表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/110

後悔とベーグル③

「……おはようございます……」


「ああ、ローマン、待っていたぞ……って、お前その顔はどうした。酷く腫れているではないかっ?!」


「……父に……父に殴られました……」


「カーマイン侯爵に? 何故だ?」


 数日明けでカーマイン侯爵家の長男ローマンがやっとクリスタルディの執務室にやってきた。


 姿を消したイザベラの情報を掴もうと待っていたのだが、ローマンの酷い有様にクリスタルディは言葉を失った。


 両頬が殴られた様に腫れ、その上イザベラとよく似ていた薄赤の長い髪は平民の男のように短く刈られている。


 着ている服も数日間着ていたことが分かるようなヨレヨレッとした有様で、友人でなければ王太子であるクリスタルディの部屋へ通されることはあり得なかっただろう。

 クリスタルディだけではなくその周りの護衛たちでさえ同情するような姿だった。


「ローマンに直ぐに癒し人を! 着替えや湯浴みの用意もしてやってくれ!」


 使用人たちに声を掛け、ローマンの身繕いの準備をさせる。


 小さく「ありがとうございます」と答えたローマンは倒れるようにソファへと腰かけた。


 どうやら顔だけでなく、体中に殴られた痕があるようで立っているのもやっとという姿に怒りが湧く。


「カーマイン侯爵は何と酷いことを! 私が直ぐに苦情を出す。ローマン安心してこの城にいるが良い!」

「クリスタルディ様、ありがとうございます。ですが……苦情は必要ありません……私は……私がいけなかったのです……姉の優しさに気付かなかった私が……」


 元気なく項垂れるローマン。

 いつもと違いイザベラを乞うようにその名を囁かれ、クリスタルディは驚く。


「ローマン……?」

「クリスタルディ様、きっと私は廃嫡されます……父が私を許すはずがないのです……」

「ローマン何を?」

「姉が、姉上が、私にどれだけのことをしていたのか、そしてカーマイン侯爵家への姉からの利益がどれ程の物だったのか……私は全く気付いておらず、本当に浅はかでした……」


 倒れるように頭を下げるローマン。

 たった数日で何が合ったのだと我が目を疑う。


 ローマンは確か幼いころから体が弱かったはず。

 父からの暴力を受けきっと今は精神も弱っているのだ。


 クリスタルディは幼馴染の変わり様にそう感じた。


「と、とにかく直ぐに癒し人! おい誰かっ!」


 その後ローマンは力なく肩を落としたまま、癒し人に引きずられるように部屋から出て行った。


「カーマイン侯爵に詳しい話を聞かなければ……」


 クリスタルディは友人のあまりに酷い姿に憤りを感じていた。


 聖女を守った仲間であるローマンを廃嫡などさせない。


 クリスタルディは友人を守る為、強い意思を持ってカーマイン侯爵と会うことにした。





「カーマイン侯爵、どういう事だ。ローマンは酷い有様だったぞっ! ローマンはカーマイン家の大切な次期当主だろうが!」


 面会の指定日に、普段と同じキッチリとした様子でクリスタルディと対峙するカーマイン侯爵は、ローマンの名を聞いても顔色をまったく変えなかった。

 まるでローマンに何の愛情も持っていないといった様子で、クリスタルディはこの話し合いが上手くいく気がまったくしなかった。


「殿下こそ、どういうつもりでしょうか?」

「……何がだ?」


 感情のないままに問い返されクリスタルディはムッとする。

 ローマンの為の話し合いの場だというのに、王太子の質問に答えないカーマイン侯爵に憤りを感じた。


「イザベラの事です」

「イザベラ? ああ、アイツは悪女だ、追い出して当然だろう。姿を消したと聞いたが、いなくなってせいせいしているよ」


 本当はイザベラが居なくなり胸に燻りを感じていた。カーマイン侯爵にはイザベラの行方も聞こうと思っていたのだが、ローマンの為、強気の姿をみせる。

 舐められてはならない。自分はこの国の王太子。

 例えカーマイン侯爵がこの国の重要人物であっても、立場は自分が上なのだ。

 それを分からせるためにクリスタルディは嘲笑うような尊大な様を見せた。


「はぁ……クリスタルディ様、貴方は分かっていない」

「な、何がだ」

「イザベラが悪女だろうがなんだろが、あの子は王妃になる。そう決まっていた。それが我が家と王家との約束。取決めなのですよ」


 確かにイザベラは未来の王妃だった。それは婚約という形で決まっていたこと。

 一方的に反故にしたのはクリスタルディだ。それも王やカーマイン侯爵を通さず、勝手に解消してしまった。


 だが、それにはちゃんとした理由がある。イザベラは聖女を虐めたのだ。

 自分は間違っていない、そう思うクリスタルディは勿論反論する。


「……だがイザベラは聖女を虐めた悪女だ。その様な者を誰も王妃だと認めない、国民も、他の国のものだって認める訳が無いだろう……」

「虐め……ですか? イザベラが聖女を虐めた……ふむ、ですが私どもで調べたところその証言は全て却下されました。陛下にも書類として提出致しましたがもしかして聞いてはおられませんでしたか?」

