冒険者とあんぱん③
「へへへ、って事で、これ!絶対ベルさんが喜ぶ食材だと思うぜ、見てみてよ」
ザックが今日ベルに見せたいと言っていた食材を鞄から取り出しテーブルの上に置いた。
両手サイズぐらいの大きさの布に包まれたその食材を見て、なんだろうとベルもワクワクした。
布を持ち上げてみると、ザラザラと音がして形から豆であることが分かった。
そう言えばザックが来たことに興奮していたミアが、「豆を持ってくる」と言っていたことを思い出す。
布越しに触った感触の大きさはそれ程大きくなく、とても硬い。
特ににおいはないが、ザックの期待顔を見ればニホンに関係するものだと分かる。
(豆か……大豆はこの世界にも普通にあるし、大豆ではないから……じゃあ枝豆? ううん、もしかして黒豆かもしれないわね)
ザックの顔を見ながら、二ホンでポピュラーかつ、この世界でもありえそうな豆を考える。
ベルは子供のようにウキウキしながら布をまとめている紐を外し、じゃらっとする中身を覗き込んだ。
「えっ?小豆?ザック、これ、小豆じゃない!」
ベルの驚く顔を見てザックがしてやったりと悪い顔をする。
小豆は前世では二ホンで栽培される豆だった。だからかこの世界では見たことも聞いたことも無かった為、ベルは本気で驚いたのだ。
(妃教育で各国の事は詳しく学んだけれど、小豆のことはまったく情報が無かったのよね)
「凄いわザック、良く小豆を見つけたわね!」
「へっへーん、だろぅ?これこそ冒険者になった甲斐があるってもんよ~」
ザックは冒険者稼業の中で、懐かしき二ホンの食材を探し求めては自分で料理して食べて来たそうだ。
だけどザックはもともと料理に詳しかったわけではないため、自分の理想とする味にはならなかった。
折角手にいれた食材を料理に失敗してダメにしてしまった事も多々あった。
そんな中この麦の家と出会った。
二ホンのパンを作れる人物ならば二ホンの料理を作れるのではないか、そう思ったらしい。
ザックは期待のこもった目でベルを見つめた。
「餅が無いからお汁粉は無理でもさ、この小豆であんぱんは作れそうかなって、どうかな?ベルさんあんぱんって作れそう?」
物凄い期待顔のザックに思わず笑ってしまう。
子犬が尻尾を振ってお座りをし、遊んでもらうのを待っているようだ。
「ええ、勿論あんぱんは作れるわ。それにお餅の代わりに小麦粉でも良かったらお汁粉も作れるわよ」
「えええっ?そうなの、ホントに?お汁粉も?」
「ええ、任せてちょうだい。私、料理は得意なのよ」
胸をドンと叩くベルを見て、ザックは「やったー」と手を上げ子供のように喜んだ。
きっと本当にニホン食に飢えていたのだろう。
今のザックはうれし涙を溢しそうな勢いだった。
ベルはこれまでずっと自分の境遇を不憫だとそう思っていた。
前世の記憶が無ければ、もっとこの世界に馴染めただろう、そう思っていたのだ。
けれど今日ザックの話を聞き、やっぱり前世の記憶があってよかったとそう思えた。
それに孤児のザックとは違い貴族令嬢で財力があった事や、ビスク商会と縁を作れたこと、それに王太子たちに料理を振る舞える環境があったことは感謝すべき事柄だったとそう思えた。
美味しくない物を食べ続けることは結構辛い。
その上ザックは自分の自由になるお金も物も何も無かった。
前の記憶で美味しい物を知っているからこそ、尚更この世界の食事には我慢できなくなる。
食いしん坊だと自覚があるベルは、ザックの気持ちもこれまでの苦労も良く理解できた。
「これからすぐにあんこを作るわ、あんぱんは明日になってしまうけど、ザック、良かったら一緒にお汁粉も作るから夕食をここで食べて行く?」
「えっ?いいの?でも店は?」
「店はルカとミアがいれば大丈夫よ、私は基本的に裏方なの」
「そうなんだ?! あっ、そっかベルさんオーナーだもんな、当然か」
ミアとルカに声を掛け、二階の居住区へとザックを連れて上がって行く。
夕方はレオが居住区にいる為、二人きりにはならないので何も問題は無いだろう。
弟のように感じるザックと何か有るとは思えないが、リックという立派な婚約者がいる以上、最低限の気遣いは必要だろう。
「ベルおねえちゃん、お帰りなさい。あれ?この人誰なの?お客様?」
ザックの登場に人懐っこいレオが興味津々で近づいて来た。
ザックは子供好きなのか、レオの頭を撫で笑顔を向ける。
「よう、ちびっ子、俺は冒険者のザックだ、宜しくな」
「うん、ザックお兄ちゃん宜しくね。でも僕はちびっ子じゃなくってレオって言うんだよ」
「おう、レオか、カッコイイ名前だな、良い男になるぞー」
「えへへ、ザックお兄ちゃんもカッコイイよ」
ザックに座って寛いでいてと言ってみたが、小豆が気になる様で「見ていたい」といって台所について来た。勿論その後ろからレオもついてくる。お手伝いをしてくれるようだ。
二ホンの小豆より一回り大きいと感じるこの世界の小豆を手にし、ベルは早速洗ってみた。
この世界ではどう育てられているか分からない為、ニホンで手に入る小豆よりもより念入りに洗う。
そして鍋に小豆と水を入れ魔道コンロにかけ、火を中火にする。
沸騰したら水を足して再沸騰させる。
