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従業員とビスケット【前編】

 それは麦の家の定休日。

 店主のベルがリックとのデートに出掛け、それを見送ったミア、ルカ、レオはパンの研究をしたり、部屋を片付けたりと、自由に休日を過ごしていた。


 午後のオヤツ時間になると、自然とリビングに集まる。今日のオヤツはビスケット。ベルが焼いてくれたものだ。


「ベルさん、リック様と楽しんでいるかなぁ、あー、早くあの二人が上手くいってくれるといいけど」


 仲の良い二人の姿を思い出し、ミアがそう呟く。

 美男美女でお似合いの二人。てっきり恋人同士かと思いきやただの友人だと言う。


「貴族と平民だとなかなか難しいみたいだよ」


 ミアがなんで付き合ってないんだろうと呟いた時ルカが言った言葉だ。

 ルカはミアより年下だけど早くから外に出て働いていたぶん色々な事を知っている。なのにそれを鼻にかけたところもなく、謙虚で優しい。

 弟の面倒も嫌がることなく受け入れ、麦の家では仕事熱心で真面目、尊敬する気持ちでいっぱいだ。


(ルカって絶対いい旦那さんになるよねー)


 まだ少し幼さの残るルカの顔をジッと見つめる。

 リックのように物凄いイケメンではないが、性格の良さが滲み出ている優しい顔立ちだ。


「ミア、俺の顔に何かついてる?」


「えっ?」


 思わずジッと見つめていたので流石にルカも視線に気が付いたらしい。


「あ、うん、ごめん、ビスケットが……」


 誤魔化すようにルカの口元にあったビスケットのカケラを取り、パクッと食べる。焦った故にレオにやる対応をとってしまった。

 

