提案とチョココロネ③
ベルは今、困惑していた。
第三騎士団にパンの納品にやってきたベル。
そのついでにリックに一目でも会えたらと、今月のパンの試作品を口実に、仕事の合間に少し会えればと軽い気持ちでいたベル。
そんな考えでいたはずなのだが、受付に迎えに来た人物はベルの兄となった現公爵。
そしてそんな兄と第三騎士団へ向かおうとしたら、何故か出会った人物は特級冒険者のザック。
そしてそして兄もザックも第三騎士団に用事があるからと、一緒に第三騎士団まで来たのは分かる。
皆にリックに会うべきだと勧められ、ベルもちょっとだけと承諾した。
だが今、何故か無関係であるベルまでも第三騎士団と冒険者ギルドとの報告会に参加することとなっていた。
「イザベラはマーベリック殿の婚約者だ。それに私の妹なのだ問題なかろう」
兄ロナルドにそう言われ、周りがそうですねと頷く。
絶対にベルはこの場に相応しくないと思えるのだが、公爵の言葉に逆らえるものは居ないらしい。
きっとリックは騎士団長として「それは受け入れられません」と拒否するだろうと思ったのだが、「そうだよね、ある意味ベル嬢も関係なくはないよねー、美人だしー」というイーサンの言葉に、すんなりと頷きベルの参加を認めてしまった。
これは自由の国ビリジアン王国らしい判断なのかもしれない。ベルは現実から目を逸らした。
会議室のテーブルの上にはお茶と、ベルが持参したチョココロネが並んでいる。
真面目な話し合いの前、チョココロネの形は相応しくないように感じてベルは尚更居た堪れない。違うものを持ってくればよかった。チョココロネには悪いがそう思うのも仕方がないと思う。
「わぁー、ベルさん、スゲー、これチョココロネじゃん!俺、チョコなんてめっちゃ久し振りなんだけど―」
嬉しそうにチョココロネを頬張るザック。
可愛いがチョココロネを知るザックの言葉に、皆が聞き耳を立てているように感じる。被害妄想かも知れない。
「そういえばさー、チョココロネってアレの形から出来たんだっけ?」
首を傾げ可愛い振りをしてベルにぼそりと話しかけるザック。
咀嚼しながらだが皆がこちらに集中している気がして、ベルは胃が痛んできた気がした。
「ほらあれ、トイレで毎日出すやつ、ここじゃ名前出せないけどさー」
アレの事は分からないし、分かりたくないが、トイレ関係のと言われれば嫌なものがイメージされる。
ザックのとなりベンが咽ているのできっと想像してしまったのだろう。止めてほしい。
「んんっ、ザック、チョココロネは管楽器をイメージしているのよ、トイレはまったく関係ないわ」
「そうなんだー」
どうにかアレを想像せずに答えられたが、楽器のことは良く分からないやというザックに、チョココロネの本当のイメージは伝わらなかったようだ。とても残念。
「ベル、この新作パンとても美味しいよ」
そう優しく微笑むリックに、ベルは貴族らしい笑顔で微笑む。
この場でベルを救うように話題を変えてくれたリック。
流石自分の婚約者だとほれぼれとしてしまう。
「有難うございます、リック様」
皆の前リックへの想いを気付かれないよう、ベルは表情筋に力を入れ淑女らしい笑みを心掛けた。
流石に会議の場でリックにデレた顔を見せる訳にはいかない。
妃教育が役に立った瞬間だった。
「依頼された女性不明者連続事件についてだが」
冒険ギルド長のベンがそう言って皆に資料を渡す。
ここの所リックが忙しかった理由は、女性の行方不明の事件だったらしい。同じ女性としてベルの胸が痛む。
資料に目を通しながらこの事件はセルリアン王国では問題にも上がらないだろうと、ベルは第三騎士団の対応に感心する。貴族女性ならともかく一般女性の不明者。
騎士だけでなく兵士だってセルリアン王国では動かない事件だ。
実際、貴族女性だったベルが不明になっても暫くは探されることも無かった。まあそれは意図的だったのかもしれないが。
そしてセルリアン王国で問題が出てからやっと、父もベルを不明者として探し出した。
侯爵令嬢であったベルの捜索もその程度の対応だったのだ、一般女性を探すなど、セルリアン王国ではあり得ないことだった。
「俺達冒険者ギルドでの捜査で、誘拐された女性たちの新しい共通点が見つかった」
ベンのこの言葉にリックもイーサンも補佐官たちも目を見張る。
騎士が欲しかった情報を冒険者ギルドはあっと言う間に掴んできたようだ。信じられないとその顔が言っていた。
だがそれには理由がある。
一般市民が憧れの第三騎士団の騎士に話しかけられたら緊張する。
騎士は貴族出身者が殆どだ。聞かれたこと以外にべらべらと喋るやつなんていないさと、ベンが苦笑いで言葉を付け加える。
確かに街に馴染みのある兵士ならともかく、騎士団の、それも王都で人気の第三騎士団の騎士たちに庶民が話しかけられたりしたら、緊張して言葉も出ないだろうとベルは思う。
そんなベンの言葉に第三騎士団のメンバーは納得したのだろう、こちらも苦笑いだ。
「その部分は今後対策しなければな……」
そう呟くリックに皆が頷き、少し室内の雰囲気が和んだところで、ベンはベルの様子をチラリと窺う様子を見せた後言葉を発した。
