後悔とベーグル
「侯爵令嬢イザベラ・カーマイン。王太子クリスタルディ・セルリアンの名を持ってここにそなたとの婚約を破棄する! これまで聖女に向けて犯した愚行の数々、私が気付かないと思ってかっ! 悪女イザベラ、その罪を認め今ここで聖女に謝罪しろ!」
セルリアン王国の王太子クリスタルディ・セルリアンは、今幼少から婚約を続けていた令嬢イザベラ・カーマインに婚約破棄を突き付けた。
十八歳で迎えた成人祝いの夜会。
各国からの代表も集まったこの場でこそ、イザベラを断罪し、己の堂々たる姿を披露するにふさわしい場だと、数日前から画策していた。
3年前に聖女召喚を行い、成功させた事で一目置かれると思っていたその立場。
だが実際の所、他国からの評価はイマイチだった。
この平和なご時世に聖女は必要ない。
聖女召喚で貴重な魔法使いが大勢亡くなった。
聖女本人の学習がまったく進んでいない。
などなど多くの意見があり、セルリアン王国は未だ小国と呼ばれる存在だった。
自分の在位の時こそ中国位に!
そんな強い思いがあったからこそクリスタルディは聖女を召喚したのだ。
多くの魔法使いたちの命が失われる危険を侵してまで……
イザベラの事は最初は美しい令嬢だと思っていた。
母である王妃から有力侯爵家の令嬢だと聞いて、自分の妃に相応しいとそう思った。
実際数人の令嬢たちとのお見合いの場で会ったイザベラは、その美しさを鼻にかける様子もなく、控えめで朗らかに笑い、とても可愛らしいとそう思った。
それにクリスタルディの教育者達も、イザベラを絶賛した。
クリスタルディがまだ読めないような難しい本もイザベラは既に読めており、カーマイン侯爵家の教育は素晴らしいのだろうとイザベラ本人の努力ではなく、自分たちと同じ教育者の能力だとそう言い切った。
王や王妃の前でも堂々とし、クリスタルディの横に立つにはイザベラのような度胸もある女性であるべきだと両親も褒めていた。
なのでクリスタルディはイザベラを妻にと望んだ。
その愛くるしい笑顔をクリスタルディだけに向ける名誉を彼女に与えるべきだとそう感じたからだ。
だが、そのクリスタルディの優しさが仇になったのか、イザベラはクリスタルディの愛を乞う醜い女になり下がった。
嫉妬で聖女を虐める愚行を犯す女に成り下がったのだ。
可愛いと思っていたはずのイザベラが変わり始めたのはいつだっただろうか。
妃教育が始まった頃には、以前のような屈託のない笑顔を見せなくなった。
そしてクリスタルディやその友人たちに対し、苦言を呈するようになった。
市井へ出かければ、身分をわきまえて行動するように言われ。
少し授業をさぼれば未来の王太子として立派に振る舞うようにと言われた。
一体お前は何様のつもりだ。
王太子であるこの私に何を言う。
そう感じ始めると、イザベラの全てが可愛くなくなった。
自分の妃教育が辛いからと言って、何故クリスタルディにあたる。
クリスタルディにこそ気を使え、そう感じた。
「いずれは大国に匹敵する強い国に!」
クリスタルディがそう夢を語れば「では沢山勉強致しましょうね」とテンションを下げることを言うイザベラ。
なんてつまらない女なのだ。
一緒にいるだけで息が詰まる。
イザベラとは距離を置くようになっていた。
「聖女を召喚しよう!」
幼馴染とそう盛り上がる中、イザベラだけは魔法使いが危険だと、知らぬ国に呼び出される聖女が可哀想だと、そんな理由で反対をした。
「イザベラ嬢はクリスタルディ様が聖女召喚に成功して自分の代わりになる女性が出てくるのが怖いのでしょうね」
幼馴染の一人ジュール・マホガニがそんな事を言う。
宰相の息子であるジュールが言うことは間違いない。
イザベラは未来の王妃の座に執着しているのだ。
「魔法使いが国の為に魔法を使うのは当然のことなのに」
幼馴染フレッド・カルーアがムッとした様子でそんな言葉を吐く。
魔法研究団団長の息子であるフレッドは誇り高い魔法使いだ。
彼の言葉に嘘はない。
「王族であるクリスタルディ様を守り支える事こそ我らの誇りであるのに」
幼馴染アーノルド・チュベロが怒りを顔に出しそう話す。
騎士団長の息子であるアーノルドは王族を守ることに対し強いプライドを持っている。
イザベラの嫉妬からの言動は許せるものではなかったのだろう、苦々しい表情だった。
「クリスタルディ様、姉が申し訳ありません。以前はあんなにも傲慢では無かったのですが……」
イザベラの弟ローマン・カーマインがそう溢す。
兄弟だというだけでローマンは肩身の狭い思いをしているのだろう。同情しかない。
確かにイザベラは変わってしまった。
教育者や陛下達が何も言わないことをいいことに、王太子であるクリスタルディに注進してくるのだ。偉ぶるのも大概にしろ。
困った顔で俯くローマンが気の毒になる。
何かイザベラの鼻を明かすことをしなければ……
