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ポン・デ・ケージョとその中身

「おっはよーんリック、昨日はどうだったー?ベル嬢とは楽しめたかなー?」


 わざとらしいほどの明るい声で、第三騎士団の団長室へと副団長であり親友兼幼馴染でもあるイーサン・ジグナルがやってきた。


 そんな友人を前にリックはいつも通りを心掛け「ああ……」と答えてみせる。

 そして普段通りの自分を意識し、笑顔のまま執務机の三段目の引き出しを開けて、机の上に紙袋を取り出して見せた。


「ベルからお前にってパンを預かって来た。ポン・デ・ケージョって新作パンだ」


「わーぉ、新作パン!やったね!それもちょー美味そうじゃん!ベル嬢愛してるー!」


「愛さんでいい!」


 ツッコミを入れるリックの事などまったく気にする素振りもなく、イーサンは早速ポン・デ・ケージョにかじりついた。


 ベルからは 「少し温め直してから食べた方が美味しいですよ」 と伝えてくれと言われたが、朝ご飯を食べた後とは思えない勢いで食べているイーサンを見れば、伝言は伝えなくても問題は無いだろう。


 もぐもぐと咀嚼を続けるイーサンを前に、リックは早速書類に目を向ける。

 新しい誘拐事件は起きていないが、全ての事件に進展はない。


 捜索隊も出してはいるが、行方不明者の殆どが平民女性だ。

 姿絵も無ければ、持ち物も特別なものはない。

 美人だという話以外に彼女たちには特に目立った特徴もない。

 行方不明者の全員がどこにでもいる一般的な女性だと言える。


 彼女たちはこの街で一人暮らしが出来る自立した女性というだけあって、身内とも疎遠なものが多く、最近の行動に対しての情報が少なすぎる。

 王都に憧れて田舎から出てきたは良いが、各女性とも生活するのに精一杯。とてもじゃないが裕福とは言い難い生活のため、深い友人づきあいもなく、行動範囲は狭く限られた情報しか無かった。


 行方不明者の中にいる男爵令嬢だけはまだ比較的色々な人物との交流があったようだが、貧しい男爵家の令嬢というだけあって彼女もまた姿絵などなく、美人な女性という特徴ぐらいしかない。


 そんな中ビリジアン王国のこの広い王都内で、彼女たちの行方を探すのは無理がある。

 砂金探しのほうがましかもしれない。


 どうにか全員を無事に探し出したいが、それは難しいかもしれないとリックは思い始めていた。


「んで、リック、何があったのさー?ベル嬢にやっと会えたって云うのに、なーんでそんなに暗い顔してんのさ?」


 紙袋一杯に入っていたポン・デ・ケージョをあっと言う間に食べ終えたイーサンが、いつの間にか勝手に淹れたお茶をリックの机にも置きながらそんな事を聞いてきた。


「なっ……何のことだ……俺はいつも通り誘拐事件の事を考えているだけだ」


「ふーん」


 リックは先程以上に普段の自分を意識して、イーサンに何でもない風を装い答えた。

 そしてそのままイーサンが淹れてくれたお茶を口にする。

 相変わらずのうっすい味のお茶に咳き込みそうになったがどうにか堪える。

 イーサンのお茶は一口だけで十分だな、そう思った。


 そう言えばとここで昨日のことを思い出す。

 昨夜会ったザックが淹れてくれたお茶は、冒険者が淹れたとは思えない程には美味かった。


 冒険者と言えば豪快で厳つく大雑把なものが多いイメージ。実際リックが知る冒険者たちもそんなガサツなものが多く、中には不衛生でむさ苦しいものもいて、一般女性には不人気だといえる。


 そんな中、あのアイザック・オランジュは冒険者とは思えない男だった。

 彼が特級冒険者だからとかそう言った理由ではなく、ベルと同じ感性と言うか、身だしなみを整える常識、というものを持っているように感じた。


(二人はまるで自分には無いものを共有しているようだ……いや実際そうなんだろうな……)


 そんな暗い思考に陥っていると、いつの間にかリックの側まで近寄っていたイーサンがリックの眉間の皺に指をさしてきた。


「いたっ、イーサンやめろ」


「もう、ひっどい皺だな~」と言いながらイーサンはぐりぐりと指を眉間に押し込んでくる。


「やめろ、痛いだろう」


 イーサンの指をパシッとはたき、リックは悪い冗談をやめさせる。

 だが幼馴染はどこ吹く風。リックの怒りなど何の気にもしないようだ。

 自分が淹れた薄いお茶を美味しそうに飲みながら「んで、何を悩んでるのさー?」と当然のようにまた聞いてきた。

 

 どうやらリックのいつも通りは、この幼馴染には通用しなかったらしい。

 

