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後悔とベーグル②

「婚約破棄、承知いたしました」


 セルリアン王国の王太子クリスタルディと、その幼馴染達が成人の夜会の場でイザベラを断罪すると、イザベラは表情も変えずただそう答えた。


 その姿にクリスタルディはカッとする。


 まるでお前など眼中にない。


 そう言われた気がして悔しかったのだ。


「ですが……殿下、一言だけ宜しいでしょうか。私は聖女であるヒカリ・ヒジリサワ様に対し虐めなどしたことはございません。きちんと調べて頂ければわかる筈です。どうか再度調査をお願い致します」


 感情を見せないまま、イザベラはそう答えると「では失礼いたします」と言って踵を返そうとした。


「逃げるのかっ!」


 気が付けばクリスタルディはイザベラの頬を殴っていた。

 怒りのままに平手打ちではなく握った拳で力強く殴り、イザベラは簡単に倒れ込んだ。


「殿下の前で倒れるとは恥知らずな!」


 騎士団長の息子であるアーノルド・チュベロが倒れたイザベラの髪を掴み、腕を後ろ手に引き、無理矢理立てさせる。


 クリスタルディたちを取り囲むように少し離れた場所で見ていた女性たちから小さな悲鳴が上がる。


 それとともにか弱き淑女に何をという非道なことをと非難の声が聞こえたので、イザベラはか弱くもなく淑女でもないただの悪女だ!と声に出し罵った。


 だがイザベラは泣くこともなく、喚くこともない。

 口元から血を流しながらも、ジッとクリスタルディ達を見つめるだけだ。


 お前達が裏切ることは最初から分かっていた。


 まるでそう言っているような、見透かすようなイザベラの金の瞳が、とても恐ろしく感じた。




「イザベラさん、罪を認めて下さい。ヒカは謝ってくれれば許しますからっ」


 可愛らしいヒカリの声が聞こえ、ハッと現実に目を覚ます。


 そうだイザベラは聖女を虐める悪女なのだ、加減など必要ない。


 自分たちは間違ってなどいない。


 クリスタルディは己に言い聞かせる。



「ヒカリ様、以前私がお伝えしたことは本当のことです。どうぞ聖女としてのご自覚を持ってください。このままでは大変な事になります。どうぞ聖女の力を制御する術を身につけてください」


 イザベラは感情の無いまま、ただ淡々とヒカリに話しかける。


 ヒカリはそんなイザベラに恐怖を感じたのだろう。

 見る見る瞼に涙が浮かぶ。


「うううう、酷い~、イザベラさんってばやっぱりヒカのこと聖女って認めてくれないんだね~。ずっとそうやって虐めて来るんだもん、ヒカ、すっごく悲しよー、ぐっすん」


 ヒカリが泣き出し、イザベラの罪はハッキリとした。

 この女に反省など無駄だった、未来の王妃などとは認められない。


 そう思った瞬間、クリスタルディからは婚約者へ向ける寛容な心など消えていた。


 徹底的に追い詰めてやる。


 ヒカリの肩を抱く腕に強い力が入った。


「イザベラ・カーマイン。お前を聖女迫害の罪でこの王城から追放する、すぐさま出ていけ!」


「……畏まりました……」


 最終宣告。

 イザベラは泣き出し許しを乞うだろう、クリスタルディはそう思った。


 だがイザベラはまるで自分たちになんの思い入れも無いかのように、美しいカーテシーを見せた後、全く言い訳などすることなく夜会の会場から出て行った。


 それも一度も後ろを振り返る事もなく。


 クリスタルディたちには興味などない。


 イザベラのそんな後ろ姿に、クリスタルディ達は尚更苛立ちを覚えた。






「なんだあのイザベラの態度は! 私の大切な成人披露の夜会が台無しだ。罪を認め謝りもせず、自分は悪くないとでも言いたげなあの様子。婚約者でありながらあの可愛げのなさ、本当に腹立たしい!」


 自分たちの行いを棚に上げ、成人お披露目の夜会がさもイザベラのせいで台無しになったと言うようにクリスタルディは憤る。


 あの後会場に集まった者たちに対し、イザベラの悪行を詳しく説明したのだが、他国の使者たちは引きつった顔をしてクリスタルディたちを見ていた。


 まるでクリスタルディたちが理解不能な人間のように見る者や、怒りを隠さず城から立ち去った国の使者もいたぐらいだ。


 一体なぜそうなったのか。


 イザベラが素直に罪を認めなかったことが原因だろう。


 クリスタルディ達は自分達が犯した愚行に全く気付いていない。



「クリス様ぁ、大丈夫ですかぁ?」


 優しいヒカリがクリスタルディを心配する。

 胸の中にすっぽりと納まるヒカリは、まさに可憐な少女で可愛らしい。

 クリスタルディを見上げる潤んだ瞳も愛おしいとそう思う。


「ヒカリ大丈夫だ。何の問題もない、他国の使者たちも明日になれば理解するはずだ。イザベラの行いの全てを記した書類を皆に配ったからな」


「はあん、流石クリス様ですぅ。証拠を見せれば違う国の人たちも分かってくれますよねー」


「ああ、その通りだ。イザベラの友人達が彼女の悪行を証言しているのだ、何の心配もいらないよヒカリ」


「よかったぁー。でもイザベラさんも、直ぐに謝ってくれたらよかったのにぃー、クリス様に大事にされてるヒカがそんなに気に入らなかったのかなー?」


「ああ、気にすることは無い、ヒカリは特別な存在なんだ。世界を救う聖女。それがヒカリなんだ。そんな簡単な事も理解できず、悋気を犯すようなイザベラが愚か者だっただけの話さ」


