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提案とチョココロネ

 ベルは今、王城へと向かっていた。

 第三騎士団へのパンの納品の為だ。


 リックの婚約者となり結婚へ向けての準備が忙しくなってからは、ルカが第三騎士団への納品を担当してくれていたが、今日はベルが久しぶりに納品の為王城へと向かっている。


 何故ならば、先日の夜のリックの様子がどうしても気になったからだ。


 あの日、何の連絡もなく突然麦の家へとやってきたリック。


 仕事が忙しい中会えたのは嬉しかったが、その顔色は青く、とても疲れている様だった。


 その上言葉数も少なく、笑顔にもいつもの元気がなかった。


(私に出来ることは美味しいパンを焼くぐらいだもの……)


 この国出身でなく、だたの一令嬢でしかないベルが、第三騎士団の問題に口をはさむわけには行かない。

 すでにリックと夫婦であるならまだしも、第三騎士団団長であるリックには守秘義務がある。

 まだ婚約者でしかないベルに、仕事の詳細な内容など話せないだろう。


 それと、あの夜からリックは何故かベルと距離を置いている気がする。


 きっと騎士団で抱えている問題が何か関係しているのだろう。

 ベルを巻き込まないためにも接点を出来るだけ無くそうとしていると感じる。


 守ろうとしてくれているリックの気持ちはとても嬉しい、でもやっぱりそこはベルだって年頃の女の子。


 好きな人に会えなければ寂しいし、手紙の返事も無ければ心配にもなる。


 それに少しの時間でもリックの声が聞きたいし。

 笑顔が見たい。

 

 だったら何か理由を付けてでも自分がリックに会いに行くしかない。


 そう考えたベルは、今回の納品を進んで引き受けたのだ。




「ごきげんよう、パン屋麦の家のオーナー、イザベラ・ウィスタリアと申します。本日第三騎士団へとパンの納品に参りました。お取次ぎをお願い致します」


 受付で職員に声を掛ければ、担当者が焦り出す。


「こ、これはベル嬢!いえ、ウィスタリア公爵家ご令嬢、ようこそお越し下さいました。す、すぐに第三騎士団へとお取次ぎいたします!」

「ウィスタリア公爵家ご令嬢、ど、どうぞこちらへ!荷物は我々がお運びいたしますので!」


 受付の者達は今日もルカが来るとでも思っていたのだろう。

 貴族令嬢。それも公爵家の令嬢の登場に動揺が隠し切れないようだ。


「有難うございます。ですがそれよりも手荷物検査を……」


「いえ、いえ、いえ、公爵令嬢であるイザベラ様をお調べするなど出来ません」

「どうぞ迎えが来るまでこちらで休んでいてください、今お茶をお持ち致しますので」


「いえ、あの、お気遣いなく……」


 すっかり顔見知りとなったはずの王城の職員たちも、久しぶりのベルの登場に驚きを隠しきれないようだ。

 それもその筈、ベルはパン屋の女主人ではなく、ウィスタリア公爵の令嬢となったのだ。これまでと扱いが違う。


 王城に勤めるものだからこそ、立場を気にしてしまうのだろう。


 高貴な公爵令嬢が供も付けず大きな荷物を抱え一人でやってきた。驚かないはずがない。


 ベル的にはなるべく気を使わせないようにと、パン屋のオーナとして簡易な馬車でやって来たのだが、第三騎士団団長の婚約者であるベルの存在をよく知っている彼らにとっては、そうは受け止められなかった様だ。


(かえって気を使わせてしまったみたいね、申し訳ないわ……)


 ベルはウィスタリア公爵の令嬢だ。

 本人は一人で来たつもりだが、実際はそうではなく、ひっそりと護衛に見守られている。


 だから尚更受付の者たちは緊張している。

 あの冷酷公爵の目があると思えば、ベルに不敬は働けない。

 例えベルが気にしないと言っても、今までとは当然扱いが違うのだった。



「くぅー、今日もまたいい匂いがしますねー、やられちまう」

「クソッ、昼を食べたばっかりなのに腹が減って来たぞ、俺もパンに殺されそうだ」


 以前麦の家からは今月のパンを第三騎士団に届けていたのだが、今は多くの騎士たちからの要望があり、前以って麦の家で販売されているパンから注文を取り、各自の希望通りのパンを納品している。


