騎士へのお礼とカレーパン③
「ゴホンッ。あー、それにしても何だかいい匂いがするんだが、もしかしてベルが何か持ってきてくれたのかな?」
話を変えるためか、リックがベルの横に置いてある籠へと視線を向けた。
イーサンの笑い声のお陰でどうにか平常心を取り戻し、リックもベルも顔の赤みが治まって来た。
ベルは一つ息を小さく吐いてからテーブルの上に籠を載せた。そして掛けていた布を取り、中が良く見えるようにしてリックとイーサンに向けた。
「実は以前から実験を繰り返していた料理がありまして」
「「実験?!」」
「はい」
大人の男性であるリックとイーサンが目を丸くして子供のような表情を浮かべている。
実験をする料理。その言葉に驚いたようで面白い。
「これはカレーパンと言います」
揚げたてを包んで持ってきたのだが、ここまで時間が経ってしまったので残念ながら少し冷めてしまっている。
けれど食欲をそそる匂いはそのままで、破壊力満点。二人の前にカレーパンを取り出して見ると、まだ食べてもいないのにごくりと喉を鳴らしたので笑ってしまう。
「これは沢山のスパイスを使った料理を入れたパンなのですが、これまで中々理想の味にならなくて……探していたターメリックがやっと手に入ったのでどうにか納得する味が出来ました。来月、今月のパンとしてこのカレーパンを出したいと思っていますの、宜しければ感想をお聞かせくださいませ」
涎を垂らしそうな様子でカレーパンを見つめるリックとイーサンにカレーパンをどうぞと差し出す。
二人共無言で受け取ると、顔を見合わせた後がぶりとかじりついた。
そしてモグモグという効果音が聞こえそうな様子で咀嚼する。
目をつむり口角が上がり始めた様子を見るとどうやらお口に合ったらしい。
貴族の男性にも受け入れられる味。美味しそうに食べる二人の様子に料理人としてホッとするベルだった。
「美味い!」
「うん、これ、すっごく美味しいよ! ベル嬢」
喜ぶ二人の笑顔が可愛くってベルの頬も緩んでしまう。
「お口に合って良かったです。これなら安心してお披露目できそうですわ。私が行く市場で良くお話する方に、品数の多い香辛料のお店を教えて頂けたんです。思い描くカレーがやっと出来上がった時は嬉しくって」
「ベル……もしかして一人で市場に行くのか?」
「ベル嬢、その良く話す市場の人って男の人?」
貴族男性は、いや一般的に見ても口の中に食べ物が入っている状態で口を開くのはマナー違反なのだが、リックもイーサンもカレーパンを食べ続けることは止める気は無い様子で、咀嚼しながらも器用にベルに質問を投げかける。その上品があるのだ。これは騎士特有の特技なのかもしれない。
それに息が合っている様子もまた仲良しさが分かってなんだか面白い。まるで双子の様だった。
「ええ、男性ですわ。この国の市場は本当に親切な方が多いですよね。店に卸す品は基本届けてもらっていますが、王都には複数の市場がありますでしょう? 私、食材を見て回ることが好きでして、休みの日は市場を回ることにしていますの。これはもう病気……いえ、趣味ですわね」
「「趣味?」」
驚きながらも二人は次のカレーパンに手を伸ばしている。それが何だかとても嬉しいし、料理人冥利に尽きると言える。
ベルは二人が喉を詰まらせないように、ティーカップにお茶がまだ残っている事を視線で確認しながら二人の言葉に頷いた。
「はい、この街の市場は食材が多くて見ているだけで創作意欲を刺激してくれるのです。今度の休みはフルーツを見て回りたいなと思っておりまして。次の新しいパンはフルーツを使ってみたいと思っているんです」
フフフ、と可愛く笑うベルに対し、リックもイーサンの顔も無表情になっていく。いや思案顔というべきだろうか。だが、口はモグモグと動かしたまま。少しだけリスの様だなとベルは思っていた。
「ベル嬢、市場の親切な人って、どんな人かな?」
「えっ……? えーと……沢山いらっしゃいますけど、私が店前で悩んでいると皆さん気が付いて声を掛けてくれるんですよね」
「ふーん、そうなんだー……この街も捨てたもんじゃないねー」
「ええ、優しくて親切な方たちばかりですわ」
何だか棒読みなセリフを吐いたイーサンは、ポンッとリックの肩に手を置きながらお茶をグイッと一気に飲み干した。
そしてチラリと籠に視線を落としカレーパンがまだあることを確認していたので、また後で食べようと思っているのだろう。悪い笑みを浮かべている。
やはり騎士はよく食べるのだなと、ベルはイーサンの言葉の意図にはまったく気が付かずそんな事を考えていた。
「……ベル」
「はい。何でしょう?」
「市場に私も一緒に行ってもいいだろうか?」
「市場に、ですか? リック様が?」
「ああ……」
ベルはリックをまじまじと見つめてしまう。
騎士服を着たリックは物凄い美丈夫だ。
どう見ても市場には不釣り合いだし、皆怯えてしまいそうだ。
まあ行くとしたら普段ベルの店に立ち寄るぐらいの服装では来るだろうが、それでも目立つことは間違いなかった。
「もしかしてそれはお仕事の一環としてでしょうか?」
頬に手を当てベルは首を傾げながら聞く。この街の治安を守る第三騎士団団長だ。ベルを口実にお忍びで街を見たいのかもしれないそう思った。
ベルは自分が美人であると理解はしていても、自分が心配されることにとても疎い。
それは祖国での扱いに問題があったからだろうが、自分の価値を今一つ分かっていないからだ。
「いや、君の休みに合わせて休暇を取るから、私も市場に一緒に行きたい。絶対に」
余りにも熱意ある申し込みに、そこまで果物に興味があるのかと困惑し、ベルはそっとイーサンに視線を向けた。
だがイーサンは我関せずの様子で、絶対に入っていないだろうカップを持ち、お茶を飲むふりをしている。カレーパンとは違いリックの不自然な行動には興味が無いようだ。
いや、市場に興味が無いからこそ、この話には入らないぞというアピールをしているのかもしれない。
普段から仕事で街には詳しいはずのリックが市場に行きたいと言っている。
それもフルーツの話をした途端、リックは市場に興味を示した。
つまりは、そういう事なのだろう。
ベルはそう納得した。
「リック様もフルーツがお好きなのですね?」
仲がいい男性二人はピタリと動きを止め、貴族らしい笑顔を張り付けた。
どうやらリックのフルーツ好きは秘密の話のようだ。絶対に黙って居よう。
もしかして男性が甘いものを好むのはビリジアン王国では忌避されることだったのだろうか。勉強不足を恥じるべきか。いや、でもそんな話は大叔母様にも聞いたことは無かったはず……と自分の知識を呼び起こしながら、安心してくださいの意味も込めて、ベルはいい笑顔で頷いた。
「ではぜひ一緒に、視察に参りましょうね。リック様」
そう答えたベルの前、リックとイーサンは貴族らしい笑顔を浮かべたままだった。