表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/110

冒険者とあんぱん②

「へっ?えええっ?あ、悪役令嬢のイザベラ・カーマイン?!えっ?えええっ?!な、なんで?なんで悪役令嬢のイザベラがここにいんのぉ?!」


 ザックこと特級冒険者であるアイザック・オランジュの驚きように、ベルはやっぱりと内心で頷く。


 珍しい髪と瞳の色。

 若くして特級冒険者になれるほどの類稀なる能力。

 そして誰が見ても美男子だと思われるその顔の造形に、ベルはやっぱり攻略対象者であったかと納得していた。


 貼り付けた笑顔のまま驚くザックをただ見つめていると、ベルを守るかのようにミアがザックに一歩近づいた。それも怒りを浮かべた表情で。


「ちょっとザック様!悪役令嬢だなんて、私の大切なベルさんになんて酷いことを言うんですか!いくら特級冒険者だって言って良いことと悪い事が有りますよ!そんな酷いことを言う人はこの店を出禁にするし、豆も受け取りません!それにベルさんが許したとしても私が許しませんからね!」


 ザックの【悪役令嬢】という言葉にミアが大きく反応し怒りを露にする。

 店内にいる客たちもこの時間は常連客が多いため、ベルを貶めたと思ったのかザックを見て嫌な顔をするものもいた。


「ミア、ミア、私は大丈夫だから落ち着いてちょうだい」

「でも!」

「本当に気にしていないから、ねっ」


 あれ程ザックへの憧れっぷりを見せていたミアだったが、それよりもベルが酷いことを言われたことが許せなかったのだろう。ザックを見る目が敵を見る目に変わっていた。


(ミアにとって憧れのザック様よりも私の方が大事って事かしら……)

 

 人に好意を向けられることに今だ慣れていないベルは、妹分の行動に頬が緩み嬉しくなる。

 悪役令嬢と呼ばれザックに対する警戒心が生まれていたが、今はそんな気持ちもどこかへ吹き飛んだ。それ程ミアの行動は嬉しくくすぐったいものだった。


(悪役令嬢と呼ばれても、もう私は大丈夫ね)


 今自分の側には何の見返りもなく心配してくれる人がいる。


 婚約者であるリックは勿論。

 ミア、ルカ、レオに麦の家の常連客。

 それに心配症なウィルスタリア公爵家の家族たち。


 ミアの行動がその事を思いださせ、ベルの不安な気持ちを落ち着かせてくれた。



 ざわざわとする店内を見渡し、ベルはオーナーとしていつも通りの笑顔を浮かべた。

 もう貴族的な笑顔ではない。自分には味方がいるからこそ安心が出来た。


 それに店の為にも特級冒険者であるザックともめる訳にはいかない。王族にも一目置かれる存在。麦の家を守る為にも、ベルはザックと向き合うことに決めた。


「あのね、ミア、そう、昔読んだ本にね、悪役令嬢イザベラっていうお話があったのよ」

「……悪役令嬢イザベラ?」


 怪訝そうな表情になったミアにベルはニコっと笑い返す。

 ベルの突拍子のない言葉にミアは半信半疑だ。


「ふふふ、そうなの、悪役令嬢イザベラ。その本の主人公の髪色や瞳の色が私に似ていてね、きっとザック様はその本を思い出したんだと思うの、だって私だって初めてその本を読んだ時には驚いたんだもの」