「それは……」


 父からは確かに証言撤回の話は受けていた。

 それを思い出しクリスタルディの顔色は悪くなる。


「だが、聖女本人がイザベラに虐められたと言っているのだ!それこそ証拠だろう!あの夜会の日でさえ聖女は泣いていた。皆も見ていたはずだ!」


 ヒカリが泣く姿を思い出し、カーマイン侯爵へと言い返す、だがカーマイン侯爵の表情は冷たいまま何も変わらない。

 クリスタルディには期待などしていない。

 まるでそう言っているその姿に、あの夜のイザベラを思い出す。


「聖女様の教育は教育者ではなく、何故かイザベラが担当していたそうですね」

「ああ、イザベラは私の婚約者だからな、聖女とは歳も近い、友人になれる、その予定だったのだ」


 最初はキチンとした教育者を準備したが、ヒカリが厳しすぎると泣いて訴えた為、婚約者であるイザベラに頼んだのだ。


 歳も近いだけでなく、同性で、ヒカリもイザベラと仲良くなりたいと言っていたので適任だと判断をした。まさか嫉妬を理由にイザベラが虐めを行うとは思わなかったが、自分の判断は悪くなかったとそう思っている。


「聖女様はイザベラ以外の教育者にも泣いて虐められたと訴えたらしいですね?」

「それは……以前の教育者は厳しすぎたのだ、聖女は間違っていない……」


「さようですか、ですがその教育者との授業も、イザベラとの授業も、側で見守っていた者がいた事をクリスタルディ様もご存知ですよね?」

「あ、ああ、それは勿論だ、その者たちからも証言は取っている、イザベラの教育は行き過ぎだったとな……」


「いいえ、それは違います。私がきちんと調べたところ、その者たちはイザベラや教育者たちが聖女様を虐めたなどとは言っておりません。妥当な教育であった、もしくは優し過ぎるぐらいだと言っております。ああ、勿論殿下が証言を強要した者以外の話ですがね」

「わ、私は、強要など!」


 そこまで言いかけたクリスタルディは押し黙る。

 教育の場を見守っていた本人たちから言い出したのではなく、王族(クリスタルディ)が証言しろと言った時点でそれは強要と取られてもおかしくは無いからだ。


 今更ながら、やり方を間違ったとクリスタルディは気が付いた。

 公の場での断罪。

 言い逃れ出来ないようにイザベラを追い詰めたと思っていたが、どうやら自分自身をも追い込んでしまった様だ。


 愚かな行為。


 クリスタルディはその事に今やっと気が付いたのだ。


「イザベラのことは捜索しております。クリスタルディ様、イザベラが見つかったらどう致しますか?またでっち上げの罪を着せて今度は投獄でも致しますか?」

「……」


「ああ、そうそう、我が家は殿下の後援から手を引かせて頂きます」

「なっ! 何故だ!」

「当然でしょう、先に契約を反故にしたのは貴方だ。カーマイン侯爵家が貴方を守る理由はない。ああ、イザベラが見つかって貴方が頼み込み、それをあの子が許すならば考えてはみますけどね」

「だ、だが、ローマンが、ローマンがいるだろう!ローマンは私の側近だ!私と深い関係にあるのだ!カーマイン侯爵家が手を引く理由が無いだろう!」


 ローマンの名を聞き、カーマイン侯爵はわざとらしく首を傾げる。

 まるで誰だソイツはとでも言っているようで、ローマンが家から切り捨てられた事をハッキリ悟った。


「ああ、ローマンとはあの役立たずの事ですか」

「や、役立たずだと?」

「ええ、役立たずです。幼い頃は病気ばかりでいっそ死んでくれと思っておりましたが、イザベラが薬を作り何とか持ち堪えました。ですがその恩も忘れあの馬鹿はイザベラを追い出した。殿下ご存じですか?イザベラが発明した薬のお陰でどれ程の利益をこの国が受けているかを?」 

「り、りえき?」

「ええ、我がカーマイン侯爵家と王家には薬が売れる度多額のマージンが入っていたのですよ。そんな金のなる木であるイザベラを貴方たちは自分勝手に追い出した。それに加担したローマンも同罪、我が家には必要ありません。無能な者がカーマイン侯爵家を継げるはずはないですからね」


 これで話は終わりだとカーマイン侯爵は立ち上がる。

 クリスタルディは聞かされた話を処理できず、それをただ見ているだけだ。


 そしてカーマイン侯爵は扉まで行き着くと、また無表情のままクリスタルディに振り返る。


「ああ、そうそう、ローマンは貴方に差し上げますよ。カーマイン侯爵家はイザベラが戻った場合は跡を継がせましょう。もしも戻らなかったときは……まあ甥にでも継がせますが、それは殿下には関係の無いことです。どうぞお気遣いなく」


 そう言い残しカーマイン侯爵は部屋から出て行った。

 大きな後ろ盾を失ったクリスタルディは、椅子に座ったまま何の言葉も発することが出来なかった。




 その後貴族籍を抜かれたローマンをクリスタルディの側近にしておくことは出来ず、城から追い出す形となった。

 ローマンは母方の祖父母を訪ねると言って出て行ったが、その後の消息はクリスタルディには届かなかった。


 ただもとより体の弱かったローマンが、イザベラの作りだした薬が入らなくなったセルリアン王国内で長生きできたとは思えない。


 下手をしたら祖父母の下にたどり着く前に亡くなった可能性もある。


 何せ姉の善行に気付かず己の行いの非道さを悔いていたローマンは、心身ともに弱っており、長旅が出来たとは思えなかったからだ。

 

 

カーマイン侯爵は子供に愛情がありません。家の役に立つか立たないか、ただそれだけです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