「さっさと帰りたいか……ザック、お前本当に変わったな」
ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべギルド長はそんな言葉を吐く。
ザックは口を尖らせ無言を貫いた。
以前のザックは定住先を作らず、あっちこっちと色々な国をフラフラとしていた。
特級冒険者の数は少ない。
ザックが知っているだけでも5人ぐらいだろう。
なのでザックのように色んな国を回ってくれる特級冒険者は歓迎される。
大きな力は冒険者ギルドの安心材料となるし何より有難い戦力だ。
大国であるビリジアン王国の冒険ギルドでもそれは同じ。
いてくれるだけで良い。
特級冒険者はそれほど喜ばれる存在だ。
ザックとしてはあの聖女との関係から逃げるために定住しなかっただけなのだが、国と国を跨に掛けた結果、ザックの名は特級冒険者の中でも群を抜いて有名になった。
その結果庶民の子供たちの憧れの存在にまでなってしまった。本人の望まぬ結果だ。
だが聖女を殺す暗殺者とは別の存在となりたかったザックとしては、安心材料となった。
このまま冒険者を続けていけば、聖女を手に掛けることは無いだろう。
ザックは聖女から逃げるためだけにこれまでの人生を送っていたと言える。
だがこの王都のギルド長ベンは、フラフラしているザックの事を心配していた。
ソロで動かず、パーティーを組めとベンには何度も言われたことがある。
だけど誰かと手を組む気持ちにはなれなかった。
自分の本心をさらけ出せる相手にこれまで出会えなかったともいえる。
ザックは生き延びたくてセルリアン王国を出たし、定住先をつくらなかったのも出来るだけ 『暗殺者アイザック・オランジュ』 とは別の存在になりたかったからだ。
冒険者になったからって、命を粗末にしたつもりはない。
けれどギルド長のベンからすると、ザックはどうも不安定に見えたらしい。
なので最近麦の家に通いだしたことをこうやっては揶揄うのだ。
ベルさんとはそんな関係じゃないと何度言っても、恋人か何かだと勘違いをしている気がする。
それにベンは、ザックが最近良く泊まる宿屋ではなく、麦の家に泊っていることも把握しているらしい。ストーカーか。
なのでさっきの「さっさと帰りたい」という言葉にも強く反応したのだろう。
以前のザックならば絶対に発しない言葉だと知っていたからだ。
「そんなの良いからさ、早く話をしてくださいよ、俺仕事帰りなんだよー、疲れてるんですからねー」
話を変えようとしたザックの言葉をベンは鼻で笑い一蹴する。
どうやらここの所の仕事内容もしっかり把握されているようだ。
特級冒険者としてすでに大金を持つザックはあくせく働く必要はなく、これまで特級冒険者でありながら一般的な宿屋で暮らしていたため、お金は使われることなくたまる一方。
武具は良い物を使ってはいるが、もう既に一流のものを持っているため、メンテナンスぐらいでしか金は使わない。それに装飾品や賭け事にも興味がないザックは、お金の使い道が本当になかった。
なので最近は定時であがれる簡単な仕事をするばかり。
今日も北門から出てすぐの薬草摂取。
もうお金を稼がなくとも普通の生活ならば一生を送れるだけの貯金のあるザック。
けれどベルの手前、仕事に行かないことはなんだかカッコ悪い。
北門から通える仕事ばかりを熟す毎日だったが、それは特級冒険者の仕事とは言えないものだ。
その事はギルド長のベンにはすっかりバレていたらしい。まあ、大きな問題がなく平和だからこそ特級冒険者の出番がなかったともいえるのだが、ベンには通用しないようだった。
「ああ、疲れている所悪いな、実はな第三騎士団から応援の要請が来てな」
「第三騎士団って、王城の?」
「ああ、そうだ、街を守る第三騎士団からの要請だ」
第三騎士団と聞いて、ザックの脳裏にベルの婚約者マーベリック・シャトリューズの顔が浮かぶ。
金色の髪に緑色の瞳。
攻略対象者だと言われても信じてしまいそうな容姿のリック。
あの夜麦の家で会ったリックは仕事のせいかとても疲れているように見えた。
きっと第三騎士団では抱えきれない程の事件が起きているのだろう。そう思っていたところにこの要請だ。
帰りたいと思っていたはずのザックは、気が付けば「話を聞きたい」と前かがみになっていた。
平民女性の行方不明事件。
ベンからの言葉にザックは驚く。
セルリアン王国では事件にならない問題だからだ。
そして今回の要請にも納得する。
貴族女性を探すのならば第三騎士団の方が向いているだろうが、平民女性を探すのは第三騎士団ではてこずるだろう。
騎士と気軽に話せる庶民はこのビリジアン王国でも少ない。セルリアン王国ならば貴族と平民が気軽に口を聞くなどあり得ない。
すぐに冒険ギルドに協力を求める所も好感が持てる。ザックはビリジアン王国の騎士団の柔軟さに感心した。
そしてベンから話を聞いたザックは、すぐに動き出した。
知り合いの子供たちや、新人冒険者に声を掛け彼女たちの情報を集めて行く。
特級冒険者のザックからの依頼とあって、子供たちも新人冒険者も依頼以上の成果を上げてくれた。
数日で彼女たちの詳しい情報が集まり、それに目を通したザックはある一つの項目が目に付いた。
『赤い髪の女性』
一人一人の容姿を詳しく調べてみれば、茶色の髪と言われていた女性は赤に近い茶色の髪色だったし、オレンジ色だと言われていた女性は赤に近いオレンジ色の髪色だった。
(ベルさんも狙われる可能性があるって事か……)
恩人であり家族に近い存在のベルは綺麗な赤い髪色だ。
ウィスタリア公爵家の令嬢となった聞いているためザックはそこまで心配もしていないし、ベルの乗る馬車の御者のただならぬ雰囲気や、麦の家の周りを見守っている者たちを気配を感じれば、ベルの防御は鉄壁だと言える。
「だけど懸念事項は消しておかなきゃだよね……」
集めた情報を精査したザックは、それを持って冒険ギルド長のベンの下へと向かった。
「ベンさん、ベンさんが王城へ行く時、俺も一緒に行きたいんだけど」
特級冒険者がギルド長の供として王城に行くことに文句をつける者はいないだろうが、これまでどこの国の王族からの誘いも断っていたザックが、自ら王城へ向かうと聞いてベンは驚く。
そしてザックが持って来た資料を見て納得もする。
ザックが良く通う店のオーナーは美人な赤い髪の女性だと聞いていた。
その女性が狙われるかもしれない。
ザックは愛しい女性を守るため、嫌いな王城へも進んで向かうのだろう。ベンはそう理解した。
(こいつにもやっと本気になれる女が出来たようだな)
嬉しさからか強面の顔には笑みが浮かんでいた。
「おう、俺は固く苦しい挨拶は苦手だからな、王城ではお前を頼りにするぞ、ザック」
「はい、任せてよ」
ザックの人としての成長が嬉しいベンは、第三騎士団に申請することなくザックの同伴を決めたのだった。
インフルエンザでした。年内の投稿お休みします。
皆様よいお年をー
また新年からお願い致します。
m(__)m