 なので様々な香りがベルの荷物からは漂っているのだが、それは彼ら(職員)を苦しめる原因になってしまった様だ。申し訳ない。


 騎士たちには甘いパンが好きなものもいれば、塩気がきいたパンが好きなものもいる。

 なので食欲をそそる香りは受付の小さな空間を占領してしまった。


 ベル的には何の疑問も湧かなかったのだが、庶民の店に王城の騎士が足気く通うことは立場的に難しい、らしい。


 庶民の街を騎士団長としての見回りだと言っては、微妙な平民のフリをして歩いていたリックだからこそ、これまで麦の家に通えたと言える。


 他の騎士団長が同じ事をすれば問題になっていた可能性もある。

 特に王族を守る第一騎士団長は平民の区画には近づけないだろう。気の毒なものだ。


 また騎士団長であるリックの婚約者となったベルが経営するパン屋に通う、というのも他の騎士達は何となく心苦しい。

 リックの手前ベルと仲良くなるわけにもいかないし、パンが美味しいことを褒めるだけでも視線で殺されそうだ。

 リックがベルに夢中だという話は騎士たちの中では常識だからだ。


 そしてもう一つの懸念として、ウィスタリア公爵の目を考えると、怖くて近づけない。それが本音だろうか。


 そんな中ベルが気を利かせ麦の家のパンを毎週納品してくれるようになったのだ、ここぞとばかりに様々な商品を食べてみたいと騎士達が思うのも当然のことだった。


 そんな中で、一番人気のパンはカレーパン。

 お腹に溜まるからか、それともカレーの美味しさにハマったからか、注文の中でカレーパンは断トツの一位だ。その為香ばしい匂いが容赦なく漂う。


 そして次に人気なのが揚げパン(クリーム入り)。

 こちらも揚げてあるという事で勿論香りがある。

 それも出来立てを食べさせたいと、店を出るギリギリに作り終えているため香りが強い。受付の者達が苦しむのも当然だった。


「あの、良かったらこちらをどうぞ、まだ試作品なのですが、来月の新作パンにと考えているチョココロネという名のパンですわ」


 苦しそうな受付の者たちの姿にベルの良心が痛み、リックへと多めに持ってきた試作品の一部を職員たちへと渡した。


「よ、宜しいのですか?」

「我々が頂いても?」


「はい、勿論です。あ、あの手荷物検査の女性職員のお二人にお渡ししようと思っていたお菓子をお願いしても宜しいですか?」


「ええ、勿論」

「彼女たちにきちんと渡しておきます」


「良かった」


 ベルの嬉しそうな笑顔を見て、受付の者たちの顔がほころぶ。

 貰った試作品のパンの影響もあるようだが、何より美人の笑顔は破壊力がある。

 ただ笑ってくれるだけで嬉しくなるものだ。

 ベルの笑顔に皆がほっこりしていたところで、コンコンコンと受付の入口の戸を叩く音がした。


「失礼するよ。イザベラ、いるかな?」

「まあ、お義兄様」


 部屋にやってきた人物は、ベルの兄となったウィスタリア公爵。

 妹に向け優しい笑顔を向けているが、現役公爵、それも冷徹公爵と呼ばれるロナルド・ウィスタリアがやって来たのだ。受付の者達が驚き固まるのも当然だった。


「ちょうど仕事でアレックスのところに来ていたのでね」

「まあ、アレックス殿下のところに?」

「ああ、そこでイザベラが来ていると聞いて会いに来たんだ。私も暫くイザベラには会っていなかったから会いたいと思ってね。それよりアレックスお兄様と呼ばないとアレックスにまた泣かれるよ。あいつはイザベラを自分の妹と思っているからね」

「まあ、フフフ、それは有難いことですわ」


 誰からベルの情報を聞いたのか?そんな事は聞かなくても分かる。

 ウィスタリア公爵家の者たちだろう。


 ロナルドは現役公爵とあって、やはり仕事に忙しく、ウィスタリア公爵家の令嬢となりロナルドの妹となったベルとも中々会うことは無い。


 そして第二王子のアレックス。

 ロナルドの従弟であり親友だからか、それとも麦の家のパンやお菓子を食べさせたからか、ベルを本当の妹のように可愛がり、心配をしてくれる。


 流石に王子が受付にまで足を運ぶことは無かったが、それでも公爵が受付に足を運ぶなど考えられない行為。ベルを可愛がっていると周りに周知させたいのかもしれないが、他にも理由がある気がした。


「さて、第三騎士団にパンの納品に来たんだろう?マーベリック殿にも会いに行くのかい?私もついて行こう、色々と話したい事も伝えたい事も有るしね」

「伝えたいこと、ですか?お義兄様、リック様に何を言うつもりですの?」


 ベルの質問にロナルドはフフッと笑うだけで答えない。

 ウィスタリア公爵家の執事ウォルターから色々と話しを聞いている身としては、リックには一言忠告をしたいようだ。

 勿論ベルには言わないが、兄として思う所があるらしい。


「さあ、イザベラ、私がエスコートしてあげよう」


 優雅にロナルドが手を差し出す。

 先程まで和気藹々としていた受付の者達は、可哀想に直立不動のまま動かない。

 いや、動けないというのが正しいだろうか。

 そんな彼らの様子に、この場から早く去るべきだとベルは悟った。


「お義兄様、リック様はお忙しいのですからすぐに帰りますからね」

「ああ、分かっているよ。私の可愛い妹殿、フフフ」


 歳が離れたベルが何を言っても、この兄には軽くかわされてしまう。

 もうっとため息を吐きながらベルはロナルドの手を取ると、第三騎士団へと向い始めた。


「ベルさん!」


 そんなベルとロナルドの後ろから声を掛けて来た人物がいた。

 それはビリジアン王国の王城にいるはずの無い、特級冒険者のザックなのだった。

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