「そ、そう、なんですか……?」


 本当に?と疑問を浮かべたままミアはザックを見る。

 ベルは「きっとそうよ」と言いながら、ザックに視線を送り(話を合わせて) と念じてみた。


 どうやらベルの願いは上手くザックに伝わったようで、ザックはハッとすると「そうそうそうなんだよねー」と頭を掻きながら笑い出し、店内にはホッとした空気が流れだした。


「あー……えっと、イザじゃない、えーと、ベルさん?だっけ?」

「はい、ベルと申します」

「あー、その、急に悪役令嬢とか言ってごめんね、マジで悪かった」

「いえ、私は気にしていませんから、大丈夫ですわ」


 ザックが素直に謝った事で、ベルたちに集まっていた視線は離れて行く。

 取りあえず今のところ(・・・・)ザックはベルにとって悪い人では無いようだ。

 謝ってくれたことでその事が分かりホッとする。


 それにもしザックが攻略対象者であったとしても、聖女はもうセルリアン王国の王子であるクリスタルディを相手に選んだのだ。今更何かおきたりはしないだろう。


 それにあの物語は学園内での恋愛が中心。

 今更ザックが登場したとしても、もう出番を終えた悪役令嬢であるイザベラにはなんの影響も無い様に思えた。


「ザック様、本日は私にお話があるそうですね。珍しい豆をお持ちだとか、宜しければ奥の応接室でその件についてお話させて頂けませんか?」

「あ、ああ、勿論だよ。願ったりだ」

「ではこちらへどうぞ」


 まだ少しだけ心配気なミアがこっそりと「私も行きますか?」と聞いてきたが、ベルは首を横に振る。

 これから夕方の忙しい時間を迎えるのだ。店にはミアがいなければ困るだろう。


「扉を開けておくから大丈夫よ」


 ミアを安心させるため、ベルは優しい笑顔を意識してそう声を掛けた。ルカにも視線でお願いしておく。


 今現在ベルは貴族令嬢に戻ったので、異性と個室で会う時は基本扉を開けておくものだし、面会時は護衛やメイドなどの人が付く。


 けれどここは庶民が集まる麦の家。

 ベルも平民らしく一対一でザックと向き合うことにした。


 内心ザックとは扉を閉め、ジックリと話し合いたい気持ちもあるが、そこはまた落ち着いてからでもいいかもしれない。


 そしてお茶を乗せた盆をテーブルに置きながら、ザックに声を掛けた。


「さあ、どうぞザック様お座りください」

「あ、ああ……」


 ザックはぎこちない動きでソファへと腰かけベルと向かい合った。

 何だか気まずさが残る雰囲気の中、先に声を出したのはザックだった。


「ベルさん、あんた、もしかしてニホンって国の記憶あったりする?」


 最初から確信を突いて来たザックに、ベルは貴族らしい笑みを浮かべた。

 密談はまた今度と思っていたが、ザックはそういう考えでは無かったようだ。


(さて、どうしましょうか……)


 きっと二ホンなど知らないと誤魔化すことは出来るだろう。

 だけど目の前で期待のこもった表情を浮かべているザックを見ると、知らないとは言いづらい。


 ベルがまだイザベラだったころ。

 なんで二ホンの記憶を持って生まれたのだろうと、自分の未来を思い神を恨んだものだ。


 破滅へと進んでいるのを知りながらも、その道を進むしかない辛さをベルは知っている。


 もしザックがベルと同じ気持ちで育っていたのなら?


 誰にも話せない辛さを抱えていたのなら?


 ベルには今、何でも話せるリックがいるが、今も尚ザックがこの世界に怯えているとしたら?


 ベルは乞うような視線を向けるザックを見ながら、覚悟を決めた。


「……ザック様、私はニホンを知っています。少しだけですが以前の記憶も持っています」


 ベルが声を潜めそう伝えると、ザックは「はははは……」と力なく笑いながら涙を流した。


「ははは……うっ……よ、よかったー、ははは、仲間がいたよー」


 顔を覆い泣き出したザック。

 ザックが良かった良かったと口にするたびに、彼の心の痛さを感じた。


「大丈夫よ、私は貴方の味方だわ」


 悪役令嬢時代一番言って欲しかった言葉をザックに投げかける。

 ザックはもう我慢できなかったのだろう、大きな声を出し泣き出してしまった。


 そんなザックに手拭いを差し出し、ベルは背中を摩る。

 泣き切った方がスッキリすることはベルが実証済みだ、ここまでの苦労を全て吐き出してしまえばいい。


「ベルさん?」


 ザックの泣き声が聞こえたのだろう、厨房からやってきたルカが心配そうに応接室を覗いて来た。


 ベルは首を振り大丈夫だと答えてみせた。

 それだけでルカは何か理由があるのだと分かってくれたのだろう、一つ頷くと厨房に戻りその後応接室には誰も来なかった。







「俺さ、十歳の時に前の記憶思い出したんだけどさ……そん時は誘拐されたって思ってたんだ……」


 涙が落ち着き始めたザックは、ポツリポツリと自分の出自を話し始めた。

 生まれはベルの故郷と同じセルリアン王国の孤児院。

 ザックは赤ん坊の時に捨てられた子供だった。


 以前の記憶を取り戻したザックは元のザックとしての記憶が消え、突然見ず知らずの場所に放り込まれたのだと思った。

 周りを見ればボロボロの服を着た子供ばかり。

 そして自分も何故か同じような服を着ている。

 