「あっ」


 ルカの顔が赤くなっていくのを見てミアも恥ずかしくなる。


「ありがとう」

「ど、どういたしまして」


 何でもない風に装うがルカの顔が見れない。


「おにーちゃんもミアおねーちゃんも仲良しだねー」


 楽しそうに笑うレオの口を縫い付けたいと思ってしまった。




 そろそろ夕食の準備を始めようと皆でキッチンへ向かう。


「リック様も来るかしら?」


 今日のデートは湖に行くと言っていた。


 帰りは素敵なレストランにでも寄るだろうか。

 でもリック様はベルさんのご飯を食べたがるかしら。


 そんなことを考えながら、下準備をしようと野菜を出していると今度はルカがミアを見ていた。

 何か間違えた? 手元の野菜に視線を送る、別に可笑しいところはない。


「ルカどうしたの?」


 ミアが話しかけると、ルカは口を開けたり閉じたり。ちょっと魚みたいで面白い。


 あ、湖だし魚料理もいいかも。

 前にベルさんがコアユを揚げてくれた料理が美味しかったし。


 魚っぽいルカに意見を聞こうと思ったら、ルカのほうから話しかけられた。


「ミアは、リック様みたいな人が好きなの?」

「え?リック様?うん、確かに素敵だなって思うけど、リック様と付き合いたいとかは思わないなー」


 て言うかどう考えても無理だ。

 あれだけベルに夢中になってる人に恋をしようとも思わない。

 観賞用。

 ああいう男性は見ているだけで十分。

 ミアはそう思う。


「じゃあどんな人がいいの?」


 これには返事に困る。

 姉の婚約者になった男に恋心を抱いた事があるミアとしては、自分は見る目がないとそう思っているからだ。


「うーん……料理が好きでー」

「うん」

「優しくってー」

「うん」

「それでいて……」

「うん?」


 そこまで言いかけて、ルカと恋バナをしている事が何だか急に恥ずかしくなった。


 料理が好きで優しい人。

 その要望は目の前にいるルカであり、ミアの希望その通りになる。


 それに続きの言葉は自分を愛してくれる人。


 そんな事言えば何だか告白みたいだ。

 もう職場恋愛なんてこりごり、そう思っていたのに何をやっているんだ自分。


「もう、ルカ、私の好みなんていいよ、それよりルカは? どんな人がタイプなの? ベルさんみたいな人かな?」


 誤魔化すようにそんな言葉を投げかける。

 別に告白したわけではないのに何だか頬が熱い気がする。


「俺は――」


 ルカがミアを見ながらそう言いかけた時、ドンドンドンと大きな音が下から聞こえて来た。


「えっ? 誰か来た?」

「居住区用の玄関の方だ」


 居住区側の玄関は外から見て一見分からないようになっている。

 近所の人なら知っているかもしれないが、声を掛けるのなら店側の入口を叩くはずだ。


「おにーちゃん、僕が見て来るよ」


 ピョンッと椅子から飛び降り、玄関へ降りる階段へ向かおうとしたレオを「ダメだ」と言ってルカが止める。


「俺が見て来るから、二人はここで待っていて」


 自分だって怖いはずなのに、ルカはミアとレオを守るように階段へ向かう。

 手にはいざと言う時用と言って、ベルが準備しておいた痺れる魔道具を持っている。

 ルカったらカッコイイじゃないか。

 こんな時なのにそんな事を考えてしまう。


 ミアはフライパンを持ち、レオはお玉を持った。

 来るなら来い! やっつけてやる。

 そんな強気でいたのだが、下へ降りたルカからの「ミア、レオ大変だ! ベルさんが襲われた!」という叫び声が聞こえ、ミアはレオの手を引き階段を駆け下りた。


「イザベラ様はご無事です。ですがお三方にはウィスタリア公爵家へ来ていただきます」


 覆面をした男性に有無も言わされず豪華な馬車へと押し込まれた。

 紋章は本物だったけれど、信用して良いのかちょっと怖い。


「椅子がふかふかだねー」と呑気な声を出すレオが羨ましい。


 ウィスタリア公爵家とベルが繋がりがあることは聞かされていたが、まさか自分達が公爵家の敷地に足を踏み入れることになるとは思わなかった。

 マナーがなっていないと笑われたらどうしよう。


「ミア、大丈夫だから。ベルさんはきっと大丈夫だから」


 ベルのことは勿論心配はしているが、リックと一緒だったことと、先程の男性の無事だという言葉を聞き、ミアはもうそれほど心配はしていなかった。


 そう今は公爵家へ行く方が心配で、顔色が悪いのだ。

 だけどそんな事は知らないルカは、ぎゅっと手を握りミアを励ます。

 やっぱりカッコいいじゃないか。


(あ~あ~もう恋なんてしないって決めたのにな~)


 そう思うこと自体手遅れだとミアには分かっていた。








「ベルさん!」


「ミア、ルカ、レオ、心配を掛けてごめんなさいね」


 お城のように大きなウィスタリア公爵邸に着くと、朝とは違うドレス姿になったベルが出迎えてくれて、色々な意味でホッとする。


「怪我は? リック様は? 無事なんですか?」


 心配するミアとルカ、レオにベルは優しい笑顔を掛けてくる。


「大丈夫よ、リック様が守って下さったの」


 微笑みながらそう答えるベルはどこか嬉しそうだ。

 ああ、これは上手くいったんだなと女の勘が働いてミアの顔にも笑顔が浮かぶ。


「リック様は王城に向かったの、ロナルド様……公爵様とのお話があってね」


「イザベラ、まだそんなところで立ち話をしているの? お客様をおもてなししなきゃ駄目じゃない」

「叔母様」


 ベルと玄関先で話をしていると美し過ぎて直視できないような美女が優雅に階段を降りて来た。

 ベルが「叔母様」と呼んでいる事からこの女性が前公爵夫人だと分かり、慌てて膝を折り頭を下げる。ミアの隣ではルカがレオの頭を押さえ深く深く頭を下げている。当然だ。


「もう、イザベラ、叔母様ではなくってお義母様でしょう。ほらほらあなた達も、そんなところで頭を下げていないでこちらにいらっしゃい。美味しいお菓子を準備してるのよ。一緒にお茶でも飲みましょう」