 誤魔化しを諦めたリックは大きなため息を一つ吐くと、素直に愚痴を吐き出すことにした。






「ベルと……特級冒険者のアイザック・オランジュは、以前、いや、昔からの知り合いだった……」


「えっ?そうなの?えっ?二人は俺達みたいに幼馴染って事?」


 驚くイーサン。

 当然だろう特級冒険者のアイザック・オランジュが孤児院育ちなのは有名な話。

 それもあのセルリアン王国の孤児院だ。

 貴族令嬢であったベルと接点があるとは到底思えない。

 情報収集が得意なジグナル家出身のイーサンが驚くのは当然だった。


「ま、まあ、そんな感じだ。あの二人はずっと前からの知り合い。それで偶然このビリジアン王国で再会したらしい……」


「へぇー、そうなんだ。まあ、ベル嬢は侯爵令嬢だったけど王子の婚約者でもあったんだもんねー。アイザック・オランジュがいた孤児院とかにも慰問に行ってた可能性もあるか。なるほどなるほど。ん?じゃあ顔見知りだったベル嬢がこの国に逃げてきてから今みたいに仲良くなったって事なのかな?」


「ああ、そんな感じだ」


 セルリアン王国で貴族令嬢と、孤児院子供が仲良くなることは考えられない。

 リックはイーサンの考えに曖昧の返事をする。


「そうかー、二人は前からの知り合いなのかー、なら仲良くなったのも分かるかな。ベル嬢は身分とか気にしないしね。うん、それに特級冒険者なら安心だもんね。麦の家に遊びに行くのも良い護衛になるかな」


「ああ……そうだな……ベルの安全の為にもザックが麦の家に通うのは丁度いいだろう。そうだ、さっきのパン、ポン・デ・ケージョもザックの願いでベルが作ったらしい。以前からの、アイツの好きなパンだったそうだ」


「へえー、ポン・デ・ケージョはセルリアン王国のパンなのかー。あの国にも美味いパンがあったんだね。いや、ベル嬢が作って孤児院に持っていってたのかな?ベル嬢ならそれもありえそうだもんね」


「ああ、そうだな……」


 ベルが以前の記憶を持っている話は、流石に幼馴染であり信用しているイーサンであっても話すことは出来ない。この話が広まればベルが研究の為に誘拐される可能性もある。いや、悪魔の生まれ変わりと殺されるかもしれない。

 だからこそ悪役令嬢だなんて話は以ての外、リックは誰にも話す気は無かった。


 そうかそうかと言いながら、ベルとザックが自分たちと同じような幼馴染だと納得するイーサン。

 ただの孤児だった男が今現在公爵令嬢となったベルと友人では問題があるが、特級冒険者であるアイザック・オランジュが公爵令嬢の幼馴染ならば、世間体にもなんの問題もない、誰も何も言い出せない、それどころか箔が付く、そんな風に受け止められるだろう。


 けれどリックは、分かっていても受け入れられなかった。

 いや、自分の中で二人の関係が未だ消化できない、そんな心情だ。


 ベルの特別が自分だけでなくなった。


 心が狭いと言われようとも、男として余裕がないと言われても、どうしてもそのことが嫌でしょうがない。ベルには自分だけを見ていて欲しい。

 そう思ってしまうのだ。


 ザックにむけて優しい笑顔を見せるベル。


 昨日の夜はそっと頭を撫でてもいた。


 ベルの笑顔は婚約者である自分だけのもの。


 触れて良いのも自分だけ。


 そう叫びたかった。


 だが、あまりにも男らしくないし、ベルにも呆れられそうでそんなことは絶対に言えないし、言いたくもない。


 もし愛おしいベルに、元婚約者と同じようなセリフを吐かれでもしたら。


 リックは絶対に立ち直れない。


 それだけは自信があった。




「でもさー、リック、今もまだ浮かない顔してんじゃん。他にもなんかあったんじゃないのー?」


 幼馴染は特殊能力でもあるのだろうか。

 何でも見通せる目でもあるのか、それとも小さな頃からリックを見て来たから分かるのか、イーサンが何かあるだろうと、リックの顔をジッと見つめる。


「いや、本当に何もない……誘拐事件のことで頭がいっぱいなだけだ」


「本当にー?」


 流石に子供っぽい嫉妬の事は、イーサンにも話せない。

 心が狭い男だと笑われるだけだろう。

 大の大人が小さな嫉妬の話などするべきではない。

 リックは強い男である自分でいたかった。


「本当に何でもない、少し疲れてるだけだ。それよりイーサン、仕事だ。ほら、お前も部屋に戻れ。補佐官たちが探しに来るぞ。さっさと部屋へ戻れよ」


 心配症な幼馴染を、犬を追い払う仕草で仕事に向へと促す。

 リックと同じく大人であり、男でもあるイーサンが口を尖らせ「ちぇー」っという仕草は全く可愛くないが、その気持ちだけは有難いと思う。仕草は気持ち悪いが。


 イーサンが出て行き扉が閉まると、リックはホッと息を吐く。

 薄いうえに温くなったお茶を何となく口に含み、一息ついた。


「あいつはジグナル家の執事からお茶の入れ方を習い直した方が良いな……」


 イーサンの不味いお茶のお陰で、ふと笑みがこぼれる。

 まあ飲めなくもないな。

 

 そんな事を思っているとバンッ!と大きな音を立ててリックの執務室の扉が勢い良く開いた。


「リック!そうだよ!冒険者だよ!冒険者に協力を仰ごうよ!」


 そう叫んだ幼馴染の顔に向け、リックが口に含んだお茶をぶちまけたのは仕方がない。

 驚かせたのはイーサンだ。

 自分のせいではない、そう思ったリックだった。

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