「誘拐された女性たちの特徴だが、職業夫人で皆美人……これは第三騎士団さんも知ってることだったよなぁ」
「ああ……」
頷くリック。
隣にいるイーサンも頷き、普段ではあり得ない程真面目な顔をしている。
「で、だ、その他の特徴なんだが、皆女にしては背が高めだ。それから……茶色やオレンジと言われていた髪色なんだが、本当の色は赤に近い茶色や赤に近いオレンジと、皆が皆赤い色の髪を持つ女性ばかりだったんだ」
ベンの言葉を受け、部屋にいる皆の視線がベルに集まるのを感じた。
ベルは職業婦人。
そして背も高く、赤い髪をしている。
自分で言うのもなんだが、元悪役令嬢だけあってベルは美人だ。
誘拐された女性たちの全ての条件が当てはまる。
ベルが誘拐されても可笑しくはない。
ベンにそう言われている気がした。
「さて、私からも良いだろうか?」
シーンとなった会議室でベルの隣に座るロナルドが手を上げる。
行方不明者の条件を聞いてもロナルドの笑みは変わらない。
その笑顔がベルの心を少しだけ落ち着かせた。
ロナルドは驚きも何も無く、まるで不明者の特徴を前もって知っていたかのようなそぶりだが、これまでベルに対し気を付けろなどの忠告をすることは無かった。
まあ、ウィスタリア公爵家ならば情報を掴んでいても、ベルを守り切る自信はあるのであえてベルを泳がせていた可能性はある。
「クランプスの偶像団という犯罪集団を君たちは知っているかね?」
「クランプスの偶像団?!」
第三騎士団のメンバーやギルド長が首を傾げる中、ロナルドの言葉にザックが強い反応を示す。
クランプスはセルリアン王国内にある小さな町の名だ。
だがザックの驚きは知った名が出ただけではない。
ベルはそう感じた。
「クランプスの偶像団……まさか……」
やはり特級冒険者は情報通なのだ。
ザックの独り言に皆はそう納得したようだが、ベルはザックの顔色を見て、ピンときた。
「お兄様、その者達はもしかしてセルリアン王国の犯罪集団……では無いでしょうか?」
ザックの代わりにベルが質問をすれば、ロナルドは優雅な笑みで頷いて見せた。
ベルがその名を知っていてもロナルドは驚かなかった様だが、ベルはセルリアン王国にいた時からクランプスの偶像という犯罪集団を知っていたわけではない。
本来セルリアン王国内で暗殺者となったザックがいたはずの犯罪集団。
それがクランプスの偶像団。
ベルはザックの様子からそれを悟ったのだ。
「あの……私が、誘拐の囮になる訳にはいきませんか?」
「ベル?」
「ベル嬢?」
「ベルさん?!」
気がつけばベルの口からはそんな提案が出ていた。
どう考えてもこれはベルが狙われている。
セルリアン王国の名が出たからこそ尚更そう感じた。
「ベル、危険だ。君は騎士でもないし、鍛えていない一般市民、それも女性だ。囮役などそんな危険なことを君にさせられるわけがない!」
「そうだよベル嬢、囮役をするなら女性騎士がやれば良いだけだ。セルリアン王国の名が出たからって君が気にする必要はない。君はもうこの国の人間なんだからさー」
リックとイーサンがベルの提案を否定する。
確かにベルは鍛えていないが、だからこそ囮になれる、ベルは引く気はなかった。
「俺もベルさんが囮になるのは嫌だけど、女性騎士が囮になるってのも無理だと思うよ。騎士って意外と動きだけで分かるもんだからさ。それと、あいつらはセルリアン王国の者だ。仲間には魔法使いがいると思う。囮を使うにしてもそう考えて行動した方がいい。それと第三騎士団はすでに警戒されている可能性もある。街での動きを見てないはずがないからね」
ザックの言葉にリックとイーサンが押し黙る。
これまで第三騎士団は派手に捜索しすぎた。
ザックの言う通りクランプスの偶像団に動きを見張られいる可能性は充分にあった。
ベルも同意をする様に頷く。
彼らを良く知るザックの言葉だ。
可能性は高いだろう。
「イザベラ、君は何故囮役を引き受けたいのかな、その理由を聞いても良いかい?」
ロナルドに優しく声をかけられ、ベルは無意識に止めていた息を吐く。
セルリアン王国の名が出て、知らぬうちに力が入っていたようだ。
どうやら過去の記憶はベルの中にまだ残ったままらしい。
ベルは深呼吸をし、ロナルドに頷くと、自分の思いを話しだした。
「私は、ウィスタリア公爵家の娘です。公爵家の子としてこの国の民を守る義務があります。それに私は第三騎士団団長のマーベリック様の婚約者でもあります。街を守る為、私に出来る限りの事をする。それはウィスタリア公爵家に名を置くものとして当然の行為。私はそう考えます」
「ふむ、そうか…」
「それに、憶測ですが、クランプスの偶像団の本来の目的は、私である気がします。わざと間違えているのか、私を釣る為に似た女性を攫っているのかは分かりませんが、私が動けば彼らの行動理由が分かる。そう思うのです」
ロナルドはベルの言葉に満足そうに頷いた。
ウィスタリア公爵家の娘として間違っていない、その笑みを見て兄にそう言われた気がしたベルだった。