「お菓子?!」

「レオ!」


 お菓子と聞いてレオがルカの手から逃げ出す。

 公爵夫人へ駆け寄ろうとしてそれをルカが慌てて止める。


「あらまあ、かわいい子ね。お名前は?」

「レオです!」

「レオって言うの、いいお名前ね。私はマティルダよ。今日からイザベラのお母様になったの、宜しくね」

「え、ベルおねえちゃんのお母さんなの? すごーくキレイ! 僕おねえさんかと思ったー」

「あらまあ、レオは素直ないい子なのね。気に入ったわ。私の隣でお菓子を食べなさい。好きなだけ食べて良いわよ」

「わああ、マティルダさま、ありがとうー」


 レオと手を繋ぎ歩くマティルダの後について行く。

 一瞬で公爵夫人と仲良くなるそのスキル。

 羨ましいを通り越して怖いよレオ、とミアは内心呆れていた。



「さあ、どうぞ、イザベラに考案してもらったウィスタリア公爵家のビスケットよ、紋章入りなの」


 先程まで食べていたコインサイズのビスケットとは違い、赤ちゃんの手のひらほどあるビスケットには鳥の紋様とウィスタリア家の名が書かれていて、高級感が漂っていて味がわからない。


「ベルおねえちゃんの味がするー」


 味が分かる男はモテるのよとレオを撫でながら微笑む公爵夫人を見て、ミアはなんだか胸が痛くなってきた。色々な意味で。

 隣を見ればルカが胃の辺りを押さえている。気持ちは分かるし同士だと思った。そんなルカを励ますように背中をそっと摩って上げる。いつも優しいルカの笑顔は引き攣っていた。





「実はね、私、リック様と婚約することになって……」


 一息ついたところでベルが婚約の話を持ちだし、ミアもルカもレオも「おめでとうございます!」と喜ぶ。

 ああ、だから「お義母様」になったのか、とミアは納得する。


 平民が貴族と結婚することはビリジアン王国ではさほど珍しい事ではなくなった。けれど侯爵家の息子相手では中々に大変だろうと、そんな事情はミアでも分かる。


「実はね、私、元婚約者から婚約破棄をされたことがあって――」と、そんな言葉で始まったベルの話は、ミアが想像する以上に酷いもので、こんなに素敵な人を追い出すなんて!と行った事もないセルリアン王国の人間が大っ嫌いになる程だった。


 それでも今のベルが笑っている事が嬉しい。

 辛い事が有っても幸せそうに微笑んでいる姿が羨ましい。


 自分もまた恋をしていいのかな?


 喜ぶベルとそれを嬉しそうに見つめるルカを横目で見ながら、ミアはそんな事を考えていた。



「それでね、麦の家をミアとルカに任せたいと思って、店長はミアでいいかしら?」

「えっ?」


 突然のことに驚く。

 確かにベルが居なくても店は何とかなるかもしれないが、店長を引き受けるのは話しが違う。

 それに男であるルカの方が店長は良いのではないか、とそう思ってしまう。


「勿論、急にじゃないわ。結婚までは今まで通り私も店には出るし、結婚後も裏方の仕事は続けるつもり。でもね、できれば店長はミアに引き継いでもらいたいの、なるべく早めにね」

「え、でも私じゃーー」


 実力が足りない。


 ミアは常に姉と比べられていた。

 出来の悪い妹と、出来の良い姉、そう言われ続けて来た。

 だから店長をと言われても自信がない。

 いや自分自身に自信が持てない。

 失恋をしてから尚更だ。


「ミアなら絶対に大丈夫です!」


 後ろ向きな気持ちで俯くミアの背中を押したのはルカだった。


 ミアは計算も出来るし、料理も上手い。

 その上ベルの味のパン作りもミアは全てマスターしていると、ミアを見つめながら大絶賛。何の拷問かと思う程胸が痛くなる。


「どうかしら、ミア、店長を引き受けてくれる?」


 こういう時ベルさんの顔はずるいと思う。

 そんな可愛い顔をされたら断れるわけがない。


 ミアは苦笑いで頷く。


「はい、お受けします。だってルカやレオも手伝ってくれるみたいだし」


 期待を込めてそう言えば、二人は「勿論」と頷いてくれてとっても頼もしい。


 きっと自分にはベルと同じことはできないだろう。

 だけどルカとレオがいれば麦の家を守ることはできる。


 頼もしい二人を前に、ミアにはそんな確信があった。


「良かったわ、ミアありがとう。麦の家をどうかよろしくね」

「はい、頑張ります」


  不安だった心はすっかり消え、ミアの心にはただただ楽しみだけが広がっていた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ミアが店長に指名された時に「役不足」とつぶやいていますが 役不足だと「この私に こんな店の店長だなんて バカにしてます?」 という意味になってしまいます この話の流れなら「力不足」か …
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