あずきの皮のしわが取れてきたらざるに上げ、さっと水洗いしてアクを抜く。
「うおーすげー小豆の良い香りがするー」
興奮して声を上げるザックが面白いのかレオがキャッキャッと喜んでいる。
ベルは二人の仲の良い様子に視線を送りながら、使った鍋をサッとすすぎ、そこにまた水と小豆を入れ、魔道コンロで中火にかけ、やわらかくなるまで煮ることにした。
その間に夕食の準備もする。
ザックに何が食べたい?と聞くと「魚!!」と力強く言われたので、今日のメインは魚料理に決めた。
平民の家には相応しくない程に立派な冷蔵魔道具をのぞけばタラがあったので、ザックが喜びそうな ”煮つけ” を作ることに決めた。
料理が進み部屋の中に醤油の香りが漂い始める。
レオと遊び始めていたザックが驚いた顔をしてベルに近づいて来た。
「ベルさん!もしかして醬油があるの?」
どっきりが成功したようで嬉しい気持ちになりながら、ベルは笑顔で頷く。
「ウフフ、ええ、そうよ、私手作りで私専用のお醬油があるの。ビリジアン王国でも見かけなかったから手作りに挑戦してみたの。本場の味には敵わないし色も少し薄いけど、これでもちゃんとしたお醬油なのよ」
「ふえー、ベルさんスゲー、醬油まで作れんのかー」
ザックは驚くとともにワクワクした顔をベルに見せてくれた。
それだけ二ホン食が楽しみなのだろう。
タラを煮ている間に、煮ていた小豆から出る灰汁を取る。
ザックが灰汁取りを請け負ってくれたので、ベルはその間に他の料理作りを進める。
肉じゃがや、ポテトサラダ、それに出汁を使った卵焼きと、ザックが喜びそうなメニューを選び、ベル手作りの味噌で作った味噌汁も作ってみた。
「ふわー、和食のいい匂いがするー、涎たれそー」
ザックが灰汁を取ってくれた小豆は弱火にしておき、その間に食卓の準備を行う。
こちらはレオが慣れた手つきで手伝ってくれた。
ミアとルカが上がって来る前に涎を垂らしそうなザックに「先に食べる?」と聞いてみたが、皆と一緒が良いというので二人を待つ間にザックとレオにプリンを出した。
「食事前だけど、今日は特別ね」
レオは「やったー」と喜び、ザックはプリンを掲げフルフルと震えだした。
「プリンだ、プリンがあるよ、プリンだよ」
ザックは涙目になりながらプリンをゆっくりと食べ始める。
一口一口じっくりと味わうように食べる姿を見ると、これまでの食生活の苦しさが伝わってきて、胸が痛み気の毒になってしまう。
「ねえねえ、ベルさんってもしかして元料理人?すっごい料理に詳しいよねー」
うっとりとプリンを見つめながら話しかけてきたザックに、ベルは洗い物をしながら答える。
「うーん……それがね余り詳しく覚えてないの、以前の自分自身のことは勿論分からないし、詳しく覚えていたのは料理とゲームのことだけね、後はあまり記憶に残ってないの」
「そうなんだー、じゃあ他のことに関しては俺のが詳しいかなぁ?」
「ええ、きっとそうね。でも自分が食いしん坊だったって事は確かだと思うわ、美味しいものがが好きだから」
「アハハ、それ、まじでそうかもー。でも俺的には有難いけどねー」
ザックとレオがプリンを食べ終わる頃、仕事を終えたミアとルカが居住区へと上がって来た。
「お疲れ様」と二人に声を掛け、早速食卓を皆で囲む。
普段ならばお茶の一杯でも先に二人に出すところだが、今日はご飯を待ちに待っているザックがいるのですぐに夕飯だ。
「いただきます!」
パンっと手を合わせ、ザックはメインのおかずに手を伸ばす。
タラの煮つけは気に入ったようで目をつむり無言で食べている。
どの料理も大事そうに、味わうように口に運ぶザックを見て、料理を作ったベルだけでなくミアやルカまでも何故か緊張気味な表情となっていた。
そして一通り料理を口に運んだザックが言葉を発した。
「美味い……まじで、うまいよ……ベルさん……」
食べながら涙を流し始めたザックを見て、胸が痛くなる。
ベルは悪役令嬢として辛い思いを十分にしてきたが、食事は自分で何とか出来た。
でもザックは、ゲームに関わらないようにと怯えながら生きていた上に、前世の記憶を強く持ちながらこの世界の味に無理矢理合わせるしか無かった。
前世の記憶がなかったならば、きっとザックも苦しむことは無かっただろう。
だけど記憶があったからこそ、聖女と関わらずに生きていられた。
きっとベルが思うよりもザックはずっと故郷の味が恋しかったはずだ。
ベルよりも前世の記憶が強い分、ザックは二ホン食に思い入れがあったはずだから。
「ザック、いつでもご飯を食べに来て頂戴、遠慮はいらないわ。私が貴方の好きなものを沢山作るから、ね?」
「うん……うん……有難う……ベルさん……ありがと……」
味が分からなくなるのは嫌だからと、溢れる涙をぬぐったザックは深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。そんなザックの姿を見ていると、愛おしくって可哀想で、なんだか自分がザックの姉か母のような気持ちになっていた。
守ってあげたい。
この世界ではベルよりも年上で力もあるザックに対し、ベルはそんな気持ちを持ち始めていた。