最初の一歩とクロワッサン
「ベル、とても綺麗だ」
今日はリックとベルの婚約披露会。
普通ならば男性側の実家であるシャドリューズ侯爵家で婚約式は開かれるものなのだが、ベルの養女披露も兼ねている為、今回ウィスタリア公爵邸で開かれることになった。
リックの髪色であり、ベルの瞳の色でもあるゴールドのドレスに身を包んだベルはとても美しい。
赤い髪はハーフトップでまとめられ、義母になるマティルダと同じ髪色をよくアピール出来ていた。
「姪っ子を引き取る事にしたのよ」とマティルダは友人たちにそう伝えているようだ。
マティルダによく似た姪っ子。
そんな彼女を喜んで迎入れ、娘とした。
もしかして本当の娘なのでは?
そんな噂も出ているらしい。
ベルとマティルダはよく似ているため、そんな噂がたっても何の不思議もない。それが意図的だとしても。
ウィスタリア公爵家の義娘は、マティルダだけでなくあのロナルドからも可愛がられ溺愛されていると噂されているため、本当の娘疑惑が流れるのはあっという間だった。
「リック様もとても素敵ですわ」
今日のリックはベルの赤色を差し色に使った紺色のスーツに身を包んでいる。
本来ならばリックの瞳色の緑を中心にしたスーツが良いと思うのだが、「思い出の湖色で!」とリックの意思が通された形となった。
「ベルに好きだって言われた場所の色だ。俺はずっと紺色に身を任せても良い」
衣装選び中から美丈夫度が爆上がりなリックだったが、余りのお馬鹿発言にはイーサンから残念な者を見る目を向けられていた。恋に浮かれ過ぎているためそれも仕方がない。今のリックはベルしか目に入らない、そんな様子だ。
リックの姿は普段から攻略対象者でもおかしくないと思うほどだったのだが、今日のリックは元婚約者よりよっぽど王子様のようだった。
ベルは眩しいほど輝いて見える自分の婚約者を見て頬を赤らめる。
「リック様が私の婚約者で、私は幸せ者ですね……」
「ベル……」
愛する女性の口説き文句と可愛さに、婚約披露前に泣きそうになったリックだった。
「さあ行こうか、義母上様とロナルド様、それにチャーリー様も待ってるよ」
「はい」
リックにエスコートされ、まずは大叔母改め義母となったマティルダと、義兄となったロナルド、チャーリーの待つ応接室へと向かう。
リックとベルが部屋へ入ると、満面の笑みを浮かべたマティルダが一番最初に目に入る。
「まあ、イザベラ、とても綺麗だわ。私の見立ては間違い無かったわね。貴方の赤い髪に金のドレスがよく似合っているわ。婚約させるのが勿体ないぐらいよ」
「義母様、ありがとうございます」
ドレスの型が崩れてはいけないと、抱きしめられないのが残念だとマティルダとベルが話す横、リックだけが引き攣った笑みだ。
今更婚約を無かったことにとは言いだされないと思うのだが、相手がマティルダでは気が抜けない。ベルの手を握るリックの手に少しだけ力が入ったのも仕方がないだろう。
「ハハハ、母上、またそうやってイザベラを揶揄う、婚約式の前だというのに可哀想じゃないか。イザベラが本気にしてマーベリックを振ったらどうするんだい」
「兄上こそマーベリックを揶揄うのはやめてあげてください。式の前に顔色を悪くしていますよ。ほら」
ロナルドとチャーリーが、ベルたち三人の様子を見て笑いながら軽口を叩く。
リック以外の全員が冗談だと分かっているが、リックだけはそれどころではない。
まだちゃんと告白もしていないので、ベルに呆れられるのではと心配なのだ。
今日こそ、今日こそは!と思う度、いつも何かしらの邪魔が入り、リックはまだベルに対し「好き」も「愛している」も伝えられていなかった。
「ふふふ、リック様大丈夫ですよ。私はリック様しか見えていませんから」
マティルダからのからかいにオドオドし始めたリックを安心させるようにベルが微笑む。
流石俺の女神!と感動しているリックだが、今こそいうべき言葉があるだろうと周りは思う。
「リック様、大好きですわ」
「ベル!」
俺もだとベルを抱きしめようとしたリックの耳に、邪魔するようにコンコンとノックの音が聞こえてきた。
「マーベリック、イザベラ嬢、おめでとう」
「おめでとうございます」
婚約者達の準備が出来たと呼ばれ部屋へと入って来たのはリックの家族たち。
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
お礼を述べる二人を見て父アーロンと母ビクトリアは既に泣きそうだ。
長兄カーソンと次兄エリアスの方は本当に嬉しいという表情をみせている。
違う意味での問題児、末っ子の婚約が殊更嬉しいそんな様子だった。
「イザベラさん、マーベリックをどうぞ宜しくね」
「はい、お義母様、勿論ですわ」
ビクトリアがベルの手を取り祈るようにそう伝える。
色んな思いがあるからこそ、二人に願うことは幸せにただそれだけだ。
「マーベリック、イザベラ嬢を絶対に守るんだぞ!」
「勿論ですよ」
アーロンに背中を叩かれながらリックが当然だと答える。
何があってもベルを守る。
それこそがリックが一番願ったものだ。
言われなくてもと、リックは父の背を叩き返した。
「お時間となりました」
執事の声かけに皆が立ち上がる。
マティルダをはじめとするベルの家族と、リックの家族は先に会場に向かい、自分の席へと着く。
家族達から少し遅れ、リックとベルは会場入口へと向かう。
そこにはリックの友人付き添い人のイーサンと、ベルの友人付き添い人であるアリアがまっていた。
「リック、ベル嬢、おめでとうっ」
イーサンが軽い口調とウィンクつきで祝いを述べてくれる。今日は薄い赤色のスーツで普段以上に優男風にみえる。
「ベルお姉様、おめでとうございます。シャトリューズ様、ベルお姉さまを幸せにして下さいね」
泣きそうなアリアにベルは礼をいい、リックは勿論と頷いてみせた。
この国の結婚式や婚約式では、友人の先達で司祭のいる場まで歩いて行く。
幼馴染で親友のイーサンはともかく、ベルには親友と呼べる相手がいなかったので最初はミアにと思ったのだが、貴族の婚約式など無理だと断られてしまった。当然だろう。
「アリアが良いのではないかしら? あの子は貴女の妹みたいな存在でしょう?」
悩むベルに解決策を出してくれたのはマティルダだった。
アリアはマティルダから淑女教育を受けているためかなり令嬢らしくなり、王都内に友人も増えたそうで以前の笑顔が戻ったようだ。
友人付添人としてイーサンと合わせた薄赤色のドレスも似合っていてとても可愛い。
令嬢教育の成果発表の場としても丁度いいというマティルダの案にベルも頷いた。
「ベルお姉様の為に絶対にやり遂げますわ!」
付添人をお願いするとアリアは喜んで受け入れてくれた。
そんな二人に祝福されベルとリックの笑顔は深まる。
「さーて、お二人さん、そろそろ行きましょっか」
イーサンの言葉とともに、ベルとリックは婚約者としての一歩を歩き出す。
やっと自分だけの相手を見つけた二人の表情は、とても晴れやかなものだった。