「クリス様ってば、優し過ぎですー。でもぉーイザベラさん、お城から追い出されてどこに行ったのかなー。お城の他にお家があるのー?」


「ああ、どうせカーマイン侯爵家に泣いて戻っているのだろう。明日になれば侯爵と共に謝りに来るさ。さあ、ヒカリ、イザベラの話しはここまでだ。ヒカリ個人で私の成人を祝ってくれるかい? 私は君に一番に祝われたいからね」


「うん、クリス様、勿論だよー。成人おめでとう。うふふ、ヒカのファーストキス、クリス様にプレゼントするね」


 チュッと音を立ててヒカリがクリスタルディの頬に口づけを落す。

 えへへと照れて笑う姿は何よりも可愛らしい。


「ヒカリ、頬にだけなのか?」


「えー、だって恥ずかしいしー」


 戸惑いながらもヒカリはクリスタルディの唇にチュッと優しいキスを落す。

 小鳥がついばむかのようなその行動にクリスタルディの胸はきゅっと締め付けられた。


「ああ、愛おしいヒカリ、君は私の聖女だ。愛しているよ」

「クリス様ぁ」


 ヒカリを自分の胸の中に閉じ込め深いキスを落す。

 こんなにも可憐で可愛らしい聖女を手に入れたのだ。


 この日が、クリスタルディの人生の中で一番の幸せを感じた日だったのかもしれなかった。






「クリスタルディ、お前はなんということをしでかしたのだ……夜会に出席した他国の使者から苦情が出ているぞ。何というものを見せるのだと、お前が愚か者だと、そんな噂まで立っているのだぞ……」


 あくる日、セルリアン王国の王である父イルクタルディに呼び出されたクリスタルディは、思いもしない言葉を投げかけられた。


 今世界では、子供を産み育てる女性を大切にする風潮が流れ始めている。

 特に世界一といわれる大国ビリジアン王国ではその傾向が高く、田舎である国ほど遅れているとそう言われている。


 そんな中で、あのクリスタルディの行動はそれに反するものだった。

 唯一の女性である聖女を守ろうとしたがため、その敵であるイザベラを追い詰めたのだが、それが野蛮な行為に見えてしまったらしい。


「ですが父上、イザベラが聖女を虐めていたのは本当です。断罪するのは当然のことでは無いですか、私は間違っておりません」


 クリスタルディの反論に王はため息を落す。

 正しい正しくない、正義だ悪だは関係ない。

 大勢の前で女性をいたぶったその姿こそが他国の者を呆れさせたのだと、イルクタルディはクリスタルディを諭した。


「お前が集めた証拠も虚言ばかりだった。魔法契約によって真実を話すように問い詰めたところ、皆聖女とお前の為に虚偽を報告したとそう言っている」

「はぁ?」


 何をいまさらとクリスタルディから間抜けな声が漏れる。


 王太子であるクリスタルディのことも恐ろしかったし、後ろから睨むアーノルドを見れば嘘を吐くしか無かったと皆そう言っているようだ。


「それにな……イザベラが居なくなった。どこにもいない」

「それは、カーマイン侯爵家に隠れているだけではないのですか?あのイザベラです。それぐらいの事はやるでしょう」


「いいや、どこにもいないのだ。カーマイン侯爵家になど帰っていない。昨夜遅くカーマイン侯爵家からも苦情が届いている、イザベラを妃にする約束を反故にするのならば、もう王家には何の寄進もしないとそう言ってきた」

「はあ?私の側近にはローマンがいるでは無いですか、ローマンはカーマイン侯爵家の跡取りでしょう?」

「ああ、そうだな。だが、ローマンはお前の妃にはなれんしお前の子も産めん、男だからな。クリスタルディ、それを踏まえて今後の事を考えろ。なにも聖女を妃にするなとは言わん。だがイザベラを手放すことは許さん。カーマイン侯爵家はこの国の要だ。いいな、これは王命だ。分かったな……」


 イルクタルディに話しは以上だと言われ、クリスタルディは父の応接室を出た。


 色々言われたが、今のクリスタルディは一つの事で頭がいっぱいだった。


「イザベラが、どこにも、いない……?そんな馬鹿な……」


 手の中にあったはずの何かが自分の中から逃げていった、そんな気がした。


 あんなにも憎たらしいと感じたイザベラを、何故かそう思えなくなっていた。


 自分の物。


 イザベラはそういう相手だった。


 何を言っても、何をしてもいい相手。

 それが婚約者のイザベラだったのだ。


 クリスタルディは心の中に、大きな大きな穴が開く気味の悪さを感じていた。

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