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騎士へのお礼とカレーパン②

「ベル、良く来てくれたね」


 案内された場所は尋問室や調査室などではなく第三騎士団長であるリック専用の応接室だった。部屋へと通されると、時間をおかずリックがやって来た。

 普段の通勤時の服装とは違い、キッチリした騎士服を着たリックはイケメン度が数倍上がっているように見える。

 鍛え抜かれた逞しい体に、紺色の騎士服。

 その上優しい笑顔付きなのだ。ときめかないほうが可笑しいと言える。

 美男子を見慣れているベルから見てもリックはイケメンであり、自分の好みのタイプだといえる。

 なのでそんな彼の笑顔には物凄い破壊力がある。いや、先日の出来事があってからベルの情緒は少々不安定なのでそう感じるのかもしれない。以前ならば表情に出さずやり過ごせていた事が出来ていない。


 この国定番の告白に使うピンク色のチューリップの花を思い出す。


 今目の前にいるリックがベルに思いを寄せているかもしれない。

 夕食に誘いたかったとは、つまりそう言う事なのだろう。


 嬉しいような、恥ずかしいような……そしてちょっとだけ怖いような。


 リックへ挨拶を返す自分の笑顔は可笑しくないだろうか、自然な笑顔を作れているだろうか。


 そしてそんな乙女心がまだ自分の中にも残っていた事に内心驚くベルだった。




「イーサン……なんでお前がここにいる……」


 部屋へやって来たリックを迎えるために立ち上がったベルから視線を外し、副団長のイーサンが部屋にいることにやっと気が付いたリックが、唸るような声を出し眉間にしわを寄せる。


 どうやらベルのお迎えはイーサンが勝手に行った事らしい。本来は別の騎士が迎えに来る予定だった様だ。

 確かに平民の出迎えを副団長自ら行うのは過分過ぎる対応だ。それも大店の商人ならまだしもベルはパン屋の女主人。

 立ち上がったベルとは違い堂々とソファーに腰かけたままのイーサンはそんなリックの様子が可笑しかったようで、顔を手で隠し肩を揺らすほど笑っている。彼の話し方から感じてはいたがちょっぴり子供っぽい雰囲気の青年のようだ。でも笑いながらもリックの言葉に頷いているので一応は返事をしているようだ。


 そんなイーサンを睨みつけながら何故か耳まで真っ赤になったリックはベルに席へ着くようにと促す。大人の男性同士のじゃれ合いを微笑ましく感じながら、ベルはまだ笑い続けているイーサンの横へと礼を言いそっと腰かけた。


 すると何故かリックの目に益々力が入った。

 イーサンを睨みつける目がとても怖い。

 どうやら当たり前の様にベルの横に座っているイーサンが気に入らないらしい。

 そんな些細な事で機嫌を損ねたリックにベルはちょっとだけ嬉しくなった。

 子供っぽい様子も可愛いと感じる。


(やっぱり私少し毒されているのかも……)


 淡い恋心を毒だとまだ感じてしまうベルだった。




 リックは赤い顔のままゴホンッと咳ばらいをすると、自分のソファーを叩きこちらに来いと無言でイーサンを呼び寄せた。そしてまたわざとらしい咳ばらいを一つすると、普段の笑顔をベルに向けた。


「ベル、急に呼び出して済まなかった。店を休ませてしまっただろう」

「いえ、こちらがお世話頂いているのですから当然のことです。それに先日のことは常連客の皆さまも心配して下さっていますから、詳しいお話を伺えることはとても助かることですわ」


 ベルがそう答えると、リックの笑顔が深まり、イーサンは感心したように目を見張った。


 もしかして平民女性にしては生意気な返答だったかしらとちょっとだけ不安になったが、今更出した言葉を消す事は出来ないし、表情には出さないでおく。

 それとともにふとこんな生意気なところが彼の方達は嫌いだったのでしょうねと、少し嫌な記憶が蘇ってしまうが、それも心に押し込んだ。

 