 食事はお世辞にも美味しいとは言えない物。

 お粥が贅沢だと思えるような代物だった。


 それに部屋だけでなくテーブルやベッドまで不衛生で気持ち悪い。

 トイレだってその辺でしろと言われる始末。


 絶対に誘拐され異国に売られたんだ、ザックはそう思ったそうだ。


「だけどさ、ガラスに映った自分の姿を見て驚いたんだ」


 孤児院に高価な鏡などある筈もなく、ザックは暫く自分自身の変化に気が付かなかった。

 でも気持ちに余裕が出来始めて自分を見て驚く。

 髪色が違うどころか別人と言える容姿。

 少し縮んだような気がしていた体は、本当に小さくなっていた。


「ベルさんはさー、アイザック・オランジュって知ってる?」


 ベルは少しだけ返事に困る。

 ザックの質問が冒険者のアイザック・オランジュのことではないことは分かっている。


 そしてザックの生まれがセルリアン王国だと聞いて、『オランジュ家』ならば知っているからだ。


「……セルリアン王国でオランジュ家は伯爵家よ。でもアイザック・オランジュは知らないわ」


 正直に答えたベルにザックはそうなんだと笑う。

 

「アイザック・オランジュってさ、乙女ゲームの隠れキャラなんだよね」


 ザックのその言葉を聞いて、ベルはやっぱりそうだったかと納得出来た。


「伯爵家の隠し子で、孤児院育ちで、将来は暗殺者。俺乙女ゲームの内容ねーちゃんのお陰で知ってたけどさ、アイザック・オランジュのこと知らなかったらやばかったなぁって思うんだよね……」


 普通にニホンで生活していた男の子が、暗殺者になどなれるわけがないとザックは笑う。

 孤児院での生活も最悪だったけど、自分の未来はもっと糞だなって思ったそうだ。


 でもザックはゲームの内容を知っていたおかげで、自分が魔法を使えることが分かっていた。

 その力を使い孤児院を抜け出し、すぐに冒険者になったそうだ。


「20歳過ぎるまでは絶対にセルリアン王国には近づかないって決めてたんだ。そしたら聖女と出会う事もないだろう?ゲームの力で恋愛するって最悪じゃん。それも俺、聖女を殺す為に近づくんだぜ、そんなの絶対に無理ってそう思ったよ」


 隠しキャラであるザックの攻略はかなり難しいそうで、聖女が攻略対象者達全ての好感度を平等に上げていないとダメだったらしい。


「攻略されないまま聖女の暗殺を失敗すると俺は死ぬんだ、そんなの最初から聖女に近づかない方が正解じゃん?例え聖女が二ホン出身でもさー、会いたいとはどうしても思えなかったんだよねー」


 ザックの話にベルはなるべく口を挟まず相槌だけにした。

 ザックはベルに何かを言って欲しいのではなく、ただ誰かに話を聞いて欲しいだけ、そう感じたからだ。


「この前初めて麦の家のパンを食べてさ、俺スッゲー驚いた。二ホンのパンじゃんって一人で突っ込んじゃったよ」


 仕事が帰りに匂いに釣られ、何気なしに麦の家にやってきたザック。

 その美味しそうなパンを見て、思わず購入しすぐにイートインスペースでパンを食べた。


 そしてその瞬間、衝撃を受けた。


 見た目だけじゃなく、麦の家のパンは味までニホンのパンと言えたからだ。

 嬉しいことにザックは麦の家のパンに一目ぼれした、とそう言ってくれた。


「めっちゃ美味かった!人がいなかったら俺泣いて叫んでたね、絶対!」


 そう言ってベルに笑顔を見せるザックはベルよりも年下に見える。

 前の自分に引きずられているのかも知れない。


「フフフ、有難う。そう言って貰えて嬉しいわ。ここまでのパンに仕上げる為に私も結構頑張ったのよ。だから褒められて嬉しいわ。この世界では食材探しも大変だったんだから」


 ザックの言葉に釣られ、ベルも砕けた口調になる。

 見た目はベルよりも年上に見えるザックだが、その話方から年下の男の子のようで可愛く感じる。


「だよね!だよね!俺それ良く分かるわー!」


 ベルの言葉に共感し笑うザックにはもう涙の痕など残っていない。

 やっと安心できる相手が出来た。

 ザックの笑顔はそう言っている気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