クリスタルディの中で決意が固まった。
「よし! 聖女を召喚するぞ!」
「「「はい!クリスタルディ様に従います!」」」
我々の夢を叶えるため、そして皆を励ますため、そしてイザベラに立場を分からせるため、クリスタルディは聖女を召喚する儀式を行った。
勿論イザベラ抜きで。
「ふぇえ? ここどこー? えええ? なになになにー? イケメンがいっぱいいるんだけどー!」
召喚されてセルリアン王国へやってきた聖沢ヒカリは、キラキラと輝くとても可愛らしい少女だった。
その見た目や言動から年下だとそう思っていたのだが、年上だと聞いてその可憐さに驚く。
「えええ? ヒカが聖女ー? うわー、マジでー? ビックリなんだけどー」
二ホンという名の国の平民出身だというヒカリは、分け隔てなく皆と接し、親睦を深めていった。
彼女は裏表なく屈託なく笑い。どんなことにも感動して見せて可愛かった。
「クリスタルディよ、聖女に魔法教育を行え、それと今後国を代表して夜会にも出るのだ最低限の淑女教育も必要だろう」
国王である父にそう言われ、ヒカリを学園に通わせることになった。
それとともに接点を出来るだけ作りたくなかったイザベラにヒカリの淑女教育を頼むことになった。
クリスタルディの婚約者なのでそこは仕方がない、それにヒカリもイザベラに興味を示したからだ。
だが、その甘い考えが間違いだった。
イザベラは教育だと言ってヒカリを虐め出したのだ。
「ぐすん、今日もイザベラさんがヒカに意地悪言ってー、聖女の力がなくなったら今のままじゃ困るってー、ヒカのこときっと嫌いだから聖女だって認めたくないんだよー、ぐっすん」
涙を流すヒカリを抱きしめる。
多くの優秀な魔法使いが力を使い果たしたことで亡くなり、聖女の魔法に詳しいものが居なくなった。
そのため、ヒカリの聖女教育は上手くいっていない。
どうやらイザベラはそこをわざわざ突いているようだ。
聖女の力がない偽聖女。
ヒカリにそう言いたいのだろう。
許せない、なんて非道な女なのか。
イザベラに怒りが湧く。
一体何様のつもりなのだ。
自分の婚約者だと思うと尚更憎たらしかった。
「ヒカリを虐めるだなんて、許せない!」
「ヒカリ、大丈夫、魔法は僕が教えるよ」
「俺が傍にいたらヒカリを守り切ったのに」
「ヒカリ、姉が済まない、僕が代わりに謝るよ」
「みんな~、ヒカのために怒ってくれてありがとうー。ヒカ、嬉しいぃ、ぐっすん」
辛さを我慢しニコッと笑顔を見せるヒカリは、他の令嬢には無い純粋さがあって可愛かった。
そして自分達こそがヒカリを守らなくてはと、そう強く思った。
「……決めた、イザベラを断罪する」
「えっ……?」
「クリスタルディ様?」
「宜しいのですか?」
「ああ、ローマンには悪いが、イザベラには立場というものを分からせる。別にどこかへ追い出すわけではない。一度婚約を解消し、イザベラの反省を促す。カーマイン侯爵家の後ろ盾があるからこそ、イザベラはあんなにも傲慢な態度を見せるのだ。その力が絶対ではないことをカーマイン侯爵家の跡取りであるローマンが聖女の味方であることを見せて、カーマイン侯爵家が聖女側だと示す。皆、いいな、イザベラを追い込むぞ」
「「「はっ」」」
それから幼馴染たちと作戦を練った。
クリスタルディが成人の儀を迎えた夜会の場であれば、他国の使者が多くいる。
建前を重視する親世代の横やりを受けずにイザベラを断罪する場所はそこしかないと、作戦は簡単に決まった。
そして婚約解消ではなく、イザベラにはより大きな反省を促すため効果の高い婚約破棄を選んだ。
聖女を守る。
その大義名分があれば、他国からも何も言われない。
実際イザベラは本当に聖女を苦しめているのだ、何の問題もない。
きっと多くのものが共感するだろう。
クリスタルディを称賛するはずだ。
その反対にイザベラの行いに驚愕するだろう。
夜会の日が楽しみになって来たクリスタルディだった。
「フフッ、イザベラは泣いて許しを乞うだろうな」
「ええ、きっとクリスタルディ様に縋ってきますよ。無様なほどに」
「あのイザベラです。自分を愛さないクリスタルディ様が悪いと、そう言うかもしれませんよ」
「いや、クリスタルディ様を愛するがゆえの正しい行いだと、そんな言い訳をするかも知れません」
「父に助けを求めるかもしれませんね、夜会の日は出来るだけ父を私達から離しておかなければなりませんね」
幼馴染たちと笑い合いイザベラの惨めな姿を想像した。
尚更惨めにしてやろうと婚約者としてドレスは贈らず、ヒカリにだけ贈った。
パートナーとしてエスコートもしなかった。
お前など婚約者として見ていない、間接的にそう伝えた。
そして夜会の夜を迎え、イザベラを断罪した。
だが、イザベラの答えはクリスタルディの想像とは違うものだった。
「婚約破棄、承知いたしました」
イザベラは淡々とそう答えたのだった。