 ベルの目の前でリックは数枚の紙を取り出し、テーブルに置く。

 促されたため書面に目を通すと、店で騒いだ男への処分が書かれていた。


 男性は男爵家の八男坊だったようで一応貴族出身ではあったらしいが、平民に近い存在だった。

 本人はエルク男爵家の執事だと名乗っていたがやはり下男だったらしく、身分詐称の罪となる。

 そして店の商品を駄目にしたことへの賠償も書かれている。

 ベルへと暴力を振るおうとしたことは未然に防げたため書かれてはいないが、まあ例え暴力を振るわれたとしても罪に問えたかは分からない。平民の扱いなどそんなものだ。

 そして結果あの男性は暫くエルク男爵家の領地で無賃金で下働きをさせられ、実家へと戻されるらしい。


 下働きはエルク男爵の名誉を傷付けた迷惑料支払いといったところだろうか。どれほど時間がかかるかは分からないが、きっちり搾り取られるだろう。

 それにその後実家へと帰されるそうだが、それは不名誉な事だった。

 きっと貴族籍も抜かれるだろうし、平民に落とされる事は目に見えている。

 今後貴族家には仕えることは出来ないだろうし、実家の名を使うことも叶わない。


 平民女性に対する罰としては重過ぎると言える罰。

 そこはエルク男爵へと迷惑かけたことを重視し責任を問うてくれたのだろう。


 何よりもあの男性は二度と王都には戻れない。エルク男爵に顔向け出来ないからだ。

 つまりベルの前にも現れないということ。いくら慣れているとはいえ圧が強い男性にはやはり心が痛む。

 もう会わなくて済む。それに何よりホッとしたベルだった。


「これはエルク男爵から君への手紙だ。詫び状とも言える」

「まあ、男爵様から」


 爵位を持つ男性が平民に詫び状を書く。

 それは普通では考えられないし、ベルの故郷ではあり得ないことだろう。


 リックとイーサンへ許可を取り、その場で手紙を読ませて貰う。

 そこには守るべき女性であるベルへと恐怖を与えた詫びと、自家の下男が起こした事件への詫び、そして商品を駄目にしてしまったことや店へ迷惑をかけたことへの詫びがぎっしりと書かれていた。

 

(もしかして大叔母様が何かしたのかしら?)


 そんな嫌な予感が浮かぶほどエルク男爵からの手紙は過分すぎる内容だった。




「賠償金は商業ギルドの君の口座へと振り込まれる。金額はこちらだ」


 書類を見せられ目を見張る。

 あの男性が駄目にした商品の10倍以上、いや、100倍に近い金額だったからだ。


「リック様、これは多すぎます。これでは私が悪者みたいですわ」


 ベルはそう言って書類をリックへと戻す。

 これではぼったくりだ。とてもサイン出来ない。

 だがリックは首を横に振る。

 これはあの男の賠償だけでなく、エルク男爵の名誉を回復させる為の金額でもあるからだ。


 不名誉な噂が広がれば社交会で簡単に爪弾きにされる。

 男爵など地位の低いものからすれば命にも関わること。


 平民を大事にし、女性を敬う。


 下男が起こした事件にキチンと対応した。エルク男爵にはそれこそが欲しい事実なのだ。


「エルク男爵には年頃のお嬢さんがいる。一人娘だ。なので尚更下手な噂話は困るそうだ。お嬢さんの婚姻にも関わってくる事だからね」


 なるほどとベルは頷く。

 それにもしかするとあの下男は婚約者候補の一人だったのかも知れないと、貴族関係に詳しいベルはそんな事まで想像してしまう。


 金額に納得したベルは分かりましたと言って書類にサインをした。

 目の前にはホッとしたようなリックの姿があり。自分の為に奔走してくれたのだろうと分かった。


 何も見返りを望まず大事にされる。


 心の中がくすぐられるような不思議な感覚がして、思わずリックから視線を逸らしてしまった。

 リックの優しさや気遣いが嬉しく、口元がどうしても緩んでしまう。


(この国に来て良かった)


 ベルは本心からそう思っていた。



「ベル、気軽に聞いて欲しい。私から提案があるんだが、いいだろうか?」

「はい、なんでしょうか?」

「店に住み込みの従業員を雇ったらどうだろうか? 君は一人であの店に住んでいるんだよね? 今回の件もあったし、また同じような事があるかも知れない。この国は他国に比べ治安が良いとはいえやはり女性の一人暮らしは心配だ。それに君は美人だしその上君の店はとても繁盛している。今回の事で貴族までもが望む品が並ぶ店だと麦の家の噂はますます広まるだろう。それは危険が増すし、何より……」


 そこでリックの言葉が止まり自然と視線が合う。

 リックの頬が段々と赤くなるのを見て何故かベルの頬にまで熱が溜まるのを感じた。貰い赤面だ。

 先に見つめ合いに負けたのはリックの方だった。

 ベルから視線を逸らすと「自分が心配だから」と小さな声で呟いた。

 それが何だか可愛らしくドキリと胸が鳴る。


 リックは急に頭を抱えたと思うと「いや、男を雇ってもそれはそれで心配なんだが」と今度はブツブツと呟きだした。

 美丈夫の可愛い姿とは衝撃が強すぎる。なんて愛おしいのだろう。


 ベルはどうにか平常心を装い善処しますと頷てみせたが、今度こそ気のせいとかでは絶対になく、自分の顔が赤くなっているのをハッキリと感じた。


 リックが自分に好意を寄せている。


 それはそんな疑問が確信に変わった瞬間だった。



「ブッフッ! リック、ブフフフ〜」


 返事の後しばらく無言で見つめ合っていたリックとベルは、吹き出した第三者の声でハッとする。

 この部屋は二人きりではなくイーサンもいたのだ。ベルはなんだか居た堪れなくなり、熱い頬を押さえ俯いた。リックは笑いだしたイーサンをギロリと睨んでいるが顔が真っ赤な為余り迫力がない。


(消えてしまいたい)


 故郷にいた時と同じ心境になったベルだが、その想いは幸福感に包まれていた。


 そしてこの部屋に漂っていた甘い甘い雰囲気は、イーサンが笑い終わるまで続いたのだった。

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